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ドロンズ大島

 父がガンで最初に入院したとき、向かいのベッドに大島さんというおじいさんがいた。父の部屋は活気に溢れていたので、大島さんも歳だったが、入院して元気になったようであった。たまたま私が父の見舞いに行ったときに、大島さんの見舞いに、イカツいサングラスをかけた若者がいた。病院にサングラス・・・しっくり来なかった。

 弟夫妻が父の見舞いに行ったとき、そのサングラスの若者がドロンズ大島であるとすぐに見抜いた。最初、私はドロンズを思い出すまでに時間が掛かった。そしてやっと、あの電波少年でアメリカ大陸(南米の南端からアラスカまで)を縦断したお笑いコンビだと知った。知るやいなや、TSUTAYAでビデオを借りてきて見てみた。相当危険な目にも遭っていたし、旅そのものを楽しんでいる彼がいた。よく見てみると、スペイン語を話している。母が聞いた話によると、番組ではやらせはなく、何度か死にそうになったそうだ。言葉も生きるために必死で覚えたという話だ。何度も聞かれているだろうからと、僕はその話題は挙げなかった。両親によると、すごく親孝行な若者だったらしい。

 そんなドロンズ大島がハリハリ鍋で一旗揚げたと聞いた。新聞にも載っていた。従業員には売れない若手芸人を使ってあげているとか。経営は順調みたいだが、お笑いをあきらめる決断も辛かったと思う。母の話だから当てにならないが、結婚するとも聞いた。

 大島さんは現在どうしておられるかは知らない。父と母は、大島さんが男前なので、役者か何かではないかなどと言っていたが、違ったらしい。現在もお元気でいるといいのだが、ドロンズ大島の頑張りはすごいと思う。何よりも逞しい。私も見習わないと。

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