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2010年3月

親知らずが…

 私には、二本、親知らずがある。右下と左上にだ。中学生ぐらいの時に右下のが生えてきて、そのしばらく後に左上にも生えてきた。親知らずは痛みやすいと聞いてはいたが、二十年以上、何ともなかった。ただ、右の最奥歯と右下の親知らずの間は、チャーシューなどを食べた際に、必ず肉片がひっかかるポイントではあった。その、右下の親知らずに一ヶ月程前から、異変が起き出した。最初は、少し欠けただけかと思っていたら、ぼろぼろと崩れだし、一ヶ月の間に見事な溝が出来てしまった。歯医者のイメージがちらついてはいたが、ついに観念し、先程、歯医者の予約を取った。

 前に歯医者に言った時、私の親知らずは斜めに生えているらしく、先生から、「抜くとしたら、半端な痛みじゃないよ」と言われていたので、現在、相当、憂鬱である。しかし、この親知らず、不思議なことに、ちっとも痛くないのだ。ただ、欠けるペースが速まりだしたので、抜きにくくなる前に、先手を打った次第である。明後日の昼頃に歯医者の予約が取れたが、多分すぐには抜かないだろうと観ている。そんなこと考えていると、先生に、「今日、抜いちまおう」などと言われ、激痛に見舞われそうな気もする。やや被害妄想が行き過ぎている自分を感じるのであるが、私は男である。三国志の関羽は骨を削られても、悠々と碁を打っていたという。

 私の亡き親父には親知らずがなかった。母は四本生えてきたらしい。丁度、中間の二本が私には生えている。遺伝学的には面白いが、私は、親知らずに関しては、父の血を引きたかった。甘いもの嫌いで、ブラッシングもしているのに、欠けてきた。きっと、右下の親知らずの寿命なのだろう。

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買い出しの日

 起きたら異常に寒い。そういえば、今日は晴れるが、最低気温が1℃、最高気温が10℃という天気予報だった。真冬並みの寒さだとか。雨が降っていたら、多分、雪になるのではないか。昨日も寒い中、最寄り駅にある、異常に安い八百屋に、車でお袋を連れて行った。幸い、その八百屋の周りには駐車場が多いので、車を駐める分には不自由しない。そういえば、愛犬の弥吉君(ミニダックス・♂・十ヶ月強)もドライブに行ったのだった。駐車場で少しだけ散歩したら、喜んで仕方がなかった。弥吉君は知らない人がいても吠えないのである。

 それにしても、家のお袋の『晴れ女』振りは見事である。家を出る時には、結構、強い雨が降っていたのだが、店が近づくにつれて、段々ワイパーを使う回数が減り、駐車場に着いた頃には雨が上がってしまっていた。傘を持って行っていなかったので、丁度よかった。しかし、そんな『晴れ女』のお袋だが、実は雨の日が好きらしい。実家がミカン農家なので、ガキの頃、雨が降ると、家族が家にいたのが嬉しかったことが理由らしい。私も旅先などで、観たい場所があると、ことごとく晴れるので、『晴れ男』なのだが、これは多分、母の血なのだろう。

 さて、今日は野菜以外の食料品を購入するために、安売りスーパーに車で向かう。花見の時、余りに寒かったので、風邪がぶり返したのか、体調は今ひとつだが、母がペーパードライバーなので私が運転するしかない。アメリカ並みの巨大なスーパーなので、何処に何があるかを探すのに一苦労。しんどいなあ。

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花見空振り

 花見に行きたい衝動に駆られて、「まだ早い」と言う母を説得し、昨日、バスと電車とタクシーとで、花見に行った。すると二分咲きぐらいで、見事に空振ってしまった。それでも、日曜だったせいか、ござを敷いている人達が何組もいた。私たちは丘の上のいつもの場所にゴザを敷き、私はビールやサワーを、母はウーロン茶を飲みながら、弁当をつついた。風は冷たく、空は曇天模様、桜はちょびっとしか咲いていなくて枝の方が多いじゃねえか、という中、寒さをこらえながらの花見となった。私は母に謝った。

 弁当が空いた頃か、桜を観るというよりも、花見に来ている人達を観察していた。私がボソッと、「それぞれの人に、それぞれの人生があり、営んでんだな」と呟くと、母は、「私も学校から見える景色を見て、短大の時にそう思った」と応えた。すると私の頭の中で、古い記憶がよみがえった。

 大学時代に、面白い先輩が居て、「お前は、この大学の一番高いところに登ったことがあるか?」と言うので、「いいえ」と応えると、「ちょっと来い」と言って、大学のベランダに連れて行かれた。すると先輩が、「ここから見える景色をどう思う?」と言うので、私は、「哀しい景色ですね」と答えたら、すかさず「何故だ?」と言われ、「最近、僕は人間の営みに絶望しているんですよ」と答えた。先輩は「馬鹿野郎!ここから見える景色の中で生活している人達のほとんどよりも、大学に通えている俺たちは、恵まれているんだぞ。お前の悩みなんて、ただの贅沢だ」と説教された。先輩の言うことが正論なので、「僕が間違っていました」と言った記憶だ。

 花見の方は、母が寒がったので、すぐに帰ることにした。私は、悔しかったので、「来週あたり、もう一回来ない?」と母に言うと、母は「もういい。弥吉(犬)でも連れて、車で来たら」と返してきた。私は再び母に謝罪した。しかし、もう一度、私だけで花見に来る事も辞さない覚悟で、その公園を後にした。

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桜の季節か

 昨日辺り、弥吉を連れて散歩をしていると、近所の公園の桜が満開だった。そろそろ桜の季節かと、ぼんやり考えていたのだが、いかんせん、晴れてはいても、風がまだ冷たい。花見をするには、ジャンパーかコートが必要だと感じた。そうしなければ風邪をひく。

 毎年、花見に行っている、だだっ広い公園の桜の状況をネットで調べると、3/27が開花日だと知った。つまり昨日である。今日か明日にでも、花見に行きたいものだ。私は桜の散り際が好きなので、その時季を狙っている。去年は満開の時に行ってしまったので、タイミングが悪かった。桜の木の下に、ござを敷き、のんびりビールでも飲みながら、弁当をつまむのが何とも言えず風情がある。去年は母と二人で、一昨年は親父と母と私の三人で花見に行った。そういえば母方の曾祖母は『はなみ』という名前で、たいそう運のいい人だったらしい。

 十年ぐらい前か、今もつきあいのある、大学時代の友人達とその公園で、花見をした。みんな遠くから集まってくれたのだが、確か、私は日本酒の一升瓶を持って行った筈だ。プラスチックのカップで飲んでいると、友人の中の一人のカップの中に、桜の花片が入り、「風流だし、めでたいなあ」と言った記憶がある。何とも風情があるし、情緒を感じた。花見が終わった後は、タクシーで中華街に繰り出し、みんなで飯を食べた筈だ。友人の奥さんが中国語ができるので、店を選ぶのも、オーダーするのも不自由しなかったし、安くて旨い中華料理が食べられた。心なしか、店員の応対もよかった気がする。

 さて、今年の花見はいつにしようか。天気とも相談しないといけないな。

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亡き親父が夢枕に立つ

 先ほどまで寝ていたのだが、親父が他界してから、初めて親父の夢を見た。そこでは、私は、会社での親父の部下であり、電話が鳴った。「来週までにベアリングを五十個用意して欲しいのだが、できるかね?」と。私は親父に聞いている。すると親父は、「そんなの余裕だと伝えておけ」と応えた。私もそれに従った。

 何が嬉しいって、親父の没後、母は毎日の様に父の夢を見ていたらしいのだが、私は一度も観たことがなかったからだ。

 親父も、管理職に長く就いているうちに、いろんなトラブルがあったらしい。部下のペイペイの奴で、みんなからの嫌われ者だったらしい奴に、「車を運転するんなら、保険には入っておけ」と言ったのに、そいつは入らなかったらしい。案の定、そいつはベンツと事故を起こし、70万支払えと、相手方が会社にも来る様になったそうだ。私の親父は、そいつの素行やチームワークの悪さに、70万で首が切れるなら安いものだと、肩代わりしたらしい。そいつの直属の上司も、半額払います、と言ったらしいが、親父は断ったらしい。ただ、家庭でお袋には謝ったそうだ。お袋も何も言わなかったとのこと。おかげで、現場の士気が上がったとか。私から言わせると、こんな奴は、どんな世界でも生きられない。

 私の親父は、原発の溶接技師だったが、もしも、ひどい地震が来たら、俺は原発に逃げ込むと笑って言っていた。それ程までに、自分の仕事を誇りに思っていたのだろう。原発を巡る、無責任や無知な評論には、父以上に私が腹を立てていた。大学院時代の『原子力特論』の単位は、もちろんAだった。

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球形の碁盤

 まだ酒の味も知らぬ浪人時代、宅浪だった私は、気分転換に、しょっちゅう親父と碁を打っていた。その頃はしらふで打っていたし、並べ直しもできた。それでも、いつも負けるので、反省しきりだった。こういう時は、寝る前にまぶたを閉じると、勝負所での白と黒の変化図がある程度まで浮かぶので、厄介でもあった。勉強するために、浪人したのに、碁の石が嫌でも頭の中で並んでしまい、寝不足に陥った。最終的に、私は、寝る前にだけ、親父のビールを二本ほど拝借して、飲むことにしていた。その代わり、普段は起きている間中、勉強していた。もっとも、当時から十二時間は寝ていたが。

 親父との勝負の際、碁盤について疑問に思ったことがある。何故、スミとかヘンが有利にならなければならないかということだった。そこに違和感を感じた。そうこう考えているうちに、球形の碁盤ならば、解決できるのではないかと考えついた。しかしそれでも、特異点がある。北極点と南極点の二点だ。そこから打つ以上、『偏り』はさけられない。当時、親父にこの話をすると、「アイデアが奇抜で面白い。碁を打っている奴で、お前みたいな事を考えている奴は、多分いないだろうよ」と言われた。そして、二人で、もしも、偏りのない球形の碁盤ができたら、という話をした。結論は、「ややこしくなるな」で一致した。

 話は多少変わるが、何年か前に、ベンゼン環ならぬ、サッカーボール状の炭素原子の配列を発見したということで、どこかの国の人がノーベル賞をもらったと聞いた。友人はそのニュースに、「たかがそれだけのことでノーベル賞かよ」と嘆いていたが、私はそういう碁盤について考えていた。しかし、余りにも、石を打つところが少なすぎる。これだけで、私は、友人とは異なる、ため息をついた。球を平面にすると、どこかで矛盾が起きることは周知の事実だ。でも、亡き親父が、「面白いアイデアだ」と言ってくれたことは、今でも鮮明に覚えている。

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映画『ハート・ロッカー』を観て

 映画『ハート・ロッカー』は、いわずもがな今年度のアカデミー賞で最優秀映画賞を始め、数多くの賞を受賞した作品である。映画の舞台はイラク。ストーリーは、爆発物処理班の三人のチームが、地雷や自爆テロ用などの、爆弾を処理する流れ。その中で、様々なドラマがある。戦場の臨場感が見事に表現されている。

 爆発物処理班は、他の任務に就く兵士よりも、死亡率が五倍高いらしい。映画のタイトルである『ハート・ロッカー』とは、『行きたくない場所・棺桶』というニュアンスとのこと。主人公達三人のチームのリーダーは勇敢に爆発物を処理する。たしか、のべで873個の爆弾を処理したとか。しかし、この男の精神的にイカれている面が、映画の様々なシーンで読み取れる。映画の冒頭で、『戦争は麻薬だ』というコメントが出てくるが、この男は戦場でしか生きられない男なのである。チームの部下の二人は、精神的に不安定になったり、「こんな地獄には居たくない、何もかもが滅茶苦茶だ」などと、泣きながらリーダーに打ち明けたりもする。

 ところで、この映画程、『SHIT!(クソッ!)』とか『FUCK!(畜生!)』という言葉が頻繁に出てくる映画を僕は観たことがない。仲間が爆死したり、銃撃戦になったり、悲惨な現実を見つめたり、任務が遂行できなかった時などに、口をつく、といった感じだった。昔、アメリカのハリウッドのユースで、日本語ペラペラのスケベ外人、マーティンに、「FUCKって言葉は卑猥な感じがするんだけど、やっぱりそうなの?」と聞いたら、「そういうニュアンスもあるけど、必ずしも、そうとは限らない」と言っていた。この映画を観てて、『なるほどな』と感じた次第。

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株屋のねえちゃん

 不思議な電話が掛かってきた。

「今買うと、二割得する株券があります」

 私は

「あんたが全財産投資するなら信用する」

と言った。

 すると、

「私は買いませんが、お客様の利益のために」

と返してきた。

これっておかしくないか?

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植物は何故育つのか

 いつも電話をくれる友人とは、最近は、携帯のショートメールで会話をしている。昨晩の会話の抜粋。

友人:「植物は何故育つのか、考えてみたらおもしろい」

 私:「植物は子孫を残すのに、風まかせせなところがいいね。欲がない。自然だ。だから人は緑に癒されるのかも知れない。それでいて根を張っている。また、植物が何故育つのか。太陽の季節に枝や葉を伸ばし、冬には根っこを伸ばして、次の春を待つからだよ。そして、大木になる。人間も同じだな」

友人:「その通りで思考なんてものは大勢にはあまり影響しないということかな」

 私:「思考を無くしてしまったら、人間の尊厳にかかわってしまうのではないか」

友人:「謙虚でいましょうということかな。尊厳も所詮人間が作り出したものだし。そんなものには価値はない」

 私:「謙虚でいることは、とても大切なことだよね。何に対しても。そうでなきゃ生きる資格がない。でも人間だけが自殺の権利を持つことをどう思う?」

友人:「権利ではない。それは勘違い」

 私:「俺は生き延びるつもりだ。けれど、いろんな矛盾を生き物として感じるな」

友人:「矛盾がなければ自然界は成り立たない。ところでバトンの話はしたっけ」

 私:「バトンの話は多分忘れてる。でも、自分で許せる矛盾とそうでないものがあるよな。よかったらバトンの話をもう一度聞かせてくれ」

友人:「親が渡してくれたバトンは大切に次の世代に渡さないとな。お前はすばらしいバトンをもらってると思うから」

 私:「ありがとう。でも、俺は、人類はあと千年もたないと考える。性についても色々考える中、親からのバトンは俺で終わりにしてもいいという覚悟だ」

友人:「ずいぶんと無責任だな」

 私:「無責任な訳じゃない。人間というものに幻滅しているだけだ。表と裏が違いすぎる。最近の自分に感じていることだけどな」

友人:「何百人もの努力の集大成なのに」

 私:「今、生きている、人間の誰もが何百人もの集大成だ。けれど、今の文化、これからの文化にも絶望している。どうしたらいいんだろうな?」

友人:「役割が全うできなければバトンが落ちるだけのことだ」

  改めて読んでみると、私は相当な悲観主義者なのだと感じる。しかし、それは、私が現在、『冬』の時季にいるからで、根を伸ばしている時季だからかも知れない。人の世は、きっと、まだまだ捨てたものではないのだろうと観じる面というか、心のパワーが出てきた。相手をしてくれた友人に感謝するとともに、適確なアドバイスをくれたことが非常にありがたい。自分の考え方を完全否定はしないが、ずいぶんいびつな考え方をしている面が否めない。私の中には、俗世間を離れ、仙人みたいになりたいという願望もある。そこが私を中途半端にさせているのだろう。現実を受け入れ、それを直視しても、たとえ傷つこうがそれを跳ね返す様な強さが欲しいと考える気になってきた。友人よ、ありがとう。

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今日は映画を観に行く予定だけれど…

 今日は映画を観に行くつもりなんだけれど、『ドラえもん』シリーズが、興行成績一位だとか。今日は、ガキがうるさそうだな。さて、そろそろ準備をしないと。ではまた。

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弥吉君がお利口さんになった!?

 最近、我が家の愛犬、弥吉君(ミニダックス・♂・満十ヶ月弱)が、粗相をしなくなってきた。こないだ、お彼岸の墓参りに行って、ずいぶん長い間、お留守番をさせていたのだが、帰ってくると、何もしてなかった。最近は、出かける時は、「僕も行く」と頑張る様になったのだが、あまりに時間が掛かる時には、お留守番させている。トアを閉めて、鍵を掛ける時、玄関口で、「ヒュ~ン、ヒュ~ン」と、寂しそうな声を上げるのだが、帰ってくると、ほとんど粗相をしていない。。そして、かわいがってくれと、じゃれてくるので、胸とか背中とかをさすってやると、今度は顔を滅茶苦茶に嘗められる。粗相せずに、お利口さんに留守番していた時には、おやつのボーロを十個位やる。するとまた喜んで、じゃれてくる。かわいいものだ。

 いつからこんなに落ち着きが出だしたのだろうかと、振り返ってみると、私と母が父方の祖母の見舞いに、一泊二日で、神戸に帰った際、動物病院に預かってもらった時ぐらいからだと思う。動物病院の先生が、「甘えん坊でしたよ」と、笑っておっしゃっていたのだが、その辺りから、落ち着きが出だした。

 弥吉君は確かに甘えん坊である。と言うより、甘え上手である。コタツであぐらをかいて座っていると、いつの間にか、私の足の上に乗っかっている。気がついたら弥吉がいた、という具合である。私がトイレなどに立つ際に、昔だったら、「どけ、弥吉」と言っても、居座ったのだが、最近は言葉を覚えたのか、すぐにどく様になった。まだ様子を見てみないと解らないが、子犬から成犬になりつつあるのかも知れない。運動能力なども上がった。

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大学合格者一覧を観て

 母の買い物ついでに、タバコをワン・カートン買ってきてくれ、とお金を渡すと、帰ってくるのがやけに遅い。やっと帰ってきたかと思ったら、『サンデー毎日』の大学合格者別ランキング高というものを買ってきていた。しかも、先週とので二冊。高校別では、私の母校はかなり健闘していた。と同時に、昨年、自殺騒ぎがあったことも思い出した。後輩が、受験結果などで、学校を盛り上げてくれるのは嬉しいが、受験した後も、その後も、人生は甘くはないことは知っていてほしい。これは、私の受験が終わった後に、何人もそこで終わっていった奴を観てきたからだ。一生涯の、のびしろが欲しいなら、常に好奇心を忘れぬ事だ。これは受験だけではなく、就職、結婚、などの人生の節目でやって来る、落とし穴なのだ。頭打ちにだけはなってはいけない。

 今回の統計を観てみると、公立が全滅に近い。いくら高校無償化といったところで、私はこの傾向が正されることはないと観ている。その前に、優秀な生徒が根こそぎ私立に持って行かれるからだ。だから、この制度は、中卒という学歴を消す制度だと思っている。それでも非常に有り難い制度である。

 『人間三十を超えたら自分の顔に責任を持て』と言ったのは、リンカーンだが、学歴など使えるのは3~4年、後は本人の実力のみで評価されるのだ。頭打ちになった人間は、これを突破できない。見識を広め、親友を五人以上持ち、常に『Why?』という意識を持つことだ。大学での勉強など、生ぬるい。人生にはもっと深みがある。だからこそ、面白い。

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性の慟哭

 私はセックスレスではないが、自分の欲望を抑えきれない時、体が熱くなる。それは、男にとっては、夢精の証であり、そうならない様に努める。もう、性などという概念がこの世から消え去ってくれればいいと感じたことは限りない。幻滅するのだ。先日、友人に打ち明けた。

 友人はメールで、『考えなくてもいいことをを考えてしまうんだよな』と言った後に、人間が感じ入れない領域に、よくは解らないけれど、最近興味を持っている、と書いてあった。私は返信に、それは般若心経で言う『空』の世界ではないのか?と聞き、自分がその感覚に浸りたい時は、座禅を組む、と返事した。友人は、そうかも知れないな、という返事をくれた。

 男が男であること、女が女であることに嫌気がさした僕は、しこたま酒を呑んだ。女とは動物の様なものかも知れないとも考えた。性というものが本当に嫌になった時、僕は太宰を受け入れるし、彼の死も納得できる。僕は太ってしまって、さらに三十を超してから、女を意識しない様にしようと考えた。自分が駄目にならない様に、異性の目は気にしたが、異性を誘う様なマネはしなくなった。これで安堵の日が来ると思っていたら、逆だった。寄ってくる異性と話すのは、騙している感じがするし、そのまま放っておく訳にもいかない。街になど出たくなくなった。

 まとまりは付かないが、私は性交渉に罪を感じるタイプである。本当とは?と求める私に少なくとも性交渉は必然ではない。しかし、本当に恋に落ちると、体が反応する。本能なのだろうが、それって本当に正しい事なのか、といつも迷う。性行為の後には、いつも罪悪感が付きまとう。

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あげまん

 私の友人の奥さんは相当の『あげまん』である。友人も、そこに向上心を感じて頑張っている。奥さんは、相当、頭が切れる。一方で、育児のために会社を辞めた。友人はその分も頑張っている。奥さんが切れ者過ぎて、閉口したこともある。料理の上手な方だが。

 『あげまん』という、故伊丹十三氏の作品がある。何年か前に観たが、『あげまん』とは、一夜にしてならずということを感じた。小さい頃からのけじめが、将来の幸福に結びつくという様な映画でもあった。僕は、仏画をもらったお礼に、このblogの本を友人に送った。現在は小学校の中学年の娘さんが読んでいるらしいが、奥さんの反応は冷たかった。友人に言わせると、「もっと精進しなさい」という意味らしいのだが、最初は落ち込んだ。でも、人間、向上心を無くすことは、好奇心を無くすのと同じことだ。素人がblogの可能性を論ずるには些か波が大きい気がする。

 昨日の夜だったか、その友人からショートメールが届いた。TWITTERなのかと聞いたら、彼は断固として、TWITTERなどいじっている暇がないと言った。私もblogではなくtwitterになるべきか迷ったが、twitterでは文章にならない→書いてる意味がない、という結論に帰着した。大体、文字数制限があるなど論外だ。これらが、また、繰り返し繰り返し日本語を破壊する。言葉を破壊するということは、その国の文化をも破壊する問題である。政治家が駄目なら、民間交流らから始めようと言っていたのは、大江健三郎氏であるが、賛成である。そうしてしか、人の交流などできない。氏も金銭的に困っていらっしゃるらしいが、私の方がひどい。氏の新編である『水死』を買おうか買うまいか三十分悩んだ結果である。

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私が坊主にすると…

 私はここ数年、坊主頭でいる。昨日行った床屋でも、12mmのバリカンで剃ってもらった。坊主頭は洗髪などに便利なのだが、勘違いする人が多いのも困る。私が坊主頭にすると、坊さんか危ない人に間違われる。Tシャツに短パンで旅をしていても、「お坊さんですか?」などと、知らない人から聞かれる。決まって「違いますよ」と言うのだが一応、仏教徒であるし、禅にも興味がある。般若心経ぐらいは暗唱できる。意味についても、多少は貢献できる。問題は、『危ない人』と捉えてくれる人達である。

 私が人混みの中、駅へと急いでいると、私の前だけ、『モーゼ』のように人並みが割れる。喧嘩ならいつでも買う覚悟は持ってはいるが、意味不明の現象である。私が右翼かやっちゃんに見えるのだろうかといつも悩む。私の顔を鏡で見たら、そんなに悪そうでもないのだが。

 親友からは、「お前が、その頭の雰囲気で、人に接すると、相当説得力がある」と言われる。けれど、それは私に近しい人の意見である。坊主頭にしてていいのかと迷う。

 私は、乳飲み子の時、寝ると、頭の右を向いてしか眠らなかったらしい。父母も心配がって、ドーナツ状の枕などを頭にかぶせたらしいが、それでも右向きにしか寝なかったらしい。だから、ガキの頃の私の写真を見ると、頭がよれている。これは私のコンプレックスでもある。幸い、成長期に入り、身長が伸びるとともに、治った。コンプレックスなんてそんなものだ。

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映画『しあわせの隠れ場所』(THE BLIND MAN)を観て

 昨日は朝早くから映画を観る予定だったが、blogを更新した後に寝てしまった。起きると午後一時。満足に眠れたのはいいことなのだが、映画館に行こうか相当迷った。頭は寝ぼけていたが、現在、観たい映画が三本あるので、行くことにした。明日は病院だし、明後日は墓参り。その翌日は再び映画を観に行く。

 昨日観た映画は『しあわせの隠れ場所(THE BLIND MAN)』である。実話が元になっているNFLのスター選手の生い立ちを映画化したものだ。最初はホームレス同然で、卑屈になっている主人公を、温かい家庭が向かい入れてくれる。そのうち、アメリカンフットボールでの才能を開花させる。勉強も支援もあってか、大学に通えるだけの成績を叩き出す。これが現在生きている人の伝記だから凄い。困ったら逃げる癖のあった主人公は、最終的には自分で自分の人生を選ぶこととなる。そこでは、昔の仲間達とたむろせず、面倒をみてもらった仮の両親を裏切らなかった。

 ベッドに寝るのが初めてだという彼に、私は涙をそそられた。他にも義母の献身的な愛情や、家族の理解があって彼(マイケル・オアー)は頑張る。アメリカの黒人白人といった差別問題も根底にはある。しかし、彼は温かい家族と、アメフトに於いて、自分の場所を確立する。僕は眼鏡を拭く振りをして、何度も目頭を拭った。僕が今年観た映画の中では、現時点で最も優れている。と、同時にボランティア精神以上のものを学んだ気がする。唯一不満が残るとすれば、タイトルの和訳がひどいことか。英語の『BLIND』には二つの意味がある。アメフトでブラインドからタックルする意味と、彼の人生がずっとブラインドサイドにいたということだ。邦題には納得がいかない。洋楽のCDの和訳と同じく、滅茶苦茶な感じがする。タイトルを変えたら、この映画はもっとヒットしていたのではないか。

 どちらにしろ、いい映画であることに変わりはない。

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予定

 今日は映画を観に行く予定。目薬を持って行こうかなあ。

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つるかめ算について

 つるかめ算というのは、鶴の足が二本、亀の足が四本、あわせてX匹いました、さて、このうち鶴は何匹いるでしょう?というような問題だと記憶している。小学生の時に習ったが、ポイントは鶴と亀の足の数の差である『2』であったと記憶している。何でこんなことを思い出したかというと、こないだ夢の中に出てきて、解法に悩んでいる自分がいたからだ。夢の中では解けなかった。小学生の問題が解けないとは、屈辱以外の何者でもない。もちろん、目が覚めてからは、すぐに解法を悟ったが。それにしても、何でこんな夢を見たのだろう。

 小学校の時の塾では、他にも流水算とかニュートン算とか旅人算とかいろんな算術を習った。ニュートン算以外はことごとく得意であった。ニュートン算とは、例えば、ある容器に水を入れる場合に、同時に水が流れてゆくのだが、この場合に於いて、容器を満たす時間は、どれくらい掛かるか?などといった問題であったと記憶している。他にも、覆面算というのにも苦労した。アルファベットで割り算などの数式を書いて、X,Y,Zに当てはまる数字は何か?などという凶暴な問題もあった。

 塾に通っている時に、事件が起きた。テストの成績順に並べられる中、私は一番上のクラスにいた。その中でも、トップに座っていた奴が、アルバイトだろう職員ともめたのだ。そいつは、小学生の分際で、働いているアルバイトの奴に、「この、バイトが!!」という口をきいたのだ。バイトの職員がキレて、そいつを殴った。みんな黙っていたが、明らかに生徒の方が悪いと僕は感じた。この馬鹿は、何様のつもりなんだと感じた。思いやりが無いのである。

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暑さ寒さも彼岸まで

 今日は父の月命日なのだが、墓参りに行っていない。今月はお彼岸があるからだ。何でも、彼岸の入りが3月18日らしい。その時季に墓参りに行くつもりだ。なぜだかお彼岸では、心なしか墓石に飾ってある花まで豪華になる気がする。墓地も混んでそうだな。

 昔から、『暑さ寒さも彼岸まで』というが、これは結構当たっている。やっと寒い冬が終わるのかと思うとありがたい。お彼岸というのは、春分と秋分の日のあたりを指すから、丁度、昼と夜の時間が等しくなる時季でもある。私はこういうことを考える時、太陽を中心にして、地軸の傾いた地球が回っている図をイメージする。

 やっと『冬』という死滅の季節が終わり、生き生きとした『春』が訪れるのかと思うと、気分が一新される。こういう時、私は『つくし』をイメージする。また、すべての生き物が登ってゆく気分になる。強烈な風を感じる。

 墓参りで思い出したが、神戸に帰った時に、じいちゃんの墓参りをしてきた。ばあちゃんの見舞いにも行った。ばあちゃんは、認知症気味なので、息子(父)の死を知らない。それがせめてもの救いだった。見舞いに行くと、何かしてあげる度に、声にならない声で、「ありがとう」とばかり言っていた。母方の祖父も、肺炎を起こして寝たきりになってしまったが、これから、葬式ラッシュが続くことも覚悟した。もちろん、長生きしてもらいたいことは言うまでもない。

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なんだかなあ

 なんだかなあ、書くことが無いや。

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それはないだろ

 衰退の一途を辿る自民党から、公明党が離れ、民主党に近付く気配を見せている。公明党(創価学会)らしいと言えば公明党らしいのだが、これではイソップ童話のコウモリと変わりがない。一度でも権力を手にしたら、それを放したくはないという態度だろう。自民党が与党の時は、調子よくすり寄り、民主党が与党になったら、またすり寄る。公明党(創価学会)の体質そのものである。再び大きな変革が選挙でもたらされると、そこにすり寄っていくのではあるまいか。こんなことは、道義上赦されない。要するに政党としてのポリシーがないのだ。

 誰にでも、信仰の自由を憲法が認めている以上、私は創価学会の人を非難することはしない。しかし、聖教新聞の、『寸鉄』のコーナーはよく解らない。池田大作の言うこともよく解らない。普通の人なら気がついていると思うが、どこかおかしい。日蓮正宗から破門を受けた以上、一般的な仏教の宗教法人ではないのだ。坊さんとの喧嘩も、いい加減にしてほしい。

 創価学会の方は、日蓮正宗の方が間違っていると考えがちだが、もう、いい加減にしてほしい。隠し事が多すぎる。以前、創価学会所属の両親を持つ、中学生の女の子と話した時、その娘は、イラク戦争も仏教の争いだと勘違いしていた。私は開いた口がふさがらなかった。つまり、仏教に関しても、デタラメな知識しかなかったのである。その娘は、毎日、聖教新聞を読んでいるとのことだった。それでそう思ったそうだ。言語道断である。

 どちらにしろ、民公連立になるのなら、私は絶対にそこには票を入れない。仏教徒として納得がゆかないからだ。

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blogの更新遅れがち

 ここのところ、blogの更新が遅れがちである。午後に書くことも多くなった。これは、私の睡眠時間の長さによる。体調不良の昨今は、十二時間以上寝ることが多い。春眠暁を覚えずを、そのまま地でいっている様なものである。また、体調不良に伴い、外出を控えているために、必然的にネタがなくなる→blogの更新が遅れる、といった悪循環に陥っている。もっとも、三年近く毎日blogを書いてきたら、書くネタが尽きてくるのも当たり前である。最近は、面白いblogを書こう、というパワーがない。風邪を引いているので勘弁して頂きたい。

 一日十二時間以上寝るというのは、幸せな奴だと思われる方もいると思うが、私にとっては、辛いことなのである。時間を無駄にしている気がしてならないのだ。寒暖の差が激しいこの時季、私の自律神経のバランスを考えると、どうしても睡眠時間が増えてしまうのだ。私の亡き父は、「寝るのが一番の薬や」と言ってくれていたが、私の場合、寝不足だと、どうしてもバイオリズムが悪くなるのだ。バイオリズムがSinカーブを描くとするならば、微分してマイナスになってしまうのだ。伴い、blogの質も落ちる。これだけは回避したいのである。

 こないだの雪が降った日、私は体調が悪い中、『牛の鈴音』という韓国の映画を観に行ったが、途中で少し寝てしまった。退屈な駄作だと私は思っている。確かにいい話なのだが、おじいさんの、牛に対する愛情を描いていただけだ。ドナドナの様な面もあったが、blogのネタにもならない様な映画だった。薄っぺらいパンフレットが600円もしたのには、納得がゆかない。

 あまりまとまっていないblogになってしまったが、今日の所は、これでよし、ということにする。

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今の時季

 今の時季、三寒四温と呼ばれるが、この時季に、私は必ず風邪を引く。今年も例外ではない。見事に風邪を引いて体が重だるい。用心に用心を重ねても、気温の変動についてゆけず、温かった時季から、急に雪が降り出す様な気候に体が順応しない。

 一昨日だろうか、買い出しに出かけたら、行きは雨だったのに、帰りには雪になっていた。車で行ったのだが、ショッピングセンターで、私の顔色は青ざめていた、と母は言う。再び体調を崩してしまった。帰りの運転は、迫り来る雪の中、視界が無く、怖かった。

 風邪を引いても、近所の内科は混みすぎていて、行く気にはなれない。しかも、一回目には、飲んでも効かない抗生物質を与えられる。優しい先生なのだが、タバコ一つとっても口やかましい。私の母方はがん体質ではないのだが、父方はみんながんになっている。助かる人もいれば、亡き父の様に戻らぬ人もいる。

 私はがんになりたくはないが、なる可能性が高い。それが、いつ、どんな時になるのかは解らないが、生き残りたいとは思っている。まだ、私にはやらねばならないことが多すぎる。念のため、親父の存命中に、がん保険に一口入ったが、あてにはしていない。がん保険とは、若いうちに入ると案外安くすむのだ。

 どちらにしろ、まだくたばるわけにはゆかない。

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実朝ゆかりの大銀杏倒れる

 今朝未明、鎌倉の鶴岡八幡宮の階段脇の大銀杏が倒れたと聞き、ショックを隠しきれない。国の天然記念物だったらしいが、貴重な文化遺産が無くなったのだ。原因は強風によるものとされているが、それにしても残念だ。私は鶴岡八幡宮に行く度に、源義経の妻である静御前が頼朝の前で、「しずや、しず」と舞ったとされる舞台を観ながら歴史を感じ、そこから本殿に向かう階段の左手にある大銀杏を観て、実朝の暗殺を思い出していた。今年の正月に参内した際も、白いしめ縄の巻かれた大銀杏をしみじみと観ていた。不幸中の幸いであるのは、初詣などの人の多い時季ではなく、けが人が出なかったことであろうか。

 今年観た時には、既に死にゆく木だったということなのだろうか。樹齢約千年ということだから、やむを得ないことなのかも知れない。しかし、僕はあの大銀杏を観る度に、実朝の霊魂が宿っている気がしてならなかった。いつも切ない思いで観ていたが、不思議と魅力のある大銀杏だった。今回根本から倒れたということで、実朝の無念も晴れたのだろうか。

 いずれにせよ、私が生きているうちに倒れたのは悲しい。今度行く時には、折れた根っこを見なければならないのだ。きっと無常感を感じることだろう。

 大銀杏の冥福を祈るというのもおかしな表現だが、実朝の冥福を祈りたい。昔、古本屋で買ってきた、実朝の金槐集でも読み直すことにしようか。

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本到着

 昨日は悪寒がして、体調が優れなかった。試しに体温計で熱を測ってみると、37.1℃。熱があった。風邪薬と頭痛止めを飲んで、一日中、寝ていたが、体が芯から冷えている様だった。ここのところの、サえないblogもそのせいかと考える。気温の変動がひどいこの時季、一番風邪を引きやすいものである。…まてよ、と思う。新型インフルのワクチンは打ったし、既に風邪を引いたので、免疫がついているはずだ。何とも納得のいかない熱だったので、一日で治すことに決めた。今朝測った体温は、35.2℃。落ちすぎているのだが、熱がないだけ、まだいい。

 昨日は、本を送った友人から電話が鳴った。以前、高価だろう仏画を頂いたので、本を送った。私が書きためていたblogを本にしたものである。合計二冊になったが、出版社の方にも、相当、努力して頂いた。友人が、「あの装丁はどうしたんだ」と聞いてきたので、「決められた中から選んだ」と応えた。テーマは『散歩』である。今回は、色遣いは気にせず、モダンな感じのものを選んだ。友人に送る本ぐらい、せめてハードカバーのものにしたかったが、予算の都合上、ソフトカバーにせざるを得なかった。

 一昨日の朝に届いたらしく、親交の深い、奥さんが読んでいらっしゃるとか。酷評されそうだが、それも今後のblog更新のパワーに繋げるつもりだ。下手をすると、漢検何級かを取った、長女の娘さんにも読まれてしまうかも知れない。決して、杜撰なまねはしていないので、それはそれで構わない。

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弥吉君初ドライブ

 神戸からの帰り、名神に乗る前のガソリンスタンドでガソリンを入れて以来、一切ガソリンを入れていなかったので、車のガソリン残量は四割り程度しか残っていなかった。従って、買い物ついでに、ガソリンを入れることになった。その際、初めて弥吉君(ミニダックス・♂・十ヶ月弱)も一緒に連れていった。

 これまで弥吉君は留守番ばかりだったので、胴輪を付けてやったら、一目散に玄関へとダッシュしていった。よっぽど嬉しかったのだろう。車に乗せてやると、私の腹の上に乗る。これでは運転できないので、無理矢理に助手席へと追いやった。そして出発。

 先代のの弥七君はドライブ好きだったが、弥吉君はどうかな、と様子を見ていたが、初めてのドライブのせいか、あまり外を見ていなかった。相変わらず車酔いしていたのかも知れない。ガソリンスタンドに着くと、神戸に帰る時にエンジンルームをチェックして頂いた店員さんがいたので、再びエンジンルームをチェックして頂いた。するとエンジンオイルが汚れ気味で、パワステのオイルが真っ黒になっていた。十五分程で交換できるということで、パワステのオイルだけ交換してもらうことにした。弥吉君と私は、車を降りてスタンドの中で待っていたが、弥吉君はどこか落ち着かない様子であった。間もなく作業が済み、店員が挨拶してくれる中、家路につくと、確かにハンドルは軽くなっていた。

 帰宅すると、弥吉君は一目散に家に入っていったが、私がコタツに入ると、よっぽど嬉しかったのか、私の腹の上に乗っかり、尻尾を振りながら、私の顔を嘗めてきた。またどこかへ連れて行ってやろう。

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光陰矢のごとし

 こないだまで正月だと思っていたのに、今日はもう三月七日である。既に、カレンダーを二枚めくったことになる。まさに、光陰矢のごとしである。しかも、歳をとればとるぼどに、時間の経つのが早くなる気がする。ふと気がつくと、時間という濁流に、ただただ浮かんでいる気がする。ある友達と話したら、「俺たちが仲良くなってから、もう、十数年。あれから既に人生の倍の時間が流れてしまったんだな」としみじみと語っていた。私は、「このままだと、あっという間に、二人ともじいさんになっちまいそうだな」と、やはりしみじみと語った。

 歳をとるのは、人生の必然。落ち込んでばかりもいられない。時間を無駄にせず、有意義に使うことが大切である。生きているのに死んでいる様な時間の使い方だけはしてはならない。なすべき努めを、なさねばならぬ。時間など、怠けていたら、何もしないうちに過ぎてゆく。そして、死ぬ時に後悔する。

 しかし、時間の使い方というのも、難しいものである。私には、なかなか見えてこない。ある友人が教えてくれたことは、普段、フルパワーで生きる代わりに、時々立ち止まって、自分の人生を客観的に観る。そうすれば、人生も、案外充実したものになるんじゃないか、とのことだった。的確な考え方である。

 自分の人生を、現在、客観視してみると、まだまだである。未熟だと感じるが、いつになったら納得できるものになるのだろうか。そもそも、納得できる領域など存在するのだろうか。

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ココログ出版にて

 先日、ココログ出版にて、自分のblogを本にまとめてみた。ソフトカバーで上下二冊なのだが、出版社の人が無理をして、何とか二冊以内に納めてくれた。夢中になって読んだが、下巻の方は今ひとつだった気がする。どちらにしろ、二部ずつ刷ったので、もう一組は、仏画を頂いた友人夫妻にプレゼントするつもりだ。

 自分のblogが本になるというのも、不思議な感触である。喜びと同時に、照れくささがついてくる。友人に送ろうと思っても、この胃の激痛では、しばらく掛かる。

 相変わらず、滅茶苦茶なことを書いていると思う一方で、校正などもしっかりやって置くんだったと後悔する。ミスタイプなどが、そのまま印刷されているのだ。この字はどうやって読むんだろうなど、時々、文章の途中で頓挫する。もっと丁寧に書いておくべきだった。

 上下巻の別れ目が、丁度、親父の生前生後なのも苦しい。自分の勢いの無くなりなさが、露呈してしまうのである。それでも出版社の方は良くまとめてくれている。毎日、書きためてきたからこそ、本という形になる。決して安いものではなかったが、仏画の値段を考えると比較にならないだろう。

 今回、上梓したものは、友達にも読んでほしいけれど、仏画を下さった奥さんにも読んでほしいのである。私を思いやって下さる方などなかなかいないのだから。それ程、魂を込めた作品というのは、これが私にとって初めてである。感想を聞いてみたい。

 本音は、パソコン上で昔の作品に出会う機会が少なくなったので、本にしたのだが、それは、あくまでも名目である、と言っておこう。

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療養中

 昨日から始まった胃痛が思わしくない。うどんとかヨーグルト位しか、体が受け付けない。今日も療養させてもらう。

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激痛が胃に

 今朝目覚めてから、激痛が胃をおそっている。あまりの激痛に、サクロンなる薬を飲んだが、現在でも、相変わらず痛い。お酒を飲み過ぎたせいであろうか、それとも、死にゆくばあちゃんに会ったストレスが掛かっているのか。神戸から帰ってきてからというもの、心身ともに体が優れない。伴い、blogの方もいいアイデアが浮かばず、呻吟していると言った所だ。

 とにかく眠い。深く眠れるのではあるが、長時間眠ってしまう。食事は、胃の激痛のために、箸が進まない。中原中也風に言うと『ボーヨー ボーヨー』といったところである。以前まで、調子の悪い時は、指がblogを書いていてくれた。最近はあんまり、その感覚がない。言葉を探りながら、無理矢理書いている感じだ。

 こうも胃が痛いと、何処にも出かけるパワーが湧かない。blogを書き終わったら、ぼんやりとコタツにでも入っていたい。もしくは、ひたすら寝ていたい。書いていて、自分でもつまらないblogだと思う。blogのスランプに陥ってしまった様な気分だ。一体いつになったら、この蟻地獄から抜け出せるのだろう。

 何はともあれ今日は胃に激痛が走って、思考力がない。脳みそが豆腐になった様な気分だ。blogを毎日書くことに、どんな意味があるのだろうか。マイナス思考の現在、書いていて少しも楽しくない。いつか、また、楽しくなるのだろうが、今日のblogは調子が最悪な時の、自分の記録として、今後の戒めのために保存しておこう。

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一週間は休む

 疲れ切っている。一週間は休む。

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今日は…

 今日は書く気がない、疲れのピークだ。

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今生の別れ

 神戸で祖母の見舞いに行った。これは今生の別れになると覚悟した。ばあちゃんは、もう、94歳である。好きなチョコレーも口から食べることはできない。ましてや、コーヒーなどもっての他だ。面会に行ったはいいものの、僕は何もしてあげることができなかった。

 ばあちゃんは寝たきりである。言葉もロクに喋れない。髪がかゆそうだったので、代わりにかいてあげると、ありがとうと、言葉にもならない声で言っていた。口からものを食べられないので、ばあちゃんの手を握って、必死にさすっていた。ばあちゃんは、寝ている時も口を開けているらしく、口の周りがひどく乾燥していた。母が除菌効果のあるウェットティッシュを買いに行く中で、僕は、ばあちゃんとの時間を大切にした。あれほど身だしなみに拘っていた、ばあちゃんのおでこをなでると、いくつもの発疹が確認された。僕はただただ撫でていた。

 母が、「私のこと、判りますか?」と聞いていたら、ばあちゃんは、ただただ肯いていた。しかし、十年前に実家にいた頃とはとは異なり、もう、死にゆく人の寝顔だった。それを観ているのが辛くて、早めに立ち去ったのだが、何かしてあげると、ばあちゃんは、声にならない声で「ありがとう」と言ってくれた。孫の私に、「歯を大切似せえ」と言っていた前歯は半分無くなっていた。これが今生の別れかと考えると何も言えなかった。皺が寄り、口をもごもごさせている、ばあちゃんの姿は見たくはなかった。

 現実を受け止め、我慢するところは我慢しようと、そうでなければやっていられなかった。不幸中の幸いか、父のことを聞かれずに済んだのは良かった。でも、ああなってしまうと、長生きするのがいいことだなんて、僕には少しも感じられなかった。辛そうだったのが忘れられない。何で神はそれ程までして、むごいことを強いるのか。今生の別れは、切なく、リピートの効かないテープレコーダーの様なものだった。

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