« 映画を観に行く | トップページ | どうやって神戸に帰ろう? »

映画『人間失格』を観て

 太宰の原作は持っていたが、読まないうちにどこかへやってしまった。大体僕は、自殺した作家というものを認めてはいなかった。映画の『人間失格』も、相当迷った挙げ句に観た。そこには切ない男心が描かれていた。暗い作品である。太宰の自伝の様な物だ。

 親しい友人との自己紹介メールで、インパクトを受けた作品として、太宰の『人間失格』を挙げていた。相当女にモテる男だ。私は原作を読んでいなかったので、暗い奴だな、というぐらいの反応しかしなかった。しかし、この映画を観ているうちに、男心が解っていないと理解できない作品だとも感じた。男というのは、普通なら、モテてモテて仕方がない時季というのがあるのだ。また、真の男ならば、それに嫌気が指して、堕落してゆくものなのだ。堕落と言っても、いつか這い上がるチャンスを狙っての堕落なのだ。ところが太宰は優しすぎて、堕落の一途をたどる。

 劇中に、中原中也が出てきたのも新鮮だった。彼は実在する詩人なのだが、太宰の中に、ピエロな自分がいることを見抜く。道化は俺だけでいいという中原は、太宰よりも早く死ぬ。原作では中原は登場していないらしいのだが、中原の死は太宰の心を揺さぶる。

 作品全体を振り返ると、やはり太宰の二面性が目立つ。生まれながらにしてピエロを演じてきた面と、純粋な本心。彼は女に不自由しないが、逆にそのことが命取りになる。男は優しいだけでは駄目なのだ。心中に心中を繰り返した彼を僕は軽蔑する。

|

« 映画を観に行く | トップページ | どうやって神戸に帰ろう? »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521582/54007116

この記事へのトラックバック一覧です: 映画『人間失格』を観て:

« 映画を観に行く | トップページ | どうやって神戸に帰ろう? »