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父の辞世の句

 私の父は、神戸出身である。去年死んだが、一昨年に短歌を残している。

『ちぬの浦 鏡にせりて 燃ゆる月  松に上りて 我もゆきたし』

 というものだった。父は神戸の六甲山から大阪湾に『燃ゆる月』が映えているのが忘れられなかったのだろう。子供心にワクワクしているのが伝わってくる。詩は下手であるが、月にあこがれる一人の少年の夢が伝わってくる。だから父は言っていた。アポロ何号かが月面着陸したとき、「ドキドキはしたが、しらけもした」と。

 僕も、月を観るのがが好きで、天文学者になりたかったが、しかし、受験を経験するごとにそれが狭き門だと気付かされ、エンジンに夢中になっていた頃に僕はあきらめた。そんな中で、主に東洋思想を中心として、哲学から宇宙を攻めてみるのも面白いと感じた。月にはゆけなくとも、何で男は月に母性を感じるのかなどは楽しかった。そう、男は月に母性をかんじるもなのである。私なぞは、赤い満月を何分観ていても飽きない。

 だから、天文学からのアプロ-チがうまくいかない方は、哲学からのアプローチを勧める。あらゆるお経に母性を感じるようになったら勝ちである。なぜなら、少なくとも観音菩薩あるいは阿弥陀如来のパワーをもらっているからである性科学の話をしてもよいが、それはまたの機会に。

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