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十年一剣

 十代の後半頃から、私は、『自分』という刀を磨こうとして、様々な方との交流を深め、問答し合い、分かち呑み、生涯にまたとない友人を何人も得た。あのころは、悩んでも悩んでもつきることのない謎ばかりが私を覆っていた。拭いようもなく、酒にも溺れた。

 また、自分には目標としている人物がいた。そのための努力は惜しまなかった。通勤電車や、暇なときには本を読み、嫌いな筋トレにもチャレンジした。・・・すぐに止めたが。少しでも彼に近付きたくて、叶うことのない目標として、彼を目指した。しばらくすると、大学中のほとんどが、下らない話しかしていないとも感じた。

 そのうちに、「あいつとあいつは切れ者だ」などという噂が立った。「何を言っているんだあいつらは」などとほっといたら、あこがれる友人から何かを誘われた。たしか誰かの家で鍋をやって、徹夜で討論を繰り返した。もちろん酔っている。やっと本音で語り合える友達が出来た。その交友は広がっている。

 『十年一剣』とは何という故事成語か忘れたが、ある刀を十年研ぎ続けた男の物語である。教訓は忘れたが、私は『自分』を十五年間研ぎ続けてきた。切れ味など見せたくもない、と言うより、人を切りたくない。周りのみんなも切れ者揃いだが、精神的に僕がその刀の研ぎに納得して、鞘に入れたときには、どこから来るのか、涙があふれ出し、激しく嗚咽していた。人は、納得を、自ら受け入れたときに絶望するのだと感じた。おかげで今は、心に一点の(と言えば嘘になるが)曇りもない。のどかである。

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