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国破れて山河あり

 私は、昨日一日、ラリホーを掛けられたのかのように寝ていた。寝ても寝ても眠かった。これと同じような思い出がある。高一の日本史の教師は、ラリホーを掛けるような具合の授業だった。当然私も眠くなる。そして寝る。・・・何回目かの授業の時、起きたら机の上に砕けたチョークがあった。クラス中が寝ている中で、俺だけを狙ったのかと思ったら、腹も立ったが、眠気の方が強く、再び寝た。しばらくして起きてみると、もめ事になっている。どうやら、その教師が、もう一回私に向かって投げたチョークが、他の生徒に当たったらしいのである。馬鹿馬鹿しくてまた寝た。相手にしてられない。

 それにしても、どうして日本史の授業では近代史(せめて敗戦まで)をやらないのだろうか。大体、明治維新ぐらいで終わる。愛国心をそぐわせるというような意見もあろうし、戦争には負けてはいないというような、Dr.中松氏のような暴論もある。日教組の圧力もある。

 国破在山河(国破れて山河あり)とは、たしか中国の杜甫の詩だったと思うが、戦争とはそれだけ悲惨なものなのである。今の日本は独立国家のように思えるかもしれないが、肝心なものは何も残ってはいない。そんな中で人々は堕落してゆく。日本が文化的に堕落しているのはアメリカの追随のせいだとしか思えない。現に日本国憲法を作ったのはアメリカなのだから。変える変えないの話ではない。どちらにせよ、その矛盾の現実すら知らぬ者が増えすぎている。とは言っても、無条件降伏したのだからやむなしか。今宵の月は目にしみる。

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