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2011年10月

千歩先を読む

・『元気を与えたい』は、日本語として、明らかにおかしい。それよりも、『元気を届けたい』という表現の方が理にかなっている。最近の若い奴は、敬語の使い方もロクに解っていないのかと、錯覚を起こす。私だったら、若い奴から、「『元気を与えたい』です」と言われたら、そいつに、「『元気を与える』なんて言うのは、百年早い。まずは、日本語をしっかり勉強してから来い」と、突っぱねる。

・小学生の時、塾の友達と、学校対抗の野球(隣の学校)をやろうと二人で盛り上がった。私はクラスで有志を募り、応援団まで一緒になって公園に行った。ところが、待ち合わせ場所の公園まで行くと、そいつ一人しか来ていなかった。そいつは何も言わなかったが、申し訳なささで溢れていた。私は、来てくれただけでも偉いと思った。

・爆笑問題の太田が語っていたのだが、ネット上での、『太田死ね』という書き込みは法律上、罪にはならないそうだが、『太田殺す』という書き込みは罪になるらしい。そこで太田が言っていたのは、『太田死ね』は無機的だが、『太田殺す』というのは、逆に有機的で、むしろ、親近感を覚えたらしい。実際にプライバシー保護の上で、そいつと対談したそうだが、「むしろまともな奴だった」と、言っていた。

・人の十歩先、百歩先を読もうとしろ・・・意味がない事に気が付く。

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バカボンで哲学していたやつら

・人よりも優越感を感じていなければ、生きてゆけない人間の、いかに多い事か。

・体育の『集団行動』で、一人だけ、明らかにリズムがとれていない奴がいた。先生は、そいつを、桜か何かの枝でビシビシ叩き、他の生徒達に威厳を見せていた。後日、叩かれた奴に話を聞いてみると、その体育教師は、後で、そいつだけに、ケンタッキーフライドチキンをおごってくれたそうだ。そいつは、「何か俺、買収されてる気がするんだよなあ」と言っていたが、私は心の中で、『教師も気を遣うんだな』と考えると、やっている事のセコさに、笑ってしまった。

・何年か前に、雑誌で読んだのだが、赤塚不二夫が存命中、まだ、『バカボン』を連載していた頃、当時の文壇で、主に、吉行淳之介などを中心に、その週の雑誌の『バカボン』について、勝手に哲学談義をしていたらしい。吉行の事だから、絶対に下らない事に決まっている。

・ハイネの詩集は、恋に悩む男が、棺桶に片足を突っ込んでいるような印象しか残っていない。

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『熊谷陣屋』を観て

・映画館で中村吉右衛門の『熊谷陣屋』をやるというので、観に行った。映像とはいえ、初めて観る歌舞伎は斬新だった。三味線などが拍子を打っているのが、昔ながらの芸なんだなと感心した。言い回しに特徴があり、聞き辛い面もあったが、初めて観るのだから仕方がない。タイトルの『熊谷陣屋』ときて、私は平敦盛の事だなとすぐに解った。以前、『平家』を読んだ際の、哀しき物語を思い出した。そこでは、熊谷が敦盛を討ち取り、出家するという話だったが、歌舞伎の『熊谷陣屋』では、脚色されており、観ている途中で、多少、混乱したが、それでも、なかなか良く出来た話だと、感心した。

・山に登ったら、九合目あたりの所が一番疲れる。そこから上か下かを選ばねばならない。これは、人生の岐路と同じ事で、思い切って登った方がいい結果になる事が多い。

・(悲願千人切りで高名な)米長先生が、「最近の若い棋士は、自分の生きている時間のほとんどを将棋に費やす。これでは伸び代がないのではないか」と仰っていたが、それを聞いた私は、『単に自分の悲願千人切りを肯定しているだけじゃねえか』と思い、米長先生は、どれだけ病気を移されたのか判らねえなと思った。また、米長先生が理事長になった日本将棋連盟は、「今から突撃します『ピー』私、中原、今より香車のように突撃します『ピー』」と、品もなく、世間を騒がせた中原がトップに立つよりは幾分マシだ、という程度であったのであろうが、両者共に、五十歩百歩だ。

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鉄矢ビンタ

・数年前、ダービーで取ったお金で、モンブランのボールペンを購入した。書き心地も良いのだが、何よりも縁起がいい。つい最近、替え芯が無くなったので、予備のインクの芯を十本程購入した。合計金額が、百円のボールペンを百本以上買える額なのには驚いた。

・ヒンズー教徒の留学生を家に招いた際、私の部屋に、当時、張っていたヌードのポスターを指さして、「あの写真のヌードは、いやらしくなく、芸術的だと思います」などという様な話になって、結局、一本のソフトなビデオをあげる事になった。すると、五年後ぐらいに、歌舞伎町を女連れで歩いていたという情報が入った。もちろん、私は他言していないのだが、一人の人生を変えてしまった様な気がして仕方がない。

・ずいぶん前の話だが、武田鉄矢が某企業のカップ麺のCMに出ていた時(現在も続いている)、娘の友達がCMの武田鉄矢を指さして、「これ、あなたのお父さんでしょ」と言われ、「違う」と言ったらしい。それを耳にした、男の中の男、鉄矢が娘のほおをハタいたと聞いた。それを聞いて、私は驚いたのだが、家族の為に、自分を殺して頑張っていた父親の気持ちを、大きくなった娘も、痛い程に解っている事だろうな、と感じた。

・体育の教師が英語の教師にあだ名を付け、「お前ら、あいつの授業はサボっていいぞ」と、完全にナメていた。

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負けず嫌い

・不思議な事に、私という人間は、勉強で負けるよりも、スポーツで負ける事の方が悔しい。

・所ジョージは、全然面白くないのに、出演する番組に、『所さんの・・・』と付けている。そういう所が、いやらしいし無理矢理、敬称で読ませる所が気に入らない。私の印象では、『いい年してガキみたいな事をしているおっさん』位にしか映らない。もちろん、番組も観ない。そういう信条である。

・塾講師をしていた際に、中学受験の為に、一月から入ってきた女の子がいた。しかし、どうやって教えてあげればいいのか、見当が付かなかった。内心では『中学受験を相当ナメている』とも思ったが、どこかの中学に入ったらしい。ラッキーな子だなと思った。

・新年会の場所決めで、副幹事の奴に相談した事がある。「いい店知ってるんだよ」と言うので、よくよく聞いてみたら、ちゃんこ屋で旨い店という事で、大方目星は付いたが、それでも聞いてみると、お前知らないのかよ、という感じで、「『若』だよ『若』。若乃花のやっているちゃんこ屋だよ。それくらいチェックしておけ」とまで言われたので、「ちゃんこ屋で『若』と言ったら、知らない奴はいない」と静かに言った。私はそいつに、「食ってみてどうだった?」と尋ねると、「食った事は無いけど、旨いらしい」と応えた。私が、「おまえ理数系なら、自分の矛盾に気が付くだろう」と言ったら、素直に謝ったので、それ以上は言わなかった。ちなみに若は、倒産したとのこと。

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ドクター中松の歴史観

・野口英世が、「天才とは、人の三倍、四倍、五倍、努力する人の事だ」と語ったそうである。この言葉のミゾは、二倍じゃ足りないという事だ。しかし、通知簿だけを見ると、別の県だが、宮沢賢治の方が上回っている。

・塾講師として、いくら情熱を傾けても、その期待に応えられない奴がほとんどなんだ。こういう場合、叱っても、褒めても、意味がない。ついてこれない奴はほっとくしかない。じゃなきゃ、出来る生徒が可哀想だろう。塾と学校とは根本的にスタンスが異なるものなんだ。

・仏教には、自燈明、自帰依という概念がある。仏の慈悲の中に、自らを拠り所として生きろという概念だ。つまりは、自力本願という事になる。

・ドクター中松は、日本が太平洋戦争及び第二次世界大戦で、ポツダム宣言を受諾し、無条件降伏したにもかかわらず、日本は敗戦国ではないと、誰にも理解不能な理屈を並び立て、自説を強調していた(『二十歳の頃』立花隆主筆・参照)。

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貪り

・人は貪ると、必ず後に、禍根を残す。ジャイアント馬場は皆に愛された。氏の言葉の中に、『独り占めなんて、あまり気分のいいものじゃないからね』というものがあった。

・新米の古典の先生は、皆の前で詩を吟じたが、誰にもナメられなかった。別の新米の教師は、生徒に一度、ナメられるごとに、『ホモ』と言われ続けていた。

・みのもんたの本名は、ミノリカワノリオである。漢字は忘れたが、名前はともかく、名字は御公家さんのような、立派なものであったはずだ。しかしながら、当の本人は、アル中だという説が流れた事がある。

・昔、般若心経のCDが付いた本を購入したが、本の方は駄本だったので、すぐに捨てた。CDだけ聞いていると、サンスクリット語(梵語)の般若心経があった。日本人が唱えている般若心経とは、まるっきり違う発音で、唯一、判ったのが『ギャテーギャテー』という締めの言葉の所だけであった。仏教も、三蔵法師によって天竺から中国に渡り、それが日本に伝わったものなので、翻訳を重ねていく内に、伝言ゲームのように伝わってしまったのであろう。まあ、何経であれ、重要なのは、底に隠された思想体系を学ぶ事である。

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眉毛いじり

・私が歩きの旅をしている時、髪が伸びてきたので床屋を探していたのだが、美容院しか見つからなかった。仕方がないので入ってみたのだが、最後に眉毛をいじられそうになったので即座に止めてもらった。私の考えでは、男が眉をいじるのは、化粧をしているみたいで、ムシズが走る。TVで大学の体育会の選手が何人か出ていたが、一人を除いて、皆、眉をいじっていたのにはビックリした。しかも、私の目が節穴でなければ、似合っていないどころか、お手入れをしていない奴がいた。

・恐竜が気候の変動に付いて行けなくて滅んだように、現代の人類も、度重なる天変地異に付いて行けなくなり、滅亡する日も近いのではないだろうか?自分は、このままだと人類は、あと千年生き延びる英知はないと観ている。所詮、人間が我欲の塊となって、暴走しているというのが現状だろう。

・大学院の入学試験(院試)で、全科目カンニングでぶっ通した奴を、俺は知っている。噂によると、そいつが付き合っていた女子高生は、長い間、そいつと付き合いたいたいがたいが為に、そいつが留年する事を望んでいたらしい。男が男なら、女も女だ。

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戦場のメリークリスマス

・忘れてしまいたい事は沢山あるけれど、それを乗り越える『勇気』と『決断力』が重要だ。

・大島渚監督の映画、『戦場のメリークリスマス』では、音楽担当の坂本龍一が、一躍、脚光を浴びた。出演者のビートたけしも、日本の記者達から、「もう、受賞は間違いないですから、どうしても写真が間に合わないので、喜びのポーズを撮らせて下さい」と言われ、たけしも仕方なく、芸人ならではのサービス精神で写真を撮らせてはいたが、その時のたけしは何の賞にもカスりはしなかった。すると、日本の新聞か雑誌では、写真と共に、『たけし、ぬか喜び』との記事が載った・・・それから二十年ぐらいの歳月が流れたであろうか、今や、たけしは世界の北野となった。結局、誰が、一番才能がなかったのかは、言うまでもない。

・私が毎日、仏前にて(家に神棚がない)経を唱えるのかは、親族の中で、誰かがやらなければならぬと考えているからである。以前は、父方の祖母が何十年もやっていた。そういう様な、おつとめの為だけではないが、私が仏教を勉強するのは、心の拠り所およびそれに伴う心の安寧を求めるからである。

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これでいいのだ

・今も放送しているかは知らないが、バブル末期の頃から、某TV局でやっていた、討論番組、『朝まで生テレビ』は、キャラクターが豊富だった。大島渚、野坂昭如、舛添要一、西部進、石川好、小田実、高野孟、議員、ゲストなどが、言いたい事を、言いたい放題、語ったり、怒鳴ったりしていたので、徹夜をしても結局、結論が出ず、とても討論番組とは思えなかった。あれから二十年・・・あの頃のメンツは、議員になったり、アル中になったり、逮捕されたり、死んでしまったりした。最近観た限りでは、小粒ばかりで迫力に欠けていたのだが、相変わらず我が儘で、討論になっていなかったが、唯一人、姜尚中さんだけは別格であった。皆、それを認めているのか、姜さんが発言する時には、誰もが耳を傾ける。多分、姜さんが抜けたら、あの番組も終わりだろうな・・・

・晩年の赤塚不二夫は、「お酒は体にいいんだよ」と主張していたが、血液検査で悪い数値が出ると、禁酒の為に入院していた。私は思うのだが、連載を抱えている頃から、呑んでいたと観ている。そうだとしたら、間違いなく、手が震えているはずなのであるが、作品を観ると、、その痕跡は見あたらない。おそらく、赤塚不二夫は、普段は手が震えているのであろうが、ペンを握り、いざバカボンにペン入れする段になると、ピタッと震えが止まるという、誠に希有な才能を持っていたに違いあるまい。

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いつき

・母方の実家がある瀬戸の島の中に、『イツキ』という島があった。貨物船などが通るのを遠くに見ていた・・・それから数年後、中学一年の時、『イツキ』という名字の親近感からか、すぐに仲良くなった友達がいた(彼は性教育もしてくれた)。ある雨の日の教室の窓ガラスが曇っていたので、遊び盛りの生徒の内の数人が、指で絵を描いたりしていた。私が指で、『いつき』と書いた後、始業ベルが鳴り、体育教師のマサが入ってきた。その日はグラウンドが雨で使えなかったので、マサの自己紹介から授業は始まった。一通り終えると、窓の落書きを見て、「お前ら元気だなあ」とか言って、「どれどれ」と懐かしい眼をしながら、落書きを話のネタにしていたのだが、私が書いた文字を見るなり、「誰だ!!『いつき(一気)』なんて書いたバカ野郎は!!お前ら、まだ中一だろう」と、大いなる勘違いをしてくれたのであった。私も名乗り出て、経緯を話そうかと迷ったが、マサ先生の大いなる勘違いの可愛らしさに、何も言えなかった。その頃と言えば、バブル経済が始まった頃であり、とんねるずの『一気』という歌が、一世を風靡していた。ビールなどの一気飲みなども、この頃から始まり、死者も出る中で、流行っていた。私は友人の名前を窓ガラスに書いただけで、決して『一気』を意識していない。ただ、『この先生は、多分、酒好きなのだろうな』と思ったが、その通りだったのが、またおかし。先生にもいろいろいるんだなと、心の中で笑いが止まらなかった。

・あらゆる教養は、好奇心から生まれる。

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悪いやつら

・産業は日進月歩で進歩し、我々の生活も豊かになるという恩恵を受けたが、本当の意味での人間の豊かさや温かさというのは消えつつあるのではないか?

・小林秀雄は東大時代、仏語の授業に一度も出席しなかったそうだ。それを心配した仏語の教授(たしか辰野教授)から、「試験だけでも受けるように」と言われ、受けたところ、教授は答案を見て、「こんなに出来るのなら、授業に出なくてよろしい」と言ったそうだ。その後も、学生時代の小林は、高価な仏語の本などを、教授から借りる仲になったらしい。小林が読んだ後には、タバコの細かい灰と、頭をかいた時の頭髪が入っていたので、本を返した後、教授は、小林がどこを読んだのか、一目瞭然だったそうだ。思えば、最近はそういう”粋”な先生が減っている。

・二十歳の頃、高校時代のいつものメンバーの友人の家で、暮れの三十日から麻雀をしていたら、大晦日の朝方、誰ともなしに、「吉野家の牛丼が食いてーなあ」などと言いながら打っていたら、早朝、麻雀好きの親父さんが、「おい、ケン。今から吉野家に行ってくるけれど、他に何かいるものあるか?」と声をかけて頂き、みんな、『聞こえていたんだな』と恐縮し、ありがたく頂いた記憶がある。それからも図々しく、大晦日の昼まで打っていたら、親父さんは何も言わなかったが、叔母さんに昼頃追い出されて、駅まで歩いて皆で帰った。その時、ケンの妹は、浪人していて、追い込みの時期だったんだよな・・・

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不浄

・人間というのは、そんなにきれいなものじゃないんだ。

・今でこそ『道の駅』は全国的に増えたが、十一年前、北海道を車で旅した際、車中泊の為に、とある道の駅で、北海道の道の駅のパンフレット(当時は無料)を頂き、見てみたら、北海道には非常に多くの道の駅があることに驚き、担当者の方に尋ねると、国鉄時代の赤字で廃止になった路線の駅舎跡の土地を利用しているところが多いからだ、と耳にした。

・司馬遼太郎氏の本によると、江戸末期、下関の彦島を英国が租借地にしそうになった時、高杉晋作が威風堂々と、古事記・日本書紀などからの話を延々としてごまかしたため、英国側が根負けして、日本の領土を守ったということである。これは、高度なハッタリである。

・俳優の渡辺謙は、『独眼竜正宗』でNHKの大河の主役を張った時は、適役ではあったが、若さと勢いが目立っていた。あれから二十年以上経った今でも、演技に磨きが掛かっているのは、本人の、並大抵ならぬ努力はもちろんのこと、白血病を患い、克服したというのが一因であるという気がしてならない。もし、病を患っていなければ、並の役者で納まっていたかもしれない。

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間違った教え

・故祖父が存命中、寺で坊主の説法を皆が熱心に聞いている時、寺の屋根瓦の修理をしていたらしい。祖母が、「何て信心のない」と言ったそうだが、祖父はボランティアで直しているのだし、そもそも寺が雨漏りしてしまっては、説法も出来ないではないか、と思った。

・人生に於ける逆境というのは辛いものではあるが、それを乗り越えなければ、充分な人格形成がなされないのも事実である。しかしながら、途中で、くじけたり、ひねくれたりする人もいる。最悪なのは仕返しを考えることである。人格の出来た人というのは、許す心というのを持っている。『許す』ということは非常に困難なことなのかも知れないが、それが出来なければ、決して幸せにはなれない。強烈な逆風を浴びても倒れず、光に向かって正しく歩もうとする者は、皆、孤独である。それを支える強靱な精神力の礎というものは、大概、若い頃の、逆境を乗り越える為の忍耐や努力から培われていることが多い。そういう人は、一生、精進しながら成長し続ける。

・高校時代、柔道部の知り合いが、アニキから、「男は度胸。女は使いよう」と教えられたと言っていたのだが、よくよく考えたら、その教えというのは、女のヒモになれって事ではないのか、と思い、そいつがギャグで言っているのは分かってはいるのだが、間違った教えだと感じた。

・人生、気合いと勇気だ。

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辞書が間違っている!!

・千円札で、野口英世の前の肖像画であった夏目漱石は暗い表情をしている。多分、神経衰弱か、胃潰瘍か、思想的なものか、もしくはそれら全部に苦しめられていた頃のものであろう。松山の道後温泉本館の坊ちゃんの間にある、若い頃の漱石の写真(確か見合い用)は、精悍そのものであり、目から鼻に抜けるような知性に溢れ、まず滅多にいない様な、涼しい目をした青年の姿であった。まるで千円札の印象と正反対であることに驚いたものである。ちなみに漱石は、東大在学中に、英語担当の教授から、『方丈記』の英訳を頼まれたり、旧制松山中学で英語の教師をしていた時に、生徒が、「先生、おかしいです。辞書にはこう書いております」と質問したところ、「辞書が間違っている!!」と言い切るだけの実力があった(漱石は政府から命じられて、イギリスに留学した)。また、当時の中国人が驚く程、見事な漢詩を書いていたそうだ。それらの才能溢れるところというのは、漱石の作品を読んだら納得が行くというものだ。また、漱石は当時の文壇の第一人者であったにも関わらず、鴎外とは異なり、口語調で作品を書いた点も斬新であった・・・私は漱石という人物は、産業革命後のイギリス留学で日本の歩む道が見えてしまった、タイムマシーンに乗った様な、唯一の明治人だと考えてもいる。

・駄目な奴・・・部屋の、ど真ん中にベッドを置いている奴。

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井の中の蛙

・後で参加しておけば良かったと悔やんだのだが、母が祖父の一周忌で、私から見て祖母の弟に当たる叔父さん夫妻と、一緒にテーブルを囲む機会があったそうだ。叔父さんが、般若心経について詳しいと以前に聞いたことがあり、私は母が旅立つ前に、機会があったら聞いてみたい質問を母に依頼していた。母も数十年ぶりの再会という事もあって、話題もなかったので、何気なく、聞いてくれた。すると、叔父さんは、般若心経の詳細な講釈をして下さったそうだ。母はお経を耳で覚えたので、叔父さんの講釈について行けず、本を紹介して頂いた。叔父さんは、大変信心深い方で、日本のメジャーな仏教を全て網羅していらっしゃる旨を後日聞き、驚きと同時に、自分がいかに、『井の中の蛙』であったかを思い知った。と、同時に、私の中で、仏教についての好奇心に火が点いた。また叔母さんも、お茶、生け花の師範であると同時に、栄養士の資格も持っていらっしゃるそうだ。うちの母と同じ漢字で、同じ名前なのに、えらい違いだな、とも思った。祖父の一周忌の際には、手早くいくつものお花を生けて下さったそうだ。叔父さんは、現在、81歳、私は会ったことがない。一度、仏教について、ご教授して頂ければ幸いだったなあ、という思いが胸に溢れた。母の話を聞く限りでは、叔父さんは巨大な山だな、と感じ、久々に自分の好きな分野で大いなる目標が出来た。嬉しくて嬉しくて仕方がない。叔父様、叔母様が、これからも元気でいらっしゃることを心から祈る。

・我欲の為の願などかけるものではない。叶おうが、叶うまいが、心が窮屈な状態で、幸せなどやって来る筈がない。むしろ、自分だけでなく周りにも迷惑をかけるのが関の山だ。

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ハマり役

・全く同じ文章を書くとしても、十人いれば十人とも、句点や句読点や括弧の書き方や漢字の使い方などが異なる。その人の文章の癖には、それぞれのスタイルがある。私が考えるにも、文章の用途によっても異なるが、書く人のこだわりを除けば、読み手が解りやすい方がいい。

・笑福亭鶴瓶が悪党を演じている時に見せる、あの、『ニターー』とした笑顔の奥の眼が、何とも言えずハマり役で、凄みすら感じる。

・昔、就職活動で日経新聞を読んでいる奴が多かったが、当時の私の世界は狭く、読んでもパッとしない、重だるいものの様に感じた。それから十数年が過ぎ、いろんな学問に手を出した私が読んでみたら、多角的に情報判断できるようになった(相変わらず重だるいが)。よくよく考えてみると、あの頃、就職活動で読んでいた奴も、大して解ってはおらず、意味がなかったのではないのか、という懸念を、私は抱かざるを得ない。

・過去にしがみつくな。前だけを見つめて、今現在、自分がどうであるか、将来どうなりたいか、そのためにはどうすればいいか、よくよく考え、実行すべし(自戒の言葉)。

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足元を観る

・少し前の話だが、作家の村上春樹がイスラエルでの講演を依頼された時、パレスチナ問題を取り上げ、イスラエルを非難したと聞いた。そんな村上春樹に・・・あっぱれ!!だ。

・母がウオーキング用に靴を買いに行くというので、ついて行ったら、安い方の靴を選ぼうとしたので、私は、「(母が右足のくるぶしを痛めていたこともあって)長く続けたいなら、靴はケチらない方がいい」と、アドバイスした。それが約一年前のことなのだが、母曰く、「この靴を履いたら、他の靴が履けなくなる」と喜んでいた。ちなみに、ウオーキングの方も長く続き、いいダイエットになっている様子である。

・若くして結婚しても、子宝に恵まれぬ夫婦で、三十五歳を過ぎた頃から、会社にいる旦那の携帯に、奥さんから、「今日が排卵日だから、一刻も早く帰ってきて欲しい」というような指令が降るらしい、と小学校時代の友人から聞いたことがある。幸い、その夫婦は子宝に恵まれたそうだ。その代わりに、旦那は小遣いを減らされ、外で飲みにも行けない状態らしい。

・整理整頓のコツの一つは、掃除の後のラックなどに、物をぎちぎちに詰め込まないで、ある程度、余裕のあるスペースを残しておくことだ。

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時代は巡る

・私は、無理してでも、若いうちに欧米を旅してきて良かったと思う。それまで勉強してきたことの確認や、民族性、文化の違い・・・様々なことをを観察してきた。そして、改めて、私の祖国である日本という国を客観視することが出来た。しかし、それも、十五年前のこと。今では、もう、確認してきたに過ぎないであろう。現在は、世界が大きく変わろうとしている激動の時代である。

・最近の新聞は、どこを選んでも、中身も文章も薄っぺら過ぎて読むに耐えられない。ネットで調べる方が、明らかに良い。とは言っても、新聞を取らないと、何か落ち着かない貧乏性でもある。

・高校時代の数学の教師が、(台風の時には休校となるので)一晩中、台風情報を見ていたらしい。しかし、その台風は加速的に日本列島を通過していった。次の日の授業中、その教師は、「休校になると思っていたのに眠くて仕方がない」と文句を言っていたのだが、生徒が言うならともかく、教師にあるまじき発言だと思った。少しは真面目に勉強を教えろよな、と常々思ってはいたが、根本的に解っていないから、教えられるはずもない。私はいつも寝ていた。

・基本的に日本の漫画ブームというのは、手塚治虫に始まり、氏の死去により、一つの大きな時代が終わった様に思われる。氏が晩年、語っていた映像では、「アイデアは、いくらでも出てくるのに、体が付いてこなくなった。(漫画を書くのに重要な)円が描けなくなってしまった」と、悔しそうに語っておられた。

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流行について

・日本語の文章で、熟語なりなんなり、漢字が少ない文章というのは締まりが無いと感じる。逆に、ほとんどの人が知らない熟語や、漢字が多すぎる文章というのは、本来の姿ではあるのだが、時流には勝てず、解りにくい面が出てしまい、淘汰されてゆくのだろう。

・高一の時、知り合いが、「部屋に冷蔵庫が欲しいよな」と言っている意味が一年後に解った。

・ファッション(流行)というのは、追いかけていたら切りがない。所詮、業界人とか、代理店とか、業者などが勝手に決めているものである。それに踊らされるよりは、自分が拘るべきものを、本当にいいものとして大切にする方がよっぽど賢い。ただし、センスにもよるが・・・

・私が中一の時、学校の近くの教会から、生徒一人々々に新約聖書が寄贈された。私も一冊もらい、さっそく表紙をめくると、タイトルと教会名の下に、(この聖書は売れません)と書かれてあった。私は幼心に、信仰を押しつけられているようで嫌だな、と感じた。現在、私は仏教徒だが、二十五年経った今でも、その聖書は本棚にある。

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お金は何のためにあるのか

・しっかりとした方言変換機能のある言語ソフトがあったらいいのになあ・・・

・十月から新聞を日経に代えた。経済学は一番嫌いなのであるが、3.11以降、世界経済(とりわけ日本経済)の行方が気になったので読んでいる。今は、日経のクセに慣れる為に、一時間ぐらいかけて、全部読んでいるが、当面の目標タイムは、30分以内で読むことである。

・以前、武田鉄矢が、「ゴルフにしろビリヤードにしろ、一般の方は男ばかりがやるでしょう・・・それはだねえ、玉を穴に入れるという男の本能に根ざしているんですよ。多分女性にはわからないだろうなあ」としみじみと自説を説いていた。それを聞いた私は、そんな事考えてやっている奴などいないと思った。

・十年程前、私が幾度かの旅を経て感じたことを友人に言った。「金は便利を買うためにあるものだ」と。すると、すかさず友人は、「金は時間を買うためにある」と応えた。私は、この二つは同じ概念だと思っていたが、実は似て非なるものと考えるようになった。と、同時に、友人は真面目なんだなと思った。しかし、十年も経つと、彼も変わっているだろうから、今は、どう受け止めているのかは知らない。

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位負け

・世界中で景気が低迷する中、いろんな情報を調べているが、結局、この不景気がいつ終わるのかは誰にも判らない、という事だけが解った。

・高校の卒業文集で、『自分は大器晩成だと思っていたが、そうではなかった』と書いている奴が二人いた。たった十八年生きただけで、よくもそんな事が書けるな、と思った。

・英語を始め、多くの国の文章というのは、アルファベットの様な単一文字で書かれている。その点、日本語は、ひらがな、カタカナ、漢字、横文字など、バラエティーに富んでおり、機微に富んだ、細かいニュアンスまで伝わるという良さがある。しかし、この事が、単一文字を使う国の人々にとっては、日本語の読み書きで、相当、苦心する点なのだろう。反面、単一文字を使う人々は、一つの単語やフレーズに、いろんなニュアンスがあるので、日本人としては、例えば、詩などでも、意味を掴むのに想像力を要する面がある。どちらの言語形態が良いのかは、解らないが・・・

・小泉・・・巨泉に名前で位負けする男。

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矛盾してるぞ

・幸福のスタイルというものは、人によって様々だけれど、少なくとも私は清貧でいたいと考えている。欲にまみれてしまっては、肝心なものを見落とす。

・私は、自分の知らないことや、やってみたりしたことのない事を、一方的に非難する人間は相手にしない。経験していないことを、あれこれ言うのは、単なる我が儘か、時流に乗っているだけの、おバカさんだ。少なくとも私はそういう人間にはなりたくはない。固定観念の塊にはなりたくはない。

・自分で釣った魚を家に持って帰っておきながら、殺生している気分になるから食べない、というのが一番の罰当たりである。

・ヴァレリーの本は難解だが、熟読すると面白い。ただし、相当、疲れる。本を読む分には、さほど苦しまないが、内容について、何日も、じっくりと考えていると、ヘタり切ってしまう。

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おんどれ

・人間の味覚とは不思議である。何も味覚だけのことではあるまいが、舌が味に慣れるという現象は、順応性を意味しているのか、味覚神経、すなわち脳が味を記憶してしまうということだ。つまりは、順応性を利用して、人の味の好みさえも、変えられる、ということになる。

・将棋の棋士である故升田幸三が、終戦間もない頃にGHQに呼び出された時に、故郷の広島弁で、「おどれ」と言ったら、通訳から意味が解らないと言われ、すかさず、「おどれというのは、あなたさまという意味だ」と言ったらしい。その後、将棋の取った駒を打ち返すことについて聞かれて、「おどれらの国のチェスはどうなっとるんじゃ。キングを逃がすためなら、クイーンを犠牲にしとるじゃろうが。日本では、昔から、戦の時は、女、子供は逃がしとったんじゃ」と、反論したので、相手も驚いたとのこと。そのおかげあってか、今日の将棋界がある。

・極端な話だが、全部一円玉で、ある程度の商品を購入する場合、手間が掛かりすぎる(営業妨害に繋がる)ので、店側は販売を拒否することが出来ると、ガキの頃に何かで読んだことがある。

・今は亡き、孤高の碁打ち、藤沢秀行名誉棋聖は、碁や将棋を始めとして、あらゆる芸を本気で磨くなら、「まずは骨格を充分に作ってから、筋肉をつけろ。それが基本だ」と語っていた。また、「(将棋の)羽生君も、冷や飯を食わなきゃいかん」と言ったのが、印象的だった。

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今時の政治家

・私は、車の旅の途中で、やむをえず人気のない墓地のトイレの横で車中泊をしたことがある。

・とある披露宴で、とある大学教授がスピーチで新郎について、面白い事を言っていた。曰く「学生時代、いくら勉強が良く出来ても、仕事が良くできる人は少ないのです。その点・・・」というような内容だったと思う。その時、私は思った。『仕事はもちろんのこと、人間関係、ひたむきな努力、家族の事・・・』数え上げたら、切りがない。私は次のように考えた。結局、自分の器を磨き続け、成長しなければ、すぐに振り落とされる世界なんだ、と。どんな人でも、楽な生き方は無いと、身に染みて感じた。

・人間らしい思考を司る脳の部位は、前頭葉のやや上部にあるとのこと。例えば、アインシュタインは、その部位が大きかったらしい・・・もっとも、それが実証されたのは、精神病治療の為に、その部位をとり除く、『ロボトミー』という、間違った医療で証明されたという皮肉の歴史を持つ。

・今、政治家は皆小粒になってしまったが、昔は東大の金時計やらたたき上げの人が多かった。中でも、現に、みんなの党、党首、渡部喜美の親父である、渡辺美智雄(自民党時代)のドスのきいた眼は、今でも忘れられない。

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単に『愛』が全てと言う前に

・『愛』という概念がやたらと強調されるのは、それが無いからではなく、人生をやっていったり、世界平和を考えたりする時に、他に、万国共通の解りやすい言葉がないからだ。また、人間には、白い面と黒い面があるという矛盾を忘れがちだ。白いことだけを言っても、理想論に過ぎなくなる。人を愛したり、平和を訴える前に、まず、自分の黒い面と徹底的に向き合い、苦しみ抜いた上で、認め、矛盾した自分が内在することを自覚した上で白いことを言え。

・ゴルゴ13では、ルーマニアのチャウシェスクを暗殺も、ダイアナ妃の事件もネタにしていた。今度の餌食は多分、ウサマ・ビン・ラディンであろう・・・よく考えると、外交問題に発展しかねない漫画である。いつか、作者である『さいとうたかを』がシューティングされるであろう。

・ファミコン好きだったある後輩が、中学時代に初代ファミコンを長時間やり過ぎて、本体から火が出たそうだ。就職面接の時に、サービス業と言うこともあり、ファミコン関係のネタで盛り上がり、内定をもらったと聞いた。

・確かに孤独には辛い面もある。しかし、それに打ち克って行かなければならない。所詮、人間なんて、独りで死んでゆかなければならないという宿命にあるのだ。残された者の方がよっぽど辛いということを忘れてはならない。

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First Love

・私の大人になってからの初恋は高二の時だったが、子供の頃の初恋は、幼稚園に入る前だった。しかも、一辺に二人好きになった。

・漢字や送り仮名に迷った場合、漢字は、その漢字の主に音読みで何か熟語がなかったかと、意味でひたすら連想し、その漢字に辿り着こうと努力する。他方、送りがなの場合は、その漢字の訓読みの活用を頭の中で並べてみて、しっくりとくるもので思い出す。漢字や送り仮名を思い出せない時のコツである。

・何で、世の中、人同士がいがみあうんだろうな・・・悪人は論外としても、見栄っ張り、嘘つき、陰口、自慢、悪口、暴力・・・数え上げたら切りがないが、私利私欲にあふれている、『ドングリの背比べ』みたいなものだ。醜い。まともな人間から見たら、馬鹿々々しく映る。

・父が他界した後、仏壇に線香を上げに友人三人が来てくれた日があった。ビールでもてなすと、部屋に蚊がいることが判明。即座に蚊取り線香を点けた。すると、友人のうちの一人が、「蚊取り線香は日本製じゃなきゃ駄目なんだ。他の国のは全然効かねえ」と言っていたのだが、私は外国製の蚊取り線香を使ったことがないし、蚊取り線香が本当に効くのかも判らなかった。いろんな話をしているうちに、私の足下でくたばっている蚊がいた。友人の言葉が実証され、あまりにも説得力を帯びたのは言うまでもない。

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学問の神様

・大地震に強烈な台風・・・ある意味、小松左京はノストラダムスより凄い予言者なのかも知れない。

・嘘で人の悪口ばかり言って笑いを取ろうとしていた嫌われ者が、渋谷の、今は無き、『道頓堀劇場』に行ったらしく、二十歳のくせに、「久々に生の姉ちゃんの素っ裸を見たわい」と言っていたのだが、そいつが去った後、皆が、「あいつ、多分、初めてだぞ。また嘘をカマしてやがる」とシラけていた。オオカミ青年恐るべし、誰も相手にしていなかった。

・一般に、学問の神様と言えば、菅原道真公であるが、学問の神様というものは、本当にいる。例えば、ある学問上の疑問で壁にぶち当たった時、悩むのは当然であるが、常に無意識ででも考え続けると、さながら広い図書館の中から幾冊かの光る本が見つかる様にして、一気にブレイクスルーを起こすことがある。その時、学問の神が降りているのだ。もっとも、スポーツで勝利の女神を引き寄せるために、死ぬ程、努力する様に、学問の神様も、死ぬ程、脳に汗をかいた者にしか降臨しない。

・私は男子校だったので、体育の授業で、梅雨の雨の中でも水泳をやらされた。水の中では、まだ、運動しているので我慢できたが、水からあがった時には風が肌を差し、寒さの中で、皆が震え上がっていた。それでも誰も風邪を引かなかったのは、多分、若さのせいだろう。なんだか懐かしい。

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大砲ポット

・東大寺の戒壇院は、料金を取られるが、その中にある四天王像は、風貌といい、輪郭といい、奈良時代のものとは思えない程、見事である。是非、観るべし。

・お茶を飲む習慣が付くと、電気ポットですぐに熱湯が出るというのは、大変ありがたい。しかしながら、昔ながらの電気ポットを長く使うと、何かの結晶が溜まり、給油ボタンを押しても出てこなくなるのは問題である。現に、うちのポットは湯を沸かす時に、海賊船が大砲を撃っている様な音がする。そろそろ寿命だろう。

・なろうと思ってもなれない確率の方が圧倒的に高いから諦めるというのには、私は感心しない。例えば、宇宙飛行士のように、どんなに確率が低かろうと、なろうと思わなければなれないものに人生を賭ける、という方が私の好みだ。心から好きなことの為ならば、努力を惜しまないはずだ。結果、なれたらありがたいことだし、報われなくても、汗を流した分だけ、自分が成長しているのだから、それはそれで別にいいいじゃないか。Going my way.なのがいい。他人に迷惑をかけない限り、我が道を行けばいいし、自分で選んだ道ならば、悔いもないはずだ。そのためには、ハートのある道を貪欲に求め続けれなければならない。倦怠感に浸っている暇はない。

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電話番号非通知なのに・・・

・田中角栄は妬まれることが多かったらしく、「妬むよりは、妬まれる方がマシだ」というようなことを言っているが、私はこの意見には賛同しない。私は、妬む人間にも、妬まれる人間にもなりたくはない。人間として、仏教でいう『中道』を行くのが、もっとも望ましい。

・修学旅行の時、原爆ドームで、爆心地近くの石段に人の影が写ったという話を仲間に説明した。「ピカドンで、その人の体の中の炭素か何かが焼き付いたんだろう」と。ちなみに、ピカドンとは、原爆のことで、ピカッと光って、後からドーンと音と爆風が来たので、こう呼ぶのだ。

・最近判明したのだが、うちの母親は、折角、固定電話をナンバーディスプレイにしているのに、電話番号非通知の電話まで取っていたらしい。これでは全く意味がない。少し頭が弱いのではないかという疑念を抱かざるを得ない。非通知の電話なぞ、取っても嫌な思いをするだけだ。

・十年くらい前だろうか、友人の店でカウンターで飲んでいたら、歳が五つぐらい上の常連さんの床屋さんと仲良くなった。何度か通っているうちに、その人が笑顔で、「おまえの髪を切らせろよ。いろんな所を、きれいにしてあげたいっていうのが、床屋のやりがいなんだよ」と嬉しいことを言って下さった。是非とも切ってもらいたかったのだが、なにせ、散髪料金よりも電車代の方が高く付いてしまう事を話したら、残念そうな表情。本当にいい人だな、と思った。

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『情緒』の読み方について

・仏教でいう『正しい』という概念は、私の中では、次のように解釈している。『心が欲にまみれて泥水になっていない状態であり、丁度、穏やかな清流の水が透明なような心の状態を指すものだ』と。

・台風が来ると、昔は『桶屋が儲かる』時代だったのかも知れないが、今では、『風が吹けば、ガラス屋が儲かる』時代である。

・TVの麻雀番組で、蛭子さんは、麻雀がヘボだった。皆、そう言っていた。しかし、対局の途中で、一人、カップラーメンを食べる技など、愛嬌はあった。私の麻雀友達などは、「蛭子さんと打てたらなあ・・・いいパトロンになってくれるんだけどなあ」と、カモがネギを背負っている様な目で見ていた。よくよく考えてみると、蛭子さんは本業のマンガの方も相当ヘボである。しかし、憎めないところに、人徳がある。エビスという名字通り、得な性分だ。

・『情緒』という熟語は、一般的には『ジョウチョ』と読まれるが、本来は『ジョウショ』と読むべきであると習った。確かに、『ジョウチョ』と読んでしまっては、漢字とのバランスが悪く、趣がない。少なくとも私は、あえて、『ジョウショ』と読むことにしている。

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