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2010年4月

デンバーのユースにて

 コロラド州のデンバーのユースホステルに着いたのは、暗くなってからだった、部屋に案内され、二段ベッドの下を見たら、ハリウッドで別れたはずのシゲかいた。お互いに驚いたのだが、同部屋に日本人が四名程、アメリカ人の若者が二名程、ヨーロッパのバスク地方から来た人が一人いた。

 まだみんな就寝時間ではなかったので、日本人四名が、高校の卒業旅行に来たというアメリカ人に質問しまくった。都合のよい事に彼らは卒業アルバムをもっていたので、可愛い女の子の写真を見ては、「キュート、ベリーキュート」などと話していた。私は一人だけ「キュートだね」と言った限りであるが、バスク人のおっちゃんから質問された。

 「東洋の女の子と、西洋の女の子、どっちが好きだい?」と。シゲには質問の意味が通じなかったので、通訳した。すると、「可愛かったら、どっちでもいい」などと応える始末。私も、「どっちも好きだけれど、やっぱり東洋的な方かな。大和撫子が好きだ」と言った。

 おっちゃんは、「ヤマトナデシコって何だ?」と聞いてきたが、これを説明するのが難しかった。私は、結局、武士道の観点から解説した覚えがある。

 みんなアメリカンジョークを教えてくれと言ったりで、日本人の好奇心パワーを感じた。まだまだ、この国も捨てた物ではない。

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ネタがない時

 ネタがない時は、おとなしく寝ていよう。体の具合も異常に悪い事だし。というより、今日の8:00から、亡き井上ひさしさんの特集をBS3でやるというので、それに間に合わせたいだけである。井上さんは、本を二万冊は読んだとか。恐ろしい数である。方言なども研究し、台本を書いていたとか。見逃せない。

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電動歯ブラシ

 脂汗をかきながら、昨日はホームセンター&っ食料品調達に出かけた。そこでは、お茶などが、自動販売機の半額で売られている。差と言えば、冷たいか普通かの違いだけである。何だか、最近、定価で買うのが馬鹿らしくなってきた。1本150円は、いくらなんでも暴利である。こういうところから、経済学を研究してみるのも、案外、面白いかも知れない。

 電動歯ブラシも、そのときに買ったのだが、案外、使い勝手がよい、問題は、一つ目の歯ブラシを安く売っといて、代えるブラシが高く売られていた事だった。お袋が替えのブラシを買おうとしていたので、使い勝手を見定めてからにしよう、と提案した。お袋も了承し、使い捨ての気分で購入することになった。

 歯磨きは、歯茎へのマッサージが重要だと歯科医から聞かされたが、果たして、電動歯ブラシ君がどこまでやってくれるのかは疑問だった。未だよくは判らないが、少なくとも歯の磨き具合については、合格である。唯一の難点は、これまで使っていた歯ブラシ入れに入らない程、太いところか。

 時代の変遷によって、歯ブラシも変わってきたが、ブラッシングがこれだけ楽しいと感じさせてくれたのは、電動歯ブラシ君だけである。まあ、そのうちに慣れてしまって、当たり前になってしまうのだろうが、肘に負担をかけない事と、利き腕でない手で使える事にミソがある。ご高齢の方などには、おススメだ。

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間抜けなミス

 昨日は親知らずを抜かずに、左下の歯のメンテナンスをしてもらった。日差しが強い中、寝ぼけ頭で、歯医者に向かった。眼鏡をかけても、どうも焦点が合わない。危なっかしい中、車で出かけた。十分前に着き、タバコをふかして、歯医者へと入っていった。

 数分の待ち時間の後、名前を呼ばれた。気になる娘は別の患者のサポートをしていた。とても告白など出来る状態ではない。仕事の邪魔をするわけにもいかないし、仕方がないなと、見送った。やはり、寝ぼけ頭だった私は、診察台に腰掛けた。

 先生が来て、右下の親知らずを抜いて頂いた、歯茎の穴を観てもらうと、「もう少しだな」とおっしゃって、左下の歯の治療に入った。このとき私は、「左下の一番奥の歯が」と言った。先生も、「確かに欠けているな」とおっしゃり、麻酔なしでのドリルでの治療に入った。この時、私は、いつ激痛が来るのかということで、一気に目が覚めた。間もなく治療が終わり、会計を済ませ、家に帰ったのだが、私はある事に気がついた。本当に治療して頂きたかった歯は、ひとつ隣の歯だったのである。治療してもらう歯を、間違えてしまった。間抜けなミスである。

 話は変わるが、昨晩、TVで『おくりびと』を観たが、親父の事を思い出してしまい、まともに観られなかった。観ていて、どうしても風景が重なって、あのときの辛さや、その後の喪失感を思い出してしまった。この苦しみに比べれば、歯医者での痛みなぞ、大したことはない。

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歯医者の日

 今日は二週間ぶりの歯医者の日である。以前、抜いてもらった、右下の親知らずの部分の歯茎の大穴は、ほぼ塞がった。もう、痛みもなく、完治したと言ってもよかろう。で、今日は左上の親知らずを抜くか、左下の歯の修復を行うのだが、どちらにしろ嫌なものである。

 こないだ飲んだ友人も、歯にガタが来ているらしく、いい歯医者を見つけたので、現在、通院していると語っていたが、なんでも、一時間かけて、三本一遍に治療したとか。長時間、口を開けているのに疲れた、と話していた。私もこないだの親知らずの時は、一時間二十分、口を開けっ放しだったので、気持ちは解る。

 乾燥しているからか、数日前より、唇の両脇がひび割れてしまっているので、今日は口を開けるのが、一層、辛いことだろう。

 痛くもない、左上の親知らずを抜くのは、自分が本当に忙しくなった時、痛み出すと困るからである。でも、今日も麻酔を打つのかと思うと、複雑な気持ちになる。しかし、まあ、「左上の親知らずは楽勝で抜ける」と先生がおっしゃたので、それがせめてもの救いではある。

 親知らずは、抜いた後が面倒だと痛感した。歯茎が盛り上がってくるまでに、二週間は掛かる。その間、痛みと闘わなければならない。痛み止めも飲むが、食事が大変なのだ。

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弥吉君、墓参りへ

 そういえば、先日、親父の墓参りに行った際に、初めて弥吉君(ミニダックス・♂・十一ヶ月)も連れていった。墓までの道中、車の中では、ずっと、助手席の母親にしがみついていた。どうやらまだ、ドライブを楽しむ余裕は無いみたいである。丁度、あと一ヶ月で弥吉君は満一歳となるのだが、大分、ジャンプ力とかも付いてきた。寺の本堂から墓までの、急な階段の登り降りも、スムーズに出来ていた。この点、弥吉君の方が先代の弥七君よりも度胸があるな、と感じた。弥七君は登り降りを怖がっていた。まあ、歳の差もあるが。

 弥吉君が墓参りに行ったことで、泉下の親父も、さぞかし喜んだことだろう。

 弥吉君の成長を観ていると面白い。他人に吠えない犬なのである。これでは番犬にはならない。幼少の頃、ハイカロリーなご飯をあげすぎて、生後半年でメタボになってしまった。だから、体格は、先代の弥七君よりも一回り大きい。現在は、体重は大分落ちて、メタボは脱却したが、最近、人間の食べるものに興味を持ちだした様である。『自分はドッグフードなのに、何でお前ら、こんなに旨いものを食べているんだ』と感づいた様子である。

 じゃれる時は、軽く噛んでくる。本気で噛んだ事は、今までに一度もない。言葉も少しづつだが、覚え始めた。特に、「お出かけだけれど、お前も行くか?」とか、「二階にあんがするか?」などと言ったら、大はしゃぎである。物にもそれほど執着心がない。甘えん坊だけれど、朗らかな性格である。暇な時は、遊んでやる。今現在も、このblogを打っている、私の足下でジーっとしている。可愛いものである

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天職

 起きるなり、しんどくて、ヘタりこむ。それが昨日の私の姿であった。今も辛いと言っちゃあ、辛いが、blogを書けない程でもない。昨日一日、死んだ魚の様に寝ていた。気温がプラス15℃、マイナス15℃のような気候は異常気象である。親知らずを抜いた歯茎の痛みは無くなったが、友人に言わせると、「あれは、歯の治療と言うより、外科手術みたいなものだから、三ヶ月ぐらい間を開けた方がいい」とのこと。歯茎の穴を舌でさわる度に、その通りかも知れないなと嘆く。

 嘆いてばかりもいられないので、携帯を観てみると、友人からメールが届いている。友人の奥さんが、私の適職は『教師』なんじゃないかと言ったと書いてある。その人は、blog本を渡した奥さんだ。そう言われると、複雑な思いになる。私は、生まれ変わったら、学校でも塾でも後輩をを指導したいと考えていたからだ。その点で、友人の奥さんは、見事に私の事を見抜いている。ここまで見抜かれると、逆に怖い気もする。

 ダメな教師が多い中、自分に気合いを入れてもいい。大学時代は、教職を取ったら数学と物理の教師の資格は取れていた。しかし、私はいずれも取ってはいない。勉強が忙しすぎたのと、興味がなかったからである。尊敬する先生は何人かいたが、軽蔑する教師の方が多かった。

 もし私が教職に就くのなら、吉田松陰の様でありたい。

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こじらせちまった哀しみに

 喉の痛みがとれて、めでたしめでたし、と思っていたら、起きたら猛烈に体調が悪い。どうやら風邪をこじらせた様である。今日は一日、ゆっくりと寝ている事にする。親知らずを抜いた後の所も、今頃になって、うずき出した。体調、極めて悪し。

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文章の結晶

 三年前に『仏画』を頂いたお礼に、私は自費出版した『blog本』を送った。友人の奥さんに、お礼がしたかっただけなのだが、こんな感想が返ってきた。どうも、私のblogは、身近な事に関してのものは面白いけれども、想像で書いているものは、今ひとつだと…。ここで私は、フィクションの在り方について、悩む事になる。

 結局は、リアリティの問題なのだろうが、経験していない事を書くと、化けの皮が剥がれる様だ。これでは、全然駄目なのである。世の中に、すべてを経験した人がいない様に、作家は、巧妙な網の目を張る。丁度、ジョロウグモの網の目の様に。その手法は、人それぞれで異なるが。推理小説の作者が人を殺せない様に。

 自分で自分の癖とか、文体とか、気韻、とかが観えるのならばまだよい。しかし、問題は、そのことを、本人が解っていないところに原因がある。芥川龍之介は、それらを知る事は、丁度、自分の後頭部を観る様なもので、観ようとすれば、首の骨を折るのがオチだと言っていた。自分で自分の後頭部は見えないのである。

 時々、『美しい文章とは何だろう?』と考えてしまう時がある。そんな時は、私が迎合しなくても、結果として、ついてくるものだと考える様になった。世に、『何でも知っている人がいない』以上、悲観するものではない。結局、独りで出来る事なんて、たかがしれているのだ。

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何故ユニクロだけに客が集まるか?

 都心まで繰り出して、折角、友人と語る飲みをする事が出来たのに、数日前から喉を痛めており、そっちの方が気になってしまって、私は不調だった。脳みそも豆腐みたいな状況で、友人には悪い事をした。喉の痛みが、風邪によるものなら、絶対にうつしてはいけないとも考えていて、集中力に欠けていた。

 いろんな話をしたのだが、『ユニクロにだけ、なぜ客が集まるか』という話は面白かった。友人が、「何でだと思う?トイレに行くから考えてみてくれ」と言ったので、私は無い知恵を絞って考えていた。確かに、近所のユニクロは11:00開店なのに、あっという間に駐車場が満車になる。それどころかユニクロが原因で、渋滞まで起きている。友人が戻ってきたので、その話をすると、「そうなんだよな。客は品物を買っているんだけど、大した品でもないものを買わされている事に気がついていないんだよ」とヒントをくれたので、私は何となく解った。私が、「安心感を売っているのか?」と聞くと、友人は「そうなんだよ。みんなが買うからっていう心理を利用しているんだよな」と教えてくれた。他にも『想像力』を利用したりしている店も在るらしく、「一流の商売人は、意識できないものを売るんだ」と言っていた。他にも、三流の商売人は、眼に見えるものを、二流の商売人は、目に見え無いものを売るということを教えてくれた。その話を聞いただけでも、会った甲斐があった。

 一つの話題で、これだけのボリュームがあるのだから、昨日、話した事、すべてを書くのは無理である。気が向いたら、また書く事にしようか。

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友人と飲める嬉しさ

 友人が、多分、気を遣ってくれたのだろう、「サシで飲まないか?」と声をかけてくれた。今日がその日に当たる。友人の会社が赤坂見附にあるので、僕が出向く事となった。赤坂近辺の店は、一通り解っているらしいので、「何が食べたい?」と聞かれが、僕は、「旨いハイボールが飲める店」と、応えた。「ハイボールは立ち飲み屋が多いんだよな」と言う返事に、しみじみと飲みたいと思った僕は、別にハイボールなど、どうでもよくなった。大学時代から、何でも適当に決めてきた二人なので、多分、何とかなるだろう。いつもの事だ。

 待ち合わせ場所は、僕が指定したのだが、これまた適当に決めてしまった。暑がりな僕は、汗をかくかも知れないが、退屈しない所である。まあ、寒いのよりは、ましだ。二人とも、束縛されるのが嫌いなので、いつも適当に決めてしまう。これでいいのだ。

 その友人の会社は、恐ろしい勢いで伸びている。僕が『友情の証』として、リーマンショックの時に、一株だけ買った。それが、この頃、三倍ぐらいの値を付けている。あくまでも、『友情の証』だから、その株を売る気はないが、株は怖いものだなと、驚いている。

 今日は、バトンの話から入るだろうが、後は何にも決めてはいない。適当に話を進めるだけだ。だけど、その、適当な話の中にも、深みがあるのが面白い。そういえば、その友人とは、外でサシで飲んだ事がない。これもまた、楽しみである。知恵の塊の様な奴なので、話す事すべてが面白い。仏教では知識よりも、知恵が優先される。つまり、知恵が優れた奴には馬鹿がいないと言う事なのだ。そんな友人に誘われるのは、きわめて名誉な事である。

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嘘はつけないよな

 数日前、整形外科に、痛風の薬(ユリノーム)の処方箋を書いて頂きに、足を運んだ。その先生は私も尊敬している。「症状はどうだい?」と聞かれて、私には、嘘がつけなかった。私は、「花見の席では、。ビール三本ぐらいで抑えていたのですが、家に帰ったら、焼酎を3リットルぐらい飲んでしまったので、痛風の兆しが現れました。不覚です」と申し上げた所、「それじゃあ、足が痛くなるのも当たり前だよ」と率直に言われた。先生も病気のjことばかり聞かれて、しんどいだろうと思った私は、花見の話をした。ごまかしも入っていたが。

 無理矢理、花見の話にしたのは、もちろん、言い訳である。しかし、先生も乗ってくれ、花見の話で落ち着いた。先生は、毎年、東京の環八沿いの、砧公園というところに、車で、朝八時までに行かれるそうだ。私は花札に在る様に、『花見酒』や『月見酒』が大好きであるから、花見の時は、車を運転しない。

 先生から、処方箋を頂いた後、隣の薬局へと行った。親知らずを抜いた話をすると、「大変だったでしょう」と言われ、「それ程でも無いですれど、抜いた後の歯茎の痛みが半端じゃあ在りませんね。ラーメンも食えません。隣の整形外科に行ったんですけれど、院長先生が、こっそり、歯医者でもらった薬より、ロキソニン(痛み止め)の方が効くよ」とおっしゃられたので、そっちを飲む事にしました。と、それで薬局もおばさんも、処方箋に『ロキソニン』と書かれていた事に納得したそうだ。おばさんも、親知らずがすべて生えているらしく、歯ミガキが面倒だとおっしゃっていた。あんまり奥を磨こうとすると、吐き気が生じるのが、厄介だ。

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朗らかな一日

 近所のガキどもが、「位置について、…よーい、ドン」などと言って、外で遊んでいる。何か、おもちゃの車か何かが、ガラガラガラと鳴って、ガキどもは叫いている。いつもの事なのだが、よく飽きないなと感心する。まだ、幼稚園に通う前の歳なのか。今日は晴れていて、ガキどもの声を聞いているだけで、ほのぼのとする。私の家の周りも若い家族が増えて、陽気になった。時々、母親の注意する声が聞こえる。何だか自分の幼少期を思い出すのだが、現在、最寄りの中学校には40人くらいしか通っていないという。可哀想だと思う。現在、丁度、正午である。昼食を食べに家に帰ったのか、ガキどもの声が聞こえなくなった。静かである。

 今朝は起きた瞬間に、喉に激痛が走った。二日後に、ある友人とサシで飲もう、と誘われたので、赤坂見附まで行くのに、風邪を引いてしまったのかも知れない。現在、効かない風邪薬と、痛み止めを飲んでいる。だが、体調は思った程には悪くない。

 親知らずの方は、おかげさまで、大方治った。まだ歯茎に違和感があるが、余裕で口を開けられる様になった。抜きたての頃は、血が止まらなくて、厄介だったが、私が、よく寝る分だけ早く回復した気がする。舌で歯茎を触ってみたら、まだ、穴ぼこが空いている。

 母が、「今日はカレーにする」と言ったので、「火傷するものだけは、よしてくれ」とだけお願いした。さて、今日の献立は何になるのだろう。母は、家政学部食物科だけあって、おいしいご飯を作ってくれる。毎日、感謝しながら食べている。家事も手伝わないとな。

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凄い回復力だな

 前に歯医者に行った時、お目当ての娘はいなかったけれど、先生が僕の歯茎を観るなり、「凄い回復力だな、若さが溢れているよ」とおっしゃった。存外の言葉だったので、意外にも感じられたが、私は三十を過ぎてから、そんな言葉をかけられた事がなかったので、正直、嬉しかった。

 歯茎の痛みはとれてきたのだが、親父が晩年に、がんで口の中を放射線治療したところ、歯と舌がぼろぼろになり、麻酔スプレーを使っていたのが思い出される。親父は感情を外に出す人ではなかったけれど、相当の激痛に耐えていたのだ。親知らずを抜いた直後の僕は、何となく、親父の苦しみを受け止めていた。親父の場合、あごの骨まで崩れている可能性があるとのことで、歯を抜けなかったのである。毎日、おかゆを食べるのも、辛そうだった事を思い出す。最後は、麻酔スプレーで、ごまかしながら食べていた。

 今月の親父の月命日には、まだ、墓参りをしていない。雨がひどいからだ。季節外れな、雪でも降りそうな中、衣類をクリーニングにも出せない。これだけ寒暖の変化が激しいと、嫌でも風邪を引く。桜は既に葉桜になっているのに、この寒さは何なんだ。愛犬の弥吉君(ミニダックス・♂・十ヶ月半)も眠れないみたいである。夜中に、「ヒュ~ン、ヒュ~ン」という声が聞こえてくるのだ。嫌でも目が覚めるので、そんな時は、二階の僕の部屋に上げている。

 今回、親知らずを抜いてみて、少しだけ親父の側に行けた気がする。

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情けないblog

 歯医者の女の子に告白するのは、見事失敗した。告白以前の問題で、その娘がいなかったのである。これでは、告白のしようがない。これでは訳が分からない。よく考えてみると、その子が眼鏡をしていたかも記憶にない。 今日は落ち込みblog。

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『This is it』の切なさ

 単純に『THIS IS IT』という言葉は吐いてはいけないのかも知れない。英語で言う『ものあわれ』のような気がするからだ。『THIS IS IT』とは、直訳したら、「今しかない」、もしくは、『これだけなんだよ』。もしくは、『これでお別れだよ』というニュアンスに当たる。いずれにしろ、僕はお別れの言葉は嫌いだ。

 生きたい生きたい、と言いながら、最後は何も語らず、酸素マスクを取ってもらった人に、親父は、「ありがとう」と言って、黄泉の人となった。僕は、立場上、意地でも泣かなかった。

 思い返すに、あれでいいんだったんだと信じる。

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告白しろ。

 一昨日の晩の友人からの電話に出られなかったので、携帯でメールを打った。

 私:「今、空いているか?数日後にサシで飲めるのを楽しみにしています。ところで、昨日の不満は何だ?もう少し起きているから、早めの返信求む」

友人:「不満?」

 私:「いや、俺に電話してくる時の半分ぐらいは、悩んでいる時か、ムカついているときだと、前の飲み会で聞いたもので。悪意はないよ。心配しただけだ」

友人:「昨日は違うな。親知らずお疲れ」

 私:「どうも。大したこと無かったよ。それより、歯医者に可愛い子がいたんで、告白しようか迷ったんだけど、逢えずじまい。非番だったのかな?感じのいい娘だったんだけどな」

友人:「告白しろ。後悔するなよ」

 私:「チャンスは一度しかないからな。」

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私に帰る場所があったなら

 私に帰る場所があったなら、

どんなにいい事でしょう。

 君に頼れる人がいたなら、

どんなにいい事でしょう。

 メディアは厚化粧で、

意味のない事や矛盾を書きまくる。

 一方で、

滅茶苦茶にしている奴も居る。

 現場にいなくちゃ解らない!!

 現場にいなくちゃ解らない!!

嘘の塊の中で、何もかもが解らなくなる。

 どうやって、『光』を見つけろというのだ。

そんなものは、「信仰かい?」って、プレスから聞かれるんだ。

聖職者からもね。

 バカバカしい。

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親知らず抜歯成功、しかし… その2

 右歯茎に麻酔を打たれすぎたのか、しばらくは右半身が痺れていた。車の運転も怖かった。車庫入れの軌道を、二回ミスった程だ。家に帰って、昼食を採る気にはなれなかった。しばらくは、綿を噛んだままである。そして、麻酔が切れた頃に水を飲んでみた。

 激痛である。眼の玉がひっくり返りそうな激痛であった。これでは、禁止の、お酒など飲もうものなら、死ぬな、と感じた。朝にうどんを食べたので、昼は抜きにする事にした。いくらティッシュで唾を拭っても、血の色が消えない。しかし腹は減る…私は暴挙に出た。

 焼酎をトマトジュースで割り、少しずつ飲んでみた。…痛くない。しかも健康にいい。私は禁止されていたアルコールを、カクテルにして飲む事にした。当然、度を超す様な真似はしない。親知らずの後の歯茎の空洞とは、かさぶたが幾重にも重なって、治るものらしい。

 現在は、抜いた後は順調であるが、ウオッカのカクテルで、『ブラッディー・マリー』というものがある。私は、焼酎で割っても同じだろ、という感覚で飲んでいた。医者には怒られるかもしれないが、晩酌しないと眠れないのである。これとアル中との談義は、切りがないのでやめておくが、少なくとも半月禁酒できたら、半年は持つ、というのが僕の信念である。

 歯科衛生士?、の女性の方が、笑い上戸で、可愛らしかったので、今度、何か一言、言おうと思う。ヤキモチを焼いてくれる女性もいないまま、どうしようかと迷う。

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親知らず抜歯成功、しかし… その1

 雨が降る中、親知らずを抜きに、歯医者に向かった。昨日の事である。私は、『これはきっと、泪雨というやつだろう。あしたのジョーの丹下のおっちゃんも、泪橋の下にジムを構えていたしな』などと、考えていた。もう、『まな板の上の鯉』になりきるつもりだった。

 歯医者に着くと、定刻に呼ばれた。私は先生も尊敬しているが、下働きの人達にも、丁寧に接する様に心がけている。エプロンを装着される際も、お礼を言い、先生がやってくると、「よろしくお願いします」といつも言う。先生は、「じゃあ、抜こうか」とおっしゃった。

 麻酔を十カ所ぐらいに打ったのだが、以前より痛くない。先生にその旨を告げると、「針が細くなったんだよ」と、おしゃった。麻酔が効いたのを見定めて、ドリルでひたすら歯を削っていた。私は、『横向きの親知らずをどういう作戦で抜くんだろう?』と、思ったが、先生に任せる事にした。腕のいい先生なのだ。

 歯に大穴が空いた後、何回目かの、うがいで、血が出てきている事が解った。先生が引っこ抜こうとするのだが、なかなか抜けない。そして、またドリルで削る。私は次第に麻酔が切れる恐怖を感じる様になった。案の定、その時はやって来たのだが、先生はすぐに麻酔を打って下さった。先生が、十回ぐらい挑戦して、やっと私の親知らずが抜けた。先生は、「難産だったなあ」とおっしゃったが、私としては思いの外、痛くはなかった。強いて言えば、抜く瞬間だけか。歯茎に穴が空いたので、止血用の綿を噛みながら、『親知らずもたいしたことないのう』などと感じていたのだが、親知らずの本当の恐怖は、家に帰ってからやって来た。 (つづく)

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心の機微の不思議さ

 先程まで、居間のコタツの座椅子で爆睡していた。心なしか、体が重く、背骨がコキコキいう。座椅子であぐらをかいたまま寝ていたのであるが、いつの間にか、膝の上で、愛犬の弥吉君(ミニダックス・♂・十ヶ月強)が寝ている。従って、足もどことなく痛い。起きている間も、『気がついたら弥吉君が膝の上に乗っていた』、などという事はしょっちゅうある。甘えん坊で、相手をしないだけでも吠えてくる事があるが、こちらも、作業中には何も出来ないので、叱る。もちろん、暇だったら、一緒に、じゃれてやるのだが、弥吉君の場合はきりがない。

 そんなこんなで、久々に深夜にblogを書いているのだが、正直、まだ眠い。と思ったら、今日は親知らずを抜く日である。憂鬱ではあるが、親知らずを抜いた日には、お酒を飲んではいけない、と言われたので今飲んでいる。軽めにだが。きっと、半端じゃなく痛いのだろう。

 『抜く』と、自分で決断した以上、もう、迷いはない。それどころか、抜かれる親知らずに、愛着が湧いてくるのだから、人間の感情とは不思議なものである。今まで、散々、奥歯との間に食べた物が挟まり、厄介だったのだが、いざ抜くとなると、何か寂しい気持ちがする。抜いたら、記念にもらおうかとさえ思っている。

 たとえ盲腸でも、人間の臓器などに無駄がない以上、そこには必ず、何かしらの意味があると思うのだが、親知らずだからといって、治療も出来るのに、抜いてしまうのは、間違いなのかも知れない。

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アメリカでの散髪必殺技

 自分のして欲しい髪型の写真を持って行く事だ。細かいところは、交渉するしかない。ただし、奴らは、メートル法ではなく、『インチ』単位で切ってくるだろうから『Please cut here half of one inch more. (ここをもう半インチ切って下さい)』などと細かく注文を付けるのがいいだろう。男の場合、ザンギリ頭でも構わないと思うが、女性は大変だろうなと思う。髪を切られてからでは遅いので、初っぱなに、イヤミにならない程度に、交渉するのである。その代わり、アメリカの場合、チップを弾んだ方が得策であろう。

 まあ、留学などされる方は、地元の方の口コミを頼りにした方がいいだろうが、問題は英会話能力が低い方である(もちろん私も高いとは言えない)。この場合、翻訳機能の付いた電子辞書を持って行くとかしか対処法がない。まあ、折角アメリカにまで行けるんだし、細かい事に拘らないことだ。旅の恥はかきすて、とは言わないが、案ずるよりは産むが易しで、何とかなるものである。思いきって行ってくるのが一番よい。散髪に拘るよりも、異文化に触れる事の方がよっぽど為になる。

 私がアメリカで受けた感想は、チャレンジャーズ・スピリットにはものすごく共感してくれる国だが、一方で、哲学のない国だとも感じた。散髪だけの話をするなら、フランスやロシアで頼む方がよっぽど大変だと思う。気楽な気持ちで臨めば、望む通りになるものである。

 海外旅行に行きたい気持ちが湧いてきた。

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『矛盾』の話

 数学では、矛盾という概念がよく出てくる。また、論理的思考が出来ない人の話は、矛盾だらけである。矛盾という言葉は、『いいわけ』という様なニュアンスではなく、論理的におかしな話のことを言う。高一の時だったと思うが、私が通っていた数学塾で、先生から、『矛盾』という概念について、みんなの前で説明させられた。つまり、その時の私の解答は矛盾していたのであろう。

 矛盾とは、『矛』に『盾』と書く。語源は、昔の中国の、ある武器商人が、「この矛はどんな盾でも貫き通す」と言って宣伝した後、今度は、「この盾はどんな矛でも防いでみせる」と語った。その時に、その話を聞いていた群衆の一人が、「じゃあ、その矛と盾をぶつけてみたらどうなるんだ?」と尋ねたところ、その商人は何も答えられなかったという故事による。ここから、『矛盾』とは論理的におかしい事を指す様になった。

 ある企業の人事課長をやっている友人に、「文系色が強すぎて、論理的に話が通じない奴っているか?」と聞いたところ、「残念ながらいるんだよな」と語っていた。私は、「そういうのってタチが悪いし、面倒だろ」と同情したら、「ああ、説得のしようがないんだよな」とタバコを吸って、ヘタリと呟いた。また、その友人は、「論理的すぎる奴も疲れるんだよな」と語っていたが、私は妙に納得した。過去に私は、『論理の塊になってはいけない』というblogを書いたが、基本として論理的思考は必要だが、中道的で無ければならない。その上で、非論理系の世界を楽しむのもいい。例えば、恋愛など、世の中には非論理系の方が多いからだ。

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しまった!俺は受験生だった!!

 宅建の試験を、去年の十月に受験し、十二月に見事に落ちたのだが、ロクに勉強していなかったので、『愛嬌、愛嬌』などとふざけて言っていたのだが、今年もそろそろ勉強しなければならない時期がやってきた。統計結果などの問題は、U-CANの『継続コース』を頼んでいたのだが、昨日、黄色い封筒が届いた。ロクに読む気もしない中、一応、目だけは通しておいた。それにしても、相変わらずやる気が湧かない。と言うより、不動産屋になる気が無いのだから、モチベーションをどう位置づけるか、解らなくなってしまうのである。

 『生活の保険に』位にしか考えていないから、駄目なのである。集まりの時、友人の一人から、「宅建は易しい割に、儲かる資格だ」と聞いたが、別に金持ちになりたいわけでもない。別の友人からは、「お前が不動産屋になっちまったら、相当、悪徳な事して、捕まるのがオチなんじゃねーか」などとからかわれたり、また別の友人からは、「お前は、普通に働くのは向いてないから、資格なんか金の無駄だぞ」と言われたり、別の友人からは、「そうだな、でも、お前にしか出来ない事って、絶対あると思うよ」などと言われてしまったが、現在の私は、『私にしかできない事とは、何だろう?』と考えながら、世の中を観察している。みんな経営者で、人の事を見抜く眼力が飛び抜けているから、説得力がありすぎる。

 まあ、勉強するとしたら、過去問を解きまくると思う。しかし、物書きが資格なぞ取ってしまったら、駄目になってしまう気がする。何というか、芸が廃れる気がしてならない。誰かが言っていたが、「芸というものは、24時間そのことのみを考え続けられなければ駄目だ」という言葉が心に響いた。私も同感である。

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Here or Go

 若かりし頃、大学院の一年の夏休みに、アメリカを旅した。サンフランシスコの空港の喫煙室で、時差ボケで眠い中、タバコを吸っていると、何やら黄色いジャンパーを着た、怪しそうな男がやって来た。旅の最初の一週間位をともに行動することになる男、シゲである。シゲは関空からやって来たと言っていた。

 サンフランシスコでのエピソードは、いずれ書くことにするが、シゲは映画好きということもあって、ハリウッドまで一緒に旅をした。ハリウッドでは、本場のユニバーサルスタジオに行ってみたり、映画製作所を見学してみたり、日本に五年くらいいたという、スケベ外国人マーティンと同じユースに泊まっていたおばさんと飲みに行ったり、チャイニーズシアターの床にある、映画スターなどの手形、足形を興味深く眺めてみたり、コインランドリーで待っている間、星空の元、シゲと語り合ったり、などと、飽きることがない街だった。

 そんなシゲと別行動をとることになった朝、僕はロスに向かうことにし、シゲは暫くマーティンと行動を共にする事になった。お互い独り旅だったので、男同士、スッパリ別れることになった。朝食を近くのマクドナルドで食べようという話になり、テーブルをキープするために、僕が先に注文に行った。黒人のねーちゃん相手に「This one and That one please.」というように頼み、支払いが終わった後、いきなり、「Here or Go」と言われ、私は、『何言ってんだ、こいつ』と意味が分からなかった。それで、私はどういう意味か聞くべきだったが、咄嗟に、訳の分からない英語を喋ってしまった。するとその黒人のねーちゃんと同僚に大爆笑され、ものすごい屈辱感を味わった。「Here or Go」とは、日本語で言う、「こちらで召し上がりますか、それともお持ち帰りですか?」という意味なのだが、最初は解らなかった。私が席に戻ると、シゲが行こうとしたのだが、恥をかかせてはいけないと、「Here or Goって聞かれるからな。涼しい顔で、『Here』って答えておけよ」と、アドバイスした。

 道中、いろんな恥をかいた旅だったが、このマクドナルドでの思い出は、最も悪い思い出の一つである。食事が終わった段階で、路線バスでロスに向かう私とシゲは別れたのだが、シゲとはなぜかこの後も二度会うことになる。二人とも『地球の歩き方』を参考にして、行動していたからだ。

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訳の解らないblogを書いてしまった

 穴があったら入りたいぐらい、昨日のblogは、訳の分からないものを書いてしまった。よって今日は、謹慎する。

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暑がりで寒がり

 私は暑がりで、寒がりである。冬に、カシミアのコートを着て地下鉄に乗るだけで、大汗をかく。たった四駅でのことだ。地下鉄を降りた直後に深呼吸する。コートなども、その場で捨ててしまいたくなる。それを防いでいるのは、私の貧乏根性だ。外に出て、星空を観ながら、一服する。大概はこれで落ち着く。

 冬に汗をかく場合、どうすれいいのだろうと悩んだこともある。まあ、原因は、私の水分摂取量が異常に高いが為であるとは判ってはいるのだが。僕の場合、二日酔いの時は、朝に2リットルの、冷めたお茶などを飲むことが多い。タバコを吸いながら、お茶を飲む。ひたすらに、お茶を飲む。結果、便所へと行く事になる。

 一方で、暑がりである。普通、寒がりか暑がりか、のどちらかである。僕は両方兼ね備えている。昨年、草加の『Katsu』まで遊びに行った時、帰りの東海道線でうたた寝してしまい、隣の女性客からヒジテツを受けた時にはショックだった。セクハラどころか、大きい態度を取らるる様になったのだ。女性専用車両なども勝手に設ければいい。冤罪の男性客が減るのだから。しかし、そういう流れが、また、社会を閉塞化させてゆくのだ。私は痴漢に注意したこともある。電車の中でだ。でも、どう考えても、女性専用車両というのはおかしい。裏には、男尊女卑という観念が見えて仕方がない。それも実力のない奴に限って、田嶋某のように、論理の世界を遙かに超越した、感情論のみで議論が行われている。これは疲れ切った、良心的なる世の男性には苦痛だ。田嶋某の映像を見るだけで、不愉快な気分になる。

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無敵の肝臓

 無敵の肝臓を持つ私でさえ、歳と共に、お酒とのつきあい方が変わった。大学生の時に行った血液検査では、二日酔いで血を採られたが、γ-GTPが正常値だったので、医者が悔しがったことがある。その頃は、三日でボトル二本のウイスキーやブランデーを開けていた。休肝日などあろうはずがない。卒業論文の〆切りが近くなり、研究室で寝泊まりしていた時も、近所のコンビニでビールを仕入れ、晩酌してから寝ていた。先輩に、「なんなんだお前は。さすがだな」と言われたりしていた。さすがに、指導教授の授業の、T.A.(ティーチング・アシスタント)をやっていた頃に、毎週、自宅で、百人近くの演習問題を添削する時には飲まなかった。雀の涙程とはいえ、お金をもらっていたからだ。

 若かりし頃はいくらでも飲めたが、それで時間を無駄にすることもあった。『まあ、無駄なことをするのも大切だろう』位に適当に考えていた。しかし、二十代の後半になると、ウイスキーなどの、きついお酒が飲めなくなってきた。私はいつもロックで飲んでいたのだが、何か、まずく感じる様になった。その結果、γ-GTPの値が、初めて基準値を超える様になった。私は、飲み方を変えることにした。量を減らし、焼酎を炭酸水で割って飲む様になった。結局、酒飲みが、最終的に行き着く酒は『焼酎』なのだと悟った。

 こんな私だが、三ヶ月ぐらいなら、禁酒したこともある。その時は、別に、お酒が飲みたくて仕方がないという状態にはならなかった。自然にウーロン茶で過ごしていた。しかし、友達などと集まると、どうしても飲んでしまう。自分だけしらふなのが申し訳ないからだ。なんか、場が冷めてしまうのを防ぐために飲む。そして、再び飲み出してしまう。まあ、禁煙ほど禁酒は辛くないことが判った。それだけでも、禁酒した価値があったというものだ。

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映画『NINE』を観て

 数日前に、映画の『NINE』を観に行った。イタリアの偉大なる映画監督と、それを巡る女達の映画であった。出演している女優達はゴージャスだが、肝心なる主役の映画監督は、シナリオを1Pも書けない。発想が湧いてこなくて、もがき苦しむ。ただ女達を巡っては、妄想が広がる。それをミュージカルの様に仕立てた『NINE』は画期的な作品だとも思う。映画館には女性もいたが、男性の方が楽しめる映画だとは言えるかも知れない。卑猥とかそういうことではなくて、男向けの映画なのだ。

 書けない苦しみ、というのは、僕もさんざん味わってきたから、ものすごく共感した。物書きとして、〆切りは守らなければならないのに、アイデアが湧いてこない、と言うより、解らない。これは冷たく重たい病気である。昔、友人に小説を無償で提供すると言った時に、40話ぐらいで書けなくなってしまった事を思い出す。そこから先を何度も書き直したが、何辺書いても納得の得られるものなど出てこなかった。自分の経験不足を、肌で感じた。blogも変わりがない。バイオリズムが上がっている時や、絶好調の時にはいくらでも書ける。問題は低下している時だ。物書きの『冬』である。こういう時は、時の流れに身を任せるしかない。物書きが言っていることなのだから本当のことだ。それを味あわない物書きなど、少なくとも僕は認めない。

 昔、とある友人から、「お前の妄想癖は凄いな」と言われたことがある。当たり前だ、物書きなんて、妄想癖がなければ仕事にならない。いつも、頭の中でキャラクターをシュミレートしている。悪夢も観る。苦しむ。そういう人間で無ければ、物書きなど出来ない。と、言うよりも、そういう人間の死に場所なのかも知れない。

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花より団子

 花見にて

八べえ:「うわ~今日は桜が満開でやんすね。早速、ござを敷かないと」

助さん:「何を慌ててるんだ、八。桜は逃げないぞ」

八べえ:「そうでやんすが、弁当が冷めてしまわないうちにと」

格さん:「ははは。そういうのを花より団子というのだ」

八べえ:「そうは言っても、今日は特注な弁当なそうで」

 八べえ、弁当をむしゃぼり食う。

助さん:「八には、花を愛でる心というものがないのう」

格さん:「観よ、あの風に流されてゆく花片を。これぞ花見の醍醐味」

八べえ:「食べ過ぎたせいか、腹が痛くなりやした。ちと厠へ」

 三十分経過

ご老公:「八はまだですかいの」

 八べえ走って戻ってくる。

助さん:「どうしたんだ、八」

八べえ:「厠にに紙が無かったんでやんすよ。弥七の親分が風車で投げてくれやした」

格さん:「うっかりだな、八」

ご老公:「厠にゆく時は、紙を確認してから入らなければなりませぬぞ。カッカッカッカッ」

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再び花見へ

 再び花見に向かうことになったのだが、土曜と日曜とどちらがいいのかで迷っていた。母に相談すると、開口一番、「土曜」と言った。私が「なんでだ?」と聞くと、母は、「日曜日は面白いTVが多いから」とのこと。結局、今日、再び、バスと電車で花見に行くことになった。最高気温が16℃ということで、温かいとは言えないが、こないだ程、寒くもなかろう。

 ところで、昨日の歯医者では、親知らずは抜かなかった。歯のレントゲンの様なものを撮り、治療するか、抜くかの選択を迫られた。私は「抜いちゃて下さい」と気合いで言った。よって後日抜くこととなった。完治には二週間ぐらい掛かるらしい。場合によっては、歯茎を縫合するかも知れないと言われた。また、左下にも歯茎に隠れた親知らずが映っていたが、それは生えてこないだろう、と教えて頂き、安心した。左上の親知らずを抜くかどうかは、後日、検討することとなった。帰りしなに、先生にお礼を言うと、「親知らずを抜いた日は、お酒飲んじゃ駄目だよ」と釘を刺され、ドキッとした。多分、血が止まらなくなったりするからなのだろうが、心を読まれた感じがした。会計の時、受付のおばさんにも、「親知らずを抜いた日は、安静にしなきゃだめよ」と言われ、『こりゃ、相当痛いんだろうな』と覚悟した。しかし、これまで憂鬱だったのだが、自分から「抜いて下さい」と言ったことで、何か吹っ切れた。

 そういえば、昨日も一時停止していない車を見た。ドライバ-は、やはり女性だったが、タイミングが悪かったらクラッシュしていたところだった。あんなのに、もらい事故を起こしてもらっては困る。なんか、親知らずといい、最近はいろんな意味でアタッている気がする。

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あわや交通事故

 私は三年前の秋に、本屋の駐車場で、バックで出る際に、つい、アクセルを踏んでしまい、死角から来た軽自動車と交通事故を起こしてしまった。速度が、それ程、出ていなかったので幸い車が壊れただけで済んだ。この事故は完全に私に落ち度があるので、数日後、保険会社の人から掛かってきた電話で、「八割方、僕の方に責任があると思います」と素直に言った。だから、事故の責任比率は、8対2になった。保険料は上がってしまったがやむをえない。それからの私は、二度と事故を起こさない様に、無茶な運転は全くしなくなった。

 車を運転する以上、常に事故や故障のリスクは付きものだが、注意していれば、未然に防げる確率は高まる。特に、今の車は親父の形見なので、絶対に廃車にする訳にはいかない。親父がいなくなり、運転する機会が増えたので、シートベルトを締めると、いつも気が引き締まる様になった。

 表題に掲げたのは、こないだ、車を運転していた時に、道路の脇道から、いきなり軽自動車が、一時停止せずに、右折してきたのだ。若いねーちゃんが運転していたので、嫌な予感がした私は、ブレーキペダルに足を乗せていた。そして、急ブレーキである。クラクションを鳴らしたが、すんでの所で交通事故を回避できたのは、幸運だった。一時停止を無視するというのは、赤信号を無視するのと同じ事なのだ。『あれじゃあ、自分が死ぬか、人をはねるか、事故を起こすかのどれかだな』と、私は思った。よく、免許が取れたものだ。どこの教習所に通っていたのか知らないが、もっと厳しく指導してもらいたい。冷や汗をかいた。

 ところで、今日は親知らずを抜くだろう日。朝からずっと憂鬱である。今のうちに旨いものでも食べておこうか。

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哀しい気持ち…おくやみ

 私がこのblogを書いた後に、毎日楽しみに拝見しているblogがあった。雄か雌かは知らないのだが、愛犬のモモちゃんと、その飼い主である通称『モモパパ』という方との毎日のやりとりを、おもしろおかしく表現しているしている、『新・愛犬モモの日記』というblogがあった。URLはhttp://takaandmomo.cocolog-nifty.com/momo/2010/03/post-00ab.htmlなのだが、愛犬のモモちゃんが、三月三十日に天国へ行ってしまったそうである。ここ数日、モモちゃんに元気が無い様子だったので、案じていたのだが、昨日、亡くなったことを知った。

 私も、昨年の7/19に、飼っていた犬が他界したので、『モモパパ』さんの心中を察するに余りある。blogの方には、おくやみのコメントを書いておいた。『合掌』という字を、『合唱』と誤変換してしまったが、気持ちは伝わると思う。私以外にも、多くのモモちゃんのファンの方が、おくやみのコメントを送っていた。

 このblogを知ったのは、現在、飼っている、弥吉君(ミニダックス・♂・十ヶ月強)が家に来た当座、気管支炎を患っており、毎週病院通いしていた頃に、『モモパパ』さんから、「大変ですね…」という様なコメントを頂いた事による。それから毎日、『新・愛犬モモの日記』に遊びに行くのが日課となった。このblogでは、里親捜しの欄もあり、私は『モモパパ』さんの優しさを感じていた。それだけに残念である。モモちゃんは十五歳だったというから、天命を全うしたのだろう。これから、blogがどうなるのか解らないが、現在の所はモモちゃんの冥福を祈るのみである。  合掌

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