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鶏口となるもむしろ牛後となるなかれ

 表題の『鶏口となるもむしろ牛後となるなかれ』とは、大組織の平社員よりも、むしろ、独立してその組織のトップになる方がいい、というような教えだ。直訳すると、『大きな牛のおしりにひっついているよりも、鶏の先っぽであるくちばしになる方がましだ』という感じだ。

 『牛後』では身動きがとれないのである。せいぜい上役に首根っこを押さえられてもがくだけだと思う。同じもがくならトップでもがいた方がいい。男にとって、首根っこを押さえつけられた生活というのは耐え難いものがある。たとえどんな立場であろうとも。

 理想は『牛口』であるが、限られている。『たぐいまれなる情熱、創造性、並ぶもののない知的な力、第一級の配慮を備えて、輝かしい未来が約束される』と、J.P.サルトルが語っていたと何かで読んだことがある。しかしこれは、ごく一部の限られた人のみに与えられる権限だ。しかもこの言葉には決定的な落ち度がある。

 サルトルの言うことも解るのだが、人間に一番必要なのは『運』である。『運』がなければ、あらゆる努力もものにならない。ものすごく肝心な要素なのだ。

 さて、何で表題のタイトルをつけたか思い出してみると、受験で志望校には入れなかった子に言おうと思っていたのだ。『鶏口』になる方がむしろ伸びるものなのである。

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