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2009年8月

タイトル無し

 選挙結果について考えてみたいが、資料不足なので今日は休みにします。

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味のハーモニー

 昨日は草加の飲食店『katsu』(http://r.gnavi.co.jp/b250200/)で大学時代の友人達と飲食を共にしながら、いろんな話をした。緊急出張が入った友人などもいて、実際に集まれたのは三人+『katsu』の店長の四人だったが、場はかなり盛り上がった。

 集まった三人のうち、私以外は食通で、特に一人は新宿で料理人だったこともあり、批評に余念がなかった。店長もそれが解っていたから、かなり、腕によりを掛けて作ってくれたそうだ。友人の批評の方は、お褒めの言葉ばかりだった。そして、既存の飲食店でまずい店などについては、みんな非難囂々だった。

 『katsu』の店長はガンガン創作料理を創っているのだが、これにハズレがないのである。ハズレどころか大当たりばかりが出てきた。ここで店長が面白いことを言っていた。「料理は音楽と一緒で、香辛料一つ一つが音符みたいなものだ。それをうまいことミックスして、素材の味を引き出した、クラッシック音楽のようなものができあがる。オーケストラみたいなものだ」と言うと、友人が、「そうなんだよな、料理は頭で創るものなんだよな」と相槌を打っていた。私は、ふと、「それだったら、知らない料理を食べても、レシピが解るって事か?」と聞いたら、二人とも、「解る」と応えた。

 もしも料理がクラッシック音楽だとしたら、聴いていて、どの楽器がどう使われているかは解るだろう。それより、作曲の方が大変だということであるから、料理は頭で創るものだ、ということになるのではないか。もっとも、何もないところから創るのは困難なので、真似から入り、自分風にアレンジするということなのだろうが、『katsu』の店長はアレンジしまくるので、それはもはや、オリジナルになってしまうのである。

 無論、鋭敏な味覚を持ってこその話である。

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教師達の対策

 どの学校でもそうだろうが、生徒が教師にあだ名を付けて、からかったりするものである。他にも、実力がない教師や新米の教師は、ナメられていた。もちろん叱る教師も大勢いたが、中高一貫の男子校では、中学の時にはおとなしくても、高校に進学したら、みんな生意気な態度を取るようになっていくものである。

 この事は教師達も十分理解していたので、それなりの対策を採る教師が何人かいた。その対策とは、犬の躾と同じで、最初が肝心と、生徒が中学一年で、まだ何も知らないときに、わざと腕の力こぶを見せつけたりするのである。三人ぐらいこれをやっていた。

 もっと過激な例もあった。体育の集団行動の時に、クラスメイトで運動神経が悪く、どうしても動きがずれる奴がいた。担当の体育教師は、そいつの足を木の枝で何回もひっぱたいていた。これにはクラス一同ゾッとして、自分に回ってこない事ばかりを考えていた。

 その半年後ぐらいに、ひっぱたかれていたクラスメイトから聞いた話だと、学校から帰る方向が、その体育教師と同じだったらしく、途中駅で声を掛けられ、ケンタッキーフライドチキンを奢ってもらったしい。そいつ曰く「俺、見せしめにされたのかなあ」と語っていたが、私も、それは体育教師のフォローだったと思う。

 今になって思うと、いろんな策を講じていた教師達も、普通にしていたら何も言わなかったし、根はいい教師が多かった。

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ニコチンパッド

 行政や企業が禁煙地域を広げる中、喫煙者として肩身が狭くなってきている。一昔前では、高校生の頃から、先輩に勧められたりして、吸う習慣が身についたりするものだった。それが今や悪癖のように叩かれる世の中になってしまった。確かに煙草は有害だし、健康を損なう。喫煙者で80まで生きれば大したものである。しかし人間には、自己否定願望というものもあって、自らを傷つける願望がある。青少年の早死に願望(これは自殺願望とは異なる)だったり、色々とある。それを大人達は一方的に否定しても良いのだろうか?

 私は昨日からニコチンパッドを張っている。結果、吸う量が1/4に減った。これはこれで効果はあるのだろう。高価なものだったが(一枚あたり煙草一箱ぐらい)、自分が禁煙できるか試しに張ってみたい願望に負け、買って、張ることにした。最初は心臓に来た。次に煙草があっても無視できるようになった。

 私はこのblogを書く際に、相当神経を使っている。頭の中でシミュレートしながら毎日書いている。そこではものすごく神経を使う。こういう場合は一服してしまう。ニコチンパッドなど効き目がない。他の仕事だってそうだ。これを書いている間に煙草を三本吸ってしまった。

 と、いうことは、私の喫煙は、ストレスの解消のためかもしれない。

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喧嘩しなくなったなあ

 7/19に愛犬だった弥七が死んだ、四十九日には、骨を庭に埋めてやろうと思っている。しかし、その間いろんな事があり、家がぎくしゃくしていた。耐えきれず、新しい犬を飼うことになった。私が試験をあきらめたのも丁度この時期である。それまで何回もお袋と衝突し、我慢の連続だったが、新しい犬・弥吉(ミニダックス、♂、三ヶ月)を迎えてからは、家の空気が丸くなった。私とお袋が喧嘩しなくなったのだ。

 現在は、週に一回の病院へ片道一時間以上かかる。近くの動物病院に代えたいのだが、どうも、この、弥吉君、風邪を引いているようなのだ。昨日、行ってきたが、来週また来なさいとのことである。心配ではあるが、良くなってきているので安心もしている。

 家の中での弥吉君は鳴きもせず、おとなしいのだが、躾がなっていないため、粗相もする。懸命にしつけているところだ。車には弱いみたいで、まだ車酔いする。水分はよく採る。鳴き声は、声変わりしていないせいか、カン高い。実際、どう成長するのかが楽しみだ。

 私の資格試験は上手くいきそうにない。弥吉のせいではない。話せる範囲までだったら話すが、母の故郷に戻ってからは、メンタル面がズタズタである。父方にせよ、母方にせよ、金に汚い我執の亡者ばかりが残った。こういう連中とは縁を切るに限る。しかし、切っても切れないのが狂おしい。そっとしておいて欲しいのだ。

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風邪と喫煙と注意と

 昨日だったか、起きてから余りに体調が優れないので、行きつけの内科に行った。お袋も同行したのだが、お袋はお袋で、がんの検査結果(異常なし)やら、血液検査の結果を聞きに行っていた。お袋は親父ががんで入院しているときから風邪を引き、一年間、ずっと調子が悪かったとのことである。風邪なのか炎症なのかを調べてもらっていたのだが、炎症反応が出たらしく、消炎剤をもらっていた。また、糖尿の気があるとも言われたらしいが、私が考えるに、当たり前のことである。仏壇にお供えした和菓子がしょっちゅう変わっているのに、私は一つも食べてはいないからだ。どちらにしろ、養病してもらいたい。

 私が診察室に入ると、先生はマスクをしておられた。症状を述べると、聴診器で体の音を聞いて下さり、その後、ベッドで腹回りの触診をしていただいた。結果、風邪および過敏性の下痢と診断された。薬を処方していただき、その場で飲んだ。結果、大分楽になった。

 そうそう、診察が終わった時に、「煙草は吸わないように」と言われたが、多分、汗ばんだTシャツにアンモニアか何かのにおいが付着していたのだろう。「気をつけます」と返したが、ここのところ喫煙者への迫害が厳しく、外で喫煙するにも肩身が狭い。ニコチンパッドとミントか何かで禁煙しようかとも考え始めた。しかし、仲間との集まりでは、大学時代の友人で半々、中高時代の友人では、みんなバカスカ吸っている。しかもお酒が入ると、吸うスピードが、加速度的に早くなってゆく。まあ、人は人なのだが、みんなストレスがたまっているんだなと実感する。とりあえず私の場合、まずは風邪を治さなければ。

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バンコクの街

 高校時代の飲み会で、タイの話になり、パッポンがどうのこうのと言う友人がいたので、私は、「あんなところで遊んでいたら、病気伝染されるのがオチだぞ」とツッコミを入れた。パッポンとは、東洋一の歓楽街と言われる地域である。歌舞伎町を小さくした感じだが、風俗店があったり、飲食店があったり、衣服が売られていたり、露天商がいたりと、不思議な街である。そんな中で、私の目にとまったのは鞄であった。安物でもいいから、外出時に荷物を入れる袋が欲しかったのだ。値段を聞いてみると、3500バーツだという。私が、3000だったら買うんだけどなあ、と言ったら、3000バーツで手を打ってくれた。

 はっきり言うと、私はバンコクの街は余り好きではない。とりあえず蒸し暑いのが嫌いな私にとっては、気候に体が合わなかった。他にも交通渋滞が激しすぎて、呼吸をするのが苦しかった。高架鉄道も走っているのだが、王宮などに行くには、足が必要だったので、トゥクトゥクやタクシーに乗るしかなかった。ちなみに、トゥクトゥクとは、バイクに座席をくっつけたものである。安いし、小回りがきくから便利ではあるが、座席がバッタンバッタンと揺れて、尻が痛くなるのが欠点だ。タクシーで驚いたのが、みな運転席のダッシュボードの所に小さな仏像を飾っていたことだ。仏教国なんだなと感じると何だか嬉しかった。

 食べ物は、みんなは旨いと言うけれど、辛いものが駄目な私は、注文するときに、タイ語辞典の「辛いものは避けて下さい」という所を見せてから、オーダーした。他にも、隣の人の食べている物を頼んだりという調子だったので、タイ料理について私がコメントするのは邪道であろう。食事には余り興味がなかったのである。

 折角タイに行ったのだから、私はムエタイと暁の寺が観たかった。暁の寺はそれほどのものではなかったが、ムエタイは熱かった。一番最後にチャンピオンが出てきたのだが、相手の顎にハイキックを入れて、あっという間にノックアウトしていた。スタッフに、あのチャンピオンは何歳なんですか?と聞いたら、確か19歳ぐらいだと教えてもらった。ノックアウトされた挑戦者は担架で運ばれていた。

 バンコクの街はいろいろと見所が多い。蒸し暑さと交通渋滞さえなければ、いい所だ。

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新聞の集金のおばさん

 小学生の頃、母が新聞の集金のおばさんと話しているのを観ていたら、おばさんは、私と弟に、「大きくなったわね~」と言って可愛がってくれた。小さいときの記憶がない私は、怪訝に思ったが、後で母に聞くと、私が赤ん坊の頃からの付き合いらしいことが解った。

 そのおばさんは、雨にも耐えて、風にも耐えて、夏の日照りにも耐えて集金をやっていた。いつしか私も、気兼ねなくおばさんと会話したりしていた。おばさんはいつもニコニコしていた。

 それから十数年、今から十年前ぐらいであろうか、新聞の集金員が変わった。若いおばさんが集金に来た。お金を払いながら、「前の方どうなったんですか?」と聞いたら、「死にました」と言う。僕は驚いて家の中に戻り、そのおばさんに、「お線香代にして下さい」と言って、千円渡した。おばちゃんが亡くなったことがショックだった。

 数日後、家のチャイムが鳴るので母が出て行くと、千円渡したおばさんがいた。事情を尋ねると、その方は、亡くなったおばさんの娘さんだったらしい。山梨出身だったか、葡萄をくれた。そして、こないだのこと(僕が線香代を渡したこと)が限りなく嬉しかったと言って、泣いておられた。「お袋さんの仕事が認められて嬉しかった」とその人は言っていた。まさか娘さんだとは思わなかったので、びっくりしたが、亡くなったおばさんに一つ恩返しができたようで、その日はしみじみとしていた。

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寝過ぎた

 さっき起きた。寝過ぎだ。まだ寝ぼけて思考能力がない。

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連帯責任

 寝て起きたら、左膝が痛いということで整形外科に行ってきた。先生に事情を説明すると、レントゲンということになった。結果骨には異常がなく、湿布薬を処方された。痛風からくる骨のいた見もあると聞いたのだが、どうやら私はそうでもないようだ。湿布だけで治るのなら、これは「放っておけば大丈夫」と言われたのと同じ事だ。

 問題はその後であった。会計がパンク状態で、待つ人の群れが出来てしまったのだ。これは二人のとっぽいおっさんによる。長蛇の列の中、「あの胃薬はなんだっけなあ?そうだ、お薬手帳を持ってる」などと言う始末。それなら最初っから手帳を出さんかいと、ツッコミそうになった。もう一人も同様だった。残念ながら、時期が早すぎて、インフルエンザの予防接種浜田行われていなかったが。

 それからお袋を連れて、期日前投票の為に区役所へと向かった。どの党に入れたかは秘密であるが、昨日は最高裁判所の審議官についての投票が出来なかった(今日から出来るらしい)。最高裁判所の審議官の中でも、おかしな奴はいる。三つか四つかは、おかしい裁定だと感じたときがある。あの票は白紙でも認めたことになる。だから選挙で失職したなどという話は、聞いたことがない。私が今まで票を入れてきたときは、悪い奴がいても解らない。それなら連帯責任で全員×というのが多かった。

 なにはともあれ、選挙には行きましょう。

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とりあえず

 とりあえず、今日は書くことがない。と思ったら、午前中はインフルエンザワクチン接種、午後からは期日前投票に行くのだった。

 私見として、投票しない奴には、政治を語ってもらいたくはない。読みとしては、今回は民主党が過半数を取るんじゃないのだろうか。もう一つ気になるのは、『幸福の科学』が政界進出してきたことだ。これも私見としては、幸福に科学など必要ないし、科学が幸福にしてくれるわけでもない。昔、友人(この友人も他者から勧められた)宅におじゃましたときに、暇つぶしに本を読んでみたが、中身が軽く、哲学を感じられなかった。聖教新聞ほどひどくはないが・・・。

 日本国憲法に政教分離の原則があるが、そういう意味ではこれらの団体は矛盾している。私が危惧するのは、『幸福の科学』が世代交代を重ねて、力となり、ゆがんでくることだ。これはもはや政党ではなく、カルト集団の集まりである。それだけは避けて欲しい。

 麻生が何を言っても解らない。鳩山だってそうだ。志位の言っていることも、半世紀前の事で、今や憲法九条だけにぶらさがっている。社民党もそうだ。国民新党?ポリシーがなく、どうせまた新党日本と組むんだろ。公明党、創価学会のいいなり、信者は台風でも投票に行く。近所でも創価学会同士のおばさま方はよく喋る。時には人を傷つける。これのどこが宗教なのか教えてもらいたい。日蓮宗から破門をくらったのだから、もはや仏教団体ではない。

 密かに私が期待しているのは「みんなの党」であるが、現実的に私がそこに入れるかは解らない。まず、ネーミングがよくない。具体的なポリシーが見えてこない。しかし、渡辺喜美の引き際は見事であった。・・・ここから、政党とは集合人格のようなもので・・・などと話していたらきりがないのでこれくらいにしておく。私は、政治的関心は強いが、政治家になるための政治学には興味がないのである。

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暇なようで

 暇なようでスケジュールが詰まっている。試験勉強も、やる気がわかず、今年は記念受験にすることにした。母と私と弥吉君(ミニダックス・♂・三ヶ月)では、何かあると私が車を運転しなければならないのである(母はゴールドだがペーパードライバー)。昨日も弥吉君の咳が止まらないので、車で片道一時間の病院に行った。弥吉君は、まだ小さいせいか、車酔いをしていた。病院では、一週間後に再来を要求された。8/24には車検があるのに、無事に行けるだろうか。そういえば、近々友人達と集まる予定も。8/30は選挙だが、これは期日前投票にしようと考えている。あとはインフルエンザのワクチン接種か・・・忙しい。

 まあ、バタバタしているのだが、弥吉君を観ていると心が和む。今朝、毛スキをしてやったら、口の所に髭が生えかけてきていた。子犬の成長の早さに驚く。他にも、よく水を飲む犬である。まだ混合ワクチンやら狂犬病のワクチンの接種が終わっていないので、小屋から外に出してあげることは出来ないが、食事の時は半端じゃないがっつき方である。健康に育ってほしいものだ。

 ここでも育児の大変さを実感した次第であるが、キャンキャン吠える姿を観ていると、どうしても憎めない。先代の「弥七」は完璧な犬だったが、「弥吉」もどう変わるか解らない。個性を伸ばして、魅力的な犬になって欲しいものだ。・・・さてと、弥吉君の所にでもいってみますかな。寝てるかなあ。

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車検だ

 今年は、うちの車の車検の年である。前回は町工場みたいな所でやって頂いたが、今回は、多少高くても、ディーラーでやってもらうことにした。一昨日の月曜日に工場に行ったのであるが、お盆休みで8/21からしか稼働しないとのことだった。ただ、いくらくらい掛かるかの見積もりを出してもらって予約しようとしたのだが、コンピューターが作動しないのと、担当者が翌日出勤するということで、私が車体に付けた傷の写真だけ撮って頂いた。なんでも、ライトのカバーに傷が着くと車検は通らないらしい。今のままでも大丈夫なのだが、泣く泣く代えることになった。

 翌日、担当者の方から電話が掛かってきて、母が応対したのだが、話が全くかみ合っていない(母がなんにも解っていない)ので、私が説明を受けることとなった。よくよく聞いてみると担当者の方も、あまり話が呑み込めていないようなので、メカニックの方と代わって頂いた。すると、エンジンをきれいにしたり、エンジンルームやタイヤを観て下さるということだった。去年と今年に渡ってエンジンオイルや、オートマオイルなどは問題ないと思う。従って、エンジンルームはブレーキオイルの交換ぐらいだと思う。タイヤもローテーションするぐらいで、とりわけ問題がないだろう。交換した部品についてのことをメカニックさんに伝えて、ようやく話がまとまった。

 現在、フロントバンパーを代えるか否かで悩んでいるところだ。

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弥吉

 最近、ペットの価格が異常に安いという情報を聞きつけて、ペットショップに行ってきた。確かに金額は以前の1/3だった。一ヶ月ほど前に他界した弥七には申し訳ないが、家の空気が重くて重くてしかたがなかった。そんな中で、弥七に代わる犬を探した。

 店に入ると、ミニ・ダックスが吠えて出迎えてくれた。私は相当にその犬が気に入った。一通り観てから、もう一度考えたが、やはりその犬がベストだった。値段交渉などが始まりかけたときに、ふと私は、「この犬、雄なんですか牝なんですか?」と聞いたら牝だと言う。がっかりした私に店員が雄のミニ・ダックスダックスを連れてきてくれた

 元気な犬が一番いいね、と母と話していたのだが、その犬は賢そうだが吠えない犬だった。線の細い犬なのかなとも考えた。値段は110円位で以前の犬の半分にも満たなかった。そ他ガムとか、お遊びグッズを購入した。吠えないが我が強い犬である。

 ところで前の犬が、「弥七」だったので今回の犬の名前は結構悩んだ。「弥七」にするのは簡単だが、芸がない。雌犬だったら「もなか」にしようと考えていた。親父がガキの頃飼っていた犬は「コロ」だったのでそれにしようかも迷ったが、名前と犬が会わない。結局、私に名前を付ける権利があったので「弥吉」とすることした「弥」の時は先代弥七から。「吉」は母音を踏んで調子が合うし、いるだけで幸せな気がしたのであるt

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晩飯にユンケルはねーだろ

 父の一周忌で、坊さんが帰った後に、私達は寿司屋に向かうこととなった。寿司屋だけに、久々に寿司が食えると、内心、喜んでいた私のもくろみは、もろくも崩れた。懐石料理だったのである。しかし、食べてみると、やはりおいしい。それもいいのだが、折角、久しぶりに集まったのだから、チビどもを中心に、会話に花を咲かせながら、のんびりと食べることにした。

 ふと気がつくとみんな食べ終わっているのに、私だけ四皿ぐらい残していた。弟の長男と席が近かったので、何皿か渡したら、嬉しそうに食べていた。普段、食べるのが早い私にとっては、かなり珍しいことである。食べにくいのもあったが、午前二時に起床して墓参りにいったりしていたので、かなりパワーダウンしていた面はある。また、途中、ショウガを丸かじりしたら、これが半端じゃなく辛かった。かといってはき出すことも出来ないし、悶絶していたら、みんな大爆笑していた。

 そんなこんなで16:00頃に店を出たのだが、弟たちは母を家に送っていく事になり、私は、親戚のおばさんを駅まで送って差し上げた。家に戻ると、弟たちはすでに帰っていたが、疲れ切った私は、車庫入れをミスって、後ろバンパーをへこませてしまった。

 その後、中途半端な時間に食事をしたせいか、食欲がわかなかった。母も疲れていたので、料理をするのが面倒な様子。眠くなってきた私にユンケルを渡し、「これ飲んで早く寝なさい」とのこと。晩飯がユンケルかよ、と思いつつ眠りに落ちた。

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正座45分

 午前中に墓参りを済ませた私と母は、親戚のおばさんを迎えに駅へと向かった。時間が少しあったので、喫茶店で故父の話をしていた。そして11:26に父の臨終の時を迎えた。その後、家に向かい、弟たちの到着を待ちながら、母とおばさんは話をしていた。

 やがて弟夫婦とチビ達が現れたのだが、お坊さんと一緒に入ってきた。お坊さんに挨拶すると、しっかりとした返事が返ってきた。やさしそうな方だったし、次期住職らしい。準備が整うと、お経を上げて下った。私は黒いズボンにYシャツで正座していたが、父の一周忌だし、正座を崩さなかった。長いお経だなあと感じていたが、後から聞いたら、新盆のお経も唱えて下さったらしい。終わる頃になると、私の足は感覚がなくなっていった。途中で焼香も行われた。

 その後、在家の為の勤行集をみんなで読経し、無事に一周忌が終わったのだが、感じのいい坊さんだった。しかし問題は私の足である。しびれて、麻痺したような状態だったので、とりあえず無理に立ち上がることはせずに、足の親指を伸ばした。まもなく感覚が戻ってきたので、立ち上がり、坊さんにお礼を言った。

 それにしても正座45分は、生まれて初めての長さだが、きつかった。そう考えると将棋の棋士などは凄いものだと考えた。この後、親族で一席設けるのだが、いずれ書く。

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一周忌を迎えて

 今日は親父の一周忌である。去年の14日には、深夜ぎりぎりまで病院にいて時計を11:30にセットして寝た。泊まり込みが続いていた母に、代わろうか、と言ったが母は病院にずっといた。家に帰った私は愛犬の弥七君仁尾面倒を見てからの睡眠だった。

 朝方、弥七君に顔をなめられて起こされる。何時だと思ったら六時前だった。弥七君のドッグフードと、水が入っていることを確認し、病院へと出発。着くとすぐに父の病室に向かった。母は相変らずの徹夜続きで、少しだけ変わった。この一晩で意識がなくなると聞かされていたが、父は、胸が熱いものの、意識ははっきりしていた。酸素マスクが外れた瞬間に、父は意識がなくなった。あわてて看護婦さんを呼ぶにしても、父の血中酸素濃度は下がってゆく一方だった。丁度弟たちが来た頃に、父は脈が亡くなった。弟と私で、父の手を握っていたが、まもなく臨終となった。葬式には親戚しか呼ばなかった。

 そして今日、一周忌を迎えた。我が家でやるのだが、狭いので全員はいるかどうかは解らない。生臭い(四十九日日の時の)坊主が来たら、私は我慢はするが、限界を超えたら殴り飛ばしてしまうかもしれない。

 寺も寺だ。年会費が5000円で通帳の番号まで教えろと言ってきている。これでは振り込み詐欺と同様である。坊主の堕落もひどいものだ。

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余命宣告されてから

 父が他界してからまもなく一周忌となる。一年前の私は、ペットが家にいたので、病院と家を往復していた。帰ってきたら故弥七君の面倒をみながら、焼酎を少し飲み、四時間ぐらい寝てからまた病院へと向かうのだった。その頃には睡眠時勘など考えてはいられなかった。付きっきりで看病している母に差し入れを持っていったりしていた。父は今のじいちゃんと同じ、処置室に入れられていた。ひからびた父が、暑い、暑いとだけ言っていた。もう長くはないだろうと察した僕は、「決して泣くまい」と心に決めていた。葬式の場合もそうだ。

 いずれあの世で会う身なら、酒でも酌み交わし、好きだった囲碁・将棋に明け暮れたい。女はいい。この世で放蕩を繰り返したのだから、もういい。今のところ、子孫を残す気にもなれない。例えて言うと、今週ちまたを騒がせた酒井法子である。子供がかわいそうだ。

 母も故郷を捨てるけじめが付いた、と私には語っていた。それでもじいちゃんとは今生の別れだと言っていた。去年親父を亡くし、先月、愛犬の弥七君を亡くし、じいちゃんが、いつ、どうなるか解らない状態である。哀しいかな、それでも我々は生き続けなければない。

人間は、どういて無益なことを繰り返すのか解らないときに、安部公房の『砂の女』を思い出した。繰り返しても繰り返も、手も続く呪縛。あれは人間社会への皮肉なのか、生き物とはどうあるべきかということを考えさせれれる。砂をかくために我々は生きてきたのだろうか?いやいや、あれは強烈なメタファーである

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防災グッズ

 東海地震の予兆ともとれる地震が起きたし、首都直下型地震も噂されていると考えた私は、とりあえず目くらめっぽうに、防災グッズを買いにいった。スーパーの一角であることもあり、かなり小規模である。しかし防災袋が3000円するのには驚いた。消防士の着る服をしていたので、そのせいかとも思った。

 次に防災袋なのだが浦に災害時の必需品などと書いてあったが、その場に居合わせた私は、何が家にあって何がないのかが判らなかったので、家に帰ることにした。

 必要品に飲料水などと言われても困る。重くて運べやしない。食料と書いてあっても、何日分というより、何食を用意すればいいのかが解らない。国、および地方団体には、もっと具体的なマニュアルを求める。

 失礼な話、阪神淡路大震災の意見をもっと汲むべきだ。私が思いつく限りの防災グッズといえば、水、乾パン、薬、懐中電灯、ライター何個が、時計、ラジオ……ぐらいしか思い当たらない。他にもあったら是非とも教えていただきたい。

 ここのところ、天変地異があいついでいる。今後、何事もなければよいが。

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逃げる方向が逆だろ

 昨日は様々な出来事があった。台風に始まり、地震が追い打ちをかけた。どちらか片方だけなら、被害もここまで甚大にはならなかっただろうが、複合的に襲ってきたために、大きな被害を受けた。被災者の皆さんの心中を、心からお察しする所存である。

 ちなみに、昨日の私は、座椅子から起きて、何か作業をしていた。居間でのことである。すると、テーブルを挟んだ向かいのソファーでお袋が寝ていた。愛犬の弥七はもういない。消し忘れたTVが台風情報をやっている中で、五時過ぎに「ピロリロリィ~ン」という音が鳴った。

 地震速報であることを確認した私は、お袋に、「地震だ!」と告げた。すると、「雨戸を開けなさい」というので開けたが、履き物がない。私はダッシュで玄関に走り、ドアを開け、お袋を先に出してから、自分のサンダルを履いた。そして、路に出た。

 少し雨が降っていたが、午前五時だったせいもあって、路にいるのは、私と母だけだった。何だか間抜けな気分がしたが、電線は確かに揺れていた。

 一段落付いて、母と話し合ったが、防災セットのような物を買おうという話になった。多分、今日辺り、みんな買うだろうから売り切れかもしれないが、いざ地震だ!、というときに、お互いが反対方向に逃げているのでは仕方がない。まあ、いい教訓になった。

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延命治療

 10日程前に、母の故郷の広島に帰ったと書いた。入院している、じいちゃんに会うためだ。私が語りかけると、小さく目を開けていたが、もう、判らない様子だった。じいちゃんの鼻には酸素が送り込まれ、母は一目見て、駄目だと思ったらしい。しばらく、ある島の介護施設に入れていたらしいのだが、まもなく肺炎を起こし、別の島の病院に入院した。介護施設に入ることは、祖母が無理矢理頼み込んだらしい。半年前に帰省した母によると、じいちゃんは、全然まともで、母の料理を、心から嬉しそうに食べたらしい。今回は全く様変わりしており、広島には帰らない方がよかったのかもしれない。

 祖母は戦前、宮様のご学友だったらしいが、戦後、じいちゃんの家に嫁いだ。百姓の家に嫁がされたことを、今でも恨んでいる。六十年以上の怨念であり、性格がねじ曲がった。身内には平気で嘘をつくようになり、三回聞いたら、三回とも違う答えが返ってきていた。人を恨み、妬み、欲望の固まりになった。

 そういう祖母が、入院したじいちゃんについて、段々よくなってきていて、細かく砕いたら固形物も食べるようになった、と語っていた。話半分以下で聞いていたら、案の定、帰宅してからの電話で、流動食だ、と言った。私は、もう、何も信用しないことにした。

 母がぼそっと、「あれは延命治療なんじゃないだろうか」と呟いた。嫌なしがらみにとらわれたようで、私の心は打ち砕かれた。祖母が、もし、延命治療をしているとするならば、世間体以外の何物でもなかろう。入院して、すぐに他界したとなれば、小さな村落では村八分になる。いずれにしろ、じいちゃんは、あと二ヶ月ぐらいしか入院は出来ない。結論はその時期に出るだろう。

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落ち込み

 現在、あることで相当な精神的ショックを受けている。親父の一周忌も近いし、気合いを入れなければならないのだが、パワーが出てこない。もちろん、資格試験の勉強など手に着かない。今年は記念受験になりそうだ。

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我執の塊

 憐れなるもの

金を物差しにしてる者。

地位でしか自慢できぬ者。

名誉欲で人付き合いしている者。

心は嫉妬で固まり、

大切なことを見失っている者。

 我執とは、

お前は自分のことしか考えていないということだ。

そんな人間は早くくたばった方がいい。

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ドライブで便利なもの

 最近の携帯電話は、電力を食うためか、バッテリーが弱いせいか、放っておくと三日ほどで電池がなくなる。それが嫌だからと、電源を切ると使い物にならない。だからといって充電器を持ち歩くとかさばる。コンビニで携帯電話用の携帯電池を買うと高く付く。

 車での旅の場合、シガーソケットから充電する充電器具が一番便利だ。一日分の充電がおよそ三十分で出来る。オートバックスなどで安価で売っているのだが、エンジンを掛けながら充電しないと、車のバッテリーが駄目になってしまう。

 その他、腰の悪い人にはクッションが欠かせない。これは寝るときには、枕として使える。高価なものだと、レーダーなどもあった方がいい。オービスがある時など必ず教えてくれる。ノートパソコンなどを使う場合も、シガーソケットにはめるコンセント型の器具で充電できる。

 眠気対策としては、寝るのが一番なのだが、やむを得ない場合は、眠眠打破を飲んだり、ガムを噛むなどすると大分違う。ただ、眠眠打破などはカフェインが多く入っているだけなので、慣れてしまうと効き目が弱まる。トイレで顔を洗ったり、ストレッチをすると、かなり違う。

 以上いろいろと書いてきたが、便利なものは、まだまだある。例えば目薬なども積んでおいた方がいい。きりがないのでこれくらいにしておきますか。

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疲労

 広島から家に帰ってきて五日が経つが、疲労がとれない。それにしても、今日は昨日に比べて暑いなあ。

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高速道路無料化は妥当か? その2

 先日、夏休みの日曜の夕方に走ったせいもあり、半端じゃなく混んでいた。静岡から東京までの渋滞など聞いたことがない。運転していて、トラックの運ちゃんが一番かわいそうに思えた。新迷信や伊勢湾岸道は橋9っていても心地よく、東名がちゃちに見えた。な不足の私の顔色が、みるみる青くなっていったと母は後で語った。

 高速料金は安いに越したことはない。しかし、そのために機能性が失われるのなら意味がない。お金と時間を天秤に掛けたときに、時間が優先する場合もあるのだ。余りにひどい渋滞のなかで、そんなことを考えていた。では、無料化をやったらどうなるか?

 それまで一般道を走っていた車やトラックがなだれ込む。地域活性のためによい、と言う意見も聞かれるが、あの渋滞では、誰もどこにも行かなくなる。いわば、無料化が読んだ空しろ時間が出てくる。往復五時間以上掛けて、温泉に行こうなどという人はいなくなる。

 要するに、インフラが行き届いていない中で、オーバーキャパシティな事をやっても破綻するだけだ。疑うのなら、誰でもいいから政治家が、あの、ノイローゼ・ロードを0走ってみるべきだ。現場を知らない政治家の顔が多数浮かぶ。そんなものは政治ではない。

 お金は便利や時間を買うためにある。高速で時間が買えないのなら乗る意味がない。

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高速道路無料化は妥当か?

 現在の高速料金では土日は、ETC搭載の普通車が1000円である。これは、一見いい政策に思えるかもしれない。しかも民主党は来る選挙で、無料化を掲げている。前の日曜に、広島から関東まで車で走って、高速料金が5000円かからなかった。しかし、渋滞が半端ではなかった。東名の用賀インターまで、静岡から渋滞していたのである。50Km/h 制限の道を40Km/hで走る。500Km以上走った後だったので、精神的にかなり応えた。

 渋滞するということは、高速道路のキャパシティに対して、車が多すぎるということである。S.Aに入るごとに渋滞情報をチェックしていたが、故障車と事故ばかりが連発し、新たな渋滞を呼ぶという感じであった。ノイローゼになりそうになりながら、必死で運転した。

 あれだけ車が多くては、故障も事故も仕方がないことなのかもしれない。しかし、未然に防げる故障などもあるはずだ。セルフのスタンドの方が安いからと、そこでガソリンを入れる気持ちは解る。しかし、車に詳しくない人は、エンジンの水抜き剤を入れていなかったりすることが多い。オイルを交換していない車もたくさん観てきた。私の場合は、長距離運転するときは、必ずガソリンスタンドでタイヤとエンジンルームをチェックする。

 今回の渋滞を通して感じるところはたくさんあったが、あれでは、本当に急いでいる方が困る。せめて第二東名を作ってからの政策でもよいのではないか。余りにひどすぎた。

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じいちゃんと電話と

 じいちゃんは89歳である。肺炎にかかって、一時期意識不明となったので、心配する母を乗せて広島まで帰った。朝早くに病院に着いたが、じいちゃんは寝ていた。僕が行って、「じいちゃん、大丈夫か?」と囁いたら薄眼を開けて僕の方を観たが、焦点は定まっていない。口は開けたままで、鼻に酸素が送られていた。病室がナースステーションの横ともあって、僕は覚悟を決めた。母はやつれ方に驚いたらしい。母もその時点で覚悟を決めたそうだ。余り多くは語らず、無口だった。

 病院の処置室という所は、もっとも危険な患者が運ばれる場所なのだ。父の時も、そうだったから判る。

 まもなくばあちゃんが来て、夜通し走った私達と交代した。実家に戻った私は気がついたら寝ていた。それでも、二時間ぐらいしか寝ていない。起きていくと、母が掃除をしていた。「寝たのか?」と聞いたら寝ていないらしい。私が手伝い出すと、まもなく母も横になった。まもなく片付けが終わり、二人して横になった頃に、ばあちゃんが帰ってきた。すると電話が鳴り、母と代わると、母の弟で、広島市内に住んでいる、おじさんからのものだった。おじさんは、病院でのじいちゃんが安定剤などを点滴してもらっていることを教えてくれた。それがきつすぎて、一瞬、危篤状態にも見えるけれど、お医者さんの話では、足は悪くなっても、次第に元気になってくる、とのことだった。それを聞いた母は泣いていた私も一安心して、ビールの栓を抜いた。

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ご勘弁を

 昨日の朝四時に起きて広島を出て、夜の十時頃に自宅に無事帰宅。その間おにぎり二個しか食べなかった。三日間で1850Kmの車での移動。のべ睡眠時間14時間。地獄であった。さっきまで寝ていたが、未だ体の疲れがとれない。申し訳ないが、今日も簡単なblogにさせていただく。書くことは山ほどあるのだが、もう少し時間を下さい。ご勘弁を。

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いざ帰らん

名残惜しいが、広島を後にし、家路につく。今日も長距離を走るので眠らない様にしなければ。それではまた。

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老老介護

じいちゃんは施設に入っていたが、肺炎にかかってしまったらしい。そのせいか、認知症がひどくなった様子。風貌も変わり、痩せこけて、病院のベッドに寝ていた。昨日の段階で会話をすることはなかった。元気付けようとして行ったのに、寂しい気持ちにさいなまれた。その後、祖母と再会したが、祖母もやつれた顔をしていた。なんでも、始発のバスに乗って、病院に行き、じいちゃんの介護をして、夕方遅くのバスで帰ってくるので家事が一切できないらしい。普段はロクに食べていない様子。これでは共倒れになってしまう可能性も高いが、遠く離れて暮らしている私には何もできないのが現実でもある。もどかしさに胸が痛む。

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