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『火垂るの墓』は悲劇か?

 学生時代、誰かの家で鍋をやった。その時に、フッと間が開いたときに、僕以外の友人が、「『火垂るの墓』、あれは悲劇だよな」とぽつりと漏らした。みんな、「そうだよなあ」という中で、私だけが反論した。「『火垂るの墓』って野坂昭如のやつだろ。何であれが悲劇なんだ?」と訪ねたら友人達は不思議な顔をしていた。

 私は、野坂昭如氏の文才には惚れ込んでいる。詩的で、かつ、さっぱりとしている。文章を詩的に書こうという作業は、実は天分なのだ。現代文学史では、樋口一葉、森鴎外ぐらいにしか見あたらない。書けと言われても書けない構造としてに出来ているのだ。とにかく、文章が詩的なのだ。

 鍋の席で問題になったのは、野坂氏に対してではなく、作品のストーリーに関してのことだ。『火垂るの墓』では戦争孤児になった兄妹が親戚中をたらい回しにされる。それを繰り返しているうちに、居場所が無くなる。そして防空壕後に住み着き、自立を目指すも、やれることは盗みぐらいしかない。兄貴の清太はそれでも生きようとする。一方で妹の方は栄養失調で餓死する。そこで骨を埋めた場所に群がるホタルが『火垂るの墓』なのだ。まもなく清太も何もなくなって駅前で餓死する。ここまでは悲劇なのだ。

 私が言いたかったことは、どんなに居づらい親戚の場所でも、我慢すれば餓死などしなかったであろうということだった。餓死するくらいの根性があるなら、天涯孤独でない以上、生き延びるべきだと思ったのである。でなければ、他で、本当に天涯孤独にして生き延びた人々の方が偉いだろ、と思ったのである。それぐらいの我慢が出来なくて、やっていけるかとも思った。私は『火垂るの墓』を冷たいけれど悲劇ではないと考えている。他の二人もそれ以上は踏み混んでこなくなった。鍋は冷めないうちに食べないと・・・アチィ!!みたいな感じであった。

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