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2008年4月

食べられないもの

 嫌いな食べ物はあっても、食べられないものがないというのが、私の取り柄でもあった。しかし、一昨年の夏にカツオのたたきにアタってからは、これが食べられなくなってしまった。それ程ひどいものではなかったが、食中毒になったのは初めてである。

 少し前に、初鰹が旬だというニュースを聞いて、アタったことを思い出した。カツオのたたきをつくる場合、我が家では、カツオをおろしてから、まわりを火であぶり、適度な大きさに切ってから、醤油とお酢とショウガを混ぜた皿に入れ、上に関西ネギを乗せてから、味がしみ込むまで、何時間か漬ける。火であぶると言っても、ほとんど生なのだ。真夏の炎天下の台所で長時間漬けておくのは、いくらお酢が入っているとはいえ、危険である。私は、時間がかなり経ったものだとは知らずに、ご飯と一緒に食べた。お酢とショウガが利いているので、普通に食べただけでは悪くなっているかが分かりにくいのだ。

 食べて一時間も経たないうちだろうか、猛烈に気持ち悪くなった私は、トイレで戻した。病院で胃洗浄というコースは嫌だったので、自分で水をがぶ飲みしては、指を喉に突っ込んで、ワザと吐くことを繰り返した。幸い、胃の中に何もなくなった頃、気持ち悪さは消えた。

 カツオのたたきといえば、高知が有名である。この経験をする何年も前に食べたときには、さすが本場だと思わせるほど美味しかったのだが、現在は食べられるか分からない。

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旅の師匠

 私には旅の師匠がいる。師匠と言っても、高校時代に仲の良かった友人なのだが、海外旅行については、師匠に教わったことがかなり役立った。私が23の時、初めての海外旅行で、アメリカを一ヶ月近くかけて、バスで横断する時にも、既にその四年前にそれを達成していた師匠が、いろんな旅の知恵や気をつけるべき事などを、メールや電話で教えてくださった。それが役立ったことは言うまでもない。既に、二人の娘さんの父親とである師匠は、さすがに最近は独りでフラリと行くことは減ったとおっしゃってはいたが。

 私がこれまでに行ったことがある国は、アメリカ、ヨーロッパ十ヶ国程度、台湾、タイ、カンボジアであるが、師匠は、ほぼ全てクリアしている。師匠はさらに南米、中東などにも行っているのだが、驚くのは、ヨーロッパを旅する際に、行きはシベリア横断鉄道で一週間くらいかけて行ったそうである。私には真似できない。

 そんな師匠も、一度だけ、イタリアでスリに遭い、危ない思いをしたそうだが、「写真のフィルムは返して欲しかった」と語っていたのが師匠らしい。また、デジタル技術が進歩した今日では、旅の途中で撮った写真を、ネットカフェなどで文章と一緒に、メールで送ってくださる。抜け目のない師匠は、日本語のソフトを持って行って、日本語が打てないパソコンが置いてあるネットカフェの主人と交渉して、提供する代わりに安くしてもらう、という技も決めていた。何しろ師匠は生命力が半端ではないのである。

 現在、G.Wであるが、そんな師匠でも、さすがに子供さんのことを考えて、家族サービスの旅行にでも行っているのではなかろうか。

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「おねしょ」以上のもの

 私がまだ赤ん坊で、おむつをしていた頃の話である。寝ていたらしいのだが、いきなり、キバりだしたそうだ。両親が何事かと思って、観ていると、私のおむつがモコモコっと膨らんだらしい。もしやと思って、おむつを開けてみたら、大きい方の見事なものがあったそうだ。私は寝たままだったらしいのだが、「おねしょ」というのは聞いたことがあっても、いわゆる「寝グソ」なるものというのは一般的なのだろうか?あまり聞いたことが無いし、そういう日本語も無い。私に関しても、その一度きりだったらしいから、珍しい現象なのでは無かろうか。

 便意を感じても、大きい方なら普通は目が覚めると思う。よっぽど眠たかったのか?自分がしたことなのだが、当然、記憶には残ってはいない。その一方で「おねしょ」は物心ついてからも、しばらくは続いた。幼稚園でのお泊まり会が、嫌で仕方なかった思い出がある。

 私は比較的早く、「おねしょ」は卒業したのだが、弟は結構長く続いていた。「おねしょ」には蜂の子(多分ミツバチ)がいいからと、泣きながら食べさせられていた。蜂の子といっても、モスラの幼虫みたいな感じでグロテスクだったから、泣く気持ちも分かる。

 最近はあまり見ないが、寝ている最中に、尿意をもたらすと、必ずと言っていいほどトイレに立っている夢を見ていた。そして、いったんは安心するのだが、現実に戻り、ベッドからダッシュで実際のトイレに向かうのである。まあ、これはよく聞く話ではあるが。

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サラは朝おろせ

 「サラは朝おろせ」というのは、私の祖父が語っていた言葉である。つまり、「新品は朝に開けて使いなさい」という意味なのだが、ルーツは知らない。もしも迷信だとするなら、僕はStevie Wonderの『Superstition』を思い出す。深いところまでは解らないが、素敵な曲だし、何でも、コンサートに行った友人によると、この曲で異常に盛り上がるそうである。

 どんな歌手にもおきまりの曲がある。Michael Jacksonなら『BILLIE JEAN』だし、EAGLESなら『Hotel California』だし、Stingなら『Every Breath You Take』だろうし、宇多田ヒカルなら『First Love』だろうし、と、きりがないくらいにある。 その曲になると会場が最高潮に盛り上がると言ったところであろうか。

  かつて、大学院の一年生の時に、友人とマイケルの『History Tour』に行った。その日は珍しくコンタクトレンズをしていた。その時、初めて東京ドームに入ったのだが、当時の僕が好きな曲を全部やってくれた。多分、もう体力的にダンスはきついのだろう、あのとき以来、ワールドツアーはやっていない。その時にはドームの側に、ガンダムぐらいのマイケルの像が置かれていたり、ダフ屋だらけだったりといった感じだった。また、別の友人とEAGLESのコンサートに行ったときにも驚いた。70年代のバンドと言うこともあって、コンサートの途中にブレイクが入ったのだ。二回も。

 コンサートの詳細については、また書くが、『サラは朝おろせ』ということで、先日購入した将棋セットも朝におろした次第。今のところ二敗三連勝だが、やっぱり嬉しい。

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見切りガッツポーズ

 塾講師時代に、数ヶ月に一度、本来は休日である日曜日にミーティングがあり、足を運んでいた。その時は本部の若い人も参加して、様々な問題について、みんなで話し合った。いろんな意見が飛び交う中で、すぐには解決しない事柄が多かった様に思う。

 ミーティングが終わると、昼食に、塾が用意した弁当を食べた後で、ボーリングに行ってから、焼き肉屋へと向かうことが多かった。半分は懇親会のような面もあったのだ。現在、私がボーリング嫌いなのも、その頃にやりすぎたからかも知れない。

 大体、私は高一の時に、あるボウリング場で177をマークしてから二十年以上、ハイスコアを更新していない。また、やはり高校生の頃、1ゲーム150円の時に、友人と一日で13ゲームやったこともある。その時のアベレージは130ぐらいだったと記憶している。

 さて、塾の関係者が、ボーリング場で、何レーンかに分かれたとき、私は本部から来ていた若い方と同じ組になった。そして、その人の順番が回ってくると、豪快なフォームで投げたと思ったら、いきなり、「よっしゃあ!」とガッツポーズをかましたのだ。球はまだピンまで届いていないのにである。すると、ストライク。私が「何なんですか今のは?」と聞くと、「見切りガッツポーズ。投げた瞬間に、ストライクを確信したときにやるんだ」と言うので大爆笑してしまった。その人は何回か「見切りガッツポーズ」をやっていたが、ある時に大きくハズした。すかさず、私が、「今のは空振りガッツポーズですね(笑)」と言ったのだが、ボウリング一つとっても、いろんな技(芸)があるものだ。

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眼医者の眼

 眼鏡をつくるために眼医者に行くことはあっても、眼の病気で眼医者にかかるのは、いつ以来か記憶になかった。十五年以上前にコンタクトをつくりに行った近所の眼医者に、こないだ行ってきた。待合室で一時間ほど待つと、まずは眼の検査をした。

 いくつか検査をしたが、視力の検査で、例の右とか下とかいう表が、裸眼では全く解らなかった。結局、視力は0.09と、想像以上に悪かった。かつて、小学校の一年の時には、両目とも2.0だったのだ。多分、TVゲームのやり過ぎと、揺れる電車の中で読書していたのが原因だと思う。少しショックだった。

 その後に診察となったのだが、僕は驚いた。十五年以上前の、その眼医者の先生は、ちょっと嫌みな感じがしたのだが、今回観た感じでは、嫌みな雰囲気など微塵もなく、思いやり深く、やさしい顔立ちをされていた。実際に診察なども、すごく丁寧で、内心、『歳月は人を変えるというのは本当なんだな』と思っていた。

 診断は結膜炎とのことで、すぐに治る見通し。私は、もっと心配していた、ドライアイについて伺ったが、現在の所、問題ないとのこと。何でも、ドライアイというのは、パソコンなどに向かう際に、瞬きをする回数が極端に減ることが原因らしい。そういうことを、優しく教えてくださった先生の眼には、愛情が満ちていた。さすが眼医者だ(笑)。

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将棋セット購入

 最初は(将棋の)駒だけ買わないか?と親父に誘われた。ここのところ、ガンを患っている親父と、ふさぎがちな私は、よく、囲碁将棋をやっていた。どちらも好きではあるが、将棋の駒の字が見えなくなってしまったのだ。私は、あれこれとネットで調べた。

 将棋の駒にしろ盤にしろ、ピンキリなのである。我が家には囲碁に関してはいいものがあるのだが、将棋に関しては、親父がガキの頃に買った駒と、(家宝でもある)親父手作りの将棋盤があるくらいである。そんな中で、調べてみたら、やっぱりいいものは値が張る(私に鑑定眼はないが)。親父は三万までなら出すと言った。

 駒でその辺の値段を探ってみると、¥55000でいいのがあった。それも候補として挙げたが、調べている中で、盤と駒と駒台とカバーとセットで¥84000なるものを見つけた。新カヤ7寸(将棋盤の厚さ)という所に惹かれたが、カヤの七寸盤がこんなに安いはずはない。それでも、私は心を奪われた。二級品だろう物を、説得した上で、勢いで買ってしまった。軽率だが、親父とは、あと、何局させるか判らない。

 今月も貧乏暮らしが続くのかと思うと、少しだけ悲しい。でも、皮算用ではないが、親父と二人でワクワクしている。宝くじを買ったときのように。・・・どんな品が来るかは判らない。でも、もしかの時には、買ったものは弟にやるつもりだ。僕は親父の手作りの将棋盤の方を大切にしたい。

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Don't make it !!

 人と違うって言われる事の

辛さが解るかい?

僕の言う事を

解ってくれる人は少なく

そんな時に

ふと、

孤独を感じるんだ。

彼女に、「ついていけない」って

笑いながら言われたら

きっと

僕は耐えられないな

・・・特別な人など

どこにもいない。

みんなどこかで

歯を食いしばってんだ。

 人と違うって言われてみたら

きっと辛いだろう?

君の言う事を

信じてくれる人は少なく

そんな時に

ふと、

置いてけぼりな気分になるんだ。

親友に、「お前は難しすぎる」って

悔しそうに言われたら、

きっと、

君には耐えられないだろうな。

・・・傷つかぬ人など

どこにもいない。

みんなどこかで

矛盾を感じているんだ。

  だから、

粉々に

砕け散りたいとも考えていた。

けれど、

・・・哀しいけれど、

僕は歳をとり続ける。

とてつもない

思いの中でね

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『Why?』について

 先日友人に紹介された、YUIの『Why?』が入ったアルバムと、とある洋楽のCDをアマゾンで購入して聴いている。洋楽の方はメインの曲の歌詞は載っていたが、訳す時間がない。ただ聴いてみたら、荘厳な感じの僕好みの曲だった(他の曲は駄目だったけれど)。一方で、友人からの宿題の『Why?』の方はとっかかりが難しかった。

 まず、『Why?』全体の歌詞を捉えるよりは、サビの、「どうして人は言葉を持ったのだろう 心が見えにくくなる」という部分のみにスポットライトを当てることにした。実際に友人はこの部分に影響されたのだし、歌詞全体を自分の過去の経験や思いに照らし合わせるのはナンセンスな気がした。だから、サビだけを考えるのだけれど、どうもピンと来ない。

 「初めに言葉ありき」と言うように、人間のあらゆる思考の基底は言葉である。言葉によって物事を考えるのだが、それ故に、必要以上に苦しんでしまったり、悩んだり、「心が見えにくくなる」ということは実際にある。嫌な例えだが、言葉を持っている人間のみが、自殺を選んだりもする。・・・だけど、僕は、言葉というものは、使い方によって、毒にもなれば薬にもなると思う。また、言葉を持っているからこそ、人間なのであって、それを受け止めた上で生き抜いていく強さという所に、人間の尊厳があるといっても過言でもない気もする。

 また、何も人間というのは、言葉のみが心を支配するわけでもない。例えば、(言葉による)理屈で恋に堕ちる人間などいない。もっと、直観的なものが、実は人間同士を結びつける上で大切であったりする事もかなり多い。以前、将棋の羽生善治氏が語っていた、「パッと観てパッと解ることは結構大切なことです」という言葉は、何も人間関係だけではなくて、あらゆる事象に対して直観を磨く大切さを語っている気がしてならない。これは禅にも通ずる面がある。また、『星の王子様』で、キツネが王子様に「肝心なことは眼には見えないんだよ」と語るが、これは何も眼だけではない。「肝心なことは言葉では解らないんだよ」と置き換えても同じ事だ。・・・もっと拡張すると、空の視点から心や万象を捉えようとすれば、般若心経にあるように、「無眼耳鼻舌身意」ということになってしまう。

 また、心とは何なのかということも考えなければならない。仮に理性と本能とで区別するなら、理性と言葉というのは同値なのではないか。だとすれば、言葉がない世界は本能のみの世界となる。それは幸せなことなのだろうか?生物は、本能が理性に勝る事は当たり前だが、理性を否定してしまうと、やはり、人間の尊厳に関わるのではないか?また、愛犬の弥七君を観察してみると、本能が中心だが、犬でも(言葉をしゃべれないだけで)理性で判断していることが、ままあることが解る。これでは、本能のみの心とは存在するのか迷う。具体的な適例が思い浮かばない。

 ややこしく考え過ぎかも知れないが、結局、僕が行き着くところは、「言葉がない方が心がよく見える」というのは、人間である限り、理想論に過ぎず、言葉にこだわらずに、もっと心なりなんなりを磨いて、より多くのことを吸収できるように努力するべきだと思うし、そうしたら、きっと、自分の発する言葉というものにも変化が起き、より優しさというものを発することができるのではないか、というスタイルである。

 『Why?』を紹介してくれた友人に、心を込めて

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行きつけの鍼灸院

 たしか、本日をもって行きつけの鍼灸院が閉店することになる。もう、五年以上は通っていたが、無くなってしまうとなると、他の店を知らないので少し困る。まあ、その店の一人の先生が独立されるというので、そこに通うことになるのかも知れない。

 しょっちゅう通っていたわけではなかったが、いろんな先生にお世話になった。やはり、上手い人(自分に合う人)とそうでない人がいた。上手い方は手際が良く、凝っているところにピンポイントでビシビシ鍼を打ってくれていた。しかし、そういう方に限って、指名も多いのだろう。早々と独立してしまい、店から姿を消してしまうのが早かった。

 鍼にしろ、お灸にしろ、マッサージに比べると、本当に効いているかどうかは解りにくい。でも、鍼を打たれたときのツボに響く感触はやみつきになる。打ってもらった直後は、体が重だるくなるのだが、一晩寝ると、体は軽くなる。まあ、鍼は好き嫌いが分かれると思うが。

 私の場合、鍼灸院に通うのは、その効用だけが目的ではない。いろんな先生達と、いろんな会話をするというのも、いい気分転換になる。思えば、鍼やマッサージの先生方というのは、(話の)聞き上手な方が多い気がする。それも大切な要素なのだろう。

 さて、この後、ねぎらいに行こうか行くまいかで、現在迷っている。

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浮き世のルール

 ある地域を旅したときに、昔の水軍の資料館を訪問したことがある。いろんな宝物が展示されていたのだが、それ程、心惹かれるものはなかった。そんな中、家系図があったので、じっくりと見てみたら、必ずしも長男が継いでいるわけでもなく、何回も養子縁組をしてまで、家系を絶やさぬように苦心してきた歴史が感じられた。

 一昨日、友人の中の一人が語っていたのだが、自分の家の家系図を何代にも渡って調べたところ、悪い行いをした先祖の子孫というのは、必ず何か悪いことが起きて、滅びていたそうである。この話を聞いて、僕は、因縁とか因果とか盛者必衰とかいうことを考えたりもしたが、自分の行いが子孫にまで影響することの怖さを知った。だから、人というのは、正しい行いの基に生きなければならないのだろう。

 私には、昔、「正しい行いとはいったい何なのだろうか?」と悩んでいた時期がある。仏教で言えば八正道(正しく見て、正しく聞いて・・・)ということになるのだろうが、これだけでは「正しい」ということの定義が解らない。さんざん考えた挙げ句に、「因果というものを真剣に考え、後の世に対して、現在の自分が悪い種(行い)をまかぬ事」だと信じることにした。少し逆説的な表現だが、「正しい」ということは解りにくくても、自分が「悪い」と思うことは認識しやすい。それは、道徳観に基づいた、「後ろめたさ」により生じるからだ。

 とは言っても、人間のあらゆる行為には、必ず矛盾している面がある。そう考えると、節度の問題なのかもしれない。また、人によって道徳観が異なる以上、人間なんて信じることぐらいしかできないのかもしれない。

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激しき戦い その2

 列車に揺られ、タクシーに揺られた頃には、僕は完全に酔いから醒めていた。それでも、今回のメインテーマを記すのは難しいと考えていた。こういうときは、指が勝手に動く。女性観、人生観、自己哲学、などの違いから、途中から三対一の戦いになってしまった。でも、充分に成立するから面白い。当然、卑怯なことはしない。

 僕は、友達とは、言いたいことを言えない間柄になったら、もう、友達ではないと思う。(お酒は入っているけれど)みんな、プライドを尊重した上で、真剣なのだ。確かに、刀で切り落としたりはしない。けれど、火花は散る。今回もそうだった。

 一言では書き尽くせないが、今回のテーマは、「結婚していても、困っている人のためになるのなら、(肉体関係も含めて)浮気が許されるか?」ということだと思う。・・・日本人の培ってきた道徳観念では、これは許されないことだと、僕は考える。しかし、彼の言うことも全面否定できない。詳しくは触れないが、最終的には医学や生理学や遺伝学の範囲にまで話は進んだ。それでも彼は譲らなかった(そこがいい)。逆に、女心の解らない、自分の痛みに触れてる気がした。これぐらいの気合いがなければ、我々の飲み会にはついては来られない。

 そんな彼から宿題をもらった。YUIという娘の『WHY?』という曲を聴きなさいと。偶然、i-podを持っていた別の友人に借りて聞いたのだが、言葉がない方が心は分かり合えるのだろうか?今度じっくり聞いてみたい。

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激しき戦い その1

 先程まで、都内某所で友人達と飲んでいた。でも、帰宅してから二時間は経つ。飲み会などは、みなそうなのだろうが、適度にお酒が入ったところで熱くなる。だからといってケンカ討論ではなくて、お互いに気を遣いながら(僕はどうかな?)鋭く斬り合う仲間でもある。

 今日の飲み会に参加して、改めて、『僕は話の聞き方が下手だな』と感じた。友達としゃべるタイミングが重なってしまったり、(酔って)まともに話を聞かずに喋っている自分がいた。直さなければならないところだとは感じてはいるが、今日のメンツに関する限り、みんな言いたい放題なので、それもまた良しとも考えている。

 まず、今回は、前回に仕事の都合で会えなかった友人と会えたのが嬉しい。もっと嬉しかったのは、一月の口約であった「第二子をつくる」という友人の奥さんがご懐妊されたことだ。他にもみんなが口約を果たすべく、必死になっていた。私も負けられない。元気をもらった。

 体育会系の飲みではなく、議論が伯仲する飲みである。七人も集まれば、当然、価値観も異なってくる。そうなると、もう、歯止めがきかない(言いたいことを言える仲というのがいいところでもあるのだが)。お互いに真剣に議論するのだが、傷つけあうことはしない。どいつもこいつも頭が切れるから、当然、話は激しいバトルとなる。それでも、価値観はぶつかり合うから、激しき戦いになるのは必然である。 (つづく)   

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あれ?早く起きすぎた

 現在、雨戸に雨がぶつかる音が、時折、聞こえる。親父の気管に胃液が入ったのか、咳き込んでいる。そういえば昨日、将棋で親父に完勝したものの、コンピューターにはやっぱり負けた。肌着一枚で過ごしているのだが、寒くはない。何とも暖かくなったものだ。

 今日は大学時代の友人仲間と、都内某所で集まる予定。自分も含めて男ばかりが七人も集まる。blogの更新は、辛くても毎日続けたが、小説の方はまだまだである。自分の体調(特にメンタル面)も良くなってきたので、約束期限である夏までには仕上げたい。今日の所は、中間報告といったところであろうか。久々にのんびりとしたい。

 以前の新年会の時には目的地に早く着きすぎた。今回は、余りにも早くに起きてしまった。まだ午前の三時前だ。blogを更新したら、当然、寝る。なんだか中途半端に眠くて、中途半端に覚醒している。それにしても友人達との再会は、とても嬉しい。

 どんな服装がいいかで、現在、迷っている。もう、コートを着る季節ではないし、だからといって、上に羽織るものがないと寒いだろう。まあ、なんとかなるか。・・・さっき鏡を見たら、左目が充血していた。すぐに治ると思うが、逆まつげか何かがあったのが原因だろうか。近所の眼医者に行ってもいいが、「バイアグラ置いてます」の看板が気になる。『俺は負けないから大丈夫』って、なんだかどうでもいいことをダラダラと書いてしまった。

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カップラーメンの魔力

 体に悪いとは解っていながらも、無性にカップラーメンが食べたくなることがある。スナック菓子にしろ、カップラーメンの麺にしろ、油で揚げているから、カロリーも高い。ダイエットの大敵であるのだが、それでも食べたい気持ちを抑えられないときがある。

 カップラーメンは栄養のバランスも悪く、塩分も高く、などと悪いことずくめなのであるが、子供の頃には、何も気にせずに食べていた。便利で、誰にでも簡単に作れるので、ちょっと小腹が空いたときには、安易に手を出していた記憶がある。と言うより、他の料理の作り方を知らなかったという事情もあった。簡単な料理なら作れるようになった現在は、冷蔵庫の中を見て、適当に作ったりしている。

 いろんな悪い要素があるカップラーメンだが、医者である、友人の奥さんが語っていたのは、熱湯によって発泡スチロールなどの容器が溶けたときに出てくる環境ホルモンの量が半端ではないということだった。このことは、将来的に大きな問題になるだろうな、と感じた。

 食の安全問題が深刻な社会問題になっている昨今、私はコンビニのお弁当でも食べるのを極力避けている。それなのに、カップラーメンに関しては、たまにならいいだろうと、ついつい食べてしまう。食べるといっても、年に数回程度であるが。・・・こんな事を書いていたら、なんだか本当に食べたくなってきたが、今日の所は我慢しますか。

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おい、八

「八兵衛、ずいぶんと長い厠であったな」

「まあまあ、そうおしゃらずに。今日はあっしの弟が来てるんでやんすよ」

助さん「八の弟か。初めて聞いたぞ」

「いやいや、奴も食いしん坊でして」

「八兵衛が大方食べてしまうのではないのか?」

「そんなそんな。盃を交わして、話に花が咲くだけでやんす」

助さん「八よりもしっかりしているのであろうな」

「いやいやぁ?。あっしにもよくわかりません。ただ、久しぶりの出会いを楽しみたいです」

「八兵衛よ、うっかりは禁物ですぞ」

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ゴルフボール

 私の家の側にゴルフ場がある。質が悪いので大会などには使われない。その何番ホールか知らないが、打ちっ放すところがある。そこには、球の軌道がそれた場合のために、フェンスが設けてある。フェンス越しに被害が出たということは聞いたことがないが、それでも大きなフェンスの向こう側に打つ人がいた。子供の頃に探してみたら、いらないくらいにゴルフボールを集めることができた。

 ゴルフのどこが楽しいかと言われても、即答できない。詳しくないこともあるだろうが、武田鉄矢さんは「球を穴に入れる面白み」と、男性的な意見を語っていた。それなら、ビリヤードもそうだろうと考えたが合点がゆかない。少なくとも僕は、球技に女性を連想することはないし、やっている最中は夢中である。その末に女性がいるのか、それ以前に女性がいるのかも知らない。

 スポーツを男女関係に重ねるのも面白い発想だが、子供の頃の私は、『何であんなにゴルフボールは固いんだろう』という一心で、カッターを取り出して分解してみた。すると、厚いゴルフボールの下には、ゴム紐が巻かれており、それを取り除くとちょっとだけ水の入った、ゴムの袋だけが残った。

 ある友人もガキの頃に同じ事をして、カッターで手を切ったと言っていた。似たもの同士なのを感じると共に、ちょっとした好奇心を試してみることの大切さを感じた。

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文庫本の思い出

 小学校の時に通っていた塾の国語の問題の文章が面白くて、母にねだって本を買ってもらったことがある。だがそれは、あくまでも児童文学であった。先輩に江戸川乱歩が面白いと言われて一冊読んだが、イメージが湧きにくく、読むのが苦痛であった。当時の売れっ子であった赤川次郎も、立ち読みして5Pで本棚に戻していた。

 そんな塾へ向かうある日のバスでのこと、児童文学の冒険小説で、あるハードカバーの本を読んでいた私は、友達にからかわれた。「そんなに字の大きい本を読んで面白いのか」と。そいつは私よりも試験の点数がいい奴だった。悔しくて、やはり私は母に本が読みたいとねだった。今度は文庫本を読むつもりであった。本屋に行って、漱石の「坊ちゃん」、壺井栄の「二十四の瞳」、竹山道雄の「ビルマの竪琴」を買ってもらった。いずれも読破したが記憶には余り残っていない。印象に残ったシーンを絵に描いたりしたが、よく覚えていない。

 文庫本にすんなりと入っていけた私は、親父の本棚の本で、訳がわかるものは読んでいた。馬鹿にした友人が井上靖の「天平の甍」を読んでいたので、対抗して「しろばんば」を読んだこともある。しかし、クラスメイトの友人が星新一の「きまぐれロボット」を紹介してくれた時には、少し複雑な気持ちがした。作品がどうのこうのではなく、本に対して意地を張ること自体が馬鹿馬鹿しくなった。星さんの作品から、気楽に本を楽しむことを忘れていた自分に気がついた。・・・過去に読んだ本の内容はほとんど記憶しているが、無理をして読んだものは忘れてしまっている。と言うより、そんな意地などもういらない。

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愛国心とグローバリズム

 愛国心と言っても様々であるが、私は最低限のものは必要だと思う。最低限と言っても、君が代斉唱や国旗掲揚を義務づけるという方々とは考え方が異なる。憲法に於いて、思想の自由が保障されているのなら、押しつけるのはおかしい。また、愛国心というのは、押しつけてどうなるものでもない。政治的な判断なしで書く。

 グローバリゼーションがどうのこうのと、本当に意味が解って語っている人は少ない。もちろん、日本人の島国根性というのは現在でも溢れている。語学が達者でない人が多い、この国では、グローバリズム論はとりあえず置いておいて、いきなり、海外のどこかに行ってみることだ。そうしたら、まず、生きることに必死になる。言語は英語とは限らない。そんな中で、その土地の文化というものを尊重しなければならなくなるだろう。合わせようとするのも日本人らしい。

 しかし、少しものを考える人なら、その土地の文化に関して詳しくはなっても、実際に日常を過ごしてきた、自分の国の文化とは何なのか、と迷うだろう。その時に、愛国心が必要か?と聞かれても私は頷かない。文化を愛でる心と愛国心を主張する心は異なるだろう。

 結局、(愛国心ではなく)自国の文化を知り尽くして、愛した上でしか、他国の文化との比較もできず、協調性もなくなって・・・結局、己を知った上でしか人を知れないということだ。

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音楽的大局観について

 私は音に関しては敏感な方である。しかし、絶対音感があるわけではないので、音を聞いても、どの音かは解らない。ましてや和音(コード)になってしまうと、もっと理屈では区別がつかなくなる。絶対音感も、今から身につくなら努力するが、幼い頃でなければ身につかないと聞いた。曲のコード展開にしても、どのコードかは解らないので、あくまでも感覚として「滑らかさ」を中心に耳を傾ける。

 子供の頃から音楽にあふれていた訳でもなく、高校生ぐらいから、いろんなジャンルの曲を聞くようになった。最初は、ヴォーカルしか解らなかった。・・・というより、バックの音楽がどうなっているのかが、よく解らなかった。しばらくそういう状態が続いたが、ある時から、一つの楽器の音だけを追ってみて、どのように演奏されているかに集中する事を繰り返した。一つの曲の中の楽器全部に関して、これをやった。確かクラシックだったと思うが。・・・すると不思議なことが起きた。以前と同じように曲を聴いていても、同時に演奏されている楽器の音が全て独立かつ、同時に聞こえるようになったのだ。このようになってくると、音楽を聴くのが本当に楽しくなってくる。

 以前、このblogで、将棋の升田幸三氏の、「一つのことに集中する癖がつくと、一辺にたくさんのことができるようになる」という言葉のメカニズムを説明すると書いたが、上に挙げた例などが適当だと思う。

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アウトバーンに速度制限

 アウトバーンとはドイツ国内に張り巡らされた高速道路網で、速度無制限という、世界でも珍しい形態を採っている所に特徴があった。しかし、ドイツ北西、ブレーメン市の一部区間で、120Km/hの速度制限を設けることになったらしい。根拠は、事故防止や環境問題への対策とのこと。確かに、車には速度と燃費のバランスが最もよいとされる経済速度があるから、それに近い速度制限を設けるというのは、環境対策としては理にかなっている。

 しかし、私が改めて驚いたことは、アウトバーンに関する限り、ドイツはスピード違反の税収無しで、これまでやってきたということである。アメリカでも州によっては、速度無制限というところもあるが、ド田舎でのことだ。他の国では、まず考えられない仕組みだろう。

 日本の名神高速では、滋賀県を通る度に、最低一台は覆面に捕まっている。何故なのか当初は解らなかったが、税収という見地に立てば、一つの推論が成り立つ。つまり、滋賀県は面積の1/4程度が琵琶湖の為、そこから税収が上がらない分、滋賀県警は張り切っている気がしてならない。だから、私は滋賀県では絶対に飛ばさない。

 第二東名・名神が必要かどうかは別として、以前、制限速度が140Km/hになる予定だと聞いたことがある。実現するかどうかは知らない。・・・何はともあれ不思議に思うのは、自動車会社は、何故、制限速度以上のスピードが出る車を造るのだろうか。思惑が知りたい。

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日めくりカレンダーの思い出

 カレンダーと言えば、何かの関係で頂いたり、購入する場合は、主として年末にまとめ買いしたりする。購入する場合、用途に応じて、デザインで選んだり、予定を書き込める物を選んだり、と様々である。どのカレンダーを、どの部屋に貼るかについても、あれこれ考えてから選ぶ。一月単位の物も必要だし、年を通しての物も必要である。しかし、最近は、一日単位の日めくりカレンダーは余り見ない。

 私が小学生の頃だったか、何かの縁で、日めくりカレンダーを頂いた。企業の名前が書いてある固い台紙の上に、まさに365日分の紙の日付が、ぶ厚く乗っかっていた。枚数が多い分、日付の紙は薄っぺらかったが、その日についてのいろんな事が書いてあった。確か、台所に貼られていたと思う。珍しいのと、一日ごとに一枚破るというのが新鮮で、毎日剥がすのが楽しみだった。そのために私と弟とで喧嘩になったこともある。だから、その一年は、一日も欠かさずに日めくりカレンダーが剥がされ、珍しく母が感心していたものである。

 しかし、子供の興味なんて、すぐに他に行ってしまう。翌年も、台所に日めくりカレンダーが貼られたのだが、弟も私も剥がさなくなり、日付が五日前になっていることなど、しょっちゅうだった。こうなっては意味がない。剥がし忘れる位なら、最初から貼らない方がいい。

 何か、日めくりカレンダーには「毎日を大切にしろ」というメッセージ性がある気がする。

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10タテを食らって

 コンピューター将棋に10タテを食らったショックで、今日は寝込んでいる。

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阿波踊りについて

 阿波踊りと言えば、夏に徳島で盛大に行われるお祭りとして有名である。「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」というフレーズと共に、「チャンカチャンカ、チャンカチャンカ・・・」という音楽に乗って、あの、不思議な所作の踊りが続くという印象である。

 以前、夏前に、四国を車で旅したときに、徳島県の中部、吉野川沿いの地域で、夕方を迎えた。都合よく、車中泊をする場所が見つかったので、その周辺でコインランドリーを探し、洗濯している間に、夕食を採った。まもなく、洗濯も終わり、車中泊の場所に戻ってエンジンを止め、寝る支度を済ませると、何やら外が騒がしい。とっくに日が暮れていたのに、大人や子供が二、三十人は集まっている。そこはちょっとした広場で、照明もある場所だったのだが、不思議に思い、車を降りて、ベンチに腰掛けて眺めていると、どうやら何かの練習をしている様子。大人達数人が、笛などのいくつかの楽器を演奏し出すと、子供達が阿波踊りを踊りだした。そして、ワンセッションが終わる度に、手や足、腰の動きなどを大人達が指導する。それを何回か繰り返していた。

 邪魔にならないように見物していたのだが、練習が終わった後に、大人の方々と少し話をした。すると、夏の本番のためにゴールデンウィーク頃から練習を始めるらしい。大人から子供に伝承していくスタイルは、昔から変わらず、それが徳島県中で行われているとのこと。わずか数日間の「阿波踊り」のために、これだけの情熱をそそぐのか、と驚いたと同時に、「お祭り」を通じて地域コミュニティーが活性化されるのは、実はとてもいいことなのではないかとも感じた。住民同士が交流し、協力し合う姿には、見習う所もあるだろう。

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涙もろさについて

 自分で言うのもおかしな気がするが、私は涙もろい方だと思う。一概に涙といっても、いろいろあるが、本やTVや映画などの、いい話などに感動して流す涙が多い。TVや映画は、音楽が余計に感動を煽るから、ついつい涙もろくなってしまう。って、いっつもかっつも泣くわけではないが、たまに家族が一緒の場合などは、涙をこらえて、隠すのに苦労する。なんだか自分は感情移入しやすいようだ。

 だから、映画なども、ジャンルを問わずに「泣ける映画」が好きなのだが、大勢の人が集まる映画館などでは観る気になれない。なので、映画などは借りてきて、自分の部屋で一人で思う存分に泣く。泣くこと自体は別に悪いことだとは思わないのだが、泣き顔をさらす気分にはなれない。というより、男が泣き顔をさらすのはよろしくない。

 同じ話を受け止めても、涙を流す人と、そうでない人がいるのは、単に感受性が豊かであるかどうかの問題だけではないだろう。きっと、辛い思いを多くしてきた人の方が、少しばかりのことでは涙を見せないのではないか。そう考えると、私などは苦労知らずな面が強い気がする。昔、父から、「男は親の死に目以外では涙を流さぬもの」と言われたが、祖父の葬式の時でも、私は父の涙を見なかった。

 涙についてさらりと書いてみたが、自分は、うれし涙だけは流した記憶がない。これは不幸なことなのかもしれないが、その分、たくさん笑ってきたな、とは思う。

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感謝・10000アクセス突破

 おかげさまで、このblogも、10000アクセス突破することができました。去年の今頃、blogって何だ?と考えていた自分にとっては、よくわからない数字です。ひとえに、支えていただいた皆様のおかげです。深く感謝申し上げます。

  このblogにも写真を載せまくろうか悩みました。自分がblogをやるに当たって、いろんな方のblogを参考にしました。そこでは、まず写真があって、それに伴うエピソードが多数でした。私は文章が上手くなりたくてblogを始めたのです。初期の頃などは、愛犬の弥七君などの写真なども掲載しましたが、現在、彼はカメラ嫌いのようです。

 写真無しでも10000アクセス突破できたのは、非常に励みになりますし、光栄なことだと考えます。不器用ですがこれからも宜しくお願い致します。

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秀行先生の弟子

 囲碁の高尾秀紳・本因坊が趙治勲・十段から三タテで十段位を奪取した。高尾・本因坊は、本名は紳路というのだが、確か去年あたりか、秀紳と名乗った。碁打ちが改名することは、珍しくはないのだが、当然、気になったのは、『秀』の字である。

 もしかしたら、とは思っていたが、やはり、あの秀行先生の弟子だった。秀行先生とは、正確には藤沢秀行・名誉棋聖のことであるが、弟子がいたとは知らなかった。もちろん、昔は秀行塾などといって、多くの若手が集まって合宿などをしていたのだから、不思議ではない。現役の碁打ちでも世話になった方も多いだろう。親分肌で面倒見がよく、先生は、いろんな人から慕われている。若い頃の趙治勲さんに稽古を付けている写真を見たこともあるし、昔の中国の碁打ちにも指導していた。当時から、日本の囲碁界が世界に後れを取ることを危惧されていたし、それは現在、現実のものともなっている。

 秀行先生と言えば、大酒飲みで、博打打ちで、女好きで、・・・と、武勇伝やエピソードには事欠かない方なのだが、一辺には書けないので、今回は棋聖戦の話を書く。棋聖戦とは、秀行先生が交渉して作った囲碁の棋戦で、先生は、初回から五連覇して名誉棋聖になる。当時の秀行先生は、「囲碁には三連勝の後、四連敗することもあり得る」と語っておられたのだが、棋聖戦の六期目に、あろう事か挑戦者の趙治勲さんに、先生自ら、史上初の三連勝四連敗を食らって、棋聖位を失った。・・・それを考えると、今回の十段戦は、弟子が師匠の仇を取った構図になるな、と勝手に思った。

 また、高尾さんが三十代の初めにもかかわらず、秀紳と改名したのは、多分、秀行先生のご高齢を考えてのことだろうとも思った。生命力に満ちあふれていた先生も、好々爺になっておられる様子。生きる伝説として、長生きをしていただきたいものだ。

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きよしとよしき

 昨日のblogで、「やすしのすしや」と言って盛り上がっていた友人との会話は、やっさんのネタが尽きたあたりで、今度は、「きよしとよしき」などと言って、再び馬鹿話に花が咲いた。 展開としては、まず、きよし師匠が司会を務めるTVの歌番組に、X JapanのYoshiki(よしき)達がゲストとして出演。きよし師匠が曲を紹介すると、場面が変わり、唯一、スポットライトを浴びたYoshikiがピアノでイントロを弾く。・・・イントロが終わり、照明が消える。そうしてYoshikiがドラムに移動するという、いつものパターンなのだが、ピアノとドラムが余りにも離れすぎているがために、演奏開始までに、Yoshikiがドラムにたどり着けない、というのが「きよしとよしき」という話のオチだった。

 その後、友人との会話は、X Japanについての話となった。私が、「Xで解散コンサートをやって荒稼ぎしといて、アメリカで遊んで帰ってきたら、同じメンバーでXにJapanくっつけて復活っていうのは、ファンは嬉しいかもしれないけれど、なんだかおかしいだろ」と言ったら、友人は、「次は、X exotic Japan (エックス エキゾチック ジャパン)だとばかり思っていたよ」と言う。私が、「まあ、ギターのhide死んじまったしな・・・」と言ったところで、しんみりとした沈黙が続いた。

 最近、また、X Japanが復活との記事を読んだが、hideの事は、ぬいぐるみとか映像でカバーするらしい。パリ公演も予定していると聞いたが、どうなるのだろうか。さてと。

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やすしのすしや

 とある駅の改札で友人と待ち合わせをしてから寿司屋に行った。パチンコで大勝ちしたのと、以前、新宿でごちそうになったことがあったので、その時の勘定は私が払った。その後も夜の街を満喫してから、二人でタクシーに乗り、我が家に向かった。その道中で不思議なことに気づいた。メーターの電源が入っていないのである。『白タクか?』と一瞬疑ったが、単に壊れていただけらしい。タクシーの勘定は友人が払ったのだが、通常より安い料金を運転手は提示した。降りてから私が「初乗り660円(当時)やろ!と強気に出るべきだったか」と言うと、友人は「それをやったら、やっさんや」と笑っていた。

 その後、私の部屋で話していても、やっさんの話題から始まった。なんでも、友人の近所の寿司屋の板さんが、やっさんそっくりらしいのである。私が、「それとなく教えてあげた方がいいんじゃねえのか」と言うと、「相手は包丁を持ってるからなあ」と友人が言い、二人で爆笑。二人してシャレを楽しむように「やすしのすしや」と言って笑った。

 では、仮に、やっさんが板さんをやっている「やすしのすしや」なるものがあったとしたら、どんなものになるだろう?のれんをくぐって、戸を開けると、スカイブルーのスーツを着たやっさんがいる。天井からセスナ機の小型模型が紐でぶら下がっている。水槽でも、ボートの小型模型がクルクル旋回している。カウンターに座って、頼むのが遅いと、「何でも頼まんかい、ワレ!」と言ってどやされる。やっさんだから、当然、酒を呑みながらニギる。ムカつくと鉄拳が飛んでくる・・・想像しただけでも、無理がある。やっさんにはやっぱり漫才しかない。

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のんびりとした花見

 昔の日本の花見と言えば「梅の花」を鑑賞していたそうであるが、現代は「桜の花」である。桜の花は散り際が美しいと感じていた私は、昨日が晴れだと知って、今がチャンスと、出かけることにした。普段は愛犬の弥七君を連れて車で行く公園なのだが、のんびり酒が飲みたかったので、電車とバスで出かけることにした。弁当を持って。

 友達とも集まって花見をしたことがある公園だったが、呑みながら花見をするのは三回目である。平日の午前中ということもあって、桜が満開の公園は人がまばらだった。花見をしている人よりも、写真を撮っている方が多い。私は桜の咲いている丘の上にゴザを敷き、360°桜の花が見えるところに陣取った。空は快晴、多少の風が出ており、薄ら寒かったが、最高の花見日和でもあった。

 弁当をつまみ、ビールをひっかけながら、ぼんやり観ていた。花片がひらひらと散る中、歌でも詠みたい気分だったが、桜が見事すぎて、そういう感情を通り越してしまった。僕は、「もののあはれ」の原点は「ひさかたの」の桜の散り際にあると考える。そこから、「いろは歌」に行って、「平家」に行って、「芭蕉」に繋がる気がする。

 ゴザに横になっていたら少し眠ってしまった。「上司がそうだと、部下なんて成り立つわけ無いだろ」という訳のわからない寝言と共に目覚めた。どこから出てきたのかは解らない。下を見ると人が増えている。時計を観ると正午過ぎ。潮時だと思った私は、今年の桜に別れを告げて、家路へと向かった。

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野村ささやき戦術について

 現在、楽天(それまではヤクルト、阪神)の監督として活躍している野村監督だが、現役時代も凄かった。当時の南海ホークスで、捕手でありながら三冠王を取るなど、並外れた選手であった。捕手でも強打者はいるが、三冠王は野村監督だけではないか。

 現役当時の野村監督の戦術として有名なのが「野村ささやき戦術」である。聞いた話なので確信を持って言えないが、野村監督が捕手をやっていたときに、バッターに対して何やらボソボソつぶやくのである。勝手に「昭和枯れススキ」を歌ってみたり、「お前、次は、内角狙ってんやろ」と言ってみたり、「どこどこの店の姉ちゃんがよろしゅう言ってたで」などとささやいて、相手バッターの混乱を誘い、バッターは打撃に集中できなくなってしまうという、高度な心理戦だ。今でこそ捕手がバッターを観察して、配球を組み立てるのは当たり前になったが、野村監督はそれ以上の工夫をしていた。

 しかし、野村監督自身が言っていたのだが、この、無敵に思える「野村ささやき戦術」も、一流バッターには通用しなかったそうだ。集中力が違うと言うのである。典型的な例が長嶋さんの現役時代のことで、野村捕手がいくら「次は内角の直球やな」などと言って攪乱しようとしても、長嶋さんは、どこ吹く風、「このピッチャーいい球放るねえ」などと言って、相槌を打ち、あっさりと打たれたそうである。

 しかし、「ささやき戦術」が高度な心理戦であることに変わりはない。このエピソードを聞いた時、野村監督は麻雀も強いだろうなと思った。

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