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ちょっとしたばあちゃん孝行

 母方の祖父が亡くなったのが10/3(日)の早朝だったので、瀬戸に帰ってから、もう半年以上になる。臨終の前の日に、母の弟に当たる長男の叔父さんから、連絡があったので、私達は、いつでも帰れる準備だけはしておいた。叔父さんは、仕事の後に独り病院に向かったらしい。詳しい話は、葬式が終わったあとで叔父さんから聞いたのだが、夜中に三度ほどじいちゃんの呼吸が止まり、その度に、叔父さんが、「父ちゃん!父ちゃん!」と体を揺らせて、蘇生させたらしい。その頃は、まだ、瞳孔反応があったらしいのだが、午前四時に臨終を迎えたそうだ。最期は、大腸に出来ていた大きな動脈瘤が破裂したらしい。叔父さんは、末っ子の長男だったので、とりわけ可愛がられたらしい。胸中を察するに余りある。親孝行な叔父さんだったから、親の死に目に会えたのだろうな、とも感じた。

 一方、祖母は朝一番に家に出て、病院に向かったらしいが、一年半ぐらい、ほぼ毎日、意識のない祖父の元に通い続けたそうだ。昨年、私と母で祖父の見舞いに帰ったら、祖母はガリガリに痩せていた。私も母も、ちゃんと食事を採っているのか心配で、帰宅してからは、お袋が日持ちのするものを送る様になった。看病をするだけで疲れ切ってしまうのだろう、八十四歳の祖母は料理を作るのが面倒な様子であった。葬式の時も二日ほど寝ていなかったらしく、最後のお経では、祖母はうつろな様子であった。

 母の他の兄弟の都合では、ばあちゃんを引き取れないので、母と、母の弟で長男に当たる広島の叔父さんの話を聞いてから、家で面倒観てあげようか、などと話していた。いざというときには、そうするしかないのだが、広島の叔父さんの立場もあるから、難しい問題でもある。祖父と祖母の面倒を見るために、叔父さんは広島で就職したのである。暫く考えていた私は、とりあえず、一日一回、五分ぐらいでいいから電話してあげようよ、と提案した。父を亡くした当時の私や母がそうであった様に、意地っ張りなばあちゃんだけど、寂しいに決まっているのだ。

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