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性の慟哭

 私はセックスレスではないが、自分の欲望を抑えきれない時、体が熱くなる。それは、男にとっては、夢精の証であり、そうならない様に努める。もう、性などという概念がこの世から消え去ってくれればいいと感じたことは限りない。幻滅するのだ。先日、友人に打ち明けた。

 友人はメールで、『考えなくてもいいことをを考えてしまうんだよな』と言った後に、人間が感じ入れない領域に、よくは解らないけれど、最近興味を持っている、と書いてあった。私は返信に、それは般若心経で言う『空』の世界ではないのか?と聞き、自分がその感覚に浸りたい時は、座禅を組む、と返事した。友人は、そうかも知れないな、という返事をくれた。

 男が男であること、女が女であることに嫌気がさした僕は、しこたま酒を呑んだ。女とは動物の様なものかも知れないとも考えた。性というものが本当に嫌になった時、僕は太宰を受け入れるし、彼の死も納得できる。僕は太ってしまって、さらに三十を超してから、女を意識しない様にしようと考えた。自分が駄目にならない様に、異性の目は気にしたが、異性を誘う様なマネはしなくなった。これで安堵の日が来ると思っていたら、逆だった。寄ってくる異性と話すのは、騙している感じがするし、そのまま放っておく訳にもいかない。街になど出たくなくなった。

 まとまりは付かないが、私は性交渉に罪を感じるタイプである。本当とは?と求める私に少なくとも性交渉は必然ではない。しかし、本当に恋に落ちると、体が反応する。本能なのだろうが、それって本当に正しい事なのか、といつも迷う。性行為の後には、いつも罪悪感が付きまとう。

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