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今は昔

・歴史の流れとは、竹取物語の冒頭の、『今は昔』に象徴される様に、新しい様で古く、古い様で新しいものである。考えてみれば、ギリシャのパルテノン神殿は、今から1500年前に造られたが、現在、私達が観て圧倒される様に、その頃のギリシャ人も、その1500年前に造られていた、エジプトのピラミッドを観て圧倒されていたに違いない。現代の我々から観れば、どちらも太古のもので片付けられてしまうのが、歴史の錯覚というものである。言い換えれば、3000年の歴史というものは、長い様で短く、短い様で長いものであると同時に、歴史というか、時の流れの不思議さというかに、怖ささえ感じる。裏返せば、『今』を大切にする人間には、時間がいくらあっても足りないものである。

・いつもの犬の散歩のコースで、盆栽の立派なものがたくさんある家がある。ある日、眺めていたら、その家の御主人が庭にいらして、私を庭に招いて下さった。松の盆栽が多い中、御主人が、「(トマトで言うならプチトマトの様な)柿が見頃だよ」とおっしゃって下さったので、拝見させて頂いた。綺麗に色づいていた。すると、御主人が、一番、幹の高いのを指さして、「あれは、『日本一』って言うんだけれど、今度、もっと上まで伸びる、『世界一』っていうのが出来たんですよ」と仰ったので、私は、「じゃあ、もっと伸びるものが出来たら、『宇宙一』にしなければなりませんね・・・さて、もっと伸びるものが出来てしまったら、何と名付ければ、よろしいのでしょうね」と、話したら、御主人は、「さあ、どうすりゃあいいんだろうねえ」と、気さくに笑って下さった。

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