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揶揄の仕方

 先日あるblogを読んで、考えさせられた。その方は、朝日新聞の夕刊の『素粒子』というコーナーのある記事について激怒されていた。その記事に関しては多くの苦情があったらしく、珍しく筆者が詫びるようなことを書いていたが、これが全然お詫びになっていないのにも驚いた。朝日新聞社としても謝罪する気は無いとか。・・・そのblogがもとで、数日分の朝日の夕刊の素粒子を読んだ。あまりにも揶揄が稚拙で、デリカシーがない。朝日の朝刊の天声人語(この言い方も気になる)も目茶苦茶だが、夕刊の素粒子はひどすぎる。

 朝日を読んでいても思想的な偏りを感じる。何でもかんでも否定することは誰にだって出来ることだ。否定するのも結構だが、ちゃんと下調べしているのかどうかさえ怪しい。最近は仲の悪いNHKに対する不満ばかりが目立つ。公共のメディアとして猛省を促す。

 揶揄と言う言葉には、皮肉というニュアンスもある。メディアが物事を皮肉るのもいいが、問題はその内容にある。私たちもblogを書く際にそのことには気を遣う。そんな中で努力する。それが、朝日の夕刊の素粒子を書いている記者は、それで飯を食っていながら、あまりに無神経すぎる。・・・どの記事だ?と言われれば、全てがそうだと答える。あらゆる人への最低限の気遣いがない。あの欄はペンで人を刺しているようなものだ、物事や人を皮肉るにも最低限のマナーはいる。それがあの記者には全くない。

 記事を書いて飯を食っている奴があのレベルなら、朝日もたいしたことはない。世界中にもっといい情報は転がっている。素粒子の記者へ・・・何を書いてもいいけれど最低限のマナーは守れよな。これだけ書いて解らないなら、社の体質と、人間性を疑う。

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