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原チャリが壊れる時 その2

 二代目の原チャリを買って、通学していた頃、大学四年生の秋だったか(確か十一月頃だったと思う)、友人の研究室をのぞきに行ったら、教授を囲んで、三十人ぐらいが、飲み会をやっていた。私の飲み友達もいて、自己紹介から始まり、少しばかりの麦ジュース(麦茶のこと)をひっかけて、いろんな話をしたり、聞いたりしていた。教授に、「駅からどうやって帰られるんですか?」と聞いたら、教授は、「カミさんタクシー」とおっしゃっていたので、思わず笑ってしまった。その会も、適度な所でお開きとなり、家路についた。

 電車に揺られ、乗り継ぎ、最寄り駅まで着いた。私は、麦ジュースしか飲んでいなかったので、素面だった記憶がある。原チャリで家に帰ろうとしたら、ヘアピンカーブみたいな所が在り、そこから細い路地へと入っていった瞬間に、私はバランスを崩した。電柱との衝突が避けられないと思った私は、前輪をわざと電柱の正面にぶつける様にした。そうすれば少しはクッションになってくれるかと、思ったのである。ヘルメットは半帽で、眼鏡をかけていた。気がついたら転んでいたが、意識もあるし、これといった痛みもなかった。ただ、眼鏡はぶっ壊れた。急いで立て直し、家まで無事に帰った。原チャリをしまって、玄関を開けると、お袋が悲鳴をあげた。玄関の鏡で見てみると、なるほど、右の眉毛の所を切って、血だらけの顔になっていた。救急病院に行き、縫ってもらった。次の日の予定は全てキャンセルし、暫く経って、バイク屋にその原チャリを持っていったら、フロントフォークがねじ曲がってます。こんなスクーターに乗っていたら、命がいくつあっても足りませんよ、と忠告された。

 その後、バイクに詳しい友人に聞くと、バイクの死亡事故は、電柱にぶつかる事故が一番、多いんだとのこと。狭い路地だったので、スピードが出ていなかったので無傷で済んだが、その原チャリには、友人も少し関わっていたので、危うく迷惑をかける所だった。

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