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オッペンハイマーとヒンズーの聖典

 前に書いたのだが、データに残っていなかった作品のプリントされたものが出てきたので、今日はそれを写すことにする。

 2008/8/2付。

 目が覚めた瞬間に、オッペンハイマーが、演説だったか何かでヒンズー教の聖典を引用して涙ぐんでいた映像が脳裏をよぎる。これで完全に目の覚めてしまった私は、その聖典について、ネットで色々と調べていた。肝心の王子とヴィシュヌ神とのやりとりを、詳しくの書いているものは見つからなかった。ただ、オッペンハイマーの涙ぐんでいる理由は何となく推測できる。聖典(バガバット・ギーター)に書かれているのは、物語調で、戦争に向かうのにためらいを感じている王子に、戦争指南役のクリシュナが、「正義のための戦争なのだから迷うな」と言い、ヴィシュヌ神が「我は死に神である。世界の破壊者なり」と言って現れる。

 ここで、『原爆の父』と呼ばれた、オッペンハイマーの立場を考えると、見事に当てはまる。ユダヤ人迫害を推進したナチスとの原爆開発競争の中で、オッペンハイマーはアメリカが早期開発することが正義だとは思ってはいなかったか?彼はユダヤ人でもある。また、物理学者としての抑えきれない衝動もあったであろう…しかし、いざ開発が終わり、原爆実験を試みた時に、あまりの凄まじさに、上のヴィシュヌ神の言葉、「我は死なり、世界の破壊者なり」という原爆の声を聞いたのではないか。彼の聡明な頭が、その後、世界中に原子爆弾が拡散して、核戦争が起こり…ということを予見できなかったはずはない。従って、戦後は、水爆開発に関わらず、核兵器の撲滅運動に加わったのではなかろうか。

 以前、カンボジアを旅した際に、アンコールワットに行った。ヒンズー教の寺院だと聞いた。その一階の回廊には、人類の歩むレリーフが、石掘りされていた。一周して観て回った私は、最後に、多くの人が武器を持ち、火に包まれている様子を観て、仏教の地獄絵図を思い出すと同時に、耐え難い気持ちになった。

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