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いただきますと日本文化

 昨晩、母と相当言い合った。私が食事の際に手を合わせて、『いただきます』と言うのは、三つの理由からだ、と言った。一つは仏への感謝、もう一つは、この弱肉強食の世界で、自分より弱い生き物の命を奪ってまで、生かさせてもらっている事への感謝、もう一つは、作ってもらう人への感謝だと言った。すると、母が、「それじゃあ足りない、自分たちの代わりに殺生してくれる人達などにも感謝しなければいけない」と言った。直後に私が、「合掌しないで、いただきますと言わないのは、仏に感謝していない証拠じゃないか。それにいつも茶碗にご飯粒、残している人にそんな事は言われたくないぞ。要するに食い物のありがたみが解っていない証拠じゃないか」と罵ったら、母は仏頂面して、「それでも感謝してんだよ」と言ったので、私は腹が立った。

 「そもそも、あんたらの世代がアメリカの物質文化に追随したから、日本はこんな国になっちまったんじゃないか」と私が言うと、母は、「その恩恵を受けてきたのは、あんた達じゃないか」と怒鳴り返してきたので、「今のこの国の文化って何だ?あるんなら言ってみろ」と私も怒鳴り返したら、「じゃあ昔は何があったんだい。聞きたいね」と、母は、強気ながら弱腰になった。私は、「ドイツに留学していた頃の森鴎外は、日本の文化を尋ねられて、武士道と答えたそうだぞ。大体、新渡戸稲造の『武士道』読んでからものを言え。難しかったら藤原君の『国家の品格』でもいい」と言うと、「どういう教えなんだい?」と母が聞いてきたので、概略を教えてあげた。すると、「そんなの当たり前の事じゃないの」と言ってきたので、「馬鹿。今の世の中にどれだけ廉恥心持っている奴がいるんだ。ベネディクトの『菊と刀』で例えると、戦後の日本はアメリカが定めた憲法で、骨抜きにされ、菊は野ざらしにされて、刀は錆び付いてしまったじゃないか。この刀というのは武士道を指しているんだ」と私は説明した。母は黙っていた。

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