« 母の日 | トップページ | 親友からの電話 »

男ならば

 故親父が入院していた病院に、少し話しかけづらそうな看護師の方がいた。なので、私は一度も自分から話しかけたことはなかった。しかし、腕はよく親父は相当信頼していたみたいだ。他の看護師が、うまく血を採れないときも、その方がやると一発で採取できた。

 プライベートの付き合いはない。と言うより相手はもう、おばちゃんである。でも、看護師としてはプロ中のプロだった。私は気がつかなかったのだが、父の臨終の日に手首に数珠を巻いていたらしい。ありがたきことこの上ない。考えてみれば、看護師というのも辛い職業であろう。その方は何人の師を見届けたのだろうか。その後、皆に送られながら、霊安室に入ることもなく、斎場へと向かった。

 友引の日を避けるために、親父は冷蔵庫みたいなところに入ったが、その時が一番辛かった。親父は、仏のような顔をしていた。僕はお経を唱えて、救われた気がしたが、中には涙ぐんでいる人もいた。

 お通夜と葬式では、結構、賑やかだった。この時、僕は心に決めていることがあった。男ならば親父の死に目でも泣いてはならないということだった。逆に、泣いている人をフォローしてあげなければならないと感じていた。出棺の際、弟の奥さんは泣いていた。弟も涙ぐんでいた。お袋は七日七晩、ほぼ完徹だったが泣きはしなかった。その代わり、没後半年は親父の夢ばかり見ていたという。私が寝ているときに、親父の遺骨の前で大泣きしたという。私もドキュメンタリーなどでの死に別れのシーンを観ると、泣くことが多い。

 人との死に別れは、あの世で会えると言うけれど、それにしても、辛いものだ。父は六道の天に行った。天人となたのだ、キリスト教風の懺悔で許されるなら、いくらでもしたい。しかしそれでも、失われた命というものは帰っては来ないのだ。厳しさを感じる。

|

« 母の日 | トップページ | 親友からの電話 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521582/54006792

この記事へのトラックバック一覧です: 男ならば:

« 母の日 | トップページ | 親友からの電話 »