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2008年8月

宿題で徹夜

 中・高生時分の私は、この時季ひたすら机に向かっていた。言わずもがな、夏休みの宿題をこなすためにである。二日二晩は徹夜というのが当たり前だった。時には右肘が腱鞘炎を起こすんじゃないかというくらい、書きまくった。何でこんなに頑張ったのか。

 小学校までは、余裕で一日でこなせる宿題ばかりだった。困ったことといえば、絵日記で、過去の天気が解らなくなってしまうことだった。今ならばネットで簡単に調べられるだろう。小学校までは宿題らしい宿題なんて無かった。それが中学に入ると激変する。問題集をここまでやってこい、というような宿題ばかりだった。中一の時、小学生の時と同じ要領でやっていたら、九月までに間に合わなくなり、最初の授業で、五十人ぐらいいたクラスの中で、宿題をやってこなかった十数人が立たされた。私も入っていたのだが、あのミジメな感覚というのは私の心のトラウマとなった。見せしめにされた屈辱感というものは消えない。宿題をやってこなかった私が悪いのだが。

 しかし計画的にこなすのが苦手な私は、相変わらず一夜(三夜)漬けでやっていた。体力もあったから少々寝なくても平気だった。夏休みの最後だけ必死で机にかじりついていた。真剣に観ていただいた英語の先生の宿題は、問題集一冊だったが、私はほとんど丸写しにした(それでも相当根性がいる)。見せるとき、私はしかられるのを覚悟していた。下を向いていたが、先生は私のノート三冊にハンコを押してくださり、「お前はいつか必ず伸びる」とおっしゃってくださった。意外だったが、その予言が当たったかどうかは解らない。

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面倒だろうけれど書け

 第二回全国学力テストが行われたと聞く。PISA(国際的な学力テスト)を意識してか、出題の範囲が幅広く、去年より結果は落ちたとか。私立の活躍が目立ち、二極分化が進行中であることを思い知らされる。特に読解力が落ちたという分析には、携帯電話の存在が潜んでいる。『K.Y(空気が読めない)』などと言いながら、実際に人とふれあっていないから、単なる悪口になってしまう。言った本人が一番空気が読めてはいないのではないか。それ位、人を傷つける言葉でもある。バーチャルではなくてリアルで勝負しろと言いたい。

 学力テストで、授業中に私語が少なく落ち着いている学校が好成績を修めたとのこと。こんな事は当たり前である。本を音読できない奴が黙読できるはずはない。私の塾講師時代にも、出来る生徒は物静かだったし、決められた時間を有効に使っていた。私が目に掛けた生徒は何人かいるが、他の塾に通わせた方が伸びるんじゃないかという疑問を抱えながらいつもやっていた。これは、教える自分に自信がないわけではなく、教材のレベルが低すぎたのだ。そんな子には、私材をはたいて難しい問題集をやらせていた。

 ある生徒が中三になったときの夏期講習で、同じ中学で同じぐらい出来た女の子がいた。女の子の方は私の担当ではなかった。担当講師は、その女の子には、夏期講習用のテキストの英訳を、口で言うだけで済ませていた。同じか、それ以上の実力を持っていた私の教え子にはそれを許さなかった。訳を全部書かせた。「納得がいかないなら、俺を驚かせるくらいの訳をしてみろ」と言った。もちろん意味があるからそうさせたのである。英訳一つとってもいろんな訳し方があるし、どんな問題でもナメてはいけないということを知って欲しかったのだ。彼は文句一つ言わずにこなして、本番では満点を取った。

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仏壇一つとっても

 線香を求めて仏壇屋に行った。様々な種類があるので迷ったが、店員のお薦めのものにした。その後、現在、仏壇の購入を検討中との話をしたら、いろいろと説明してくれた。何でも仏壇とは、お寺をイメージしているとか(私の家の宗派だけかも知れないが)。仏教的な解釈を講義していただいた後、いろんなものを紹介されたが、漆塗りで金細工のものなどは優に百万を超していた。

 そういえば、母方の祖父の実家にある仏壇は、それだけで家が一軒建つぐらい立派なものだと聞いたことがある。仏像も素晴らしく、やはり、家一軒分の価値だとか。つまり仏壇と仏像だけで家が二軒建つことになる。亡き曾祖父が購入したものらしいが、これには驚いた。同時に、昔の人は信心深いんだな、と感心もした。

 昔の家には必ず、仏壇と神棚があった。ある坊主の説法で、仏壇は身内のご先祖を、神棚は、日本人の遠い総合的なご先祖を祀っていると語っていた。そして、「仏壇、神棚がある家に育った子とそうでない子とは、将来が大きく異なる」とも言っていた。これは当たり前だろう。先祖を祀り、畏敬の念を抱きながら育つ場合と、そうでない場合とは、将来の人間形成で大きな差が出るに決まっている。それが何代にも渡って続けば計り知れない違いとなる。私たちの抱える様々な問題や、様々な悩みなども、実はこうした些細な事から始まっているのかも知れない。仏に限らず、人など、何かに帰依しなければ生きてはゆけないものなのかも知れない。

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散歩

 母が「外に出たくない」と言いだしたので、父の亡くなった反動が来たなと思った。丁度、一昨日から最寄り駅まで、片道だけ歩くことを日課にしていた私は、母に、「一緒に散歩にでも行こう」と誘って、無理矢理一緒に連れ出した。私はリュックにお茶を二本入れ、母のペースに合わせて歩いた。陽は出ていたが暑くはない。

 まもなく、母がお茶をくれと言った。渡すとゴクゴク飲んでいる。「一辺に飲んだらバテるよ」と言って、また歩く。通り沿いにある、様々な昔の思い出を話しながら歩いていた。私は体力作りと、街の観察のために歩いているのだが、母にもいろいろと用事がある。

 坂を下り、登り始めると、母のペースが落ちたので一休みした。私は一服して、母は座っていた。一段落ついて緑の中を歩く。吹き抜ける風が気持ちいい。平坦な道に出てまた休憩。結局、一時間位で着いた。駅近辺では目的が違ったので、待ち合わせ場所を決めて個別に行動した。その後、花屋に寄ってバスに乗る。おふくろが笑っていたので、私は、「たまにはこういうのもいいでしょ。帰って風呂に入ってから食べるご飯が最高に美味しいんだ。よく眠れるしね」と話した。母はここのところ、親父の事でバタバタしている夢ばかり見ていて、よく眠れていない様子なのである。

 帰宅して、食事が終わり、母がボソッと言った。「実はね。一回目の休憩の時によっぽどバスに乗ろうって言おうと思っていたんだよ」と。丁度、その頃、私は、「バスに乗りたいと思ってはいけない。バスはいいなあ位に考えるんだよ」と言っていた記憶がある。何はともあれ、母もいい気分転換が出来たみたいだし、久しぶりに食事らしい食事を採ったと言っていた。疲れただろうけれど、いい気分転換にはなったみたいだ。「三日に一回は歩きたい」とも言っていた。

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爪のささくれ

 数日前、左足の親指の爪を手で刈っていたとき、ささくれが出来てしまった。ほっとこうか、引っこ抜こうか迷った挙げ句、引っこ抜いた。こういう場合、私は99%引っこ抜くタイプである。すると、思いの外、痛かった。血が出てきて、『またやっちまった』と後悔した。

 仕方がないので、傷口を洗った後で、イソジンを浸したティッシュを絆創膏で巻き付ける。痛みはなかったのだが、化膿することを恐れて、しょっちゅう交換していた。そのうちに、棚の奥からヨードチンキが見つかったので、こっちの方が強力だろうと、塗っていた。私の左足の親指は、肌色ではなく褐色になっていった。

 何でささくれ一つでこんなに警戒するかというと、特に足の場合、何もせずにほっておくと、バイ菌がどんどんと傷を悪化させ、周りが腫れだし、最悪、『ヒョウソ』と言われる病名の状態になってしまい、こうなると爪を割って治療するしかないのである。これが異常に痛いらしいのだ。私はなりかけたことはあるがなったことはない。

 治りが悪いので、近所の病院で観てもらったら、治る見通しとのことで、抗生物質と軟膏を頂いた。普段、サンダルを履いているので、絆創膏でがちがちに固める。で、先生に、「イソジンとヨードチンキってどっちが効くんでしょうか?」と聞いてはみたが、「難しい質問だなあ」とおっしゃっていた。・・・でも、どうして、ささくれって、解っているのにはがしちゃうんでしょうね?

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友、遠方より来たる

 『友、遠方より来たる』といえば、喜んで招き、学を深めあうというのが本来の意味であろう。昨日は大学時代の友人数名が、親父の位牌にお線香を上げに来てくれた。遠く忙しい中、ありがたいことこの上ない。駅までの送迎とビールをごちそうした。きっと、親父も私の友達が賑やかな方が喜ぶに決まっている。

 友人達は合掌してくれた後で、私の今後についてまで話し合ってくれた。お酒が入っているから賑やかだったが、草加駅前の飲食店『katsu』の店長にインスピレーションが走り、素晴らしいアイデアを提供してくれた。私はその路線で前向きに考えているし、皆でアイデアを出しまくってくれた。今日から動くつもりだ。

 みんなを送っていった後で、帰宅し、おふくろにその話をすると、笑って喜んでくれた。詳しい話は出来ないが、私はこれから毎日、最寄り駅まで歩くつもりだ。頭ばっかり使っているのではなく、体も動かす。『健全な肉体に健全な精神は宿る』・・・今まで、運動する時間があったら読書や音楽鑑賞などの自分の趣味にあった事柄に時間を使いたいと考えていたが、何事もバランスは重要である。

 どこまで出来るかは解らないが、前向きではいたい。『katsu』の店長はこう言った。「おまえは持病があるかも知れないけれど、それはそれだけ悩んできた証拠だ。だからおまえだけに解る事も多いだろ」と。・・・自分は勇気と決断力と元気を養うつもりだ。

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友情

 先日、行きつけの床屋の若マスターがお線香を上げに来てくれた。仕事明けだったこともあり、簡単に話を済ませた。今日は、私の大学時代の友人数人がお線香を上げに来てくれる予定。遠い中、非常にありがたいことである。改めて友情を感じる。

 本来ならば、今日は草加駅前の『katsu』でみんなで集まる予定だった。自分抜きでやってくれと頼んだのだが、取りやめになった。身内の不幸とはいえ、みんなに申し訳ない。また落ち着いたら集まりたいものだ。

 親類のみの葬儀(生前の本人の希望)だったので、友人に知らせるのが遅れた。また、伝達手段としてメールを利用したことも失礼だと思っている。何人かの友人からは返信があり、いずれも励まされるものばかりだった。忙しい中、非常にありがたいことである。

 これらの友情に報いるためには、私がしっかりするしかない。まずは出来ることから始めて、母を手助けしたい。自分としては、ステップ・バイ・ステップでやっていくつもりだ。

 『喪』の感覚は当分消えないだろう。一生消えないかも知れない。それならば、私は、神からの『さまざるなる試み』を受けるしかない。現在、相当、まいってはいるが、必ず乗り越えられると信じている。

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喪の感覚

 『喪』の感覚が止まらない。何をするにも充実感がなく、すぐに疲れ切ってしまう。かつて、父から指摘された事があるので、ため息こそつかないが、自分自身がよく解らなくなってしまう。なんとか、この感覚から抜け出したいと、必死でもがく。

 家にいるのも嫌だったので、昨日は行きつけのバーに独りで出かけた。土曜日のせいか、異常に混んでいた。カウンターが空いていなかったので、個室みたいな所で適当に飲んで適当に食べる。行き交う車や人を、窓越しに眺めながらぼんやりしていた。お酒なんかで、『喪』の感覚が無くなる筈がない。

 その後カウンターに移り、つぶれるまで飲んでしまいたかったが、店に迷惑を掛けるわけにもいかない。適当なところで切り上げて、勘定を済まし、外に出る。雨降る中、いつまでもそうしていたかったが、適当なところでタクシーをひろう。家に着き、シャワーを浴びて着替えを済ませ、ソファーに横になる。『喪』の感覚が取れない。

 先程、目覚め、起き上がる。最初に考えるのは、父がもういないという現実。いつまでこんな感覚が続くのだろう。blogにも身が入らない。駄目だこんなの。

 父に線香をあげに行く。

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私は変ワル

 父の葬儀までは気が張っていたのだろう。落ち込むことはなかった。僕は涙もろい方だから、父の葬儀で泣いてしまうのではないかと考えていたが、涙は出てこなかった。自分が泣いたら、全てが終わってしまう気がしたし、泣いている人を励ますことも出来ない。辛かったけれど、人前で涙は見せられなかった。

 父がお骨になってから二日ほど経って、強烈な寂寞感がおそってきた。誰かに相談したいとは思っても、誰もいない。・・・こういう時、私は父に相談していたのだ。父はいつも相談に乗ってくれた。これからは、私がそういう存在にならなければならない。

 父・・・父には迷惑しか掛けてこなかった。いつも家族の防波堤になってくれた。せめて、生きている間に恩返しをして、喜んでもらう顔が見たかった。申し訳ない。

 ベランダから夜空を眺める。・・・父は、どの星なのだろうと勝手に決め込む。

 遺影と位牌を前にして、変わりますと誓う。

 すぐには無理かも知れないが、私は変ワル。

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テスト

テストランです。

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Case.M

 『Part.M』として一年と少しばかり続けてきたblogのデータが消えてしまった。 毎日書いてきたので記事数は520件を超え、総アクセス数も一万八千ぐらいまで行っていたのだが、全て消えてしまった。現在、『Part.M』に入ろうとしても入れない。@niftyの対応も悪い。こちらがバタバタしている時に、適当にしか教えてはくれなかった。私は口座を代えたい旨を伝えたのだが、blogのIDが変わることは聞いたが、データの喪失に関する説明は一切無かった。大金を落としたようで納得がいかないが、どうしようもないものはどうしようもない。

 一から出直すか、と覚悟を決めたが、新たなblogの設定が面倒である。タイトルも、同じものだとweb上で観られないので、考え直した。迷った挙げ句に『Case.M』とすることにした。その他、諸々の設定もかなり面倒である。八割方は終わったが、まだコメント欄と、モブログの設定が終わっていない。「ふざけるんじゃねーよ」と心の中で思いつつ、チマチマとした作業をこなす。エラーが出る度に、ブチ切れそうな血管を冷やすためにベランダでタバコを吸う。

 完全復旧にはもう少し時間を下さい。『Part.M』はもう古い。これからは『Case.M』の時代です。是非、皆様にご愛顧される様に努力します。どうぞ宜しくお願い致します。

 それにしても親父を亡くして、苦労して書いたblogのデータまで消えるとは、あまりに痛恨のショック。胸にポッカリと穴が開いてしまった。

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喪中

 父を亡くした喪失感で、今は何もしたくない。

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だめだ

 やる気が湧かない。

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忙しい

 今日も忙しすぎて、blogを書いているヒマがない。

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blogのピンチ

 口座の名義を換えようとしたら、blogにログインできなくなった。何とか登録しなおして続行。この話もいずれ書くだろう。

 で、今日が親父のお通夜なので急いでいる。微調整などは後日に行う予定。

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