« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »

2010年1月

壊れかけのメガネ

 先日、転んだ際に顔から落ちて、メガネを破損してしまった。多少お酒は入っていたものの、立ち上がる拍子にずっこけてしまった。断っておくが、決して酩酊状態ではなかったのである。ボクシングで言うなら、スリップダウンのようなものだ。右のレンズが外れてしまったが、元々糸でつている構造なので、フレームに異常はない。強いて挙げれば、フレームの横の部分が少しだけ曲がったが、座屈するほどのこともなく、対した怪我もなかった。修理費がいくら掛かるかは不明であるが、数千円はするであろう。それを考えると憂鬱である。

 現在はスペアのメガネを使っているのだが、スペアを作っておいて良かったと、つくづく感じる。本来ならサングラスとか縁なしメガネとかも作っていたのだが、無くしてしまった。部屋の中を、いくら探しても見つからないのである。これはミステリーだ。

 そういえば、亡き父は、メガネを大切にしろと、よく言っていた。目が悪いと、車の運転もできないし、パソコンの文字も読めない。何より困るのは、街で美人とすれ違っても気がつかないことである。こんなにもったいないことは無い。一番のデメリットである。

 近いうちに眼鏡屋で修理を依頼する予定だが、何分、風邪を引いてしまったのが痛い。修理の間に、新型インフルエンザの予防接種を受けようと考えているので、当分はスペアのメガネを使うことになるであろう。スペアと言っても、度数はほとんど同じなのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

風邪を引いたな

 目覚めると、鼻水が蓄膿症のようにつまっていて、喉が痛い。当然、鼻声になり、熱を測ると36度7分。平熱が36度2分ぐらいなだけに、熱っぽいということになる。体全体がだるく、頭が働かない。母が引いていた風邪とそっくりな症状なだけに、伝染ってしまったのかもしれない。母によると、今年の風邪はしつこいとか。治るまで一ヶ月近く掛かったという。そういえば風邪を引いていた友人の電話口での声も、鼻声だった記憶がある。その後、友人は気合いで治したと言っていたので、私も気合いで治すしかない。病は気からと言う通り、風邪というのは気合いで治るものなのである。

 そういえば、昨日のblogで、八兵衛に格さんをからかわせた事に対するバチが当たったのかも知れない。いわば『格さんの呪い』である。

 なぜだか解らないが、私は毎年二回は風邪を引く。寒い日に、薄着をして体を冷やしてしまったりした後に引くケースが多い。あとは、家族が風邪を引いて、伝染る場合もある。毎年々々風邪を引くので、引いてしまったら、あきらめて、もう、ひたすら眠るだけである。

 従って、今日はおとなしく寝ていることにするが、頭が働かないので、blogのネタが湧いてこないのがやっかいでもある。また、昼に寝てしまうと、夜型になる危険性があるので、そこの所は特に注意したい。まあ、まだ、新型インフルエンザでないだけありがたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

格さん、そんなことも知らないんでやんすか

 八兵衛:「あっしたしたことが、風邪を引いて下痢になってしやいやした」

 格さん:「八は風邪を引かぬと思っていたがのう」

 八兵衛:「それはどういう意味でやんすか?」

 格さん:「よく、馬鹿は風邪を引かぬと申すであろう。はっはっはっ」

 八兵衛:「そんなひどいこと言わないでくださいよ。そういえば下痢止めがあったな」

 格さん:「なんだそれは?」

 八兵衛:「正露丸でやんすよ。あれ、格さん、そんなことも知らなかったんでやんすか?」

 格さん:(赤面)

 八兵衛:「あっしとしたことが、いけねえ、いけねえ。ちょいと厠へ行ってきやす」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

六道について

 六道とは、仏教界で言う、衆生が善悪の業によっておもむき住む六つの迷界の事であり、上から、天、人間、修羅、餓鬼、畜生、地獄、となっている。最初、私はこれを輪廻と絡め合わせて考えていた。つまり死後の世界のことであろうと。しかし、高野山を旅した時に、車中泊の車の中から、ある友人に電話をしてみたところ、面白い見解が得られた。

 その友人曰く、「本来、仏教では死後の世界を想定していないんだ」とのこと。驚いた私は、「それじゃあ、浄土教などは成り立たなくなってしまうじゃないか。釈迦の教えが、後から時代のニーズなどによって変えられた、方便ということなのか?」と聞いたら、「そういうことになるな」と言った。「じゃあ、輪廻思想もそうなのか?」と聞いたら、「とにかく死後の世界は無いとされるんだ」と語る。驚きを隠せない私は、「じゃあ、六道の概念はどう解釈したらいいんだ?」と再び聞いたら、友人は面白いことを言った。「六道の区分っていうのは、もう、すでに、我々が生きている世界で成り立っているんじゃないか?」と教えてくれたので、私は、「なるほど。そういうことか」と感心して、お礼を言って電話を切った。

 つまり彼が言いたいことは、地獄をさまよっているような人もいれば、餓鬼の様な人もいる。そうかと思えば、天人みたいな人もいて、死後の世界ではなく、今生きているこの世の中で、六道というのは成り立っているんだということなのである。

 一回このことで、坊さんをからかったことがある。別の時期に、奈良に旅に出たところ、地獄絵図が飾ってあるというので、観に行った。帰りしなに、住職に、「本来仏教では死後の世界を想定していないのに、なんで閻魔大王とか地獄とかが成り立つのですか?」と半ば友達の受け売りみたいな感じで聞いたところ、住職は、「う~ん」と唸って黙り込んでしまった。他のお客さんが来たので失礼したが、真剣にうなっている坊さんを観るのは初めてだったので、可笑しかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

俺の体温は一体何度なんだ?

 昨日、行きつけの整形外科で、持病の痛風を抑えるための、ユリノームという薬を処方してもらうために待合室で待っていた。それ程、混んではいなかったので、すぐに名前が呼ばれるだろうと、思っていたら、新型インフルエンザのワクチンを接種できるという張り紙が目についた。どうしようかと迷っているうちに、名前が呼ばれた。わずか十分足らずのことである。

 診察を受け、体に異常がない旨を告げ、薬の処方箋を書いていただいている間に、「新型インフルエンザの予防接種が受けられるんですか?」と聞くと、「打ってあげるよ」とおっしゃってくださった。どうせなら打っていただこうと思った私は、摂取を希望し、体温を測りながら書類に必要事項を記入していた。途中で体温計の音が鳴ったので、取り出して観てみると、なんと、37.6℃の熱があった。看護士さんに体温計を見せると、その日は打てないことになってしまい、書類だけ頂いて、会計を済ませ、帰路についた。本当は、その日ガソリンスタンドでガソリンを入れ、洗車する予定だったのだが、何だか急に体調が悪くなった気がして、即座に帰ることにした。

 お袋が一ヶ月以上風邪を引いていたので、伝染ったのかな?と思っていたが、別に喉が痛いとか、だるいとかいう自覚症状は全く無かった。「病院に行きなさい」という母に対し、「待ち時間が長いから嫌だ」と言った私は、家の体温計でもう一度熱を測ってみた。すると、36.3℃。平熱である。どうりで自覚症状がないはずだと私は思ったのだが、不思議なのは、何で病院と家とで1.3℃ものギャップが生じたのか解らなかった。この謎めいた事件を通して、一体自分の体温は何度なのか解らなくなった次第である。しばらく間を置いてから、再びワクチンの接種に行こうかと考えている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

戦い

 新年会で、いつも電話をくれる友人と、公認会計士の友人とが面白いことを言っていた。それは、「俺たちはもう老後で、失う物がない若い奴との戦いで燃えるんだ」と言っていたことである。ドラクエで言うなら、もう、二人とも竜王を倒してしまているレベルだ。それでもスライム1000匹倒すよりも、竜王みたいな敵と戦う方がいいと言う。闘う男の言葉だなと、感心しながら聞いていた。

 自ら好んで闘っているのか疑問に思ったが、結局、行き着くところは、自分自身と闘っているとしか言えない。『男子たるもの外に出たら最低七人の敵がいる』と言うが、戦い甲斐のない相手なら、敵とは呼べないのである。竜王でなければ駄目なのだ。これが彼らのモチベーションになっているらしい。

 ここで私は、宮本武蔵を例えに挙げた。武蔵は強い敵を求めて自分を磨き、天下無双を目指した男である。彼らのやっていることは、現代版の武蔵そのものじゃないか?と聞いてみた。彼らは「そんなものかも知れないな」と言っていたが、別の友人が、「武蔵は仕官したくて、あそこまでやったんじゃないか?」という変化球を投げてきたので、私は「裏の歴史としては充分あり得るな」と言った。別に彼らを侮辱したつもりはない。この話はここで終わってしまったのだが、渾身の力を込めて敵と戦う彼らの姿勢が、ものすごくしっくりと来た。

 結局の所、彼らは地位も財産も手に入れているのに、それでもまだ、自分自身を鍛え上げているのだ。逆に考えると、そういう人間にしか女神は微笑まないのかも知れない。自分を磨くために、研鑽を怠らない友人達だからこそ、集まり甲斐もあるものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

不思議な縁

 中高時代の友人達はともかく、大学時代の友人の集まりには不思議な縁を感じる。私が大学時代に、自分は頭がおかしいのかと悩んでいた時期に、現在コンピューター会社の社長をやっている友人宅で悩みを全部打ち明けたところ、彼は「お前が正しい。周りが間違っている」と言ってくれたところからすべては始まった。同時に彼の悩みも聞いたのだが、それからお互いの家で鍋をする度に、本物の友達と呼べる交友関係が広がった。いわば、命の恩人である。

 大学時代に、私は交友関係が広い方だった。そんな中に、いつも電話をくれる友達や、Katsu(http://r.gnavi.co.jp/b250200/)の店長グループとのつきあいがあった。そして、命の恩人やその他のメンツと引き合わせ、一緒に鍋を囲むようになった。

 タクシーで駆けつけてくれた友人とは、大学院の授業で仲良くなった。お互いに大学一年の時から知っていたのだが、彼の遊び友達のグループの結束が堅く、学部時代には、話しかけづらかった。しかし、彼の遊び友達は、みんな学部で文系就職してしまい、彼だけが大学院に進んだ。同じ授業を取った時、先生相手に、私と彼とで質問攻めにしたのが懐かしい。その後、一緒に呑んだりしているうちに、私の仲間のグループに無理矢理入れた。才能溢れる人が、才能溢れる集団に入っても問題ないと考えたからだ。彼も喜んでくれた。

 公認会計士の友人とは中高大と一緒なのだが、同じクラスになったことがなかったので、面識が無く、最初は会合に参加していなかったのだが、私の他の友人達が、社会人になってから相当世話になったらしく、数年前のある会の時に、サプライズで登場した。今ではもう、完璧に仲間の一員だ。

 もう一人、大学一年の時のクラ友で、優秀な奴もいたが、彼は最近の集まりには参加ししていないので、少し心配している。

 なんと言っても、これだけ優秀な友人達との縁というものに、参加できるだけでもありがたいのだが、改めて考えてみると、私が大学に行って得たものとは、素敵な友人達のみが財産と気付かされる。みんな住んでる場所や職場が近く、よくニアミスを生じるらしい。世の中は広いようで狭いことに気付く。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

友情の塊 その2

 Katsuの店長を見送った後、場は四人になった。それでも盛り上がるから凄い。私が遍路くずれ(地元から京都までは歩いた。しかし四国まではたどり着いてはいない)であることも話題に出たが、私のこれからを、みんな案じてくれた。しかし、私には私なりの持ち味があるらしく、「お前にしかできないことが必ずある」と言って励ましてくれた。私が公認会計士の友人に、「本気で資格取るなら何処の予備校がいいだろう?」などと聞いても、他の友人は、「駄目だ。お前が資格を取っても意味がないし、普通の人間になっちまう。つまり、資格なんぞ取っちまったら、お前の魅力も消えちまう」と言った。人生の一発勝負として司法試験を狙っていた私は、うろたえたが、人を観る目が優れすぎている三人に従うことにした。

 友人の一人が、別の友人に、私に聞きたいことが山ほどある。と言った時に、いつも電話をくれる友人が、「実は、俺が電話するのは、むかついている時か悩んでいる時なんだよな」と話した。そうだったのか!!と驚くと同時に、友人の影のような物に触れた気がした。しかし、これは相乗効果なのである。友人にとっては憂さ晴らしでも、私にとってはありがたい電話なのである。そして、コンピューター会社の社長である友人が言ったことが面白い。「俺も成長しようと必死で努力してきた。お前のことを侮っていた時期もあったけれど、何故か、お前も成長している。気がついたら横にいる感じだ」と述べた。私はこれに対し、「当たり前じゃないか。俺だって必死で努力している…でもな、希望や絶望では涙は出ないけれど、人っていうのは、納得を受け入れた時に激しく泣き、嗚咽するんだよ」と応えた。友人はうなずいていたが、本当の意味で解っているのかは疑問だった。理想主義者が現実を受け止めるという意味では、友人の意見と代わりがないのだが…その後、県民性の話になり、新年会は幕を閉じた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

友情の塊 その1

 一昨日の新年会は、18:00集合ということにしたが、みんな無理してでも来てくれた。会議をすっぽかしてまで来てくれた友人や、一時間だけの顔見せのためにタクシーで駆けつけてくれた友人、その他、忙しい中時間を作ってくれた友人達。みんな親友だ。

 はじめは、飲食店Katsu(http://r.gnavi.co.jp/b250200/)の店長の従業員への給与支払い問題から始まった。どう解決するかで悩んでいた頃、公認会計士の友人がやって来て、方策を述べていた。それが、あまりに説得力があるので、みんな先生と感心していた。

 時間は前後するのだが、18:00まで三田で会議があって、18:30~19:30の間に顔見せしてくれた友人は、ドタバタしていたが、積もる話もあって、内容の充実した話ができた。年賀状で、どう見てもネコなのに(←とら)と書いてきた友人である。彼の会社も、インサイダー取引などがあって、ガサ入れをくらい、大変だったそうだ。彼とは、また、春にでも会おうという約束をして別れた。昔、みんなと交わした約束で、彼は子作りがテーマだったのだが、未だ兆しはないという。まじめすぎる彼の性格が影響しているんじゃないかと、僕は考えた。

 料理人Katsuの店長は、価格を引き上げてもいいから、いい素材を使って、いい料理を出した方がいいのか悩んでいたが、その気持ちは職人としての彼のこだわりとして僕には聞こえた。みんなからいろんな意見が飛び交う中、僕は二つのレールをしいていいんじゃないかと言った。つまり、メニューの中でも味が分かる奴と、そうでない安価なものを取り上げてもいいんじゃないかと。するとコンピューター会社の社長をしている友人が、N.Y.のレストランが何故角地に建っているのかということで、客の差別化を図るのもいいんじゃないかと切り出した。katsuの店長は納得しながら、「明日、パーティーが入っているから」と言って去っていった。 (つづく)          

| | コメント (0) | トラックバック (0)

つなぎ

 新年会で深夜遅くに帰ってしまい、今日UPできるのか解らないので、とりあえずのつなぎblogです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

バタバタした新年会

 今日は都内某所で、大学時代の友人達との新年会を行う。十二月の上旬に、みんなの予定を聞いて今日となったのだが、一人キャンセルが出てしまった。また、もう一人の友人も、仕事で一時間だけの顔出しになりそうである。この二人のために、友人が経営している店である草加のkatsu(http://r.gnavi.co.jp/b250200/)ではなく都心にしたのだが、意味が無くなってしまった。なんだか、katsuの店長に悪い気がするが、二人とも仕事が忙しいので仕方がない。というより、話甲斐のある友人二人なだけに、残念な気持ちが強い。

 とりあえず、顔出ししてくれる友人も含めると、のべで六人集まることになった。もちろん、普段電話をくれる友人も含まれており、他のみんなも切れ者揃いなので、ものすごく楽しみであることには変わりがない。一体どんな話で盛り上がるのだろうか。

 このメンツだと、ひたすら飲み食いしながら話に花が咲くので、二次会などはない。私は、話に夢中になって、終電を逃さないように気をつけなければならない。どんなジャンルの話でも、みんな食いついてくるので、中高時代の仲間との新年会とは少し趣が異なる。それぞれがお互いを高めあうような話をするという意味では、私以外は精鋭の集まりであるとも言える。

 夏はkatsuで集まろう、という予定なので、今回参加できなかった友人とは、別の機会を作って集まるしかない。どんな形になるのかはまだ解らない。とりあえずは今日の集まりを大切にしよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

映画『今度は愛妻家』を観て

 この映画、主役の北見俊介(豊川悦司)と、その妻、さくら(薬師丸ひろ子)が中心となった悲しい映画なのだが、妻のさくらが、どの時点で死んだのかがよく解らなかった私には批評する資格がないのかも知れない。それでもいいなら、書いてみるが、あくまで僕の憶測に過ぎないのかも知れぬ。ただ劇場中で、途中からすすり泣く声が聞こえ、私の隣に座っていたおばさまもハンカチで涙を拭っていた。

 北見俊介はプロのカメラマンで人物しか撮らないというこだわりを持っている。妻のさくらはしっかり者なのだが、肝心の俊介は我が儘で、ずっと仕事をしていない、という設定。そこに、さくらの父親であるオカマの文太や弟子の誠、女優志望の蘭子といった面々が関わり合う。最初はコミカルに描かれていたが、だんだんシリアスな雰囲気になってゆく。ここで、俊介が何故仕事をしないのかということを煮詰めると、作品の冒頭から、さくらは俊介にしか見えない幽霊だったということになる。というのも、物語の一年前のクリスマスでの沖縄旅行で、さくらは結婚指輪をホテルに忘れたと言って、走って取りに帰る最中に交通事故死してしまうのだ。それが解るのが、エンディング近くでのさくらの一周忌のクリスマスで、俊介だけにしか見えないさくらとの会話のシーンだ。パンフレットのあらすじを読んでみると、私とは解釈が異なるのだが、そう考えないとつじつまが合わない。

 ややこしく書いてしまったが、我が儘で妻のことなど考えなかった俊介が、さくらを失って、いかにその存在が大きかったかを知り、悔い改めるが、忘れられないという悲劇である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

究極の逆張り

 先週、日航株が7円まで落ちた時に、10000株ほど購入した。これは別にマネーゲームのためではなく、万が一、日航が更生法を適用しない場合に、数年後にV字型回復し、株価が戻った時の事を考えてのことであった。宝くじを買うような気分で安易に手を出した。紙くずになっても辞さない覚悟でもあった。

 しかし、天の知らせか、日曜日に、私はいつも電話をくれる友人に、風邪が治ったかどうかを聞くために、自分から電話した。友人はお子さん二人と自転車で皇居の周りを走っている途中だった。いろんな話が飛び交ったが、私がふと、究極の逆張りとして日航株を買ったことについて触れた。その友人は航空業界についても詳しいのだが、「お前、あれは立ち直る見込みはねーぞ。来週中に日航株なんか紙くずだ。まあ、そういう経験をしておくのもいいのかも知れないけれどな」と語った。この時点で、私は逆張りに失敗したことを悟り、すぐに売りに出ようとしたが、その日は日曜日。株屋がやっていない。もどかしい気持ちで月曜日を待ち、朝一番で、やはり日航株が7円の所で売り抜けた。結局、手数料の分だけ損したことになるが、この、信頼できる友人の一言がなければ、頑固に持ち続けていたであろう。

 で、今朝の朝刊の一面の見出しは、『日航 更生法申請』である。記事を読めば読むほど、日航がどうしようもないところまで落ちていたことが解る。リストラの記事などを読むと、中高時代の友人が勤めているだけに、心配でもあるし、複雑な気持ちである。何事もなければいいが、とりあえずスリリングな一週間であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

誕生日というもの

 昨日の私のblogでは、ふざけて、「おめでとう、自分」などと書いてしまったが、弟から電話をもらったり、おふくろには赤飯を炊いてもらったり、友人からバースデイメールが届いたりと、みんなが祝ってくれたことに感謝している。しかし、当たり前のことだが、一日過ぎると、すでに誕生日ではなく、現在は少し儚さを感じている。それだけ、誕生日というのは特別な日なんだなと気付かされる。

 サザンでも『HAPPY BIRTHDAY』という曲があるし、尾崎豊でも、『きっと忘れない』という、尾崎豊にしては、唯一、明るい歌だと私が受け止めている、誕生日を祝う歌がある。有名な『Haappy birthday to you~』という曲の著作権は、たしかポール・マッカートニーが所有していたはずだ。世界中で毎日、誕生日を迎える人がいると考えると、すごく壮大な気持ちになる。そう考えると、誕生日というものを粗末にしてはいけない気がする。祝ってくれる人が多いほど幸せである。子供の頃に誕生日を迎えたら、お誕生日会をやったりして、すごく楽しかった思い出がある。私は独身なので、当然、子供がいないのだが、もし、いたら、誕生日には、やっぱり可愛がってしまうと思う。

 そういえば、今日は、いつもこのblogを読んでくれている、中高時代の友人の娘さんの誕生日だったはずだ。もう小学生だと思うが、いい誕生日を迎えることを願っている。お誕生日、おめでとう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

おめでとう、自分

 今日は私の三十数回目の誕生日である。しかし、全然嬉しくない。この歳になると、ただただ、おっさんになってゆくだけだからだ。…と弱気になっても仕方がないので、開き直る。ハッピィー・バースデイ、おめでとう、自分、ということにする。たしか電気グルーヴの曲で、こんな歌詞があったはずだ。

 そういえば、弟は、どんなに忙しくても、毎年、誕生日には電話をくれる。今日もくれるのだろうか。なぜだか解らないが、そんな些細な事でも、気を遣ってもらうと嬉しいものだ。家族の絆を感じると共に、ありがたいことでもある。たしか去年の弟の誕生日には、お袋と打ち合わせて、それぞれが別個に電話した記憶がある。

 お袋はと言えば、誕生日に赤飯を炊いてくれる。これもありがたいのだが、私は子供の頃に赤飯が大好きで、食べ過ぎてしまい、嫌いになってしまった。だから、炊いてくれるのならば、最小限でいいと、昨日言っておいた。なんでも、圧力鍋で一瞬でできるとか。

 また、いつも電話をくれる親友も1/15が誕生日なので、ものすごく近い。奥さんが中国人とのハーフで、一度、奥さんの知り合いの風水師に観てもらったことがあるが、結果は悪かったはずだ。しかし、これは誕生日が近い友人も同じ事なのである。まあ、風水と言うぐらいだから、風の赴くままに、水の流れるままに、天衣無縫に生きてゆきたいものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

泣いて強くなれ

 卓球の福原愛選手が子供の頃に、負けるたんびに泣いていた記憶がある。何故泣くのかと言えば、悔しいからに決まっている。しかし、これを笑う者は、絶対に勝者にはなれない。どんな世界でも、負けて悔しくて、どうやって勝つかと、汗を流しながら、寝る間も惜しんで、技術の研鑽に努めるのである。そうやって、みんな強くなってゆくのだ。また、負けて泣くということは、それまでの努力が並大抵ではないことも物語っている。スクールウオーズでも、滝沢賢治が、109対0で負けても悔しがらない部員達に、「おまえら悔しくないのか?」と聞いた後に、部員の森田が「悔しいです」と言って、部員全員が泣き始める。その後で、滝沢賢治が涙ながらに、「今日の屈辱を忘れないために、俺はおまえ達を殴る」と言って、部員達に渇を入れたところから、ラグビー部が強くなってゆく。

 また、これはスポーツに限ったことではない。将棋の米永邦夫永世棋聖が弟子を取る時に、「将棋で負けて泣いたことがあるか?」と聞いていた事を、著書で読んだことがある。谷川浩司九段には、少年時代、年の離れたお兄さんとの将棋に負けたら、駒をかんで悔しがったというエピソードもある。また、現在のトッププロでもある佐藤康光永世棋聖は、負けたら布団にくるまって泣いていたという。これを週刊誌の連載でからかった先崎学八段は、A級に二期在位したものの、B2まで陥落した。

 今週、印象に残った言葉としては、千代大海が引退会見で、「土俵に上がるのが怖くなった」と話したことである。正直な発言だが、勝負師が勝負を恐れる様になったら、もう、おしまいである。苦手意識を持つということも、同じ事なのかも知れない。どちらにしろ、のびしろがあるうちに、努力しなければ高みに行けないということだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゆるりといたそうか

 風邪気味である。寝る。ゆるりといたそうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

うちはうどん屋じゃねーぞ

 私と母は毎月15日の、父の月命日に墓参りに行く。一方、弟の家族は、長男が野球をやっているなどの事情で、休みも忙しいために、正月に墓参りに行くそうだ。だから、今日、これから墓参りに行ったら、きっと弟たちがそなえた花が残っていることだろう。ところで、仏花は途中のコンビニで購入するのだが、ちゃちな割に、いい値段をしている。私には暴利をむさぼってるとしか思えないのだが、墓参りの必需品なので、仕方なく買う。また、線香とライターとビールも持ってゆく。そして、墓の前で線香を焚いたら、般若心経を唱えて、墓の前の土にビールを撒くのが、私の家の墓参りの作法である。

 それにしても、今日は冷え込む。キーボードを打つ手が痛い。暖房を点けても、全く温度が上がらない。こんなに寒い日に墓参りに行くのは初めてである。先月も書いたが、墓参りの時の水が限りなく冷たいことだろう。手袋をしていこうか。

 それはそうと、昨日の夕方に、弟がひょっこりとやってきた。仕事で近くを通ったためらしい。弟は母の作る関西風のうどんが好きなので、いつも一人で来たら、うどんを食べていく。つられて、私と母の夕飯も、うどんということになる。昨日の弟は、ぶち切れていた。何でも、先月、史上最高の売り上げを記録したのに、ボーナスカットされたのが納得いかないというのである。確かに滅茶苦茶な話だ。弟は中小の肉屋の営業をやっているのだが、会社での成績はいつもトップらしい。弟に言わせると、「他の奴が雑魚なんだ」と言って、切り捨てた。しばらく愚痴を聞いた後、弟はさらりと帰って行った。私が、「あいつ何をしに来たんだ」と言うと、母が「うどんが食べたかったんじゃないの」と言うので、私は笑いながら、「うちはうどん屋じゃないのになあ。不思議な奴だ」と言って、弟の話題は幕を閉じた。しかし、弟もこの不景気の中で頑張っている。私も負けてはいられない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

港町・ブリンディシ

 24歳の時、リスボンから入り、ヨーロッパ中を回って、イスタンブールから帰国する予定だった。この際、イタリアとギリシャの間は、どうしても船で渡らなくてはならなかった。ローマ観光を終えた私は、ローマ駅から、イタリア南のブリンディシという町に向かった。途中の景観は、イタリアの中でも見事だった。

 ブリンディシは港町である。相当、栄えた所なんだろうとイメージしていたが、駅を降りたら、たいした建物も無かった。まず手に入れなければいけない乗船券を買おうとしても、駅前の代理店は閉まっていた。がっかりして、ビールを飲んだ。そのついでに、何処で乗船券を買えるのかを、店員に聞いた。港だと言う。

 港まで徒歩十分くらい、いろんな人に聞いて、乗船券をゲットすることができた。夜に出発する便だったので、時間がかなりある。ふと横の方を観ると、アジア系らしい女性が座っている。衣服などから、日本人だと確信したが、私は話しかける気にならなかった。異国の地で日本人と会うと嬉しいものなのだが、自分がどれだけ孤独に耐えられるかを考えていた私は、自分から話しかけなかった。まもなく彼女もどこかへとゆく。

 夜になり、桟橋で待っていても船らしき物は見あたらない。しばらくすると、小型ボートがやってきて、僕を本当の埠頭まで運んでくれた。巨大な埠頭には、大型船が二隻泊まっていたが、チケットを見せて片方の船に乗り込んだ。出航時間になっても、大型トラックを積んでいた。船ではイタリアとギリシャの両方の貨幣が使えたので、ビールを飲んで寝た。

 船旅はのんびりしているけれど、デッキに出ると、海風が心地いい。近くにいた外人さんに、写真を撮ってもらった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日航問題について

 現在、日航が大変な時期を迎えている。私の友達でも、日航に勤めている友人がいるが、彼からの年賀状は悲壮なものだった。家族の写真が映っている年賀状の余白に、例年なら旅の話などが書かれているものの、今年は、会社が悲惨な状況で、旅行の際には、是非、利用して助けてほしい、と書かれてあった。

 株価が暴落し、上場廃止にまで追い詰められた原因は、やむを得ず赤字路線でも飛ばしていた事による面が大きい、という意見が大半だが、企業体質にも問題があったのではないか。映画『沈まぬ太陽』を観ての感想でもある。元々、高収入だった業界なのだが、OBの企業年金を、現状で三割しかカットしないというのもおかしい。廃止にするべきである。三割カットでも反対するOBの神経が知れない。

 まあ、皆、生活があるから、やむを得ないのかも知れないが、自分のことだけを考えてはいけない。世の中にはもっと辛い仕事で食っている人もいるのだから。今の現場を知らないOBはエリート意識が抜けていないのではないか。状況はそれどころではないのだ。

 私の考えからすると、この際、膿を出し切るべきである。それは、リストラとかそういうことではなくて、この際、日航のどこが悪かったのかなどを、客にアンケートで聞いてみるなど、ピンチを逆手にとって、次に復活する時のための、チャンスの材料を集めるということだ。そうやってしか、逆転の目はないと感じる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ご覧、オリオンの星が墜ちてゆくよ

 私が初めて覚え、観測した星座は、オリオン座である。一等星が二つあり(赤いベテルギウスと、青白いリゲル)、真ん中の三つ星も印象的だった。私が好きな星は、シリウスとベテルギウスである。どちらも冬の大三角形の星だ。白い息を吐きながら見上げてきた。

 ベテルギウスは赤色巨星で、晩年を迎えた星として、夜空に赤く君臨していた。宝石箱を広げたみたいな夜空の中で、ベテルギウスは特に好きだった。そんなベテルギウスが寿命を迎えるかも知れないというニュースを読んで、複雑な思いになった。なんでも、超新星爆発の兆しがあり、いつ爆発しても、おかしくないとか。

 地球から600光年離れているので、地球上では星として見えるが、現場ではすでに爆発していても、おかしくはない。我々は600年前の光を観ているのだ。不思議な感覚である。赤色巨星の最後は、爆発し、ブラックホールだとか、星雲ガスとかに化ける。太陽系も、あと何十億年か経ったら、太陽も赤い色となり、膨らみ、地球も呑み込まれ、爆発するとされている。

 タイトルにつけたフレーズは、確か、宮沢賢治の詩集か何かで読んだものである。正確かどうかは解らないが、「ご覧、オリオンの星が墜ちてゆくよ」というフレーズは、妙に私の頭を打った。それが現実になろうとしているのだから、恐ろしい話でもある。

 今は素直に、コートを着て、真冬の海岸にでも、オリオン座を見に行きたい気分だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

シメはラーメンで その2

 一次会が終わり、二人が帰ることになった。「おつかれ」と声を掛けて見送ると、残った四人は二次会へと向かうことになった。今年もカラオケバトルとなった。客引きのあんちゃんと交渉して店を決めた。二時間飲み放題で、一人三千円だった。二年ぶりのカラオケで、ハイテク化したリモコンに戸惑わされた。点数で勝負したが、一着の総取りで、負けたら三百円を支払う事になり、歌ったことのない歌しか駄目だということになった。

 一巡目は、『サザン』縛りで、私は『ミス・ブラン・ニュー・デイ』を歌ったが、トップが取れなかった。久々だったので、途中、コード展開が分からなくなってしまったところがあった。二巡目は縛りはなかったが、またトップを逃した。三巡目に尾崎豊の『路上のルール』でやっとトップを取った。四巡目は『女性歌手』縛りで、みんなが守りに入る中、私は攻めで、宇多田ヒカルの『ETERNALY』を歌うも二着。五巡目は、それぞれが一番得点を出せる歌を歌うことになり、私はCOMPLEXの『1990』を歌ったが、また得点は伸びなかった。全体的に負け越してしまったが、それもそのはずである。容赦のないタンバリンでのリズム狂わせ攻撃を食らった。ここで時間となったので、五巡目はノーゲームとなった。結局、場に三千円ぐらいがあったが、シメのラーメン代にあてがわれた。

 みんなメタボになることなんか恐れていない様子。「飲んだ後のラーメンは最高だ。どうして、こんなに旨いんだろうな?」などと言いながら、ラーメンをすすった。店を出て、まだ終電まで時間があったので、喫煙所で一服。電車が同じ方向の三人と一緒に帰ってきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

シメはラーメンで その1

 昨日の新年会の一次会は17:00スタートで始まった。ビールから入って、後はハイボールを飲んでいた。私はハイボールを飲むのは、初めてだったが、レモンが効いて、ウイスキーのえぐさがとれていたので、なかなかに旨い酒、と言うよりも、カクテルのような感じで、ガンガン飲んだ。尿酸値を心配している友達は、焼酎中心で、チェイサーで割ったりしながら飲んでいたが、ハイボールが結構、人気だったのは間違いない。昔話や最近の話題に花咲かせながら、三時間近く飲んでしまった。おしゃれな店だったので、値段が気になったが、一人五千円で飲めたのだから、ここのお店は当たりであった。店選びしてくれた友人に対しては、昨日のblogで結構書いてしまったので、お詫びのblpgでもある。

 話題は止めどなく出て、六人で飲んでいたうちの私ともう一人が独身だったので、結婚観なども話題になったが、二人の意見が一致したのは、「これ以上年をとりすぎると、年増な親になってしまい、子供が可哀想だよな…でも、出会いの機会が減ったよな」ということだった。ここでめげるような私たちではない。「俺らは、自由気ままの無頼でいい」などと言って開き直った。そして、大学に入った時に、私が女性と口をきけなかったことを明かし、「それを克服するために、合コン百回以上やるという荒行を積んだ」と言うと、別の友人が、「いい思いもしたのか?」などと言うので、「お持ち帰りは一切していない。でも、今日は帰りたくないっていう娘も二人ぐらいいたぞ」と言うと、「据え膳食わぬは…」と来たので、「会った初日に、そうなるって嫌だろ」と返すと、「貞操観念って事か?」と聞いてきたので、「そうだ」と言った。そして、「合コンに来る女に、いい女はいないと言う悟りを開いた」と言ったら、みんな爆笑していた。そして、塾講師時代につきあっていた話をしたら、みんな驚き、「女とつきあうと金は掛かるし、気は遣うしで、しんどかったけれど、それでも幸せではあったなあ」という話題で幕を閉じた。

 大体一次会がこんな感じであった。 (つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新年会の日だ

 今日は中高時代の仲間との新年会の日である。幹事として日程調整を行ったのだが、かなり難航した挙げ句の日取りである。それにしても、今回は副幹事の人選をミスった。店選びを依頼したのだが、そいつは昔、「旨い店知ってんだよ」と言うので、「どこだ?」と聞いたら、「『若』、ほら、あの若乃花が経営している店、旨いんだよ」、などとのたまうので、「馬鹿、『若』ぐらい誰でも知っているぞ。本当に旨いのか?」、とツッ込むと、「ああ、旨いらしい。食ったことはないけれど」、と応えた。食べたこともないのに、旨いという、こいつの暴言をを忘れていた。こんな奴に店選びさせたら、いくら掛かるか分からない。案の定、高そうな店を選んでくれたので、今日は少し、多めに持っていかなければなるまい。

 みんなとは、去年のゴールデンウイーク以来の集まりなので、楽しみにしているが、基本的に家が近い連中での集まりながら、一人だけ後輩が二時間以上掛けてやって来る。それに、今日は日曜なので、17:00集合とした。二次会に行くかどうかは分からないが、行くとしたら、カラオケかボウリングだろう。現在、風邪気味で喉が少し痛い私としては、カラオケバトルになると苦戦するかも知れない。どちらにしろ、負けるわけにはいかない。

 万が一、麻雀になったら、黙って帰るつもりである。麻雀は勝ち越している博打なのだが、時間が掛かるし、神経を使う。もう、徹夜で麻雀をする歳でもない。いずれにしろ、みんなが、「楽しかったから、また集まろう」と言うような新年会になれば最高である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

我が輩は弥吉である

 久しぶりに、愛犬の弥吉君(ミニ・ダックス、♂、満七ヶ月半)の事を書いてみる。一応、血統書はあるのだが、賢いのか馬鹿なのか、まだよくわからない。胸毛は白で、さすると気持ちがいい。全体的に白茶毛なので、私は勝手に、カフェ・ラテ色だと思っている。

 弥吉君はトイレの躾には成功したみたいだが、車酔いするので、ドライブには、まだ、あんまり連れて行ってはいない。母がペーパードライバーなので、車は私が運転するしかないのだが、そのたんびに、お留守番となる。その際、ご近所で空き巣に入られた家が何軒かあったので、雨戸は閉めてゆく。それでも弥吉君は、腹が立ったら部屋中グシャグシャにしてしまう。時には玄関から箒を持ってきてまで暴れる。ある時、母が、部屋の電気を消して出て行った時に、弥吉君がおりこうさんに留守番していたので、それからは、外出する時には部屋の電気を消していくことにした。どちらにしろ、あまり吠えないので、番犬には向かない。

 おりこうさんにした時のご褒美は、ボーロという小さなお菓子をやっている。弥吉君も学習したのか、ボーロ欲しさに、おりこうさんになってきた。彼の成長を観る度に、どんな意味でも心が和む。コタツでは、私か母の膝の上に乗る。かわいいものだ。

 名付け親は私なのだが、名前が弥吉君なだけに、吉の多い生涯を送ってほしい。ちなみに、今年、私が初詣で引いたおみくじは末吉だった。いい巫女さんがいなかったせいだ、と言ったら語弊があるが、本当にいなかったのだ。やむをえまい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

早熟でいい

 正月に弟の家族がやってきた話を書いたが、『マンガ日本の歴史・全二十巻』を貸してあげた。私が小学校の一年生の頃から読み続けていたので、弟の長男が幼稚園の頃から読ませろ、と言って貸そうとしても弟のカミさんは、置く場所がないから、と言って、遠慮からか持って帰ろうとはしなかった。こんなものは、早くから身につけておくに限るのにな、といつも思っていたが、いざ弟の長男が小学校の四年生になると、あっさりと持って帰った。条件は、もし僕が所帯を持って、子供ができたら返してくれること。こういう物には早くから取り組んでおいた方がいいのだ。

 諺などもマンガで覚えてしまった方が早い。それも渡そうかと思ったが、探しても見つからなかった。他にも書道などは、やっておいた方がいいともアドバイスした。書道は禅に繋がる要素があるのだ。勉強が忙しくなる前に、習っておいた方が得なのだ。

 スポーツは野球をやっているから、問題ない。ただ、うちの家系は体が硬いので、ストレッチを怠らない方がいいぞ、とは言っておいた。そうしたら、「ストレッチは嫌いだ」と言うので、「怪我をしたくなければ、やんなきゃだめだ」と言って、イチローの例を挙げた。

 何にせよ、子供は早熟な位で丁度いいのである。僕の友人などは、小学生の時に、宮沢賢治の詩集を読んでいたと聞いた。驚いたのだが、大器晩成と言うが、子供の時ぐらい、早熟でもいいのだ。吸収力があるうちに、いろんな事を身につければ、将来の礎となることは間違いない。早熟でなければ晩成もしない。大器とは、それまでに培ってきた教養と人間性の幅なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

映画『釣りバカ日誌 20 ファイナル』を観て

 昔のお正月映画の定番であった、『寅さん』シリーズを私は観たことがないのだが、『釣りバカ日誌』シリーズは何本か観たことがあった。今回がファイナルということと、料金が1000円という魅力に惹かれて、先日、映画館へと足を運んだ。

 久しぶりに観てみて、印象に残ったのは、スーさん役の三國連太郎が老けたなあ、ということだった。次に気がついたのは、『こんなに面白かったか?』と考えながら観ているうちに、次々と笑いが起きるということだった。ハマちゃん役の西田敏行も、いつも通り、いい味を出していた。

 今回の作品はスーさんが中心のストーリーになっている。 あらすじを述べると、老いたスーさんが、会社の始末をどうしようかと悩む中、万年平社員であるが、スーさんの釣りの師匠であるハマちゃんが、釣りをきっかけに築いたコネで、大きな仕事を取る事に成功する。お調子者のハマちゃんが、その大手柄により、会長賞をスーさんからもらう。と同時に、その日の晩、スーさんの行きつけの店に二人して出かけるのだが、そこの女将が今回のマドンナ役の松坂慶子である。女将は、スーさんの昔の親友の娘で、亡き親友に変わって、スーさんが実の娘のように可愛がってきたという。その女将の娘が北海道で獣医をしていることがきっかけで、ハマちゃんとスーさんが北海道に釣りの旅をしに行くのだが、そこでもドラマが待っている…というような感じである。エンディング前で、スーさんが彼岸をさまようのだが、ハマちゃんらしき幽霊が、三途の川でも釣りをやっている、というようなシーンもあった。

 明るい映画なのでお正月映画にはもってこいである。恒例のハマちゃん宴会踊りの振り付けは、パパイヤ鈴木が考えたようである。面白くて、時間を忘れさせてくれる映画というのもなかなか無い中で、『釣りバカ日誌』シリーズが終わるのは残念である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

友人との電話

 昨日のblogのアクセス解析で、毎日読んでくれている友人が、午前三時頃にアクセスしていたので、少し不安に思い、先程、電話を掛けてみた。最初はつながらなかったのであるが、間もなく掛け直してくれた。いつもの友人は、今年、喪中なので「あけまして」とだけ言って、「どうしたんだ?」と聞いたら、風邪で寝られなかったらしい。電話口でも鼻声だったが、何でも正月に実家に帰った時に、友人のお袋さんが風邪を引いていて、それが伝染ったらしいとのことである。それが結構きつい風邪らしいのである。

 一ヶ月振り位の会話でかなり盛り上がった。引っ越しが済んだとのことで、いじめられていた小学生の娘さん達も、新しい環境に慣れてきたとのこと。何でも、ハリー・ポッターにやたら詳しい友達ができたので、ハリー・ポッター全十五巻を一生懸命読んでいるとか。

 娘さん達は漢字検定の何級かを受験して、合格したらしいが、友人曰く、「満点狙わなきゃ駄目だ」とのこと。手厳しい。そこで私が思い出して言ったのが、「『No.1にならなくてもいい、Only oneになればいい』って嘘だよな」、ということ。友人は笑いながら、「当たり前じゃねーか、No.1の方が、よっぽど楽なんだから、ありゃ嘘だ」という結論で一致した。みんな騙されているのである。政府の仕分け論議が去年話題になったが、スーパーコンピューターの話題の時に、蓮ホーが「二位じゃいけないんですか」などという馬鹿げたことを言っていたが、世界一になろうと思ってやっと二位なのである。蓮ホーは物事が解っていないと感じた。

 まあ、後は友人が風邪を早く治すことを祈っているが、新年会で、元気な姿であえることを楽しみにしている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

初詣だ

 正月は忙しくて、初詣にも行けなかった。というより、私は人混みが大嫌いなのである。人混みにいるだけで神経が疲れる。そして神経衰弱気味になり、自律神経失調症気味になるというのが、私の最も悪いパターンである。特に秋がひどい。その代わり、夏は気分がフィーバーモードに入る。躁病な訳ではないけれど。

 初詣には今日行くことになった。去年は親父の喪中だったので、二年振りのこととなる。私が生まれて初めて、初詣にて大吉を引いた年に親父が死んだ。おみくじなんて所詮そんなものである。あてにならない。しかし、今年も引いてしまうだろう。その際に、一番、雰囲気のいい巫女さんを選ぶのが重要である。

 初詣と言えば、神社にも行くし、寺にも行くし、八幡さんにも行くというのが、我が国の文化である。日本は神仏習合な国だから、ある意味納得がいくのだが、神社と八幡さんの区別が今ひとつよくわからない。神社と言えば八百万の神を祭祀しているのだろうし、八幡さんと言えば、源氏の頭領であった源義家祀っていることになる。しかしどちらも鳥居の形は同じである。もっと言えば、お稲荷さんも鳥居である。そこの所を考えると、この国の文化がよく解らなくなるのだが、クリスマスでも盛り上がる国だから、多神論という意味では、一神教などに比べて平和でいいのかも知れない。この国に文化など無いのだが…

 今年の初笑いをくれたのは、友人からの年賀状である。どう観ても猫にしか見えない写真に、(←とら)とフォローを入れているのである。まあ、同じネコ科だから、似ていても違和感がないのだが、(←とら)というようなフォローを入れてまで、その写真を使っていることが可笑しい。彼とも去年は会えなかったので、今年は時間を作ってでも会うつもりである。大学時代の友人の新年会幹事として、彼にも来てもらう予定だが、みんな忙しすぎる。忙しすぎて、足下を見失ったから、アメリカのバブル経済がはじけたのではないか。人間、バカンスも重要である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

弟との将棋

 昨日は、弟の一家が来た。弟のかみさんと長男が、風邪気味だそうで、手巻き寿司はやめて、うどんを食べることになった。弟なりに気を遣ってくれたのかも知れないが、弟のかみさんは、本当にしんどそうだったので、かなり心配した。

 弟の長男は、現在小学校四年生である。野球が好きらしいが、勉強の方もまずまずらしい。そこで、私が小学生の時に読んでいた、日本の歴史のマンガ20冊をあげた。そのマンガを読むだけで、高一までは通用するので、ゆうパックの袋に入れて持って帰らせた。私がガキの頃に、何度も何度も繰り返し読んだマンガである。

 私と弟はビールを飲んでいたのだが、亡き父の話にもなった。「父さんは凄いよな」という話から始まって、亡き父の中学時代の通知簿を弟の長男中心に見せた。そこではオール5ばかりで、実力考査も1位ばかりだったものがあったのだが、あえて見せたのは、長男に自信を持ってもらいたかったからだ。そんな中、弟の高一時代の、ひどい通知簿も出てきて、大爆笑となったのだが、弟がどれだけ頭がよかったのかを説明するのに苦労した。弟も私も小学生の時にI.Qはトップだったのである。だから努力が大切だ、と言うようなオチになった。

 その後、私が、親父と金を出しあって、将棋盤を買ったのに、それから半年で親父は死んじまった、という話をすると、弟の長男と対戦することになった。伸び伸びした手を指してくれればいいなと思っていたのだが、横から弟が指示を出す。ついには弟との勝負になったのだが、飛車角落ちで余裕で勝てた。結果は、まあいいのだが、弟の長男と次男が将棋に興味を持ってくれただけでも、盤と駒を買った価値がある。

 考えてみれば、いい正月だった。いつもお袋と二人きりの所に、弟の家族が来て、笑いが絶えなかった。ガキパワー恐るべしである。だから今日は、何となく疲れている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新年会にて

 潰れるまで飲んでいます。今日の所はご勘弁を。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

えっ!今日集まるの?

 弟の家族が明日やってくる。お年玉はピン札の二千円札一枚ずつ、お年玉袋に入れて渡す。本当は一万円ずつあげたいのだが、正月はやたらと金が掛かる。まだ金の使い方も解っていないガキどもに大金をやることはない。正月に寿司が食えるだけでもありがたいと思うべきだ。私がガキの頃には、考えられない事である。

 さて、今日は幼なじみの頃の友人達との飲み会が決まった。近くの街でやる。この案、ずっと予定がかみ合わずに、置いておいたのだが、昨日はみんな家にいるだろうと、電話をかけたら、すんなりと決まった。私も含め、四人集まる予定だが、一人は顔見せにだけでも来てくれるという。ありがたいことだ。

 この計画は、みんなの都合が合わなければ、ボツにしようと考えていたが、みんな何とかしてくれた。数年に一度の集まりだから、我が儘を許してもらった。元旦早々忙しかったが、皆と会えるのは、この上ない。みんな中・高時代のいい仲間だった。それが今でもこうして続いていることが奇跡に近い。私以外は、皆、結婚してしまったが、友情に変わりはない。

 仮に家族か友達か、どっち貸しか選べないとするなら、僕は家族をとる。これはみんなも同じ意見だと思う。逆に、そういうことにならないように努めねばならぬ。

 先程、大学時代の指導教官に年賀状を出してきた。『もう今年からはやめよう』と毎年思っているのだが、退官され、今は悠々自適の毎日を送っているようである。しかし友達は少ない。卒業生からの年賀状など私から位のものであろう。在りし日は、研究について何度も喧嘩した。懐かしい思い出である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

一年の計は元旦にあり

 このblogを読んでくださる皆様、あけましておめでとうございます。ご愛顧の程、今年もよろしくお願いいたします。

 元旦なのに、何か正月感が湧いてこないという、不思議な感覚である。友達に会ったり、弟の家族がやってきたりしたら、多少は湧くのかもしれないが。そういえば、年賀状が何枚か来ていたな。みんな元気そうで何よりである。みんなとは、一月に再会する予定なので、新年会を楽しみにしている。

 初詣に行こうかとも思ったが、混んでいるので、後日にすることにした。…なんか、今日のblogは気合いが入っていないな。『一年の計は元旦にあり』とも言うし、気合いを入れ直さなければ。そこで、今年の目標を掲げることとしよう。まず、このblogを毎日続けること。毎日、仏壇で亡き父の霊を弔うこと。blog以外の文章を、どんどん進めること。去年、落ちた資格を取るために、綿密なスケジュールを練った上で、毎日過去問を解くこと。母をいたわり、家事などを手伝って、大切にすること。早寝早起きに努め、昼型の生活を維持すること。どんな苦境でも、勇気と決断力で乗り切れる自分になること。酒、タバコを少しでも控えること。お金を節約し、始末すること。友達を大切にすること。…数え上げたら切りがない。

 明るく挨拶をして、人に優しい自分デアリタイ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »