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『モモ』について その2

 今からおよそ十年ぐらい前に、友人の勧めで、ミヒャエル・エンデの『モモ』を購入した。読んではみたものの、一章で力尽きた。翻訳が悪いとは言わないが、同じ外国の詩集でも、訳す人によって全然駄目になってしまうことが多い。詩でいうなら、某堀口大學の訳なぞは、ひどいものである。ある友人が言っていた。「本気で訳すとなると、その国の言語や文化、歴史、その他、大勢の知識が必要だ」と。そんなこんなで、エンデの『モモ』は、私の本棚に、ずっと眠っていた。

 読もうと思ったきっかけは、今月、ある友人とサシで飲んだ際に(過去のblog参照)、話題に出たからである。友人は、「確かにあれは読みにくい。でも、我慢して読んでいくと、残りの1/3が面白くて、為になる」と言っていた。その友人と別の友人で、『モモ』について、いろんなテツガク談義が交わされているという。私は家に帰り、本棚から十年ぶりに『モモ』を取り出し、長い封印を開けるべくして、最初っから、読み直してみた。やはり読むのがしんどかったが、何とか食らいついて、読破した。ファンタジックな不思議な話だったが、所々に、大切なことが記されていた。

 『灰色の男達』とは何を意味するのか、『カシオペイア』という亀は何なんだろうとか、『マイスター・ホラ』とは何者なのか、『時間の華』とは何を暗示しているのか、『モモ』とは一体何者なのかなど、読後に考えてみた。・・・解らない。友人は最後の方で、必ず泣けるフレーズがあると言っていたが、私が感じたのは、得るものが大きければ大きいほど、それだけ、失うことも多い、ということである。まとまっていないが、とりあえず、友人達のテツガク論争に加わりたくて仕方がない。教えてもらうことの方が、多いのだろうけれど。。。

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