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『モモ』について その3

 十年ぐらい前、私は、『お金』と『お金の仕組み』について、ものすごく悩んでいた。経済学が一番嫌いな学問でもあった。『今の地球はお金で回っている』と考え、それが現代哲学なのだろうな、と哀しい気持ちで考えていた。当時は元気だった、父方の祖母も、私を諭すように、「ええか、人間最後に頼りになるのは金なんやで」と、人生の修羅場を乗り越えてきた上での極意みたいな事も教えてくれた。それでも、私の心は一向に晴れず、何か違う仕組みはないかと悩んでいた。

 そのことを、ある友達に打ち明けると、なんと、ミヒャエル・エンデもそのことというか、『お金の仕組み』で悩んだ人だと聞いた。偶然と言えば偶然なのだが、エンデという人は、何者なのだろうと、本を何冊か読んでみた。また、NHKの番組でも、特集が組まれていたらしいが、当然のことながら、私は観てはいない。しかし、地域通貨に関してや、『思いやり』というもの(例えばボランティアなど)が、一定の評価を受ける仕組みを模索していた。

 また、『モモ』は、大人が読んでも真相が解りにくい(全体で何が言いたいのか解らない)作品なので、エンデの元に、いろんな意見が寄せられたらしいが、ある人が、作中に出てくる、『灰色の男達』という時間泥棒は、実は『お金』について語っているんじゃないか、と指摘したところ、エンデは、まさしく我が意を得たり、と喜んだそうである。そのことを知りながら、『モモ』を読んだのだが、まだ私の中では解釈し切れていない。私が、昔、ある友人に、「金とは便利を買うためにある」と話したら、友人は、「金とは時間を買うためにある」と話していた。どちらも間違ってはいない。ただ、エンデ自身はもうこの世の人ではない。

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