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2008年5月

プロレスについて

 さっきまで寝ていて、友人からの電話も取れなかった。そして、おかしな夢を見ていた。どこかのリングでプロレスをやっている。私はヤジを飛ばしながら、観戦していた。何でこんな夢を見たのだろうと考えると、心当たりがないわけではない。夢の中では、派手なパフォーマンスをレスラー達が演じていた。

 プロレスが八百長だとかそういう論議をする気にはなれない。要は楽しめればいいのだ。本気でプロレスなどしようものなら、命懸けの決闘みたいになってしまう。つまりは死人が出てもおかしくはないということだ。そんなものはローマのコロッセオで行われて以来、無いのではないか。プロレスで重要なのは受け身である。

 私が小学生の頃は、プロレスが流行った。TVでもゴールデンで流していたはずだ。当時はプロレスを題材にした『キン肉マン』が絶大な支持を受けた。私はそれ程興味はなかったのだが、私の弟はプロレスラーになりたいとまで言っていた(苦笑)。

 で、何でプロレスを思い出したかというと、塾講師時代の登校拒否の子の親父さんがプロレス関係の仕事をしていて、公私に渡って、お互いによく話し合ったのだ。その親父さんからは、ビール券を頂いたこともある。

 その登校拒否の子が、「一緒にプロレスを見に行きませんか?」と誘ってくれたのだが、当時の僕は忙しくて断ってしまった。これには後悔している。時間を作ってでも行くべきだったと。ヤジの一つでも飛ばせたら、その子も気分転換にはなっただろうに。

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『surrendering』

 現在、あるアルバムを購入しようか迷っている。それは、Alanis Morissette(アラニス・モリセット)の、多分五枚目のアルバムとなる「フレイヴァーズ・オブ・エンタングルメント」である。6/4に発売らしいが、彼女のアルバムは、なにしろ当たり外れが大きい。これまでの四枚のアルバムでは、奇数番のものは良かったが、偶数番のものは私の趣味には合わなかった。

 なんでAlanisを聴くようになったかと言えば、やはり友人の影響である。1stアルバムの中の、『You Learn(お前、学べ)』を聴いてみろという会話からだった。確かにいい曲だったし、歌詞カードのエピソード欄に載っていた、彼女の数あるコメントが私の心に響いた。自分と思考のスタイルが似ていると、当時は感じたし、鬱憤を晴らすかのような歌い方は、むしろsoulに近いとも感じた。

 その友人からの次の宿題は、3rdの中の、『surrendering(参っています)』という曲についての考察を聞かせてくれ、というものだった。こういう時、僕はその曲を100回以上聴く。そうして、メールで感想を書いたのだが、お互いに意見がすれ違った。その後、彼と会う機会があり、Alanisが不倫をしていた中での曲だと知った。そうなると、全く見解が異なってくる。・・・たしか最終的なコメントは、「許されない関係の中で、やがて別れが来る。別れを覚悟していたかどうかは解らないけれど、単なる恋愛感情よりも、もっと深い、女性的な感情の中で、泣きながら別れたんだと思う.。そして今でも泣いている」と伝えた。それで一段落付いた。surrenderではなくて、surrenderingなのがポイントだと思う。

 不倫の話を聞いたとき、とっさに僕は他の曲の話をした。それは、3rdの一曲目『21 things I want in a lover(そういう恋人であって欲しい21の条件)』という曲の話で、「確かに曲の中では21の条件が述べられているけれど、それが全部○ならいいのか、×も必要なのかが解らない」と言ったら、友人も笑っていた。

 さて、新たなアルバム、購入すべきかしないべきか迷う。

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ドライブにも行けねえ

 業界大手の新日石が来月、ガソリン価格を12円UPして、レギュラーでリッター170円にするらしい。ガソリン価格の高騰には様々な理由が挙げられてはいるが、これでは気軽に車を運転することもできない。普通の車で、満タンで7000?8000円近くするとなると、尋常な価格ではない。ましてやハイオクだともっと行くことになる。

 確か十年ぐらい前にはリッター100円を割っていたと思うのだが、その頃には後輩と気軽な気持ちで、ちょっと離れたラーメン屋まで行ったりもしていた。現在では1000円のラーメンを食べるのに、1000円以上かけて行く気にはなれない。

 暫定税率問題で国会も揺れたが、もはや暫定税率廃止では済まされない金額にまで価格が高騰している。暫定税率の問題に関しては、一般財源化することなども話し合われてはいるが、基本的には道路財源である。地方でも必要な道路は造るべきだが、無駄な道路が多すぎる。「だったら都会ならいいと言うのか」とおっしゃる方は東京の首都高を走ってみるべきだ。あまりにも渋滞していて、動かないのだ。これは環境問題を論じる上でも重要なテーマでもある。

 こうなってくると、F1などの立場も微妙になってくるが、一般人としては、車よりもスクーターで移動する方がはるかに経済的である。本当に困っているのは、仕事で車を使わざるを得ない人だろう。もはや、ドライブを楽しむ時代ではないのかも知れない。

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父と弟

 今日は仕事で半休が取れたとのことで、弟がやってきた。父の症状を見極めるためでもあり、励ましでもある。私は弟を見直した。こんなに親孝行な弟もいないと。

 愛別離苦が宿命ならば仕方がない。要はそこを乗り越える人間の精神力にも寄る。おかげさまで、親父は今でも元気だが、覚悟は決めておかないといけない。「はなのいろは・・・」とは小野小町の作品だが、無常観がある。

 父・・・父にはたくさん教わった。きっと弟もそうであろう。感謝の念以外は浮かんでこない。還暦を迎えているのだから、父は決して早死にではない。しかし、誰がその死を望もうか。

 ・・・現在何もないとはいえ、少しでも長生きして欲しい。

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ダイエットの壁

 今年の正月から意識的に体重を落としていることには何度も触れたが、ここに来て落ちなくなってしまった。どころか、73Kg台まで落としたものが、一時期リバウンドして、78Kg台まで行ってしまい、現在は75Kg位で落ち着いてしまった。身長が174cm弱なので、本来なら65Kg位まで落としたいのだが、なかなか上手くいかない。

 学校で体育の授業があった頃は、50Kg台後半だった。そこから体重が増えたのは、運動不足もあろうが、『酒と泪と男と女』が大きかったと思う。まあ、私の場合、痩せすぎるのもよくないので、適度な体重は65Kg台位だと見ている。現在、そこまでが大変なのだが。

 食事は三食も食べてはいないが、栄養のバランスを考えながら、最低でも一日一回はしっかりと食べる。そして後はひたすらウーロン茶を飲んでいる。ウーロン茶をがぶ飲みしていると言ってもいい。一見、水太りしそうだが、ウーロン茶は利尿作用が高いので、体の中の毒素ごと体外に出てくれる。サントリーの黒ウーロン茶程でないにしても、普通のウーロン茶にも脂肪を燃やす効果はあるのではないか。

 それから、昔TVに出ていたおじいさんが、「健康の秘訣は水をたくさん飲むこと」とおっしゃっていたが、医学的根拠までは解らないけれど、これは正しいと思う。

 何はともあれ、あと10Kg、どうやって落とそうか・・・頭が痛い。

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友人のおみやげ

 私はF-1に行ったことはないが、中三の頃からのめり込んでいった。大学でも機械科と言ったら、大概エンジン好きである。某々自動車会社に就職した連中も、自分で車を買って、ドリフトしてみたり、チューニングしてみたりと、様々なことをやっていた。

 TVでやっている、首都高でのルーレット族などは論外だが、車で遊べる場所が欲しいのも事実である。僕は迷惑を掛けない範囲ならいいと思う。そうなると、どこまでが迷惑で・・・という、ややこしいことにはなってしまが。しかし、馬鹿を除き、ある程度、運転歴を積んだ人間が走りを求めるのは悪くはばい。・・・なぜならば、そういう人たちがエンジニアとしてこれからの日本を背負っていくからだ。

 以前、ある友人から、鈴鹿にF-1を見に行かないかという誘いがあった。「いいよ」とは言っては見たものの、詳細は聞かなかった。結局、友人達はさんざんな目にあったらしいのだが、おみやげにライターをくれた。鈴鹿サーキットがプリントされている。高かっただろうなと思い、しばらく使っていなかったが、ライターが無くて現在使用。

 鈴鹿のどこがすごいかと言えば、なんと言っても立体交差である。これによって右回りと左回りが一つのサーキットで実現できる。こんなことを言っても、『オタク論』になってしまうのだろうか。

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選抜クラスと馬鹿クラス

 私の通っていた中高一貫の男子校には、成績のいい者を選抜したクラスがあったが、私は一度もそこに入ったことがない。どころか、学年でも屈指の遊び人達が集まるクラスにいつも入れられていた。中学の頃は選抜クラスに入りたいと思うこともあったが、遊び人が集まるクラスも楽しかったので悪くはなかった。高二から、理系と文系に分かれ、三クラスずつになった時も、それぞれ、選抜クラス、普通のクラス、馬鹿クラスに分かれていた。私は一度も馬鹿クラスを外したことはない。勉強せずに、バクチばかりやっていた。

 文武両道の学校だったので、スポーツも盛んだったが、体育祭の時になると、馬鹿クラスの連中は、選抜クラス相手に異常に燃えていた。騎馬戦の時など、私は相手の馬の足を蹴飛ばした覚えがある。相手に蹴飛ばされ返された時、喧嘩になるんじゃないかと思ったのか、監視していた教師数人が寄ってきた。その間、私はじっとしていたが、教師達が立ち去ったときに、もう一度、私は相手の足を蹴飛ばした。もちろん、お互い、怪我をしないように蹴る。男子校の体育祭なのだから、これぐらいの気合いがあってもいい。

 受験結果といえば、当然、選抜クラスがダントツにいいのだが、不思議なのは、普通のクラスよりも馬鹿クラスの一部の方が結果がよかったのだ。思うに、普段は遊んでいても、真面目に勉強したら、そこそこできるという奴がいたからだろう。まあ、そういう奴は、ほとんど浪人してはいたが。

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もう数学なんていらない!? その2

 基本的に文明を支えているのは自然科学である。では、その自然科学を支えているものは・・・主に数学なのである。裏を返して言えば、数学という思想がまず出来上がり、その何十年、何百年後かに、新たな哲学や自然科学が追随する。そんな中で、文明や文化(生活が変われば物の見方も変わる)が影響を受け、新たな生活上の便利を享受するという仕組みになっているのが大方だ。

 つまり、数学とは一見、何の役にも立たないようであるが、その思想は後年、人類にどんな影響を及ぼし、どう化けるのかは、計り知れないものなのだ。そういう仕組み、もしくは歴史を知っていても数学を否定するのならば、極論、文明の恩恵を受ける資格がない・・・と言ったら言い過ぎか。しかし、すぐには実を結ばぬ事を解っていても、それに人生を賭けている方々がいるのは事実であるし、ほとんどの数学者が不遇や孤独の中、散っていったことを忘れてはならない。

 また、我々の日常の中では、様々な「説明が付きにくいけれど重要なこと」が転がっている。場合によっては、それは仕事上のことかも知れない。そんな時、数学の概念を当てはめてみると、上手く解釈できるというケースがままある。このことを知っているかどうかではかなり違う。また、数学の基本は論理を重んじる点にある。論理的に物事を判断、表現できなければ、誰もその人の言うことを納得しない。

 逆に、「数学で世の中のことは全て解決できる」という考え方も疑問だ。将来、数学がどのように発展していくのかは判らないが、反例として単純に「何故我々は生きているのか?」などということが永遠に判らないという事が挙げられる。ヴァレリーの言葉を借りるなら、「解れば終わる」からだ。・・・物事はそれ程甘くはないといったところか。

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もう数学なんていらない!? その1

 時折、耳にする言葉に、「数学は将来、何の役にも立たないのではないか?」というものがある。「計算なら電卓を使えばいいし・・・」などという発想から来ているのか、実学として役に立たないだろうからか、不得手だからか・・・根拠は知らない。

 確かに最新の数学というものは、地球上でも、ごく一握りのスペシャリストの手に寄っている。数世紀にわたる難問であった、フェルマーの定理がワイルズによって証明されたが、その証明が正しいかを検証するのも、また困難な作業なのである。最近では、ロシアの数学者(名前忘れた)によって、同じく難題のポアンカレ予想が証明されたというニュースが流れた。

 こんな最前線だけを考えると、確かに我々一般人には遠い世界の話で、興味が無いどころか、役に立たない→いらない、と考える人がいても不思議ではない。

 しかし、よくよく自分の生活環境を考えてみてほしい。ある人の言葉で、「現代の先進国の家庭は、中世の王侯貴族の暮らしよりも贅沢だ」というものがある。これは事実で、例えば電気などは、中世には無かった。織田信長は飛行機に乗りたくても乗れなかった。

 ・・・要するに我々の暮らしというものは、文明の発達と共に様々な便利を享受している形になる。このことと数学がどう関係するのだろうか。 (つづく)         

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『どこでもドア』

 『どこでもドア』は閉じたら一つ、開いたら二つ。・・・いったいいくつあるのか?

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もしも・・・

 広島・長崎でなく、エルサレムだったらどうなっちまうんだろうな。

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ギダの兄貴

 軽々しく、『ギダの兄貴』などと呼んでいるが、先輩である。大学で、研究室以前からの付き合いである。『ギダの兄貴』は大学のすぐ側の独身寮に住んではいたが、いっつも女を連れ込んでいた。いつか「泊めてください」と言いに行ったら、「これから肝心なとこなんだ。悪い」と断られたこともある。恐縮して他を当たったが。

 何も無いときは、気軽に泊めてくれた。部屋を空ける際も、「ここにエロ本があるから好きなようにしていいぞ」とも言われた。何もするわけ無いのだが、おかしくて笑った記憶がある。男同士でも、そこまでオープンな間柄というのは珍しいのだ。

 『ギダの兄貴』は、馬鹿話も得意だった。当時バイトしていた、六本木かどこかのクラブで、プリンスが鳴っていたそうである。ウエイターをやっていたらしいのだが、あるフレーズが来ると、従業員みんな、顔を正面に向けたまま、頭の右側で『パパン、パパン』と手拍子を打ったそうだ。「怪しいですねぇ」と言った記憶がある。

 そんな『兄貴』がバイトしている店には、外人のバイトも多かったようだ。いつか、バイトの奴が皿をひっくり返してしまったらしい。当然、客からも上からも文句が来るのだが、その外人は『兄貴』の前で、「SHIT!!」と連呼していたそうである。・・・自分のミスなのに「SHIT!!」も無い。逆ギレみたいなものだ。

 『兄貴』は文系就職志望だったが、全部、一次で落ちた。仕方なく、学校推薦枠で、ある出版社に行ったとのこと。その時も面接では、「いやぁ?全部最終(面接)までは行ったんですけど」とカマしたらしい。その後、結婚されたと聞いたがお元気だろうか。

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『Desperado』

 『Desperado』とは、EAGLESの曲である。英語に堪能な友人が、我が家に泊まりに来てくれたときに、教えてもらった曲でもある。その後、訳してはみたが、異常に難しかった。翻訳の中でも、歌詞の翻訳が一番難しいのではないか。歌詞カードはデタラメだった。

 まず、友人は、『Desperado』自体が訳せないと言った。辞書を引けば『ならず者』とか載っているのにである。ニュアンスが違うというのだ。私もいろんな日本語を提供したが、上手くいかなかった。

 そして、曲を聴いてみると、歌詞カードでは、Your prison is walkin' trough this world all alone.と載っているところが違うと言った。そこは、You are a prisoner (who) is walkin' trough this world all alone.だろうと言っていた。すかさず私は、それだと、whoが一人称だからまずいんじゃないのか(省略していいのか)?と聞いたが、それは駄目だという話になった。では、と言っても、友人は微妙なニュアンスから、後者が適切だと言った。そして、こういうwhoの使い方は文法的にも許されないし、慣習としても許されないと言った。でも感覚として、whoを入れた風に聞いた方がいいとも言われ、私の頭は混乱した。別に彼が堅物な訳でもない。

 私は納得できなくて、prisonをDesperadoの中の妙なこだわりとして受け止めて、「そんな風だと、ずっとひとりぼっちだよ」ぐらいにしてはどうかと言ったが、友人は首を縦に振らない。文化の問題になるから、これ以上私には解らないが、友人の訳では、「お前はたった一人でこの世を彷徨う囚人なんだから」みたいな訳をしていた。

 そこから、友人との交流が今でも続き、EAGLESならホテカルとか他の曲も含めてやりとりしている。正直、ホテカルには十年費やした。一応の決着はついた。また公開するが、彼からはいろんな曲を紹介してもらっている。最近ではYUIの『Why?』だし、Stingとか、洋楽も多い。考えさせられるけれど、考えるのが好きなので楽しい。

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戊辰戦争について

 タイトルに「戊辰戦争について」などと付けてしまったが、これを見て複雑な気持ちになられる方も多いと思う。実際に、(会津若松のある)福島県と、山口、鹿児島県は仲がよいとは言えない。明治維新以降の事もあるが、難しい問題である。日本人同士が戦争をして、日本人同士が憎しみ合った面は否めない。

 日本人として、どちらの肩を持つ気にもなれない。会津藩では気の毒な事態が起きたのは事実であるが、客保公は、実際に佐幕派として京都にまで行っておられる。そして、討幕派を弾圧している。しかし、時流の波と言えば時流の波。当時にしろ、今にしろ、日本人同士が争うことほど愚かなこともないのだが、当然、弾圧に対する抵抗を討幕派から受ける。それが戊辰戦争だ。

 以前、私が飯森山を訪れたときに、十五歳未満の白虎隊の隊士の墓があった。時代が時代だっただけに、何とも言えぬ気持ちになったが、元服をすませているのかは気になった。隊士達の自決の場所まで行ったが、線香を供えた記憶しかない。

 日本が二つに割れて戦った以上、情報不足なども考えられるが、結局はどちらが正しいとは言い切れない。信念に基づいて戦ったのだから、慰霊するのもよろしかろう。私がはっきりと表明するのは、もはや、日本人同士の争いは許されぬという姿勢である。

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ゴキゲンblog

 昨晩、更新してしまおうと思っていたblogを今、書いている。夕べは確かに起きてはいたのだが、体調が悪く、ベッドの中でネタをあれこれと考えていた。部屋の電気は暗くしていて、気が付いたら、もう、正午を回っていた。・・・しまった。十二時間以上寝ちまった。こんな時は、自分が見た夢についてでも書こうかと思ったが、覚えていない。焦らずネタ探しでもしようかと思ったが、寝過ぎて頭が働かない。

 寝ると言えば、私は最高で三十時間以上寝たことがある。その時はタイムスリップしたような感覚だった。寝ること自体は好きなのだが、嫌な夢を見ることも多い。それで目覚めてしまうと、寝起きから嫌な気分になる。しかし、目が覚めてからならば、理性で気分をコントロールできる。あまり深く考えないことだ。

 それにしても、私の体調が優れないのは、気候のせいもあると思う。温かくなったと思ったら、少し前に急に冷え込んで(しかも季節外れの台風までやってきて)、そしてまた蒸し暑くなった。これでは風邪を引きなさいと言われているようなものだ。で、現在は上着はタンクトップ一枚で過ごしている。それでも暑い。

 blog ぐらいさっさと片付けないと、物事が先に進まない。もちろん、手を抜くようなことはしないが、毎日書いていると、気楽に書く日も必要である。

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父は守備から教えた

 ずいぶん昔、愛犬の弥七を連れて散歩に行ったときのことだ。多分小学生だろう少年達が野球をしていた。私は観察していたが、素人集団であることはすぐに解った。打撃ばかりで、守備がまるで駄目なのである。すると、一人の子供が寄ってきて壁当てを始めた。

 私はしばらく見ていたが、グローブばかりで取ろうとしている。さりげなく、「片手で取ろうとしちゃ駄目だよ。両手で取るのが大切なんだ」と言ったら、その子のグローブの使い方が変わった。

 私にとって野球の思い出と言えば、小学三年生までは、毎日ゴムボールでやっていた。ちょうどその頃、親父がグローブとバットとボール(軟式)を買ってくれた。その日のことは今でも忘れられない。土曜日で午前授業だったのだが、弟が喜びながら走ってきた。

 それからは、親父の休みになると、空いている公園で練習した。親父は派手なホームランを打つ一方で(ガキの球でも容赦はしない)、我々兄弟には、ひたすら守備練習をさせた。よく覚えていないが、「野球は守備から。守備ができない奴は駄目だ」と言っていた。だから、打撃について教わったことがない。

 ソフトボールだが、守備で得をしたことがある。ショートだったと思うが、グラブが無く、素手だった。それでも両手で取ることを覚えていた私は、ゴロを捕ってアウトにした。

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常に『Why?』を持ちなさい(学問編)

 ここ一ヶ月で、友人からの宿題のYUIの『Why?』については答えた。友人がそれ以上を言うのならば、まだ考えるが、今日は趣向を変えてみる。

 約束の期限まで二ヶ月という焦りと、少しぼんやりとした希望と共にある。正直、約束を守るためのタイムリミットが現実のものになってきた。約束の小説はどうにでも書けるのだが、ひらめかなくてずっと寝かせてきた。・・・まあいい。もっと大切なことを語る。

 私が通っていた数学塾の師匠は、生徒に、「常にWhy?を持ちなさい」と言っていた。これは、単に目の前の事だけではない。森羅万象、全てに於いて、こういう心構えでいなさいということだ。何をするにも、こういう心構えでなければ駄目だとおっしゃっていた。

 最初は私にも意味が解らなかったけれど、『好奇心』のことを言っているのかとは感じた。けれど、この言葉、案外深いのである。

 自己哲学を持ちなさい、という意味での支えの言葉にもなるけれど、哀しいかな、人は知りすぎるのもよくない。「なんでだ?なんでだ?」で行き着いた果てが地獄ということが多すぎる。自然はそれ程甘くはないし、真実は蜃気楼のようだ。

 人はそれに絶望することはできても、納得することはできない。そういう仕組みになっている。知りすぎた人の本音とはこんなものだが、何で人は苦しむのか?・・・苦しむことが宿命だと受け入れられなければ、人生など辛すぎる。その上で、それでも人は、より深く知ることに寄ってしか救われないと思う。・・・人だから。

 そこにある紙に、ボールペンでで、『Why?』と殴り書きしてみたい。

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甘いもの嫌い

 お酒が好きだからかどうかは知らないが、私は甘いものが駄目である。子供の頃は別に嫌いでもなかったのだが、最近は甘いものはあまり食べなくなった。ワインなどを選ぶときも、辛口を選ぶ。だからといって、辛いものが好きなわけでもない。キムチなども、少々なら平気だが、バクバク食べてしまうと、唐辛子が舌に残って、痛くて痛くて嫌になる。ただ、餃子を食べるときにはラー油を入れるし、寿司を食べるときにも、わさびを入れるから、適度な辛さは別に構わない。

 いつか、ニュースで、アメリカの新聞に、『Hot is hot.(熱いものは辛い)』という研究成果が出たとの話を聞いたことがあるが、確かに熱いものが苦手な猫舌でもある。だから、外食の際も、熱いお茶を出されたら、必ず、お冷やも頼む。まあ、お茶ぐらいならいいのだが。

 辛過ぎるものが駄目なのは、舌が耐えられないからだし、熱過ぎるものが駄目なのは、口の中を火傷してしまうからだ。熱いものと辛いものに共通しているのは「痛み」なのかも知れない。これはこれで説明がつくのだが、不思議なのは、何で甘いものも駄目なのかである。

 単に、嗜好が変わったからかも知れないが、この理由はよくは分からない。ただ、甘いものを食べすぎると虫歯になって痛くなる。「痛み」つながりでオチにしようと思ったが、無理があるな。

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カマを掘られたパトカー

 高速では特に顕著だが、一般道でも、私は常に白と黒と赤の模様に敏感である。つまり、パトカーは後ろでも前でもすぐに気が付く。そして、見付けると、自分に違反がないか即座にチェックする。まあ、普通に運転しているのだから、別に問題はないのだが。

 しばらく前、市街地で車を走らせていた。何かの用事だったと思う。私一人だった筈だ。ある交差点で信号待ちしていると、パトカーが行った。即座に信号が変わったので、嫌々ながらパトカーの後ろに着くことになった。(当たり前だが)携帯電話に注意した。

 次の交差点で止まったときか、すぐに気が付いたかは覚えていないが、前を走るパトカーの後ろのバンパーがへこんでいることに気が付いた。見た感じ、カマを掘られたか、自分でぶつけたのかは解らなかったが、パトカーが事故を起こしていることが何とも間抜けだった。運転している警官がカッコ悪すぎる。

 まあ、ドラマの『西部警察』などではパトカーは爆発したり、炎上したりするのがしょっちゅうだったが。

 もしカマを掘られたとしたら、掘った奴は、相当、気まずかったろうと思う。警官は降りていって、「西部警察ナメんじゃねーぞ」位の勢いだったのだろうか。

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I'm fine, thank you.

 中学三年間と高校一年まで、四年間、英語を習っていた教師の授業での、開始の時のおきまりの挨拶は、

教師  「How are you? (ご機嫌いかが?)」

生徒達 「I'm fine, thank you. And you? (ええ、調子いいですよ。あなたは?)」

教師  「I'm fine, too, thank you. (私も調子いいですよ、どうも)」

 だった。四年間毎回ずっとこの挨拶から始まっていたので、ずっと、これが当たり前だと思っていた。しかし、これは明らかにおかしい。同じ人間が、毎回毎回、四年間、いつもfineな訳がないのである。当時は、この挨拶が終わると即座に寝る奴が大勢いた。この場合は、fineではなく、sleepy(眠たい)を使うべきである。他にも人間の状態や感情を表す言葉はたくさんある。しかも、(「お気遣いありがとう」というニュアンスの)thank youも、いつも使うとは限らない。上手く訳せないが、いわば、日本語で言う「丁寧語」みたいなものなのである。 

 この英語の教師は、「私はアメリカ史の話なら何時間でも話せる」とも言っていたが、多分ハッタリである。どころか、解っていないから、こんな事がまかり通るのである。

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グダグダ言うまい

 今朝起きると、まず空腹感がやってきた。両親は病院に行ったのか、家に誰もいない。何か作ろうかとも考えたが、体調が異常に悪い。風邪でも引いてしまったのかと、風邪薬を飲んでみる。寂しいのか、愛犬の弥七君が二階に上げろと寄ってくる。

 二階の自室に弥七君と新聞と一緒に戻る。体調が一向に回復しない中、上着をもう一枚羽織る。読み終わった新聞を放り投げて、パソコンを立ち上げた。まずメールをチェックしていると、大学時代の研究室の先輩と同期からのものがあった。

 指導教授が今年の三月で退官となったのだが、当時は何の連絡もなかった。多分、今の学生が駄目な奴らなのだろうとは考えてはいた。・・・メールを読むと、これから先の研究室のOB会は、主に私の先輩方が主導でやるとのこと。そして、私達の代の同期の連絡役になってくれという依頼。少し迷って二人宛に返事を書く。

 同期の友人も依頼されていたが、仕事で地球の裏側のイギリスにいるため、やむなく辞退とのこと。これは仕方がないなと、黙って引き受けることにした。友人が悪いわけでもないし、大して手間の掛かることでもない。ただ、私もフラリと旅などに出るため、私が不在の場合のために、もう一人別の同期への連絡を頼んだ。

 院を辞めた私が適役な訳ないのだが・・・グダグダ言うまい。

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詰め将棋かよ

 ここのところ、親父と将棋をやってもなかなか勝てない。状況は変わりないのにである。それまで七割近かった勝率が逆転し、三割ぐらいになってしまった。私は相変わらず、新聞の将棋欄を頭の中で動かしているのだが、これはおかしい。

 と、思って、親父の膝元を探ると、一冊の詰め将棋の本が出てきた。三手詰めか五手詰めの易しいものではあるが、捲ってみると、これがなかなか難しい。一手目が決まらないと、絶対に上手くはいかないのだ。詰め将棋に必要な、解いた後での爽快感というものはないのだが、なかなかに頭を使う。面倒だ。ページを捲る。

 「なにやってんねん」という親父の言葉で我に返り、「あんたさんこそ何やっとんねん」と言い返す。「勝手やろが」と言うので、「そうだよな」と黙っている。・・・どうやら将棋の勉強を始めたらしい。こうなってしまうと、なかなか手強い。

 昔、大学の物理実験で、電磁気学の問題を出されたことがある。基本を押さえれば楽勝だったので、次の語学の授業の時に解いてしまった。写させてもあげた。そして、「こんなの三手詰めの詰め将棋を解く方がまだいい。爽快感が違う。芸がねえ」とまで言った。

 実験の時に、別の友達が当てられて、みんなの前で問題を解かされていた。答に詰まっていたのだが、解法が見えた僕は、大声で言ってあげるべきだったのかも知れない。怒られても。そんなことは別に構わなかった。見せしめにする方がひどい。

 将棋の話に戻ると、親父も連敗続きのせいか、勉強しているみたいだ。お互いに負けず嫌いなのが面倒でもある。そうして、私に勝ったら、「詰め将棋を勉強せえ」と言う。『そうなのかな』とは考えるけれど、「今に見とれ」と言ってしまう。・・・おとなしく本屋に行くか。

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サインだらけのYシャツ

 先程まで、うたた寝していたのだが、おかしな夢を見た。巨大なホールで、大人数の中、大学時代の友人や先輩が、研究成果について発表している。「おい、次はお前の番だぞ」と言われて、何も準備していない自分に気が付き、慌てている中、目が覚めた。

 理系の生徒は、四年になったら自動的に研究室に入り、卒論を発表する仕組みになっていた。私も、主として実験データを基に、論文を書いた記憶がある。同期は8人で、個人々々でテーマが異なるのだが、論文の締め切り間際はみんな徹夜だったので、一緒に食事したりするうちに、妙な連帯感が生まれた。

 そうして、機械科のいろんな分野の教授がいる中で、卒論発表が行われたが、案外上手くいった。全員の発表が終わった後、卒業を祝いに、学生街の居酒屋で研究室の打ち上げ兼送別会が行われたのだが、適度にお酒が入ったところで、私はYシャツ一枚になって、卒業する先輩やら同輩に、油性マジックを渡して、サインを書いてもらった。すると、私をかわいがってくださった先輩が、英語でサインを書き、その後に『with lot's of love』と入れてくれた。全部で七、八人のサインが入ったと思うが、不思議なことに、みんな自分用のかっこいいサインを持っている。わたしのYシャツはあっという間に文字で埋め尽くされてしまった。その後、研究室に戻ってみんなで飲んでから、朝帰りとなったのだが、サインだらけのYシャツでも、酔っていたせいか、人目は気にならなかった(『肉欲』とか書いてる奴もいたけれど(笑))。朝日が眩しかった記憶がある。

 今でも、自分の部屋の壁に掛けて、大切にしているが、我ながらいいアイデアだったと思うし、記念としては最高のものである。

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異常に痛い歯医者

 歯医者は私が最も行きたくないところである。現在の行きつけの歯医者は、腕も良く、全然不快な思いをしたことはない。しかし世の中には、異常に痛い歯医者というものが実在する。麻酔一つで痛みなど消えるはずなのだが、歯医者に行ってあのドリルの音を聞くと鳥肌が立つ。待ち時間が長いのも歯医者の特徴だ。

 子供の時、痛くて泣きわめく私に、麻酔などせずにドリルで削りまくる歯医者があった。当時は歯医者の数も少なく、嫌でもそこに行くしかなかった。私の母が診察を受けても、異常に痛かったと言うのだから、半端ではない。現在、歯医者の数が余る時代だから、当然そこは潰れた。私を歯医者嫌いにさせたゆかりの地ではあったのだが。

 高校時代の担任の教師が、「これからは高齢化社会だから、歯医者は狙い目ですよ」と言っていたが、世の中はそんなに甘くはない。現在、競争が激しい。そもそも、歯医者は医者の中でも、一番、技術者に近い。器用でなければ客もつかない。大体、私の住んでいる地域で国公立の歯学部は一つしかなかったし、私立はたくさんあったが、お金がかかる割に易しすぎた。

 親知らずなどは時間があるうちに抜いておいた方がいい、とよく言う。でも、私はガキの頃のトラウマからか、行く気になれない。現在、グラついている歯があるので、近いうちに行かなければならいのだが、気が乗らない。はるか昔に、父方の祖母から、「歯は大切にしなきゃいけない」との人生訓を教わった。ハミガキは嫌いではなく、むしろ好きになった。そんな私でも、親知らずが二本生えていて、虫歯ではないにしろ、食べ物が引っかかりやすいポイントがある。以前、行きつけの歯医者に聞いたら、「親知らずを抜くのは半端な痛みではない」と言われた。・・・なんだか爆弾を抱えている気分で憂鬱である。私は、歯医者だけは敵に回してはいけないと考えている。

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黒く塗れ!

 「事実でないものは事実ではないんです」

と言ったら

「事実を作れ」

と言われた

いいから、黒く塗れ!

 「それで部下は納得しますか?」

と言ったら

「娘にメランコリーをウツさないでくれたまえ」

と言われた

そんなものは、黒く塗れ!

 こういう風な

人間の気持ちが解るかい?

僕には解らない

いくら

黒く塗っても

白いものは白いんだ

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Feast Of The Beast

 歩いていたら

電柱に

カラスが三羽も停まっていた

縁起が悪くて

遠回りしようとしても

次の電車に間に合わない

Beast On  The Feast

 タロットで

ロクな札が出てこない

縁起が悪くて

シャッフルを繰り返しても

結局は

同じ所に行き着く

Beast On  The Feast

 何で俺たちは

同じ事を

繰り返すんだろうな。

欲望にさいなまれ、

人の気持ちを踏みにじり、

馬鹿みたいに罵られる。

Beast On The Feast

 ハーフビール片手に

アクセルを踏む

グラス越しに

急ハンドルを切る

Beast On The Feast

 ハートのQweenが

大切なのは解っている

でも、

どうして、

ダイヤばっかり引くんだろうな

これじゃ

全く

勝負にならない

きっと、

欲にかられすぎたんだろうな

Beast On The Feast

 週刊誌を

3Pめくると

嫌気が指す

退屈な奴らと

話している時間はない

Beast On The Feast

 宝くじが外れて

破り捨て

ありがちな

曲や文章は

もういい

Beast On The Feast

 「あいつ等には深入りしない方がいい」

うん、

いいアドバイスだ

今になって思えば、

俺も、

いい気になっていたのかも知れない

Beast On The Feast

 何はともあれ

来年には

同じ釜の飯を食う

(・・・時だけが解決してくれるのさ)

嗚咽を

我慢しながら

無理矢理に

食らう

Feast Of The Beast

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発想

 ここのところ、発想が浮かび過ぎて困る。悪な方向へは行かないのだが、いったん思いつくと、アホみたいな連想ゲームが始まる。・・・寝るか(って、寝ている間は悪夢ばかり)。

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決断はどうする?

 もし、私が企業のトップだったら、どういう風にするだろう。そもそも組織という体質に合っていない自分がいるから難しい。私がトップだったら、ほとんど遊んで過ごす。会社には顔を出さない。馬鹿みたいだけれど、発想の仕組みは、遊んでいる奴に味方する。

 怠け者だとかどうとか、そういう話でもない。あるプロジェクトがある場合、リーダーは必ず必要である。それも、上司と部下ならやりやすいが、同い年だと難しい。自分が認めている人間なら、仕切られても納得がゆく。けれど、そうでない場合の方が多い。

 上司が尊敬できる方ならば、その方は幸せだと思う。しかし、それもプロジェクトが上手くいっている間のことだ。世界中で未知のことは山ほどある。人間関係が嫌になるような組織の方が多い。後者の場合、僕は上に立つ人間の度量によると思う。

 ・・・くだらないことを書きすぎた。ひどい過去など捨てればいい。捨てられなければ、忘れればいい。でも、みんな我慢している。生活のために。・・・棲みにくい世、ならば、少しづつでも改善した方がいい。みんながワガママになりすぎた。

 もし、私がリーダーだったら、偉そうにはしない(これは自分のため・・・人は指図されると嫌になるものなのだ)。一人で5の力が出せても、チームワークによっては100以上の力が出る。これを解っていない上役はその時点で駄目だ。こんな奴の決断では、沈没する船に乗っているようなものだし、辞表を出した方が早いことが多い。

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ドロンズ大島

 父がガンで最初に入院したとき、向かいのベッドに大島さんというおじいさんがいた。父の部屋は活気に溢れていたので、大島さんも歳だったが、入院して元気になったようであった。たまたま私が父の見舞いに行ったときに、大島さんの見舞いに、イカツいサングラスをかけた若者がいた。病院にサングラス・・・しっくり来なかった。

 弟夫妻が父の見舞いに行ったとき、そのサングラスの若者がドロンズ大島であるとすぐに見抜いた。最初、私はドロンズを思い出すまでに時間が掛かった。そしてやっと、あの電波少年でアメリカ大陸(南米の南端からアラスカまで)を縦断したお笑いコンビだと知った。知るやいなや、TSUTAYAでビデオを借りてきて見てみた。相当危険な目にも遭っていたし、旅そのものを楽しんでいる彼がいた。よく見てみると、スペイン語を話している。母が聞いた話によると、番組ではやらせはなく、何度か死にそうになったそうだ。言葉も生きるために必死で覚えたという話だ。何度も聞かれているだろうからと、僕はその話題は挙げなかった。両親によると、すごく親孝行な若者だったらしい。

 そんなドロンズ大島がハリハリ鍋で一旗揚げたと聞いた。新聞にも載っていた。従業員には売れない若手芸人を使ってあげているとか。経営は順調みたいだが、お笑いをあきらめる決断も辛かったと思う。母の話だから当てにならないが、結婚するとも聞いた。

 大島さんは現在どうしておられるかは知らない。父と母は、大島さんが男前なので、役者か何かではないかなどと言っていたが、違ったらしい。現在もお元気でいるといいのだが、ドロンズ大島の頑張りはすごいと思う。何よりも逞しい。私も見習わないと。

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遅刻の言い訳

 中三から高三まで、数学塾に通っていた。いろんな思い出があるので、このblogでもちょくちょく書こうかと思うが、今日は何について触れようか。・・・高一の時に僕と友人が遅刻をしたときの言い訳についてでも書こうかとも思う。なんだか懐かしい。

 高一の時の授業は日曜日の昼に行われていた。僕は毎週、自宅から往復10Km以上を自転車で通っていた。行きはいつも車が渋滞している中、歩道とのわずかな隙間を縫うように走っていた。そんなある日、風が異常に強く、塾にはいつもより十分程遅れて着いた。「何で遅れたんだ?」と言われたので、素直に「風が強かったからです」と言ったら、講師の先生は笑っていた。渋滞することなどは、事前に予測しなければならないが、今みたいに天気予報で風の強さを表示していたわけでもなく、いわば不測の事態だったのだ。

 するとしばらく後の週で、僕と同い年だった友人が、やはり十分程遅れた。このときも、「何で遅れたんだ?」と聞かれていたが、友人はさらりと、「エレベーターが来なかったからです」と言った。これも不測の事態だ。講師の先生はお前ら何なんだと笑っていた。

 それから大分たった頃、僕が一時間半くらい遅れた。このときばかりは講師の先生もお灸を据えるつもりだったのだろう。「何で遅れたんだ?」と少し怒気混じりで言われた。僕は「模試を受けていたので」と言って、学校に受けさせられた事を話した。すると、講師の先生は納得して、「模試の問題を貸せ」と言って、コピーして全員に配り、数学の問題について解説を始めた。問題用紙を計算用紙にも使っていたので、間抜けな解き方をしている問題は、容赦なく突っ込まれた。・・・塾で出される問題の方が手応えがあったので、模試の問題は易しかった。試験会場になった某大学を、ギャグで志望校に入れてみたら、同じ事を考えた奴が27人いたが、1位だった。高一の時点で志望校など考えていなかったのだ。

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さつきとメイ

 さつきとメイといえば、映画『となりのトトロ』に出てくる姉妹の名前である。宮崎駿氏の作品は、どれも面白く、いい話が多い。そんな中でも、『となりのトトロ』はストーリーもいいのだが、トトロや猫バスといった、キャラクターのインパクトが強い。私も好きなキャラクターなので、どこかの高速のSAでぬいぐるみを見つけた時に、衝動買いしてしまった。現在は自室の机の紙の上に、文鎮代わりに置いている。何か見ているだけでほのぼのとする。

 塾で中一の女の子に数学を教えていた時に、下敷きにトトロの素敵な絵が載っていたので、トトロの話を少しした。そうして、「さつきとメイって、実は関係がある名前なんだよ」と教えてあげたら、すごく不思議がっていた。まだ中一だから分からなくても仕方がないのだが、さつきもメイも、五月を意味している。さつきは日本の古い暦の五月であり、メイは英語で言う五月のことだと説明した。

 五月に入ったので、こんな話を思い出してしまったのだが、あの姉妹は二人とも五月生まれなのだろうか。塾講師で名字は忘れたが名前が「さつき」という娘がいたのだが、聞いた話によると、五月一日生まれとのことだった。分かりやすすぎて笑った覚えがある。

 話をトトロに戻すと、トトロはあのポッチャリとした体型に愛嬌がある気がする。何か安定感があるというか・・・よく分からないが。しかし、今のご時世、トトロもメタボリック症候群ということになってしまうのだろうか。でも、そのために、トトロがダイエットをするのを想像してみただけでもおかしいが、痩せてしまったら魅力が無くなるのもトトロのすごいところかも知れない。

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原子力とエネルギーと環境と

 ずいぶん昔、原発について激しく討論された。当時高校生だった私も、友人と色々話した覚えがある。旧ソ連のチェルノブイリ原発で事故が起こり、甚大な被害が出た事もあったが、日本の原発に比べると安全基準が雲泥の差だったので、それを引き合いに出すのはおかしいとは思った。もちろん、原発である以上、最悪の事態も予期せねばならないのは当然だが。当時も今も私は推進派なので、反対派の奴とは、いつも討論になっていた。日本人が核アレルギーな事もあるが、彼らの多くは間違った情報に根ざしていた。

 それから数年後(ということは十数年前)、大学院のレポートで原子力とエネルギーと環境について書いたことがあった。当時の話題であった高速増殖炉「もんじゅ」についても、資源の有効活用という面で賛成だと書いた。電気というものがこれだけ普及してしまうと、もう、人間は電気なしでは生活できない。ゲームのシムシティをやっても、最初につくるのが発電所だ。そうなってくると、様々な発電方法がある中で、原発を利用しないのは、国のエネルギー戦略上、得策ではない。また、当時は今ほど世界中が環境問題に危機意識を持っていなかったし、原油価格もずっと低かった。レポートでは21世紀の市場はアジア(特に中国)しか無いとも触れたし、その上で日本の持っている環境技術もビジネスにすべきだと書いたが、こちらはまだ採算がとれないのか、環境汚染は深刻である。

 まあ、原子力をクリーンエネルギーと言うのには抵抗があるが、やれ、水力だ風力だ太陽電池だという方は発電規模について考えた方がいい。って、シムシティでは老朽化した発電所は爆発してしまうが(これはあくまでもゲームで現実的ではない)。

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『Why?』について(文明編)

 友人にYUIの『Why?』を紹介され、言葉と心の問題については以前触れた。しかし先程、不思議な夢を見たので、今回は、「どうして人は言葉を持ったのだろう 心が見えにくくなる」というサビの、『言葉』という部分を『文明』と置き変えてみる。曲の趣旨とはズレるが。

 文明と心の問題について考える時、僕はブータンの話を思い出す。かつてのブータンは、生活の幸福度が世界一の国だった。しかし、国王がTVとネットを(反作用を指摘した上で)国民に解放した。すると、それまで、各家庭であった団らんなどは無くなり、みんな無口にTVを見るようになってしまった。国民はTVを支持した。・・・これは幸せなことなのだろうか?TVという文明の利器に翻弄される中で、もっと大切な、心の繋がりを無くしてしまったのではないか?そんな中で、ブータンは国王自らが議会制民主主義を導入する決断をした。

 確かに便利だが、他にも、様々な、無機的な文明の利器によって、人同士の心と心のコミュニュケーションは薄れてゆき、どんどん自分や人の心が見えにくくなり、鈍感になり、という例は、これまで何度も眼にしてきたし、そんなうちに、他人のことなど考えなくなった人間が、日本でも増えつつある。・・・これは悲しいことではないのか?

 一度、そういうものと距離を置くという判断ができる人間はまだいい。また、心が見えにくい時代だからこそ、言葉の無い世界もいいが、もっとやっかいな文明について考えるべきだ。

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