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『沈まぬ太陽』を観て 

 映画の『沈まぬ太陽』を観てきた。三時間を超える大作で、途中で十分間の休憩があったが、一瞬たりとも眼が離せぬ名作であった。名作であることは解るのだが、全てにおいて、いろんな要素が絡み合い、一言では感想が言えぬほど、考えるべきテーマが凝縮されていた。映画が終わってもエンディングまで席を立つ方が少なかったも、皆、考えていたからだろう。

 ストーリーを開かすのは、タブーなので、簡単に書くと、『白い巨塔』と同じように対照的な二人の主人公が、日本航空という組織の中で織りなす物語である。主人公は恩地役の渡辺謙だという方もいるだろうが、行天役の三浦友和も立派な主人公である。と言うより、これだけ脇役の少ない、つまりは、ほとんどの役者のキャラ立ちの見事な映画も、滅多に観ない。

 恩地は揺れる組織の中で、海外への左遷の連続の中で、家族をバラバラにされても、会社の辞令に従う。と、いうよりも、自分の信じる道を貫き通す。それはまるで、苦行僧の修行のようにも感じられる。日本に戻ってきても、他の社員とは異なり、日航機墜落事故の遺族に、誠意を持って、ひたすらお詫び行脚を続けようとした。しかし、そこで行天に再びアフリカに左遷されることになる。行天には悲劇的な結末が待っているのだが、恩地は二度目のアフリカ行き二は前向きであった。それはまるで悟りきった求道者のような感覚を受けた。その頃には家族の絆もしっかりと戻っている。

 さて、『沈まぬ太陽』の『太陽』が何を意味しているのかを考えるに、私はいくつかの意味を原作者である山崎豊子は掛けていると思う。それは日本であり、恩地が観るアフリカの地平線に映える夕日であり、恩地の、信念を貫く火の玉の様な勇気であるようにも思う。

 時代は変わったが、恩地の生き様に、何か人間の尊厳を感じている次第である。それは現代でも通ずる物である。変わることのない信念、勇気、決断力、忍耐力、大局観・・・ どれもが人間が人間として生きるために欠かせない物である。

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