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じいちゃんが…

 親父の三回忌も無事に終わった晩に、母が、母の弟に当たる叔父さんに、電話で、じいちゃんの様子を聞いていた。じいちゃんは、不潔な施設で肺炎にかかり、喋ることが出来なくなっていた。でも以前、母と瀬戸に帰った時、じいちゃんは何か言いたそうに、僕の目を見つめていた。焦点は合っていなかったが、多分、今後のことを任されたんだと思う。財産のことではなくて、母の面倒を頼むぞ、という目をしていた。責任重大である。

 その後、じいちゃんは、大腸がんだったことが解ったが、齢八十八、米寿にもなったので、がんの進行が遅いらしい。余命一週間から半年と言われ、いつ逝ってもおかしくない。人工肛門を付ける手術をして、飯も食べられなくなり、点滴で栄養を取っていた様だ。あの元気だったじいちゃんが、朽ち果てる姿は見たくない。

 そんな僕に、衝撃的な情報が来た。酸素吸入を始め、ストローで看護士さんがタンを取っているというのだ。これは、私の親父の最後の姿でもあり、長くはないことを予期している様に覚悟せねばなるまいと、直感的に解った。悲しい、哀しい、かなしすぎる。もう、あの光景は二度と見たくない。

 母の弟に当たる、長男の叔父さんも、酒と煙草はやめたらしい。両方とも、うちの親父が教えたのだが…多分、一人息子に真似させたくなかったのだろう。優しい叔父さんだったから、気持ちがよく解る。人生の引き際というものは、潔いものではないとならぬと、改めて気付かされた。

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