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日本語って何なんだ?

 私は、幼少の頃、母方の実家の瀬戸の幼稚園に暫く通っていたことがある。だから、広島弁とか松山弁とかは、喋れなくても、聞いたら大体のことは解る。もしかしたら、今でも、気付かない所で、イントネーションが残っているかも知れない。また、父が神戸で、母も十数年、神戸にいたことがあるから、関東に住んでいても、家庭内では、微妙に関西弁のイントネーションや言葉が混じる。標準語も混じっているし、地元の言葉も混じっている。私の日本語は各地の言葉が、ごちゃ混ぜになっているのである。それでもいいと思っていたのだが、疑問符がついてしまった。

 今回神戸に帰ってみて、電車などで話している言葉を聞くと、洗練された、上品な言葉だと感じた。そんな中で、母と私とで話をしていると、言葉の中に時折出てくる、私の中途半端な関西弁(神戸弁)が恥ずかしかったし、自分の話す地元の言葉を、えらく汚らしく感じた。

 ここで思い出すのが、帰国子女の友人が、「俺はアメリカに行ったら中途半端なアメリカ人だし、日本にいても中途半端な日本人なんだ」と語っていたことである。これは文化の問題で、言葉の問題ではないのだが、同じ日本語でも、言葉はその場所の文化を表しているという意味では、今回、神戸での言葉の問題の露呈により、何となく友人の気持ちが少しだけ解った様な気がする。まあ、あんまり気にしすぎてもいけないが、こんな風に思ったのは、初めてである。別に直す気はないのだが、というより、直しようがないのである。

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