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映画『今度は愛妻家』を観て

 この映画、主役の北見俊介(豊川悦司)と、その妻、さくら(薬師丸ひろ子)が中心となった悲しい映画なのだが、妻のさくらが、どの時点で死んだのかがよく解らなかった私には批評する資格がないのかも知れない。それでもいいなら、書いてみるが、あくまで僕の憶測に過ぎないのかも知れぬ。ただ劇場中で、途中からすすり泣く声が聞こえ、私の隣に座っていたおばさまもハンカチで涙を拭っていた。

 北見俊介はプロのカメラマンで人物しか撮らないというこだわりを持っている。妻のさくらはしっかり者なのだが、肝心の俊介は我が儘で、ずっと仕事をしていない、という設定。そこに、さくらの父親であるオカマの文太や弟子の誠、女優志望の蘭子といった面々が関わり合う。最初はコミカルに描かれていたが、だんだんシリアスな雰囲気になってゆく。ここで、俊介が何故仕事をしないのかということを煮詰めると、作品の冒頭から、さくらは俊介にしか見えない幽霊だったということになる。というのも、物語の一年前のクリスマスでの沖縄旅行で、さくらは結婚指輪をホテルに忘れたと言って、走って取りに帰る最中に交通事故死してしまうのだ。それが解るのが、エンディング近くでのさくらの一周忌のクリスマスで、俊介だけにしか見えないさくらとの会話のシーンだ。パンフレットのあらすじを読んでみると、私とは解釈が異なるのだが、そう考えないとつじつまが合わない。

 ややこしく書いてしまったが、我が儘で妻のことなど考えなかった俊介が、さくらを失って、いかにその存在が大きかったかを知り、悔い改めるが、忘れられないという悲劇である。

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