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環境技術取引論

 CO2の削減問題について、鳩山首相が全世界に向けて1990年度比で25%削減を提言するという。確かに、それぐらいの気合いで事に臨まなければ京都議定書など守れるはずがない。しかし、何の策も講じずに、ただ、述べるというだけでは、排出権取引によって莫大な金を世界にばらまくと宣言しているだけである。

 EU諸国が京都議定書を守るのと、日本が努力するのでは、かなりハンディがある。EU諸国の場合、90年度頃には、まだ冷戦が終結したばかりで、東欧の国々にかなりの無駄があった。そこを補えば議定書の水準はそれほど厳しいものではない。日本みたいに絞りきった雑巾ではないからだ。日本や西欧には雑巾を絞る技術がある。しかし、CO2の主な排出産業が鉄鋼や電力会社という事実を突きつけられると、絞りすぎることはその国の産業および経済の趨勢を左右することになる。これは得策ではない。

 また、先進国ばかりを責めても意味がない。アマゾンやインドネシアなどの、発展途上国で未だに行われている焼畑農業についても見直されるべきであり、何らかの対策を講じねばならない。

 景気対策を考慮した上で、日本が絞りきった雑巾であるならば、絞っていない雑巾を絞るしかない。国益に反するという理由で議定書から離脱した米国、先進国の真似をしているだけだと言う中国、インド、その他。これらの国々が地球上の40%以上のCO2を排出しているならば、まだまだ絞れる雑巾である。そこで、これらの国々を土俵に乗っけて、排出量取引ならぬ環境技術取引も枠組みに入れてしまうのである。例えば、日本の絞る技術で、中国のCO2排出量が(現在の経済成長率のまま)20%減ったなら、それらを折半にし、日本の排出量も10%減ったことにすればいいのだ。他の国も同様。これ以外に日本が25%削減する方法など無い。仮に相手が中国だとするならば、公害の改善にもつながり、一石二鳥である。

 技術を売り物にしてしかこの国は生き残れないのだ。問題は外交である。外交などスマートにではなく、クレバーに展開するのが当たり前だ。どんな手を使ってでも、この提案を認めさせるのである。

 よく考えてみると、こんな事、誰でも思いつく話だ。

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