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論理の塊になってはいけない

 『論理の塊になってはいけない』と書いたが、もちろん、基本的な論理性を備えた上での話である。と言うより、論理の重要性を認識した上で、非論理系について観じるべきだということだ。なぜならば、我々の世界とは、論理的なようであって、実は非論理的な事柄の方が多くを占め、むしろそちらが大切かも知れないからだ。

 そもそも、誰かと話をする場合に、論理を欠いた話では、誰も納得しない。自分の知り合いには理系が多いせいか、論理には事欠かないのだが、某企業に行った高校時代の友人は、実際に論理的な話が全く通じない奴もいると言っていた。これほど面倒なこともないだろう。幸い僕はそういう奴と関わりを持たなくて済んでいるが、実際、仕事などで、そういう輩を説得するとなれば、どうしていいか解らなくなる。誰もそいつの言うことを理解しないだろうし、基本的な話の整合性というか論理性は、いろんな意味で重要である。

 しかし世の中には上記と全く逆の、『論理の塊』みたいな奴もいる。こういう輩も面倒である。こういうのは圧倒的に理系に多い。確かに実証的に研究を進める場合には論理は絶対である。しかし、人間の行動のほとんどは非論理的である。例えば、人間の本能について論理的に説明が付くならしてもらいたい。明日の朝に自分がどこにいて何をしているかという根拠もない。・・・もちろん、「不確定性原理が根拠だ」などというのは根拠になってはいない。論理で説明が付かないから不確定性原理が出てきたのであって、それの逆はおかしい。それでも、納得がゆかないなら、「鶏が先か卵が先か」という論議に終止符を打って欲しい(これは初期条件次第なのだが)。

 話をまとめると、人間は常に死と裏腹な中で、それでもカン性(感でも観でも勘でもどれでもいい)を働かせて、ささやかな運命を、少しでもより良いものにしようと努力しながら、楽しむべきだと思う。論理性をふまえた上での、非論理的な世界への関心というのは、人生に於いて大切だろう。

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