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ドラゴンボールでの悟り

 私と同じく、母も悩み、辛抱する人であった。父は悩みがあっても、家庭の中では一切態度に出さない人だった。それに比べると私の我慢などまだまだ甘い。もっと人間として成長したい。見習うべき存在が両親であるということは、恵まれている証拠かもしれない。

 あれは、私が中学生か高校生の頃だったと思うが、母が風邪で寝込んだ。寝込んだといっても、それほど強力な風邪ではなかったらしく、退屈そうにしていた。まだガキだった頃の私は、退屈しのぎに漫画の『ドラゴンボール』を持って行って、読んでみたら?と勧めた。普段なら少年漫画など相手にしない母が、手にとって読み始めた。よっぽど退屈であったのだろう。

 それから十数年経った後に、母が私に、「あのとき勧めてくれた『ドラゴンボール』のワンシーンで、『これだ!』と思うシーンがあり、それからは一切悩まなくなった」と僕に打ち明けた。とっくに昔の話なので、そんなものかな?と、僕は思ったと同時に、どのシーンであるかを知りたくなった。しかし母は、内緒だと言って、全く教えてはくれなかった。この状態は現在に至っても同じである。そして、私に、「誰にも解らないと思うよ」と言い残した。ただ、それで、かなり助かったということを僕に話してくれた。何気なく勧めたのだが、『ドラゴンボール』で悟りを開く人も珍しい。

 『ドラゴンボール』のどのシーンかは今でも謎である。

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