« 疲れがたまっている | トップページ | 今日は… »

今生の別れ

 神戸で祖母の見舞いに行った。これは今生の別れになると覚悟した。ばあちゃんは、もう、94歳である。好きなチョコレーも口から食べることはできない。ましてや、コーヒーなどもっての他だ。面会に行ったはいいものの、僕は何もしてあげることができなかった。

 ばあちゃんは寝たきりである。言葉もロクに喋れない。髪がかゆそうだったので、代わりにかいてあげると、ありがとうと、言葉にもならない声で言っていた。口からものを食べられないので、ばあちゃんの手を握って、必死にさすっていた。ばあちゃんは、寝ている時も口を開けているらしく、口の周りがひどく乾燥していた。母が除菌効果のあるウェットティッシュを買いに行く中で、僕は、ばあちゃんとの時間を大切にした。あれほど身だしなみに拘っていた、ばあちゃんのおでこをなでると、いくつもの発疹が確認された。僕はただただ撫でていた。

 母が、「私のこと、判りますか?」と聞いていたら、ばあちゃんは、ただただ肯いていた。しかし、十年前に実家にいた頃とはとは異なり、もう、死にゆく人の寝顔だった。それを観ているのが辛くて、早めに立ち去ったのだが、何かしてあげると、ばあちゃんは、声にならない声で「ありがとう」と言ってくれた。孫の私に、「歯を大切似せえ」と言っていた前歯は半分無くなっていた。これが今生の別れかと考えると何も言えなかった。皺が寄り、口をもごもごさせている、ばあちゃんの姿は見たくはなかった。

 現実を受け止め、我慢するところは我慢しようと、そうでなければやっていられなかった。不幸中の幸いか、父のことを聞かれずに済んだのは良かった。でも、ああなってしまうと、長生きするのがいいことだなんて、僕には少しも感じられなかった。辛そうだったのが忘れられない。何で神はそれ程までして、むごいことを強いるのか。今生の別れは、切なく、リピートの効かないテープレコーダーの様なものだった。

|

« 疲れがたまっている | トップページ | 今日は… »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521582/54007121

この記事へのトラックバック一覧です: 今生の別れ:

« 疲れがたまっている | トップページ | 今日は… »