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詩について

 詩心というのは産まれながらに持っている物ではありません。壊れそうな感性を押し通して、自分が潰れる覚悟で書く物です。ですから、『詩は解らない』という方も多いでしょう。しかし、裏を返せば、作者の裸の気持ちを読み取るようで、小説などのフィクションを入れた物に比べ、遙かに解りやすいものなのです。

 詩が衰退した最大の原因は、音楽の発展でしょう。音楽に乗せて詩を売らないと、食えなくなる、ということが詩の世界をぶっ壊しました。いわゆる、俳句で言う『わび』、『さび』、『きわみ』などの境地が、エレキギターやそれに伴う大幅なパフォーマンスによって、一部はダダイズムとしか見れない現象にぶつかったのも事実です。Rock自体がそういう性質を持っている以上、やむなきことなのかもしれません。・・・未だに私には、Hard RockとRockの区別がつきませんが・・・

 音ばかりが重視され、詩の細やかな韻律などが意識されないと、音楽界は無茶苦茶になるでしょう。私の知っている雑誌でも、ヒット曲の解説がなされますが、見当違いなことが多いです。何にも解っていない人が文章を書いて、記事にする・・・これは名誉毀損です。

 私の場合、友人から紹介された曲や、重要だと思える曲について、最低100回は聞きます。それでも詩の意味がわからないときは時間を掛けて考えます(曲についても)。それでブレイクスルーしてくれればいいのですが、なかなか起きません。上手いアーティストは詩と歌詞をコラボレーシオンさせています。

 歌詞だったら解るのに、詩は解らないというのは詭弁だと思います。育った大地、海、交友関係から広がりが増えるものと思います。

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