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『カムイ外伝』を観て

 どこから切り込めばいいか、現在でも悩んでいる所存である。『カムイ伝』といえば、タブーとされてきた部落問題について触れられていると聞いたことはあった。原作を読んではいないので、どの程度触れられているのかは解らない。部落問題については小学生の時に先生が、「昔はこんなにひどい差別があったのです」とおっしゃり、簡単には教えてくれた。昔だけではなく、現在も続いている問題なのかもしれない。ある友人から、東京の環七、環八は、部落を潰して創ったものだと聞いたこともある。

 『カムイ外伝』の映画の中では、そのことには余り触れていない。ただ、カムイがそういう出で、貧しさから忍者になった、とだけ触れられている。そして、忍者のむごさに耐えきれず、抜け忍となり、忍びの掟ゆえに追われる身となったと触れられている。どんなに酷いことがあってもカムイは生き延びようとする。私なら、その緊張感の連続に参ってしまうだろうな、と感じたと同時に、カムイが何故そこまでして生き延びようかとするのかが解らなかった。追忍から追われ続け、命を狙われ続け、どこに希望があるのかが解らなかった。ダンテの『神曲』の地獄編の、地獄の入り口の門に、『この門をくぐる者はあらゆる希望を捨てよ』と書かれているが、カムイは地獄を走り続けていることになる。

 このような生き地獄が延々と繰り返されていることが、いつまでも無くならない差別問題に関して語られているメタファーなのかと感じた次第である。

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