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音楽的大局観について

 私は音に関しては敏感な方である。しかし、絶対音感があるわけではないので、音を聞いても、どの音かは解らない。ましてや和音(コード)になってしまうと、もっと理屈では区別がつかなくなる。絶対音感も、今から身につくなら努力するが、幼い頃でなければ身につかないと聞いた。曲のコード展開にしても、どのコードかは解らないので、あくまでも感覚として「滑らかさ」を中心に耳を傾ける。

 子供の頃から音楽にあふれていた訳でもなく、高校生ぐらいから、いろんなジャンルの曲を聞くようになった。最初は、ヴォーカルしか解らなかった。・・・というより、バックの音楽がどうなっているのかが、よく解らなかった。しばらくそういう状態が続いたが、ある時から、一つの楽器の音だけを追ってみて、どのように演奏されているかに集中する事を繰り返した。一つの曲の中の楽器全部に関して、これをやった。確かクラシックだったと思うが。・・・すると不思議なことが起きた。以前と同じように曲を聴いていても、同時に演奏されている楽器の音が全て独立かつ、同時に聞こえるようになったのだ。このようになってくると、音楽を聴くのが本当に楽しくなってくる。

 以前、このblogで、将棋の升田幸三氏の、「一つのことに集中する癖がつくと、一辺にたくさんのことができるようになる」という言葉のメカニズムを説明すると書いたが、上に挙げた例などが適当だと思う。

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