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秋の日の・・・

 この時季には夕方というものがない気がする。太陽があっという間に沈む。まさしく、「秋の日はつるべ落とし」である。少しセンチメンタリックにもなったりする中で、体調が優れない。「つるべ落とし」と言っても、笑福亭鶴瓶が落ちるわけでもない。鶴瓶が落ちても別にかまわないんだけれど、「つるべ落とし」のつるべは、昔の井戸から水をくみ上げる際に、定滑車でバケツが二つある井戸で、水をくむバケツがスルスルっと勢いよく落ちていたことに依る。

 秋の日といえば、ジョージ・ウィストンの「Autumun」というアルバムも思い出す。僕が好きなアルバムであるが、中でも三曲目か四曲目の「longing」という曲が好きだ。この曲を聴くと何故か、事故死したA・セナを思い出す。今ではマスコミに使われすぎてしまったが。

 秋の日の憂鬱を表すものとなると、当然、ヴェルレーヌである。上田敏氏の訳の「秋の日の、ヴィオロンの、ため息の、身にしみて、・・・」と独りでに呟く。抒情詩人としてのヴェルレーヌは私には欠かせない。「山のあなたの、空遠く、幸いすむと人のいう・・・」も私は好きである。ヴェルレーヌを訳した上田敏氏の海潮音もどこかにやってしまった。学生時代から、秋の憂鬱をこらえるために読んでいたのに。「山のあなたの」の『あなた』は中学生の頃は貴女と勘違いしていた。ここで言うあなたとは、「はるか彼方」の彼方に似ているかも知れない。もう少し、上品だが。美しい日本語だと思う。で、ヴェルレーヌと言えば、当然、ランボーの狙撃事件である。ランボーと言っても、怒ってアフガンに行った方のランボーではない。A・ランボーであり、こちらも珠玉の作品が多い。私に言わせれば、ヴェルレーヌと遊んでいた頃のランボーが、一番脂がのっていたように思う。詳しいことは映画、『太陽と月に背いて』をご覧あれ。二人のことが一番手っ取り早く解る戦法である。

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