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駄菓子屋の思い出

 私が子供の頃は、ほとんどの子供が一日ごとに、親から小遣いをもらい、お菓子を食べるために使っていた。我が家も例外ではなく、学校から帰ると、おやつ代として、私と弟に百円ずつ毎日小遣いをくれていた。その百円玉を持って、スーパーのお菓子売り場に行き、即座に百円のお菓子を買う、などということはしない。子供としては、その貴重な百円を、いかに満足に使うかということが大切だった。そんな中で、隣町にあった駄菓子屋の存在は大きかった。

 看板に「だがしや」と書かれた、バラックのような、その建物の中は、いつも子供がごった返していた。十円、二十円単位でガムやアイスやスルメなどを買う。友達とちょっとずつ分け合ったりして、いろんな物を味わった。その「だがしや」の中では三十円以上のお菓子は高価な物とされ、それに手を出す子供は、なかなかいなかった。たまに購入している奴がいると、皆がよってたかって、「一口くれ」「ちょっとだけくれ」などと言って、断り切れない中で、本人はほとんど食べられないという状態だった。・・・しかし頭のいい奴もいたものである。わざと高価な物を買って、少し分けてあげる代わりに、そいつのお菓子の一部と交換して、より多くの収穫を得るという高等戦術を使う奴もいた。なんだか懐かしいが、「だがしや」は子供同士の交渉の場であると共に、情報交換の場でもあった。

 とっくの昔に「だがしや」は無くなり、駄菓子そのものが無くなりつつあるが、こういう子供同士の交流の文化は残って欲しかった。

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