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2008年12月

年の瀬なれど

 年の瀬なれど、やることは終わってしまった。のんびりしていようと思う。来年は正月もささやかに済ますつもりだ。そういえば今年の正月から始めていたダイエットはリバウンドした。一時期72Kgまで行ったのだが、現在79Kgである。もう一度気合いを入れないと。

 今年の大事件と言えば、やはり、父の死である。数日前まで元気そうだったのが急変し、あっという間にお骨になってしまった。このショックは未だに尾を引いてはいるが、大分、受け入れることが出来るようになった。闘病だけでも八年間頑張ってくれた親父に感謝したい。本当に苦しんだのが数日間だけだったので、他の方に比べると苦しまずに逝った方である。伴い、喪中となったのだが、親父の兄貴に当たる親戚のおじさんも膵臓ガンを患い、来年には危ない見通しである。こうなると二年連続の喪中だ。・・・何より辛いのは、認知症とはいえ、まだ生きている父方の祖母が悟ることである。兄弟を一辺に二人亡くすだろう、父の姉のおばさんも可哀想だ。

 こないだ父の墓参りに行ってきたが、毎月行くつもりである。行ってどうこうなる物ではないが、父上の霊を弔いたい。毎朝、仏前でお経を唱えるのが日課になってしまった。当たり前のことだが。

 昨晩、友人から二度電話をもらっている(二度は珍しい)。残念ながら私は爆睡していた。何かあったのかと危惧する。いつでも相談に乗る所存である。

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床屋にて

 昨日はスクールウオーズ全9巻を返しに行った後で、床屋に行った。すると二時間待ちだという。やむを得ず、大掃除で出てきた古本と古漫画をBookoffに売りに行く。買値はなんと90円だった。ネットオークションでサバいた方が良かったと後悔する。めげずに、かなり早めから床屋に向かう。床屋というところは不思議な物で、いろんな方が来るせいか、いろんな情報が転がっているものなのだ。

 私の前のお客さんは、アメリカの25セント硬貨を集めているらしい。なんでも、25セント硬貨だけは州によってデザインが異なるとのこと。ハワイとアラスカが飛び地なので、なかなか手に入らないと言う。年始にハワイに行く予定の若マスターとそのお袋さんに手に入れてきてくれと頼んでいた。これもネットで売っていると思ったが。

 私の番になり、横を見ると、かつての関東学院大学のラグビー部の名監督がいた。新聞にも載っておられた方なのだが、往年の覇気が消えているように感じられた。だからか全く緊張しなかった。それよりも、この時期に床屋に来るということは、暇なのだろうなと、妙に同情した。

 大学ラグビーと言えば、帝京大が十年前ぐらいの不祥事から蘇り、見事に優勝した。大学一年の時に、クラ友で、体育会ラグビー部の奴がいたが、うちのラグビー部はそいつが抜けた後に強い時期があった。こちらも、あと一年遅ければと、同情した次第である。

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インフルエンザワクチンの予防率

 数日前、友人と電話で話していたのだが、インフルエンザの予防接種は二回打った方が免疫力が上がるらしい。友人曰く、「(予防率が)一回で85%、二回で95%だ」と語っていた。丁度、整形外科に行く用事があったので、先生に確認してみたら事実らしい。何故そうなるのかを聞く暇はなかったが、何故なのだろう?今度聞いてみよう。

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リニアモーターカーのルートについて

 一番最初にリニアモーターカーが中部地方を走ると聞いたのは二十年くらい前だった。当時の私は、何であんな何にもないところを走らすのだろうかと疑問に思った。故金丸議員の地盤でもあり、ゼネコンなどの後押しもあったからだろうと、当時の私は考えた。

 上の主張も間違ってはいないだろうが、街というものの成り立ちについて考えてみた。まず駅が出来て、商店街が出来、人々が住み始めるという順番なのだ(シムシティーをやったことがあればよく解ると思う)。これが逆になると、用地取得などで膨大な手間と時間と金が掛かる。その点、中部地方を通るというのは理にかなっている。

 間抜けな例が東北新幹線の新八戸駅である。地元の方に聞いたら、八戸駅からシャトルバスに乗らないとならないらしい。それ程、郊外に出来ているそうだ。これでは新幹線の意味がない。

 リニアモーターカーと言えば夢の乗り物である。動力は電磁石である。ここでふと思ったのだが、磁気に弱い物や人体に害はないのだろうか。ピップエレキバンみたいに、乗っていたら血行が良くなり、肩こりが治る、などと考えるのは間抜けかも知れない。時速500Km/h超の世界とはどんな世界なのだろう。また、私はどうせ造るなら直線ルートが望ましいと思う。現代人とは、それ程、スピードに追われて生活している。

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スクールウオーズを観ていて

 スクールウオーズのDVDを全巻まとめて借りてきた。現在までに六枚観たが、懐かしい。私が学生の頃は何度も何度もTVで再放送されていた。ラグビー部の奴は、あれが放映されると入部希望者が増えるので、再放送を心待ちにしていた。と言っても、ラグビー部の部員は15名いなかった記憶がある。どうやって試合をしたのだろう。

 ラグビーと言えば、男子校だったせいもあり、高二の冬に体育の授業でやらされた。走るのもきついが、モールやラックなどでの押し合いへし合いにもくたびれた。基本的なルールはそこで覚えた。骨や歯を折る奴が続出して、見学者が多い授業でもあった。受験前なのにかわいそうだと思ったのは私だけではない。

 ラグビーをやる前に、危険なスポーツだからか、一授業、ルール説明をされたのだが、当時の我々は完璧にスクールウオーズと絡めて考えていた。ルール説明の時間の筈なのに、イソップを誰にするかというようなことでもめた。・・・誰にもならなかったのだが。

 ラグビーをやっていて、吹っ飛ばされて、頭から落ちて星が浮かんだこともある。ラインを組んでボールが渡ってきた瞬間に正面衝突ということもあった。それでも燃えるのである。男のスポーツと言えば私にとってはアイスホッケーだが、ラグビーもハードな面では一緒である。要は、地面よりも氷の上をすべる方が私は好きだったということか。

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友情Ⅱ

 先程、携帯電話が鳴った。幼い頃からの親友で、父の仏前参りに来てくれると言う。暮れの忙しい時季に恐縮する。この友人は、三十で彼が結婚するまで、しょっちゅう私の部屋に来てくれた。ビールを飲みながら、そこはかとない話を語っていた。

 この友人は二十歳の頃に、「俺は一生結婚しない」と言っていたが、見事に裏切られた。しかも、友人代表のスピーチまで任された。この時は寝ないで考えたのが懐かしい。今は一男一女のお子さんに恵まれている。「おまえもなんとかしろよ」という声も聞こえてくるが、友人のお子さんが、無事産まれたことが、ただ嬉しい。

 他の友人からも、「そろそろ結婚したらどうだ」とか「結婚も悪くないぞ」と聞かされる。大学四年の時、友人の妹を紹介されたこともあった。そういうことは何度かあったが、「我未未熟也(私はまだ未熟者です)」と言って断ってきた。本当にそう考えていたのだし、今でもそうなのだ。こういう馬鹿者は、はっきり言ってどうしようもない。

 『たそがれ清兵衛』の告白のシーンを思い出す。不器用な清兵衛が、死地に赴く際に、幼馴染みのおなごに、気持ちを打ち明けるシーンだ。男とはああいう物である。好きなことを素直に好きというのも素晴らしいが、後ろめたさの中に黙っている恋もある。そんなこんなで、残された者に、悔いだけは残してはいけないと思うのだが。

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料理熱

 圧力鍋を買ってからというもの、お袋の料理魂に火が付いてしまった。レシピ本を二冊も買ってきて研究している。そして、訳の分からない香辛料なども入れて、調理している。美味しいのはありがたいのだが、五日のうち四日は圧力鍋で作るものを食べるようになった。いくら何でもこれでは疲れてしまう。材料費も気になる。

 例年なら、クリスマスはケンタッキーぐらいで済ましていたのだが、今年は韓国料理の鶏肉だった。名前は忘れたが、辛くもなく、うまい料理だった。なにせ、私は辛い物は駄目なのである。酒飲みだから甘い物も嫌いだが、それ以上だ。後は、熱い物も苦手である。猫舌と言うより、口の中に水ぶくれを作ってまで食べる気がしない。・・・こんな事ばっかり言っていたら食べるものがなくなりそうだが。

 一方で、愛犬の弥七君は何でも食べる。特に肉には目がないのだが、肉以外でも何でも食べる。タマネギやチョコレートなどはやってはいけないのでやらないが、トマトとか空豆とか、意外なものを好んで食べる。一番好きな果物のは柿で、母が皮をむき出すと、どこからとも無く現れる。そして皮まで食べる。

 しばらく母の料理熱は冷めそうにない。黙って美味しく頂くのだが、調理器具一つでここまで変わるとは、女性とは不思議な生き物だと感じる。

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メリークリスマス

 『メリークリスマス』と言っても、私には無関係である。一丁向かいの電飾の家を観たり、三軒隣りの犬が吠えるのを聞くだけである。でも、こんな私でさえ、小学校の低学年までサンタさんがいると信じていた。我が家のサンタさんは、お菓子だらけの靴を置いてくれていた。

 まもなく、それが両親の手による物だとは気が付いたが、それでも嬉しかった。そして、サンタさんはいると思うことにした。近所のガキ大将にナメられたら、即座に喧嘩になっていた。・・・夢がない。サンタクロースぐらい、子供が信じてもいいではないか。

 その昔、母方の実家にいたとき、クリスマスに「いい子にしているとサンタさんからのプレゼントがあるんだよな」と弟と二人で話していた。純粋な気持ちである。しかし、めざとい祖母の耳に入ってしまい、祖父が、遅くまでやっているお菓子屋に軽トラでダッシュしたらしい。おかげで、僕も弟も、次の日に喜ぶことになるのだが、経緯などまるで解っていなかった。ただただ、祖父母の愛情を感じるだけだった。感謝している。

 三十路を過ぎたこの歳になると、サンタさんに期待する物など無い。欲しけりゃ自分で手に入れるしかないからだ。そんな大人になってしまったことを、半分後悔するが、やむを得まい。俺だって本当は諍いのない人生を過ごしたかった。

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円高

 久しぶりに1$=90円前後を記録している。輸出に頼っている日本経済としては、この上なく苦しい数値だ。それに、この円高、何処まで進むのかまだ見えない。アメリカがしくじれば、円高はもっと進むだろう。私は、アメリカの産業を壊滅状態にした、BUSH大統領に、相当な責任があると思う。イラク戦争にしろ、経済対策にしろ、泥沼化して、未曾有の危機をもたらした。現実は、計算通りに行く物ではない。その上で、車のハンドルで言う、『あそび』を持った政策を展開するべきだった。世界中の人々の暮らしを目茶苦茶にした罪は重い。

 一方で、これだけ円高が進んでいるなら、海外旅行にでも出かけたい気分ではある。年末年始、どれだけの海外旅行客が出るか知らないが、去年よりは増えると思う。しかし、皆、生活が苦しく、それどころではないというのが現状である。

 為替の話に戻れば、十年以上前に鍋を囲んだ仲間から、「ユーロでも買っておけばいい」と言われた。まだユーロの導入前で、1ユーロ=70~80円ぐらいだった頃の話である。実際に買っていれば、今頃は相当な利益を得ていたはずだ。買わなかったのは何故か。

 我が家は、株とか為替で儲けるという事を極度に嫌っている。だからバブル崩壊でも、失う物は何もなかった。あぶく銭を手に入れても、所詮はあぶく。一時的に喜べても、その味を覚えてしまえば、必ず、しっぺ返しが来る。堅実に過ごすのが無難であろう。

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眠い

 眠いから寝る。

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マトリックス

 昔、レンタル店で借りてきて観たのだが、先程まで、再び、映画の『マトリックス』をTVで観ていた。昔、借りてきてみたときには酔っていたので、あまり内容は覚えてはいなかったが、改めてみてみるとこの上なく面白い作品だった。確か『マトリックス2』も面白かったが、3は駄作だった記憶がある。好みによるが。

 親友から、「あれは、結構、奥が深いんだ」と聞いて、真面目に観て、真面目に悩んだ。確か、『マトリックス2』の『ソース』に関する点で考えた記憶がある。親友達に、長々と絶望的な考察のメールを送った。反応はいろいろだった。でも、所々で出てくるセリフが、案外、奥の深い物が多く、それだけでも考えさせられた。

 同じマトリックスでも『行列』というニュアンスもある。高校生までは2*2までしか習わないだろうが、大学三年の時の制御か何かの試験で、「5*5の逆行列を求めよ」という問題が出ていた。5*5だと一つのマトリックスに25のパラメーターが入ることになる。やり方は簡単なのだが、異常に計算量が多かった。試験時間は90分。大問を一問、計算するだけで終わってしまった。他の問題もやり方は見えていたので、悔しかったが判定はAだった。

 同じマトリックスでも映画の方が全然いい。明日あたり、2と3を借りてきて観てみようかと思ってる。って、大掃除もせねば。

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空き巣

 かつて床屋で、周辺地域で空き巣が頻発していることを聞いた。が、本当だろうかと半分疑っていた。しかし、数ヶ月前、ご近所の二軒の家に空き巣が入ったそうである。気の毒に思うが、人命などに被害がなかったのが不幸中の幸いである。

 幸い我が家には入られてはいないが、相当用心深くなった。外出時には全ての雨戸を閉めている。鍵も二つあるうちの片方しか、かけていなかったのが、両方かけるようになった。地震などの災害を想定すると、鍵を多くかけるのは不安だが、その時はその時である。

 また、犬を飼っているというのも大きいかも知れない。愛犬の弥七君がワンワン吠えているだけで、相当な予防効果になっていると思う。とはいえ、家には盗んでも価値のある物など無いのだが。

 空き巣の被害には遭っていなくても、数年前に三百万相当の車を盗まれた。やったのは間違いなくプロの集団で、ロシアか東南アジア当たりに流れていったと思う。生前の親父が、朝起きて駐車場に行ってみたら無かったらしい。警察も、お気の毒に、という感じで対処してくれなかった。「TVのニュースなどで、五十万盗んだらニュースになるのに、なんで泣き寝入りしなきゃいけないんだ」とよく言っていた。特に四駆が狙われていたようである。現在、その駐車場はガラガラである。もはや駐車場として機能していない。仕方のないことだ。

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姦通罪

 今日、blogのネタに困りながらぼんやりTVを観ていると、韓国のトップ女優が姦通罪(夫を持つ女性が不倫したりした場合などに科せられる)を食らったとのこと。執行猶予付きだったが、これは女性についてのみのケースなのか。昔の日本などでもあったという。もし女性のみならば、田嶋良子先生の出番である。あんな我が儘な人もいないが。国会議員になってもすぐに放り出してしまったのは、大橋巨泉氏に通じる。共通する点は、自分の思い通りにならなければ気が済まないことだ。討論番組にも最近は出てこない。視聴率が下がるからだろう。大体、フェミニズム論というのは究極のところで行き詰まってしまう、という見解を外国の女性研究者が出したと聞いた。男女とはコインの裏表、どちらが偉いとかいう問題にしてはいけない。

 姦通罪について考えてみると、石田純一氏を思い出す。かつて、「不倫は文化だ」とまで言い放った男である。彼は自分にどれだけ自信があるのかは知らないが、もし、姦通罪が適用されれば、無期懲役であろう。そして、そこで初めて男に目覚めるなどというくだらない連想ゲームをしていたのだが、離婚とは罪である。

 私が子供の頃、夫婦ゲンカがあると、弟と一緒に泣いて止めに入った。親が離婚するというのは子供には耐え難いことなのだ。親の温もりを知らずに育った少年・少女は必ず心に傷を持っている。死に別れも辛いが、生き別れの方が辛いのではないか。

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気まずさ

 親父が亡くなってからというもの、月当たりのガソリンの消費量が、4000円以下となった。私はいつも買い物の足になっているだけで、趣味めいたドライブはしてはいない。それでも、車の操縦が好きなので、気軽に引き受けてしまう。たまには飛ばしたいのだが。

 現金で払うようになって、ガソリンスタンドの横を通る度に、値段をチェックするようになった。現在は、自宅周辺で最も安いと思われるスタンドで、セルフで入れている。前の顔なじみの店にもセルフはあったのだが、気を遣って店員さんに入れてもらっていた。そこで、今更、セルフで入れるのは、あまりにも気まずい。

 しかし、セルフで入れる場合、ある程度、車の知識が必要になってくる。車検とか定期点検はディーラーに任せればよいが、エンジンの水抜き剤を入れるタイミングなどは得てして忘れがちだ。タイや周りやエンジンルームの点検なども疎遠になる。車に素人の方などは、上の条件で車を傷めていやしないか。動けばいいってものじゃない。たとえばワイパーのゴム一つ取っても、ガラスを痛める場合もある。

 これからもセルフのガソリンスタンドを使って行くつもりだが、メンテナンスには気を付けたい。って、セルフのガソリンスタンドでガソリンを入れる場合、どこまで限界に近く入れられるかって、勝負しません?・・・俺だけか。 

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ATOK派

 コンピューターの日本語入力システムには、主にATOK(Justsystem社)とマイクロソフト社のIMEがある。現在のIMEのレベルは解らないが、最初のうちの変換機能がひどかった。私はあくまでもATOK派である。たとえお金を払っても、こちらの方が使い勝手がよい。これは単に、慣れであり、IMEの使い方を覚えるのが面倒だからかも知れないが。それ程初期のIMEはひどかった。しかし、たとえATOKでも、何でこんなに馬鹿なんだ?と思わされることはある。私が漢字などを間違えるのは、間違いなくATOKのせいである。

 漢字の間違いは、同音異義語で顕著である。こればかりは仕方がないことなのかも知れない。文節ごとに変換すると、コンピューターに解らないのも仕方がないだろう。だからといって、長い文章を打つのも、漢字を間違えるリスクが高い。

 矛盾しているのだが、私はワープロソフトはマイクロソフトのWordを使っている。表計算もExcelを使う(ほとんど使わないが)。ATOKは認めても、一太郎は使えないと思っている。だから、Word&ATOKもコンビで使っている。背信行為なのだろうか。

 ATOKのいいところは、類義語辞典で同じニュアンスの言葉を調べられる点にある。文章を書く際に、同じニュアンスの言葉を、同じ単語で書くのは駄目である。その際に類義語変換は役立つ(と言っても外れも多いが)。類義語は主に意味の確認に使っている。

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家電がアホみたいに安い

 先日、ぼんやりとTVを観ていたら、家電が異常に安いとのこと。理由はよく知りなどしないが、画面では本当に、アホみたいに安かった。これを知った私は、母に、家電量販店に行ってみないか?と誘った。洗濯機と掃除機と炊飯器がもう寿命で、壊れかけていたからである。母は行ってみたいと言ったが、ネットで買える物はネットで買うことにした。ネットでの買い物は、TV三台、炊飯器、コンピューターである。今使っているコンピューターもそろそろ寿命だろうと読んだ私は、安いうちに次の物を買っておいた。そこそこのスペックで七、八万程度だったと思う。TVはTVで、自室、台所、母の寝室用に買った。ここで私は、TV代とコンピューター代、併せて十五万ほどを支払うことになるのだが、それにしてもこの安さは尋常ではない。無論、SONYのものは買わない(過去blog 『ソニータイマー』参照)

 家電量販店で、母は洗濯機が55000円で買えていたことに驚いていた。掃除機は27600円と、それ程安くもなかったが、母はルンルンモードに入り、冷蔵庫(65000円)まで買っていた。昨日、届けに来たので、私は車を移動させたが、まだ眠たかった。

 私は家電量販店のカードに付くポイントだけくれと言って、パソコンのソフトを観ていた。今回はOffice2007への格上げと、新しいATOKが欲しかったのだ。また、新しいパソコンに向けての準備用のソフトも買った。払った金額は200円程度である。

 母があまりの安さに感激していたが、「今度はエアコンも買いに行こうか?」とのこと。寿命のエアコンが一台あるのだが、あまり欲をかくとロクな事が起きない気がする。それにしても、何でこんなに安くなったのだろう。ただの在庫処理だけでは合点がゆかない。

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書きたいこと

 書きたいことと書けないことは同じような物である。

むしろ、書きたくないときに書く方が罪は大きい。

なぜならば、庶民的文学など日記のような物だからだ。

己の鬱憤を晴らすために書かれた本など読みたくもない。

これは古今東西、作家のエゴである。

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元を取る

 三年か四年前、奈良・京都と旅したとき、平等院に寄った。側に、駐車場があったのだが、少し駐めておくだけで、700円取られた。暴利も甚だしいと思ったが、黙って払った。夕方に着いたので、平等院の詳しい説明も、一番最後の組だった。

 で、駐車場に戻ると、私は京都のマップを取り出し、駐車場の若い人に、「京都で安い駐車場はありませんか?」と質問した。車中泊の旅だったのである。すると、丁寧に教えてくれた。日もかげり、薄ら寒い中で、懐中電灯を持って来てまで教えてくれた。駐車料金分の元が取れたどころか、二時間ぐらい喋っていた。その人はバイトなのかどうなのかは知らないが、駐車場の誘導など暇なのだろう、熱心に教えてくれた。

 話のついでに、「宇治の焼き物はどこら辺がメインなんですか?」と聞いたら、「もう少し東だ」とも教えてくれた。昔、友人が、宇治で、趣味に焼き物を習っていたことを思い出したからである。

 京都の穴場の駐車場を聞いて、そこで何泊か車中泊したのだが、一日700円だった。夜は車に戻って眠り、日の出と共に目覚める。そして、電車やバスで移動する。そういえば、京都の見所も聞いていた。京都御所の特別展示なども聞いていたので、行ってみたら、歴史を思い出しながら、眺めている自分に気が付いた。二条城でもそういう気分になったことはあるが、700円で、地元の方から穴場を伺えるのは大きい。

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たこ焼き

 こないだ、久々にたこ焼きが食べたくなって、店で買って食べてみた。たこが昔よりも小さくなっているのにショック。まあ、美味しく召し上がった。しかしたこ焼きとは不思議である。定義がよく解らないのだ。一概にたこ焼きと言っても、千差万別である。

 お袋が関西のせいか、我が家で作るたこ焼きとは、いわゆる明石焼き風だった。関東のたこ焼きに比べて、卵焼きのような印象を受ける。それをソースをつけてからダシに入れ、食べたものである。ダシ自体も味は良かったが、味付けはホンダシか何かだろう。

 神戸のセンター街の店で、明石焼きを食べまくった記憶がある。食べ方は同じだった。お袋曰く、それが通の食べ方だそうだ。卵焼きにタコを入れた感覚で、ダシで食べるのもなかなかよい。

 大阪に遊びに行ったとき、道頓堀で日本一のたこ焼き屋があったが、まずかった。私は名神の吹田SAで売っているたこ焼きの方が好きだ。去年、親父に勧めて、親父が旨そうに食べていた記憶がある。あの頃が懐かしい。あれが関西風たこ焼きなのだろう。

 関東には油で揚げて、食感を良くするたこ焼きがある。冷めたら食べられたものではないが。それにしても、たこ焼き屋がタコを小さくしたらすぐ解るのは何故なんだ。

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擦り傷なのか?

 昨日未明、酔っぱらってベッドから転げ落ち、頭を割った。出血が止まらないので、母に知らせたところ、縫わなければならないかも知れないとのことで、救急病院にタクシーで行った。朝方だったこともあり、病院は混んではいなかった。タクシーの中では、手ぬぐいで、傷を押さえながら向かった。来院して数分、私の名前が呼ばれた。医者はただの擦り傷で、頭を洗ってもいいと言った。ただ、頭痛や意識が無くなったりするようならまた来なさい、と言われた。消毒してもらい、帰ったのであるが、これは私が悪い。

 坊主頭だから目立つだろうな、と考えてはいたが、何分仕方がない。傷がふさがって、元に戻るのを待つだけである。でも、転倒の割に、浅い傷で済んだのは親父のおかげかも知れない。親父が抗がん剤治療で、髪の毛が抜けたときの帽子をかぶっていたのだ。

 それにしても、久々に間抜けな怪我をした。酩酊状態で怪我をしたのは久しぶりだ。でも、何故かいつも軽傷で収まっている。ご先祖様パワーなのかも知れない。多分、見えないところでいろんな人達に守られているのだろう。感謝である。

 そうそう、今の整形外科会では、傷を消毒するのが必ずしもいいとは言えないのではないか、と聞いた。私は、昨日、あっさりと消毒されてしまったが。母親の主治医の話していたことである。

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招き猫

 何のきっかけからか、私は招き猫が欲しいと思った。一般的に売られている小判を抱えた物では、仰々しすぎるので、アンティーク物の陶磁器の物を探した。一軒目の百貨店では在庫がない上に、取り寄せも出来ないとのことだった。それで、やむを得ず、別の百貨店に行った。あった。現品限りと言うことだったが、手に入れられたのは嬉しい。NAOというメーカーの製品で、少しやんちゃな顔ををしているところがいい。けれど、首には大きなリボンを巻き、威厳すら感じさせる面もある。ペットと同じで、愛着が湧く物だ。

 私はペットを選ぶ際も少々やんちゃなものを選ぶ。愛犬の弥七君はやんちゃすぎる面もあるが、何よりやさしい。犬って何でも解っているんだなと、その後思い知らされた。でも弥七君は何でも食べる。肉が好物なのだが、トマトとかサツマイモでも食べる。食欲欲旺盛なうちは元気だろうと、安心する。というより、彼から食欲を取ったら、ただの犬であり、それは健康ではないということになってしまう。こないだ仏壇のお供え物を食べようとしたので、頭をひっぱたいた。

 さて、招き猫。弥七君と比べると威厳がありすぎる。現在は宝くじの上に乗っかっている。宝くじは私と母とで割り勘で買った。もし当たったらなどと皮算用をしてしまうのだが、賞金は折半で、家の改築に1500万ずつ出そうということになっている。母は後は弟のローンに充てるとと言っていた。こんな切なる思い、招き猫よ、かなえてはくれないか。

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笑う門には福来たるとは

 諺で『笑う門には福来たる』と言っても信憑性がない。しかし、これは事実なのだ。どんなに苦しい場面にあっても、笑っていれば福が来る。これも本当なのだ。考えてみて欲しい。凶悪殺人者のほとんどの表情はくすぶんでいる。私が昔やった実験を語る。

 ETCが、まだ、それ程、普及していない頃、私は、あえて、料金所のおっちゃんに挨拶することにした。するとものすごく好意的だった記憶がある。みんな「ありがとう」とか「おおきに」と言って迎えてくれた。ここに秘密がある。

 仮に、みんながみんな、こういう習慣をつけたらどうなるだろう?おっちゃん達の精神衛生上にもいいし、何より気持ちいい。挨拶を挨拶で交わす。素晴らしいじゃないか。

 『笑う門には福来たる』とは、みんなが快適に社会生活を送るための条件なのだ。明るく笑う人は憎まれない。どころか、それだけで他の人も幸せにする。他の人も幸せにするということは、巡り巡って自分を幸せにする。社会に活気が出るということだ。

 最近、新聞の社会面を見ると辛い記事ばかりが載っている。もちろん、被害者の方も気の毒だが、全国民が哀しんでいる。『笑う門には・・・』などと書いたが、そうも言ってはいられない世情を危惧する。

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不景気すぎる

 先程、仲のいい友人から電話をもらった。何でも、圧力鍋を買うか買わないかで迷っているとのこと。奥さんも忙しいし、買ってあげたらどうだと伝えた。それ程、味が落ちるわけでもないし、便利なことこの上ない。カレーが一分で出来るのだ。

 しかし、世の中は不景気である。友人の知り合いの会社もボコボコ倒産しているそうだ。この不景気は来年には、もっと悪化するそうである。もっと多くの企業が潰れるとか。私の弟も、未だにボーナスをもらっていないそうである。それでは困るのだ。

 友人は、私の父が亡くなったときに来てくれたが、最近は「笑う門には福来たるだぞ。解っているとは思うけれど」と励ましてくれる。そして、凶悪犯罪が続く中、「犯人はどいつも駄目な顔しているだろ。笑っている人はあんな事はしない」と言っていた。

 それにしても、この不景気でどれだけの方が困っていることだろう。政治には期待できない。友人の読みでは、この不景気は短くて三年、下手したら十年は続くだろうとのこと。私はもっと時間が掛かると思う。余りにも不景気すぎるからだ。

 海外市場が頭打ちになったら、国内のメーカーなどはどうするのだろう。21世紀はアジアの時代だとは解ってはいたが、どうなる事やら。北京五輪が終わったら大不況が来たなあ。

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親父亡き後

 親父亡き後、いろんな悲しみがあったが、囲碁・将棋を指す相手がいないというのも残念だった。前に公約した通り、将棋盤は弟にやるつもりだった。でも、弟は、いくら形見分けと言っても受け取らなかった。親父と割り勘で買った物だ。

 現在、我が家には将棋盤と、親父が形見分けに頂いた囲碁番がある。これらが現在眠ってしまっているのだ。売る気はない。しかし、相手のいないゲームだと思い知らされればされるほど、親父と指していた日々が懐かしい。もちろん、二人とも素人なのだが。

 それにしても囲碁・将棋盤がかわいそうである。私に子供でもいれば速攻で手ほどきするのだが。・・・親父との、囲碁・将棋では賭けることはなかった。その代わり、我が家のみの名人戦などをやっていた。それでも充分に楽しかった。

 通算では親父に負け越していると思う。囲碁は置き碁だったし、将棋でも苦戦した。お互い酒を飲みながら指す。置き碁の場合圧勝することもあったが、将棋はいつも、お互いに考え込んでいた。私の将棋の勉強法は、新聞の将棋欄を頭の中で動かすだけである。これでは強くはならない。やらないよりはマシぐらいである。

 お互い余り差がなかったので楽しかったのだと思う。お互いに新戦法のつぶし合いだった。新戦法とは言っても、飛車を振るか振らないか程度である。それでも私にはとても嬉しい時間だった。親父の帽子をかぶりながら、しみじみと去りし日を思う。

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う~む

 今日は忙しい。blogを書く時間がない。

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ユースとお酒

 今時のユースホステルはお酒が売られたりしている。私も大いに利用した。と言っても、たしなむ程度であるが、中には本当に泥酔してしまう方もいるようだ。

 北海道のあるユースでのことだが、ミネラルウオーターのVolbicのペットボトルに焼酎を忍ばせて飲んでいる人がいた。そのおっちゃん、酔えば酔うほど、大声になっていた。相部屋のおじいさんがかわいそうなので、様子を見に行った。おじいさんはチャリンコで回っているのだが、もう八十近い。するとそのおっさん、「いわゆる後期高齢者ですな」と言ったので、私はおっちゃんのおでこをはたいた。そして、おっちゃんに長生きの秘訣を語った。それは嘘をつかないことである。おっちゃんは焼酎を持ち込んでいるだけで嘘をついている、と言った。

 おじいさんがかわいそうなので、おっちゃんを下の談話室に連れて行った。そして、おっちゃんに、「柔道とかやったことはないのか?」と聞いたら無いという。そして私は、「おっちゃん、剣道とかと一緒で、酒にも段がある。おっちゃんは酒道10級だ」と言った。

 おっちゃんは、「お前は俺の息子の様なことなことを言う。面白い。どこに住んでいるんだ?」と聞かれたので、「答える気はない」と冷静に言った。するとおっちゃんは、「俺は(愛知県の)豊田市からきたMというものだ」と語った。いい加減おっちゃんにつきあった後で、トイレだと言って、こっそり相部屋のおじいさんを観てみると熟睡していた。安心して、戻り、おっちゃんに、絶対起こさないことを約束させて別れた。その後、事なきを得たのだが、ユースのマナーとして、最低限、同部屋の人に迷惑を掛けてはいけない。

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料理の革命

 先日、母が頼んでいた、通販の圧力鍋が届いた。確実に味が落ちるだろうと読んでいたのだが、今晩のカレーを食べて妙に納得した。味はさほど悪くない。少し緩い気もしたが、それまで十時間煮込んでいた母の苦労を考えると、たった一分なのである。

 新婚当初、母は圧力鍋で大失態をやらかのだ。ビーフシチューを作ろうと思って煮込んでいたのだが、フタを開けた瞬間に飛び散ったらしい。それがトラウマとなって母は圧力鍋には手を出さなかった。その代わり、鍋とかフライパンとかが増えていった。

 圧力釜と言えば沸点を上げているのがミソだが、私はよくは知らない。圧力を上げると何故早くできるのか考えるのも面倒くさい。従って、詳しい仕組みは解らない。

 母曰く、「明日は豚汁、次の日はホワイトシチュー、次の日は・・・」って圧力鍋で出来る物ばかりである。煮物が作れるのもやっかいである。まあ、母が楽になるのなら何も言うまい。

 母の労力を考えるのもいいが、ガス料金が少なくて済む。味には納得がいった。十時間煮込んでいた物が一分になれば資源の節約にもなる。・・・と、この圧力鍋、長持ちしてくれればいいのだが、そうでない場合は困る。母には、「取説を充分読んでから使った方がいいよ」とは言っておいたが、この圧力鍋ブーム、いつまで続く事やら。

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安らかな

 明日のために安らかな睡眠を取りたい。だから、今日はblogを書かない。

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また新年会幹事かよ

 せめて今年くらいは誰か他の奴にやってもらいたかったが、今年も大学時代の仲間の新年会の幹事をすることになった。高校の方は、前年、一番遅く来た奴が次の年の幹事をやるということになり、今回は、私以外の奴がやることになっている。

 幹事といっても、メールを回すだけなのだが、私を含めて八人の都合を合わせるのは厳しい。去年も書いたかも知れないが、みんな異なる職で、予定を合わせるのが難しい。二ヶ月前に予定を組む。最大公約数的になってしまうのだが、そこを何とかするのも幹事の仕事。

 メンツが揃ったら、この上なく面白い会となる。向上心の強い面々が、本音で語り合う。一つの話が昇華して、五にも六にもなる。この上ない興奮が場を包み、容赦のないツッコミと思いやりが舞い踊る。お互いに高め合う飲みとは最高である。

 メールの返信を見てみると、みんなが好き勝手なことを言う。やってられないと思う中で、あの興奮のために、必死コに努力する。先週の土曜日にメールを出したが、今のところ感触は悪い。煮詰めるまでには、もう二知恵ぐらい必要な様子である。

 夏の集まりは私の父の事もあり、中止になった。今度こそは上手く行くことを望む。

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喪中のハガキ

 先程まで喪中のハガキを書いていた。いつもの年賀状は、写真付きで、くだらないことを書く。初笑いをもらうためにだ。

 喪中のハガキを書くのは疲れる。年賀状なら、写真からいろんなアイデアを受け止め、好き勝手なことを書いていた。しかし、喪中のハガキはただただ住所と名前を書くのみである。単純作業でやってられない。とはいえ、親父が他界したのだから仕方がない。

 喪中のハガキを書いているうちに涙がこぼれた。親父の死に際を思い出したが為である。齢六十四、せめて七十までは生きていて欲しかった。どうやら、我が家はこれから葬式ラッシュになる可能性が高い。祖父も祖母も長く生きた。

 父方の祖母には会いたくても会えない。親父が死んだことが解ってしまうからだ。なんだか嘘をついているような感覚が拭い去れない。ばあちゃんには会いたいけれど会えないのだ。認知症でも、息子が早死にしたことは解ると思う。それを伝えるのは酷だ。

 親父という大きな知恵袋を失った私は、毎日もがいている。辛いときには寝る。そう書いている今も、哀しい。

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男って奴は

 『男って奴は』と言えば、当然、森進一の『冬のリヴィエラ』を連想する。ここでは慕う女との別れが、やむなくやってきて、男は悲しみに明け暮れるのだけれど、何も言わずに我慢するといった設定である。

 (女性もそうだろうが)男は車をスッたり、ぶつけたりすると、限りなく落ち込む。私の場合、家の車庫が極端に狭いので、その際の事故が九割を超える。亡き親父もぶつけた。それが予想できたので、汚れが目立ちにくく、傷も目立ちにくい、シルバーの車にした。

 何せうちの車庫は入れにくい。坂になっていて、横向きからハンドルを切りながら入る。その上、狭い。ディーラーの方も、「難しい車庫ですね」と言っていた。それでもスるのは屈辱なのである。まあ、今はもう、車庫の勝手を知ったるものだが。

 今日、タッチアップペイント(車の色のペンキ)を購入して塗ってみた。「お前こんなところも傷ついてたのかよ」となだめながら塗ってみた。より一層の愛着が湧いた。ウインカ-のところもセメダインで上塗りした。一応、傷は覆えた模様。すまなんだことをした。

 次回洗車機に掛けるときにどうなるかが解らないのだが、今日はディーラーの顔見知りの方がクリスマスにとクッキーをくれた。家に帰って賞味、案外美味しいのである。

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