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2010年12月

今年もいろいろあったなあ

 今年を振り返ると、いろいろあったなあ、とぼんやりと思う。まずは、今年も一年間、無事にblogを毎日書けた事に感謝したい。もう書き始めてから、三年半以上の年月が流れた。いろんな事を書いてきたけれど、悪口だけは、できるだけ避けてきた。当たり前の事だが。

 花見に行ったら、全然咲いてなくて、悔しくて次の週に行くという、何とも間抜けなこともした。夏はめちゃくちゃ暑かったし、そんな中で、親父の三回忌も無事に済んだ。また、夏バテして、食事が喉を通らず、夏に友達と集まった時に、箸が進まなかった覚えがある。

 秋にはストレスが溜まりすぎて、東北に旅に出て、いろんな方からいろんな事を教わった。奥松島のユースでは、大阪から来たというT君とも知り合った。彼はちょくちょく、このblogを読んでくれているみたいだ。ありがたい。何故解るかといえば、アクセス解析をすると、個人情報は判らないにしても、大阪からのアクセスだと判るのだ。他にも、いつも観てくれている人が何人かいるのは、大きな励ましになっている。感謝したい。あくまでも、個人情報が判らない事は事実だ。私のblogは、多くても、アクセス数が50ぐらいなので確認できる。無理して増やすつもりは全然ないし、何より、読んでて疲れるblogだろうと思うのだ。

 さて、今年一年を振り返って、祖父の他界は悲しかったが、良い事もたくさんあった。月日が流れるのは早いな、としみじみと思う・・・今年一年の感謝と共に、皆様、よいお年を!!

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大掃除を始めようか

 大掃除を始めようかって、既にやる気がない。部屋に本が溜まりすぎて、もう、にっちもさっちもいかないのだ。大掃除のコツはわかっているのだが、せいぜい、いらない段ボール箱を捨てるくらいになりそうだ。半年ぐらい前に、友人が来た時、開口一番、「もう少し掃除した方がいいんじゃねえのか」と言われたが、私は、パソコン中心に、資料を集めているだけであって、自分の使いやすいようにしているだけなのだ。昔は、勢いで、いくらでも本を買っていたが、最近は置く場所がないので、買い控える事にしている。

 考えてみれば、i-padとは革命的な製品なのかもしれない。安く本が買え、スペースを取らず、一遍に何冊もを持ち運びできるというのはすごい事だ。夏に集まっていた友人の一人がi-padを既に使いこなしていた。私も、もっと、i-padのインフラが整えば、購入するだろう。

 しかしながら、自分で書いた本というものは、普通の一般書籍として、重みのある本の形態を取りたいものだ。これは作者の我が儘なのだが、どんなに汚れても、その方が大切に扱ってもらえる気がしてならないのである。また、作者の達成感みたいなものもある。

 話を大掃除に戻すならば、私はパソコンは既に大掃除済みである。後は、居間の蛍光灯を取り替えたりと、一応予定はあるのだが、自分の部屋では、パソコンやTVやコンポをきれいにしてあげるくらいしか、思いつかない。エアコンぐらいは掃除してあげようかな・・・

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『移ろい』

 日々の移ろいは 儚くて

暑い夏も いずれ 冬を迎える

もしも 人生が 春夏秋冬ならば

人はどうして 冬を迎えるのか

 華散る秋が あきらめの季節ならば

私はのどかに それを受け留めよう

秋は実りと寂しさと

自分を見つめ直す時季なのだ

 もしも私に 冬がやってくるならば

人生の最後の一日だけでいい

 季節が移り変わる様に、

人も相応の人生を歩まねばならぬ

 いずれ私に 冬が訪れようとも

すべての覚悟は 出来ている

 天とは不思議なものであり

とびきり暑い夏を過ごした者にしか

短い冬を許してはくれない。

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キーボードカバーのへたり方の変化

 今日は珍しく、朝の五時に起きた。というのも、床屋と銀行と買い出しに行きたいからである。床屋は朝一番に行ったら、9:30には終わる。それから銀行に行き、母を拾っての買い出しである。思えば、一ヶ月前に十万おろしたのだが、なんやかんやで、既に、二万まで減ってしまった。新年会などのために、今日も数万おろす予定である。毎年、12月と1月は、知らないうちに金が消えてゆく。

 早起きしたのは、いいものの、寒すぎる。部屋で吐く息が白く、手は完全に麻痺している。右腕は痺れ、どちらの手の指もキーボードを打つのが辛い。と、キーボードを観察してみると、以前書いた、『キーボードの汚れとポーの黄金虫』というブログの時と、明らかに、キーボードカバーのへたり方が異なっている。

 以前書いたときは、私の癖で、右手は浮かして書くのに、左手は置いて書いている事から、左手のホームポジションである、『F、D、S、A』キーがへたれていると書いたのだが、今回は、まんべんなくへたれている。そして、スペースキーのへたれが、最もひどい。

 スペースキーが一番へたれている事は納得がゆく。日本語入力の変換に使うからである。後は、ENTERキーがへたれているのも同様に納得がゆく。しかし、僅か数年で、何故へたり方が変わったのかは原因不明である。バランスがよくなったのかなあ・・・

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寝ぼけ頭

 寝ぼけ頭が、いつまで経っても、すっきりとしない。今日は考え事をするのをやめておこう。

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サンタクロースの贈り物

 昨日の朝の話である。

母:「サンタクロースがやってきたよ」

私:「そう。サンタさんは野口英世か福沢諭吉か迷ったと思うなあ・・・」

母:「諭吉様だったよ」

私:「それで正月越せるんじゃない?」

母:「(弟の)子供達にクリスマスプレゼントあげようかなあ」

私:「それもいいけど、たまには自分のためにお金を使ってみたら」

母:「使う当てもないしねえ」

私:「誕生日プレゼントに、口紅代とられたし、サンタさんも滅多に来ないんだから、宝くじとかに使うと罰が当たると思うよ。大切に取っておきな」

母:「それもそうだね。サンタさんは気まぐれだから」

私:「悪い事言わないから、たまには、自分のために使いい・・・って、甘いもの買っちゃあ駄目だぞ、サンタさんは母さんの糖尿病も知っているんだから」

母:「ありがとうね、サンタさん」

 このおかげで、私の財布には万札が残り一枚になってしまった。銀行、いつまでやっているんだろうなあ・・・

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独り者のたまり場になっている

 昨日のクリスマスイヴのblogには、稲中の『サンタ狩り』のネタが、アクセスの半数あまりを占めた。複雑な気持ちである。何か、独り者の、たまり場になっているようで、哀しい気持ちがした。もう、三年前の作品なのだが、何で、今年だけブレイクしたのかは解らない。実際に、Googleで検索してみると、上位を占めていた。あれは、あくまでも、ブラックジョークとして書いたもので、本気になってもらっては困る。クリスマスというのも、なかなかよいではないか。別に、彼女がいるいないの問題じゃなく、一面に光の祭典の様に街が輝く。

 私はそろそろ寝ようと思うが、昨日書いた、現在のクリスマスイヴに対しての捉え方について書き下した詩は、あらゆる恋人達に向けて打ったものでもある。もちろん個人的な感情などもあるが、X'masを祝うものだという事は理解していただきたい。迷いと、試行錯誤の中で下地をどれだけ書いたか解らない。それを、私が想う、一番大切な人のために、必死で書いた。(眠くて頭が回らないのだが)クリスマスを祝うために、久々に詩を書いた。出来、不出来は、私には関係ない。ただ、『サンタ狩り』のアクセスばかりが殺到したのには腹が立つ。

 大概、そういうやつに限って、何も出来もしないのだ。『サンタ狩り』をする暇があったら、街に行って、女の一人でもナンパをしろ。俺の友達でも、ナンパがきっかけで結婚した奴もいる。

 まあ、でも、一人っきりのクリスマスが寂しいのも解るけれど、寝ていたらサンタさんがやって来るかもよ。さっき一万円札を入れた靴下を、お袋の枕元に置いてきた。さて、俺も寝るか・・・

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『吐息の季節』

  吐息の季節が、今年もやってきた

 街ではもう、雪は降らないが

 イルミネーションの中に、皆、光り輝く

 一番大切な日々が押し寄せる

  田舎から出てきて、手を組む恋人達や

 何もかもが嘘に思えてならないけれど

 今日は、確かに、貴女とここにいる

 不思議な気持ちの中で、歩いてゆく

  前に思っていた、様々な

 多くの葛藤を

 貴女も私も想い出す 

   そんなことはどうでもいいんだ

    そんな事は何ら、意味を持たないんだよ

     要は、引きずらない事だよ

      勇気はどこからやってくるか?

     覚悟に伴う決断力からだよ

    焦る事はないけれど、チャンスは一度しかないからね

   だから人生は面白い(byスナフキン)

  少しの酔い加減で、砂浜に出た

 二人で寝っ転がって、じゃれあって

 潮騒の中、願い会えば、

 きっと、宙宇の星々が

 かなえてくれる事でしょう

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カボチャ食べ忘れた

 昨日は冬至。言うまでもなく、北半球では最も夜が長い一日である。我が家でも、毎年『ゆず湯』につかる。というより、ほとんどのご家庭ではそうしているのではないだろうか。昔、銭湯の大きなお風呂に、これでもか、というほどの、ゆずが入れられてる映像を見たことがある。実際ゆず湯に入ってみると、上品なシトラス系のフレバーがする。私はゆずで体中を磨いた。何だか、すべすべして、良い香りがする。私の母などは、うどん類を食べるときには、唐辛子でなく、ゆずコショウを入れて食べている。そういえば、昨日は、母が風呂に入る際に、弥吉君のシャンプーもしてあげていた。弥吉君がバスから出てくる時が面白い。炬燵に座っている私めがけて、ダッシュでやって来るのである。母がバスタオルである程度拭いてあげているのだが、『なんなんだこれは!!』という感じで、私に突進してくる。そして、絨毯の上でゴロゴロゴロゴロと、まるでブレイクダンスでも踊っている仕草をする。一段落したら落ち着くのだが。

 そうそう、何で冬至にゆず湯に入る風習ができたのかと、いろいろ調べてみたが、まず、『冬至』と『湯治』を掛けているそうだ。また、『ゆず』は『融通が利きますように』との語呂合わせから来ている事を知った。また、これは私も知らなかったのだが、冬至にはカボチャを食べる風習があるという。よく調べてみると、冬至には最後に『ん』が付く食べ物を食べると運気があがるそうである。昨日の我が家では、うどと、うなど、を食したため、一応、運気はクリアしてはいるが、カボチャには、金運上昇の効果があるという・・・しまった、カボチャを食べ忘れてしまった。ところで、今日食べても、効果があるのかなあ。疑問である。

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あらゆる試みを受け入れよう

 天命を信じて、宿命を待つ・・・私はあらゆる試みを受け入れよう。

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お経が泣いている

 毎日、母と仏間でお経を唱えるのだが、私は般若心経だけを、ずっと唱えてきた。母も、意味は解らないらしいが(私が何度解説しても)、自力で覚えた。私の家は浄土真宗なので、本来は、般若心経は唱えないらしいと、何かの本で読んだことがある。後は、日蓮宗も唱えないらしい。しかし、家は、ありがたいお経だから、本来の浄土真宗のお経と共に読んでいる。

 実は、最近まで、私は浄土真宗のお経は読んでいなかった。母がそれを読むのを聞いて、ジッと、正座していた。しかし、最近、何のきっかけからかは覚えてはいないが、ふと、私も読みたくなった。実際読んでみると、母の読み方がめちゃくちゃなのが判った。ただ、勢いだけで読んでいることに気がついたs

 母は、「気持ちの問題だからいいのよ」と言ったが、私は断固として、「お経を覚えるには最初が肝心なんだ。正確に読めるようになってから唱えるべきだ」と主張した。すると、「ブレスが難しいのよ」と反論してきたが、あっさりと、「それじゃあ、お経が泣いているぞ」と私が言うと、母も正確に唱えるように、努力しだした。

 母の誤りとは、濁点を読み落とすというものだったので、すぐに修正が効いた。浄土真宗のお経とは、行き着くところ、阿弥陀仏に帰依するという思想なので、お経の最後の、『南無阿弥陀仏』というところが肝心なのだが、現在、他のところも研究中である。

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やっと終わった

 大学時代と中高時代の友人達との新年会の日程と人数が、やっと確定した。大学時代の友人達との新年会のスケジュールは、わずか四日間で確定したのに対し、中高時代の新年会は半月以上時間がかかった。この差は一体何なんだろう?とぼんやりと思った。

 大学時代の友人の、一番早いリプライは、送って10分後には、やってきていた。ほかの友人も含めて、そのレスポンスのよさに驚いたものである。しょっちゅうメール確認していなければ、こんなに早くは決まらない。私も一日に三回ぐらいメールチェックをしているが、彼らの元には半端じゃない量のメールが毎日届くのだろう。

 中高時代の友人達に送った新年会のアンケートは、十二月の頭から始めて、やっと、昨日をもって決まった。こちらはリプライの早い友人もいたが、ずっと膠着状態だった。日取りはすぐに決まったものの(早い者勝ちだから)、レスポンスの悪い状態が続いていた。まあ、みんな、師走のこの時季は忙しいから仕方がないのだが、誰かが突破口を切ってくれるのを、じっと待った。私が指定した日にスケジュールを合わせてくれるべくして、大体の人数が決まった。昨日、一昨日がツメの日だった。店などは、別の友人にとってもらうようにした。毎年その友人とのコンビで新年会の幹事をやっている。

 どちらにしろ、疲れた。このスピードの違いから、大学時代の友人との新年会のアンケートを先に回すのは、仕方のないことなのである。私にとっては、どちらの友人達も、ものすごく大切なのだが、四日で決まるものと半月かかるものなら、四日の方を優先せざるを得ないのは、当然のことである・・・ふぅ~疲れたなあ、と言っても、これが毎年のことなのである。

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『モモ』について その3

 十年ぐらい前、私は、『お金』と『お金の仕組み』について、ものすごく悩んでいた。経済学が一番嫌いな学問でもあった。『今の地球はお金で回っている』と考え、それが現代哲学なのだろうな、と哀しい気持ちで考えていた。当時は元気だった、父方の祖母も、私を諭すように、「ええか、人間最後に頼りになるのは金なんやで」と、人生の修羅場を乗り越えてきた上での極意みたいな事も教えてくれた。それでも、私の心は一向に晴れず、何か違う仕組みはないかと悩んでいた。

 そのことを、ある友達に打ち明けると、なんと、ミヒャエル・エンデもそのことというか、『お金の仕組み』で悩んだ人だと聞いた。偶然と言えば偶然なのだが、エンデという人は、何者なのだろうと、本を何冊か読んでみた。また、NHKの番組でも、特集が組まれていたらしいが、当然のことながら、私は観てはいない。しかし、地域通貨に関してや、『思いやり』というもの(例えばボランティアなど)が、一定の評価を受ける仕組みを模索していた。

 また、『モモ』は、大人が読んでも真相が解りにくい(全体で何が言いたいのか解らない)作品なので、エンデの元に、いろんな意見が寄せられたらしいが、ある人が、作中に出てくる、『灰色の男達』という時間泥棒は、実は『お金』について語っているんじゃないか、と指摘したところ、エンデは、まさしく我が意を得たり、と喜んだそうである。そのことを知りながら、『モモ』を読んだのだが、まだ私の中では解釈し切れていない。私が、昔、ある友人に、「金とは便利を買うためにある」と話したら、友人は、「金とは時間を買うためにある」と話していた。どちらも間違ってはいない。ただ、エンデ自身はもうこの世の人ではない。

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『モモ』について その2

 今からおよそ十年ぐらい前に、友人の勧めで、ミヒャエル・エンデの『モモ』を購入した。読んではみたものの、一章で力尽きた。翻訳が悪いとは言わないが、同じ外国の詩集でも、訳す人によって全然駄目になってしまうことが多い。詩でいうなら、某堀口大學の訳なぞは、ひどいものである。ある友人が言っていた。「本気で訳すとなると、その国の言語や文化、歴史、その他、大勢の知識が必要だ」と。そんなこんなで、エンデの『モモ』は、私の本棚に、ずっと眠っていた。

 読もうと思ったきっかけは、今月、ある友人とサシで飲んだ際に(過去のblog参照)、話題に出たからである。友人は、「確かにあれは読みにくい。でも、我慢して読んでいくと、残りの1/3が面白くて、為になる」と言っていた。その友人と別の友人で、『モモ』について、いろんなテツガク談義が交わされているという。私は家に帰り、本棚から十年ぶりに『モモ』を取り出し、長い封印を開けるべくして、最初っから、読み直してみた。やはり読むのがしんどかったが、何とか食らいついて、読破した。ファンタジックな不思議な話だったが、所々に、大切なことが記されていた。

 『灰色の男達』とは何を意味するのか、『カシオペイア』という亀は何なんだろうとか、『マイスター・ホラ』とは何者なのか、『時間の華』とは何を暗示しているのか、『モモ』とは一体何者なのかなど、読後に考えてみた。・・・解らない。友人は最後の方で、必ず泣けるフレーズがあると言っていたが、私が感じたのは、得るものが大きければ大きいほど、それだけ、失うことも多い、ということである。まとまっていないが、とりあえず、友人達のテツガク論争に加わりたくて仕方がない。教えてもらうことの方が、多いのだろうけれど。。。

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『モモ』について・・・  その1

 自分でもまだ消化し切れていなかったのだが、読んだ記憶を納めたblogがメンテナンス中だった。それで消えた。ミヒャエル・エンデはそんな大作を残したのだろうか・・・最近の電車を観ていると、ほとんどの人は、携帯をいじっている。そんなところに、『モモ』の持つ『時間の華』と正反対のものが、たくさんある気がしてならないのだが・・・

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熟読中

 現在、ミヒャエル・エンデの『モモ』を熟読中。暇なし。

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悪魔のルーター

 一昨日のblogを日付が変わった頃に更新した後、NTTからレンタルしているルーターの交換を求められていたので、新バージョンのルーターに切り替えた。PPPランプが点灯しないので、ネットが使えない状態になった。これは参ったなと思っているうちに、@Niftyに電話しようにも、まだ受け付け開始まで、八時間以上ある。面倒だから、パソコンの大掃除と思って、WINDOWSを再インストールすることにした。この時、バックアップをとっていればよかったのだが、トマトジュース(何故かアルコールが入っている)を飲んでいた私は、勢いで再インストールをしてしまった。

 そして、自分でネットワーク接続をしようと考えていたら、訳のわからぬ方向に行ってしまった。試行錯誤しているうちに、ドツボにはまり、徹夜で頑張っていた。インストールできるソフトは、ことごとくしておいた中で、午前九時となった。@Niftyによると、ドライバの入力を要求された。私はDELLに電話し、ネットワーク・ドライバのインストール方法を教えてもらった。それから、@Niftyに電話し、要領を聞いた。pppランプが点かなかったのは、あろうことか、私の配線ミスだった。@Niftyの方に謝罪し、登録を済ませた。しかし、ルーター君のランプは灯っていない。ここまでで30時間ぐらい起きっぱなしだった私は力尽きた。翌日、NTTに電話しようと思いつつ。

 午後11時頃起きた私は、コンピューターの電源を落とし忘れていた。ルーターを観ると、主要ランプが点灯している。電話もつながる。要するにNTTの対応の遅れだったのだ。まさに悪魔のルーターである。その後、セキュリティソフト等をインストールしたり、別のドライバを読み込んだりしているうちに、昨日の昼過ぎとなった。親父の墓参りにいってくれた母からの駅弁を食べ、死んだように寝た。先程、起きたところである。まだ、DVDが観られないので、もうしばらくは苦労が続きそうだが、暫くはパソコンと向き合うのが辛い。

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ちいと疲れたわい

ゆっくりとしたい。今日は親父の月命日だけど、晴れてくれるかなあ…

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『WILD LIFE』 その5

 それから、バンドメンバーの紹介となったのだが、みんな優しそうな人達だった。急遽メンバーを集めるのが大変だった、と彼女は言っていた。一人々々に拍手を送っていたら、MCが始まった。彼女は、「今回の休止宣言で色々言われたけれど、ほとんどが嘘で、自分を大切にしようと思ったの」と言った。そして、「自分を大切にするって、いろんな意味があるけれど、要は、自分を大切にしていない人は、誰も大切に出来ないと気が付いたんだ…」と語っていた。素直に拍手した。そして、『Can't Wait 'Till Cristmas』を歌ってくれた。彼女にしては珍しい曲である。寒さの中に、温もりが伝わってくる。

 最後の一曲は、『Time Will Tell』であった。翌日の報道によると、22曲歌ったらしいが、私には、束の間の出来事の様であった。手をぶっ壊す覚悟で拍手を送った。最後にステージにマイクを置いて、花道に向かったと報道されたが、私の席からは、正直、見えなかった。

 花道を堂々と進む彼女。幸い花道から近い席だったので、彼女が手を振っている姿も見えたし、私も含め、みんな立って、手を振っていた。視線が合った気がしたというのは、当然、私の勘違いであろう。彼女はステージに深々と頭を下げ、去っていった。拍手の渦だった。

 暫く自分の席に座っていたが、余韻は消えなかった。夜遅くに自宅に帰ってからも、興奮が冷めやらなかった。母に、「最高のライブだったよ」と告げても、なかなか眠れなかった。

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『WILD LIFE』 その4

 会場のボルテージが最高になった時に、彼女は、自分の名前を付けた曲、『光』を歌っていた。ハート型の紙吹雪が舞う中、最初に私がこの曲を聴いた時の印象を思い出していた。それは、対位法を上手く使って、男と女、陰と陽を演じきっている、というものだった。当時の雑誌で、全然、的外れな解説をしている記事があった。実際にライブに行ってみると、照明も対位法を上手く使っていた。いかにメディアがインチキかを知ったきっかけでもある。

 そして、MCに入り、彼女が、「これが最後の一曲になるんだけど…」と言うと、会場からは、「えぇ~~!!」という歓声が上がった。一段落すると、彼女は、「世界中の人は、本来、そう変わりはなく、素直になって、分かち合えればいいな、素直になるっていいことだよね」と言って、『虹色バス』を歌った。

 照明が中途半端なまま、アンコールの手拍子が鳴り響いていた。私の手は、もう限界に近いぐらいに痛かった。五分後ぐらいであろうか、椅子に座った彼女とバンドのメンバーが、対になり、ギターを持って現れた。「昨日はジョン・レノンの命日だったんだけれど、おかげさまで、今日は、私のデビュー12周年なんだよね。あの頃にはこんなライブをやれるとは、思ってもいなかった。長い様で、短い様で…みんなにも色々あったでしょう。昨日、『Across The Universe』やったら、評判が良かったので、今日も歌います」と言って、あの独特のフレーズを奏でながら、女性二人で、ハモりながら歌ってくれていた。私は、歌詞の知っている部分だけを小さく口ずさんだ。 (つづく)

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『WILD LIFE』 その3

 衣装替えが終わり、たしか、『Passion』とか『Flavors Of Life』とかを熱唱していた。彼女がどんな情熱を、現在持っているのか、彼女にとっての『人生の味わい』(まだ観じられる歳ではない)とは何なのかと、ぼんやり考えているうちに、拍手を送っている自分がいた。

 MCは余りなかった。きっと、彼女も相当な決心をして、このライブを開くことにしたのだろう。正直、彼女の一ファンとなって、幻滅し、もう一度、支えてあげようと思った数少ないミュージシャンである。しがらみの様な物も十年も過ぎると、彼女のオリジナルなのである。別に、彼女と話したわけでもない…少なくとも、あの日、私は彼女を認めていた。そして、精一杯の賛辞を送るつもりであった(じゃなきゃ、わざわざプリンスで『いぬ派』の私が『KUMA』のTシャツに着替えるはずがない)。家には、ミニダックスの弥吉君がいるのだ。

 そこから一気に、『Automatic』で盛り上がり、私も腕を上げて歓声を送った。そして、呼吸を整えるためのMCの間、彼女が、「贈る言葉を思いつかない」と言ったら、会場から、「ヒッキー!!歌うまいね!!」とのヤジが飛んで、みんなが拍手した。すると、「私がおばさんになっても、ヒッキーと呼んでくれるかな?」との問いに、拍手が起こった。そして、再びピアノに座り、マイクをセットして、『First Love』を歌ってくれた。会場は最高に盛り上がっていた。私はCDやDVDでは彼女の音楽を聴いていたが、ライブでこれだけ気合いが入った歌声は想像していなかった。『歌姫』と言ってしまえばそれだけなのだが、何か違う気がする。彼女には、ユーモアのセンスがあるのだ。遊び心と言ってもいいと思う。 

 そうそう、彼女が途中で、「バッテリーが切れてきたから、チャージしたいな」と言って、『ぼくはくま』を歌っていた。私は口パクでなぞっていた(笑)。 (つづく)

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『WILD LIFE』 その2

 最初こそスタンディングオベーションで拍手をしていたが、既に疲れ切った足をしていた私は、数曲目に座った。音のバイブレーションが、三階席のスタンドの椅子にまで伝わってきた。照明も素晴らしく会場を照らしていると共に、私の眼にも、いろんな色の照明という名のビームがやって来た。手拍子の嵐でもあった。

 スタンドからは、表情までは見えなかったが、センターステージなので、仕草はよく見えた。表情を観たい時は、天井からつるされたスクリーンを見ていた。数曲が終わった頃には、私のテンションも上がってきた。すると彼女は、「連日で、パワーがないなあ」と語り、「今日は一回きりだから、よろしくたのむよ」みたいなことを話して、会場全体に「ボンジュール!!」と叫んだので、私も含め、みんな、「ボンジュール!!!」と叫んでいた。みんなが彼女を応援していた。彼女は、「う~ん、実にいい、いいね」と喜んでいた。

 そこまで、最初から飛ばしているな、というのが、彼女の歌から伝わってきた。POPSなのだが、歌はSOULに近い気がした。テンポの速い曲が多い中、一呼吸終えて、ピアノの伴奏に伴い、新曲の『愛のアンセム』をやはり熱唱していた。それから自らピアノに座ってマイクをセットした後に、「椅子が温かい」と言っていたので、みんな笑っていたが、真剣に、『STAY GOLD』を歌っていた。たしか、それから衣装替えに入るのだが、会場が暗くなると、楽器の強烈な電子音(何という曲かは忘れた)が鳴り響いた。彼女が各曲を歌っている間中、手拍子が続き、終わると拍手に変わる。ライブなんだな、と感じ入った。 (つづく)

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『WILD LIFE』 その1

 宇多田ヒカルの最終日のライブに向かうべく、新横浜に着いたのは午後の四時頃だった。横浜アリーナに行くのも、17年振りである。とりあえず向かったら、途中で、『チケット譲ってください』というボードを持った人が何人もいた。あいにく、私も一枚しか持っていない。目を伏せて、通り過ぎた。間もなくアリーナに着いた。

 グッズが販売されていたので、列に並び、いくつか購入した。精算が終わり、鞄に詰め込むと、私はプリンスホテル脇の百貨店の更衣室に向かった。私は「イヌ派」なのだが、昨日だけは「くま派」になることにした。コートを脱ぎ、上着を脱ぎ、『KUMA』のTシャツに着替えた。

 アリーナの正面には五時過ぎに着いた。ずっと立ちっぱなしだった。コートがここで役に立ってくれた。周りは人だかりだった。五時半を過ぎた頃か、入場となった。二階に喫煙所があったので、そこで一服していた。隣の女性のライターが点かない様なので、火を貸してあげた。去る時にお礼を言われた。

 そこからは、一直線に東のスタンドに向かった。六時過ぎには着席していた。14000人の規模を知った。その真ん中で歌える事は、最高な気分だろうなと、ぼんやりと思った。間もなく開演のアナウンスが鳴ると、席は満席になり、私の右隣の男の方は背広を脱いで、ネクタイを解いていた。突如、真っ暗になり、歓声が上がり、CGが流れ、開演となった。最初は『Goodbye Happiness』から始まった。私は眩しい人でも観るかの様に、眺めるだけだった。 (つづく)

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今日は寒そうだし、どんな格好をして行こうかなあ…

 先程まで、宇多田ヒカルの『WILD LIFE』のネット中継を観ていた。感想としては、素晴らしくよい演出と思った。丁度、昨日が、ジョン・レノンの命日らしく、『ACROSS THE UNIVERSE』をスペシャルで歌ってくれていた。この曲は、私の中で、一番、素敵な曲として、よく聞いていた。弟が(出来もしないのに)ギターを買った時、私はこの曲の最初のフレーズだけを何度も練習した。親父のアコースティックギターでも練習した。今、指は動かないが…

 内容としては、いいコンサートだったと思う。ネット配信なので、細切れな部分はあったが、満腹なライブであった。と、よく考えると、私は、今日の最終日のチケットを持っており、ライブとして楽しめるかは、難しくなってしまった。チケットは、幸運なことに、第一志望が当たってしまったのである。

 大きく彼女に影響を受けた私が、本物の彼女を観られる喜びは、この上ない。今日のネットでのライブを観ていると、私の好きな曲もそうでない曲も歌っていた。きっと、彼女にだって歌いたくない曲はあっただろうなと観じた。私の本当に好きな曲は一曲だけだが、昨日の彼女は歌っていなかった。おそらく今日もそうだろう。

 さっき、不思議な夢を見た。盲目の老人が、私に道を尋ねているのである。私は、「どちらからでもいけますよ」と応えたら、老人は、「そりゃええこっちゃ」と言って私にお礼を言って去っていった。何を意味しているのかは、私にも解らない。

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楽しい飲みだった その2

 赤坂見附の串カツ屋で飲んだのだが、忙しくて、最初はまともに会話できなかった。次から次へと串カツが出てくるのである。食べながらなど、とても話せる状況ではなかった。「旨い、旨い」というのが精一杯だった。それから暫くして、私は事の真相を知る。

 彼の悩みが、大したことではなかったと知り、安心した。それからは、お互いに言いたいことを言い合っていた。これぞ昔からの友達!!、いろんな事を話し合った。

 彼は飛行機のパイロットになりたかったらしい。彼はコンピューターエンジニアながら、眼はわるくない。当時の俺には、及ばなかったんだと、彼は言った。私は、「それなら個人的にパイロットの資格を取ればいいじゃないか」と言い、「プライベート・ジェットでも買って、子育てが一段落したら、奥さんと世界中を駆け巡ればいい」などと話していた。「そうしたら、旋回とか覚えるから、お前も一緒の乗ってくれ」と言われ、「きりもみだけは勘弁してくれ」と言った。すぐに、「お前の運転で死ねるんなら本望だけどなあ」と、切り返した。

 友人から、「タバコはやめないのか(友人は六年前から断煙している)?」と聞かれ、今でもそうなのだが、気分転換にやることがないんだよ、と言った。僕の場合、文章がスムーズに流れている時ほど、止まった時の気分転換に一服吸ってしまう、と言った。そうじゃなくても、親父も俺も、へビースモーカーなのだがチェーンスモーカーではない。私は12時間は寝ている。

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楽しい飲みだった その1

 大学時代の友人と、久々にサシで飲んだ。場所は都内某所。彼は何日か前に電話した時に、「俺の思考ルーチンを完璧に見抜いている奴がいるんだよ。俺がいつ怒るかまで見抜いている」という電話をもらい、私はえらく心配していた。彼が積み上げてきた人生のセオリーが崩れるのではないかと。

 気を遣いながら、世間話から始めて、お互いに酔ったとこら辺で、私が外側から、その話に近づける様にした。そして、いざ、肝心な部分になると、私は迷わず切り込んだ。すると、友人は、「俺の周りにそんな奴いたかなあ…ヒントをくれ」と話すので、私は驚いたと同時に、状況説明をしたら、彼は思い出した。何とそれは、彼の娘さんの話だったのである。私は、安心し、二人して、大きく笑った。とんだ私の杞憂だった訳である。そこからは話が弾んだ。ついでに、彼用にスペシャルアレンジ(私が赤線を引きまくったこと)をした『呻吟語』を渡した。

 それからは、いろんな話題が飛び交ったが、長女の小四になる娘さんが、昔、私が通っていた塾に通っていることを聞いた。今でも続いている風習は、たくさんあった。私が700円のケーキに釣られて、塾通いした頃の話や、競争主義を小学生の頃から押しつけるのは、よくないな、などという話になった。私の頃にはなかったが、宿題なる物もあるらしい。それをやりたがらないそうだ。私は、その塾に通う、メリットとデメリットを深く解説した。そして、教育って、どこら辺でバランスを取るかが難しいな、という話になった。

 彼には言い忘れたのだが、私の親父は、塾から帰ってきた私を、いつも、麻雀などの遊びに誘ってくれた。それから何十年か経ち、ある時、私は父に聞いたことがある。「母さんは毎日勉強しろって言ってたのに、なんで父さんは何にも言わなかったんだ?」と。すると父は、「両方の親がそんなこと言ったら窮屈やろ」と応えてくれた。しかし、私は、父に勉強を教わったことはない。一度も。その代わり、博打の作法だけは、きっちり仕込まれた。

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友との久々の…

久々の友と、都内で再会できる。それが、いざ今日となるならば、なおさら嬉しい。形は私が赴くことになるが、実際はどうなる事やら。今、現時点での私は酔っているが、明日の昼までには起きる。私は、どうしても、長く寝なければ、生活を充実させることが出来ないので、年末年始などは、つきあい上、夜型にシフトする。現段階で眠いのだが、我慢して、日が変わった頃にblogを更新している。さっきまで中高時代の忘年会の事に携わっていたが、余り前に進まないので、苦闘…(何人かかはリプライが得られたが、どうなることやら)疲れる。

 明日は、いつも電話をくれる友人との飲みなのだが、聴く飲みにしようと思う。彼の悩み事を理解したい。誘ったのは私なのだ。いい言葉は残せないかも知れないが、親父がよく言って言葉や、呻吟語などを持って行こうと考えている。こないだ一行、親父の言葉を綴ったら、彼は感心していた。

 時折、ふと、『人生の味わいって何なんだろうな?』という感じがする。勘違いしてもらっては困るのだが、それは、『我れわれは、何のために生きているのか?』などという、誰もが観じる視点ではない。『味わい』なのである。…他にどう説明しよう…簡単なことなのだが。

 僕は、最近、酒を好み、人物と話し、小馬鹿になった気がする。これから、本物の馬鹿になりたい。そのためなら、いくらでも努力する。

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しばしの休養じゃ

 気合いを入れて書くつもりが、空振りしてしまった。日本の今後を憂う…まあ、今日は、日曜。しばしの休養じゃ。

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電動歯ブラシと普通の歯ブラシについて

 半年以上前に電動歯ブラシを買って、喜んで使っていた。私は『BRAUN』の物を買ったが、母は別のメーカーの物にしていた。使い始めた最初は、高級感から、嬉しくて嬉しくて仕方なかった。それ程、高い物ではないのだが。しかし、持ち手の部分に電池を入れる以上、太くて扱いにくかった。

 その後も、電動歯ブラシで、食後に磨いていたのだが、どうもシャキっとしなかった。完全に磨き切れていない感があった。特に、奥歯の裏側など…まあいいかと、惰性で使う様になった。もちろんブラシの部分はこまめに替えていたが、なかなかなじめなかった。

 そして、今年の九月に東北の旅に出かけた時、自然ハブラシで磨くと、歯茎から血が出た。私はこれはまずいと思って、電動歯ブラシをどうしようか考えた。歯医者さんが言うには、「歯を磨くのも大事だけれど、歯茎のマッサージという意味で、余り強く磨かない方が、歯垢などもよく落ちる」とおっしゃっていた。

 結果、私が選んだ選択は、天然の歯ブラシに戻すことにした。なるべく幅と長さが広い物をである。歯磨き粉がたくさんのる物を選んだ。考えたり、体験した結果、歯ブラシの自由度の問題なのである。自分の手で磨く方が、隙間無く、磨き上げることが出来るのだ。しかし、利き腕を骨折した場合などは、全自動の方が便利なのかも知れない。…難しい所だ。

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円形脱毛症復活

 昨日、五時起きでblogを更新した後に、軽い朝食を採り、朝一番に床屋に行った。8:00から店は開いているので、朝の連続ドラマ『てっぱん』を観てから、車で向かった。若マスターといろんな話をくっちゃべってるうちに、時間が来た。亡きマスターの奥さんで、朝一番に電気を付けてくれる方だ。それで開店である。挨拶をすると、挨拶をしてくれ、「あれ、最近のご様子はいかが?」と聞かれたので、「別に変わりませんが」と言うと、「顔の肉が落ちましたね」と言われたので、「そうですか…黒烏龍茶を毎朝飲んでいたからですかねえ」と応えた。そしてすぐに、「お酒が好きなので、腹は出てしまいましたが」と言った。笑ってらした。

 「いつも通り12mmでお願いします」と若マスターに言うと、「あれ、円形脱毛症ができてるぞ」と、私に眼鏡を取ってくれ、鏡で見せてくれた。直径1cm程の円形脱毛症を右後頭部に確認した。私は、『また出来たのかよ』と思いつつ、三ヶ月位で治るのは解ってはいたが、ツイていないな、と思った。母からも指摘されたことがなく、全く気がつかなかった。すると、若マスターは、「でも、これ、もう毛穴から毛が生え始めているよ」と言ってくれた。「早く治したければ、皮膚科に行くのが一番いい」と言ってくれたものの、師走のこの時季に通う暇はない。すると、「上だけ12mmにして、後頭部は短く切ってごまかしてあげるよ。それが最善策」と言ってくれたので、従うことにした。いつもより、相当丁寧にやってくれた。ありがたし。

 普段の私は円形脱毛症など気にしないのだが、来週は重要な用件が二つ入っているのだ。友達に恥をかかせるわけにもいかない。若マスターは、「精神的なものだと思うよ」と気遣ってくれたが、これしきのことでへこたれる様な私ではない。強い気持ちで行く。

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幹事って何だか辛いな

 毎年、大学時代の仲間と、中高時代の仲間の新年会の幹事をやっているが、みんな家族を持ちだし、仕事も異常に忙しい連中だらけなので、スケジュールをまとめるのに苦労する。私が幹事の場合、できるだけ、たくさんの友達と会いたいこともあり、アンケートを採る。優先順位は、前回も書いた通りに、基本的には早い者勝ちである。しかし、その会ごとに、外せないメンバーというのも出てくる。みんな、気を遣ってくれて、できる限り、多くの日にちを開けておいてくれる。大学時代の友人達とだと、みんながいろんな事をやっているので、新年会のアンケートメールを十一月の終わり頃から、取らなければ間に合わない。それが終わったら、中高時代のアンケートとなる。

 昨日までに大学時代の友人達のアンケートを採ったが、今年は何とか、かみ合ってくれた。みんな異常にメールのリプライが早いので、五日間ぐらいで、日程を決めることができた。場所は、そのメンバーの一人がやっている、草加の『Katsu』というお店である。夏の会の時には、返信メールのタッチの差で、会えなかった友人がいた。その時には、『幹事って辛いな』と思い、秋に会おうと言っていたのだが、祖父の葬式や、猛烈な風邪を引いてしまったこともあり、実現できなかった。まあ、今回は、一年ぶりに会える友人もいるし、楽しみである。

 今日からは、高校時代の友人達にメールを送るが、うまく日程の折り合いが付いてくれることを願うばかりである。とりあえず、今日は床屋に一番乗りする予定だ。

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喪中メールを送ってみたら

 今日から師走、ということは、昨日が十一月最後の日である。海外に家族で長期出張している、大学時代の研究室の先輩に、喪中のメールを打ったのだが、届いていなかった。そういえば、昨年のメール交換で、シンガポールから中国に転勤になると書いてあった。だから、私は、その先輩との連絡ツールを失ってしまったのである。お世話になった先輩でもあるし、どうしようかと考えている。

 その先輩は、結婚式の時に、研究室のメンバーでは、私と後輩一人の二人だけを招いてくれた。後輩は披露宴の時に、『STAND BY ME』を歌っていた。私は内心で、「これは私にも何かあるな」と察し、食事が喉を通らなくなってきた。すると、披露宴の最後に、ホテルの方が、コメントを集めるためにマイクを回し始めた。「俺に来る」と感じた私は、咄嗟にお祝いの言葉を探した。たしか、ホテルのバイトで披露宴のウエイターをやっていた頃の話を絡めて、素晴らしい披露宴でした、などと言った記憶がある。その後も、一度だが、お子さんが小さい頃に、ぬいぐるみとケーキを山ほど買って、先輩の所に遊びに行ったことがある。奥さんから先輩に告白したらしいが、先輩の優しさに惚れたのだろう。料理も、とても美味しかった。

 祖父の喪中の葉書の方は、十日ほど前に書いて出したのだが、今年は喪中の葉書が三通やって来た。みんな、身内を亡くして辛い一年だったであろう。歳をとったものだなと感じると同時に、かつて友人が言っていた、『家族のバランス』が崩れ始める時期なのだろうな、としみじみと感じ入った次第である。

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