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No.1とOnly one

 「No.1になれなくてもOnly oneになればいい」という考え方は、優しいようであるが、実はとても厳しいことを言っているような気がしてならない。安易に受け止めてしまうと、人間としての堕落が待っている。堕落する時期も必要なのは確かなのだが、どうも、しっくり来ない。

 人間が、自分を大切にして、人を大切にして、その生き方までも大切にすることは、生きていくための哲学として欠かせない。そうしなければ、人間など生きてはゆけない。しかし、この概念は、初めに自分ありきではあっても、自己中心では成り立たない。そこの所の見極めができていなければ、こんなことを言う資格がない。

 とことんまで考えたら、Only oneになるよりも、No.1になる方がはるかに楽なことに気がつく(確固たる独自性という意味で)。また、裏返して考えると、No.1にすらなれないのであれば、到底、Only oneになることなど不可能な気がする。どちらにも要求されるのは、好奇心に基づいた向上心なのだが、ある程度の素養と、ある程度の努力があれば、No.1にはなれるが、己の全てを賭けても、たどり着けない様にできているのがOnly oneの境地でもある。

 唯我独尊を考えたら、Only oneとは、産まれながらの権利であるともとれる。しかし、呻吟した上での唯我独尊と、そうでないものとは、根本から異なる。私から言わせれば、むしろ、No.1の苦しみを知らない者が、Only oneであればいいと言うのは無責任な気がする。

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