« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »

2008年3月

『K.Y』だと?

 いつ頃から出てきた言葉かは知らないが、『K.Y』(場の空気が読めない)という言葉がここのところ耳につくようになった。嫌な言葉だと思うし、言われた人は相当に傷つくだろうな、と思った。こういうところに、「いじめ」の原点があったりする。こんな言葉は使うべきではない。自分勝手な人や、無神経な人に浴びせるにしてもひどい。どころか、使われ方によっては、言っている本人のわがままが露呈するケースもある。

 確かに、人が集う環境の中で、場の空気が読める人もいれば、読めない人もいる。そういう状況で、読めない人を、『K.Y』と言って突き放すのは、あまりにもひどい。そういう場合、空気が読める人は、読めない人をフォローしてあげるべきだ。人間なんて、お互い様のようなところがあるのだから、そういう気配りがあってもいい。

 去年の有馬記念で、大穴のマツリダゴッホが勝ったとき、鞍上の蛯名騎手が、「超K.Yですいません」と言ったのには驚いた。そりゃ、馬券がとれないのは悔しい。でも、競馬に絶対が無い以上、負けるのを覚悟の上で馬券を買うのが当然だ。騎手も関係者も馬も、必死で勝ちに行っているのに、思い通りの結果が出なくて、「あいつは空気が読めない」などと言うのならば、最初から競馬などやらぬことだ。そんなワガママはあってはならない。

 いろんな人がいて、初めて社会は成り立つ。そんな中で、自分が周囲に生かさせてもらっていることを見失ってはいけない。人の気持ちを考えて、思いやりとやさしさを持って人と接しなければ、人間なんて成長できない。人を非難する暇があったら、自分を磨くことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

No.1とOnly one

 「No.1になれなくてもOnly oneになればいい」という考え方は、優しいようであるが、実はとても厳しいことを言っているような気がしてならない。安易に受け止めてしまうと、人間としての堕落が待っている。堕落する時期も必要なのは確かなのだが、どうも、しっくり来ない。

 人間が、自分を大切にして、人を大切にして、その生き方までも大切にすることは、生きていくための哲学として欠かせない。そうしなければ、人間など生きてはゆけない。しかし、この概念は、初めに自分ありきではあっても、自己中心では成り立たない。そこの所の見極めができていなければ、こんなことを言う資格がない。

 とことんまで考えたら、Only oneになるよりも、No.1になる方がはるかに楽なことに気がつく(確固たる独自性という意味で)。また、裏返して考えると、No.1にすらなれないのであれば、到底、Only oneになることなど不可能な気がする。どちらにも要求されるのは、好奇心に基づいた向上心なのだが、ある程度の素養と、ある程度の努力があれば、No.1にはなれるが、己の全てを賭けても、たどり着けない様にできているのがOnly oneの境地でもある。

 唯我独尊を考えたら、Only oneとは、産まれながらの権利であるともとれる。しかし、呻吟した上での唯我独尊と、そうでないものとは、根本から異なる。私から言わせれば、むしろ、No.1の苦しみを知らない者が、Only oneであればいいと言うのは無責任な気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マケイン氏の漁夫の利?

 アメリカの大統領選の風向きが、微妙に変わりつつある気がする。元来、共和党の現ブッシュ政権の失政への責任追及的な流れから、民主党の候補が注目される模様となり、実際にオバマ氏とクリントン氏の、まれにみる熱戦となった。アメリカ人に限らず、日本を始め、世界中が注目する中で、人々の政治的関心が高まった。

 ここまではよかったのだが、民主党の候補者選びが、あたかも実際の大統領選挙のように錯覚してしまうほど、ヒートアップしすぎている気がしてならない。共和党はマケイン氏があっさりと候補者に決まり、大統領選への布石を着々と進めている。この時点で、マケイン氏は民主党候補に比べ、有利な展開に持ち込める。

 しかも、オバマ陣営もクリントン陣営も、日本の選挙では考えにくい、相手陣営の中傷による、イメージダウンを狙った戦略に出た。これで一層、選挙戦が泥沼化したと共に、おかしな現象が起き出した。オバマ氏の支持者にしろ、クリントン氏の支持者にしろ、自分の支持する候補が負けたら、共和党のマケイン氏に票を入れるという、民主党の支持者の層を生じたというのだ。これでは共倒れである。

 民主党の候補者争いが加熱しすぎて、両陣営とも候補者になったはいいものの疲弊し、実際の大統領選では、共和党のマケイン氏が勝つという展開になるならば、なんだかマケイン氏が漁夫の利を得るような構図になる。そうなる予感も否めない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

駄菓子屋の思い出

 私が子供の頃は、ほとんどの子供が一日ごとに、親から小遣いをもらい、お菓子を食べるために使っていた。我が家も例外ではなく、学校から帰ると、おやつ代として、私と弟に百円ずつ毎日小遣いをくれていた。その百円玉を持って、スーパーのお菓子売り場に行き、即座に百円のお菓子を買う、などということはしない。子供としては、その貴重な百円を、いかに満足に使うかということが大切だった。そんな中で、隣町にあった駄菓子屋の存在は大きかった。

 看板に「だがしや」と書かれた、バラックのような、その建物の中は、いつも子供がごった返していた。十円、二十円単位でガムやアイスやスルメなどを買う。友達とちょっとずつ分け合ったりして、いろんな物を味わった。その「だがしや」の中では三十円以上のお菓子は高価な物とされ、それに手を出す子供は、なかなかいなかった。たまに購入している奴がいると、皆がよってたかって、「一口くれ」「ちょっとだけくれ」などと言って、断り切れない中で、本人はほとんど食べられないという状態だった。・・・しかし頭のいい奴もいたものである。わざと高価な物を買って、少し分けてあげる代わりに、そいつのお菓子の一部と交換して、より多くの収穫を得るという高等戦術を使う奴もいた。なんだか懐かしいが、「だがしや」は子供同士の交渉の場であると共に、情報交換の場でもあった。

 とっくの昔に「だがしや」は無くなり、駄菓子そのものが無くなりつつあるが、こういう子供同士の交流の文化は残って欲しかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アスリートの引退(桑田が燃え尽きた日)

 桑田投手が引退すると聞いた。複雑な気持ちである。輝かしい実績を残したことは誰でも知っている。かつては憎まれ役でもあった。確かに、若かりし頃には欲望がギラギラしている印象を受けた。ボロクソにたたかれても、投げては勝つ中、皆が図太い奴だと言った。

 しかし、試合中の右肘故障とそのリハビリの過酷さ、かつてのエースが黙々と二軍のグラウンドを走る姿勢に、皆が見方を変えた。桑田が変わったのか、周りが変わったのかは解らない。ただ、苦しんでいる者が、可能性を信じて、前向きに、必死に努力することに、誰も口を挟む者などいなかった。皆が見直した。・・・その信念を。決して恵まれてはいない体格でありながら、ひたすら野球のために全てを捧げ、惜しみない努力を繰り返す選手だと、世間が認めた。そんな桑田投手が「燃え尽きた」と言って引退するという。遠くアメリカの地で。

 希望や夢がある限り、アスリートの情熱の炎は燃え続けるのだろう。桑田投手にとってはメジャーのマウンドだっただろうし、いつしか、謙虚になったなと感じたことがある。そういう人間を神は見捨てない。桑田投手は、憧れのヤンキースタジアムのマウンドに立った。

 もう一人、忘れられない選手がいる。カズ山本さんだ。一度解雇された後、バッティングセンターでアルバイトをしながら、もう一度プロを目指したエピソードは有名だ。この方も執念の人だった。年老いても現役続行にこだわる中、引退試合の最終打席で決勝ホームランを打った。そして、「最後の打席でホームランを打つのが夢でした」と言って、納得の中でバットを置く。・・・なかなかこういう風には行かない。多分、惜しみない努力と苦労をした者だけに、神が華道を与えてくださるのではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

松井選手結婚と聞いて

 ヤンキースの松井選手がついに独身生活にピリオドを打ち、結婚するという。お相手は8歳年下の元OLの方だとか。あの松井選手をその気にさせたのだから、きっとすばらしい方なのだろう。長嶋さんが「松井、早く結婚しなさい」と語っておられたのが懐かしい。

 2006年のオフに、知人の紹介で知り合ったとのことだから、松井選手が左手首の骨折でシーズンを棒に振った後のことである。残念なシーズンではあったが、逆に考えると、それまで日米に渡り連続出場記録を継続したりと、忙しすぎる日常が、松井選手の婚期を遅らせていたのかもしれない。また、2003年に海を渡った後に出逢ったというのも松井選手らしい。日本で巨人の四番を張っていた頃には、周囲の雑音がうるさすぎて、なかなか女性と出逢う機会もなかったのではないか。お互いが、太平洋をまたいでの交際だったというのも、スケールが大きい松井選手らしくていい。

 真面目でしっかりした男だという印象は誰でも持つが、私が感心するのは、松井選手が誰かの悪口を言ったり、不満を外にもらしたりしたということを聞いたことがない点だ。著書である「不動心」を読んだときも、誠実で、謙虚であり続ける姿勢に感じ入った。

 松井選手に子供ができたら、どんな「パパ」になるのかも興味深い。年を重ねた子供が、「ママ」に連れられて球場で声援を送るのだろうか。・・・想像はやまない。尊敬する男の結婚である。幸せを願うと共に、心からお祝い申し上げたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

花粉症と黄砂と鼻炎

 今日は、blog運営サイトのシステムメンテナンスの日ということもあって、床屋に行った。若マスターは花粉症で地獄の日々を送っている様子。鼻が詰まり、夜中に何度も目が覚めるとか。なんでも、聞いてみると、スギの花粉など、ある特定の花粉でなるのかと思っていたら、他の花粉でも症状は同じらしい。黄砂にも反応することがあると語っておられた。・・・これでは苦しいだろう。この時季、耳鼻科が恐ろしく混んでいると聞いた。患者であふれかえっているとか。

 そういえば、街でもマスクをしてらっしゃる方が目につく中、自分のガキの頃には、今程、「花粉症」のことが話題になっていなかった記憶がある。そう考えると現代病なのだろうか。私には、よくは解らないが、いったい何が原因なのだろう?環境ホルモンか?

 一方で、私は花粉症ではないが、慢性鼻炎ではある。それも不便だが、父方の家系が耳鼻が弱い家系なので仕方がない。常に鼻の中にスッキリ感がないのだが、生まれつきなので慣れてしまった。ただ、「蓄膿(ちくのう)症」にならないように、祖母から、よく鼻をかむようにと言われて育った記憶がある。現在は知らないが、昔の「蓄膿」の手術というのは、半端じゃなく痛かったらしい。

 昨日、私の味覚が鈍い話をしたが、嗅覚も同様である。ただ、音感には自信がある。これについては気が向いたらまた書いてみる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

化け物のような舌

 一月に大学時代の友人達と新年会をした時に、仕事の都合で来られなくなってしまった友人がいた。後日、報告を兼ねて、電話をしたら、「四月くらいに集まらないか?」という提案があった。異論はなかったので、他の友人にも打診したところ、皆、賛成だった。多分、中間報告みたいな形になるのだろうが、小説が思うように進んでいない私は、それまでに調子を戻して、メドだけでも付けておきたい。今回も、私が幹事ということで、メールで連絡を回し、都合はついたのだが、草加駅前の飲食店「Katsu」の店長だけが未定である。

 飲食業にとって、四月は送歓迎会のシーズンで、多忙らしい。そんな中で、彼と携帯で連絡を取ったら、面白いことを言っていた。「前の店やめて、うちでやらないか?飯もあんまり旨くなかったし」・・・その提案もいいのだが、私が驚いたのは、職業柄か、常に味をチェックしている彼の味覚である。味に音痴な私は、いつもの店も「悪くはない」と思っていたのだ。確かに彼の作る料理は絶品だから、説得力がありすぎる。・・・なんでも、子供の頃から、旨い料理を食ってきたらしいし、記憶力抜群の彼のこと、舌が味を覚えているのだろう。・・・たしか、彼が前にやっていたお店では、某一流ホテルの料理長の方が、時々食べに来られていた。黙々と食べておられたが、何か感じる所があったのだろう。友人の腕に感心すると共に、すごく名誉なことなのだろうな、と思った。私には、味の凄さなどは判らないが。

 本当に旨いものを食べたことのない料理人には、旨いものを作れるはずがない。いい料理人に欠かせない、味に対する敏感さというか、化け物のような舌にも驚きを隠せない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アセトアルデヒドの呪い

 節酒を続けてきた反動からか、日曜日だからということによる油断のせいか、昨日はしこたま呑んでしまった。過去のblogをチェックしたり、親父と語らったりしながら、時間を忘れて盃が進んだ。最後まで楽しかった記憶はあるのだが、いかんせん、深酒し過ぎた。

 当然、翌日に影響が出る。今朝早く目覚めても、体がだるく、しばらくはベッドで、死んだ魚のようになっていた。blogを更新しなきゃな、という思いの中、なかなか頭が働いてくれない。いい発想が浮かばない中、胃が痛く、肝機能も低下していることが解る。こういう時には、ひたすら水分を採って、体の中の毒素がぬけるのを待つしかない。いわゆる、『アセトアルデヒドの呪い』に縛られている状態である。

 アセトアルデヒドとは、お酒の中に含まれているエタノールが、体内の酵素により酸化して、最終的に酢酸(お酢)になる途中でできる物質である。この物質が、悪酔いしたときに気持ち悪くなったり、二日酔いでコタえる状態になる原因なのである。概して日本人は、欧米人に比べ、酸化を促進させる酵素が少ない傾向にある。そしてまた、この酵素の量は遺伝的なもので決まるので、お酒に弱い方が強くなろうとしても、なかなか上手くいかない。

 それにしても、こんなにひどい二日酔いは久々である。もう若くはないのだし、節制しなければ、と反省している。気分転換にはなったのだが、二日酔いは、時間を無駄にしてしまう。現在、お酒のことなど考えたくないのだが、つきあい方は考えなければならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ダイエット途中経過

 ダイエットを意識的に始めて三ヶ月ぐらいになるが、最初は、必要最小限しか食べないダイエットをしていた。胃を小さくするのが目的で、相当辛かった覚えがある。このままでは体が壊れるとは解ってはいたものの、一ヶ月半で10Kg近く落としていた。

 その後、壁にぶち当たり、体重は落ちなくなった。むしろ時には微妙に増えていることもあった。これではいけないと、私は方向転換した。もう、胃は小さくなっていたので、食べる量を減らすことをやめたのだ。食べるときにはしっかりと食べて、お酒などの、余分なカロリーを減らした。運動はこれといってしていない・・・もちろん運動して痩せるのが理想的なのだが。体重の落ちるのが止まった後、リバウンドを警戒しながら、水分を多めに採った。体重計には、あまり乗ってはいなかったが、増えてはいないことは判っていた。

 少し前に、一月には着られなかったジャケットが着られた。昔のGパンを履いても、ずり落ちるようになった。普通のズボンでも、ベルトの穴がもっと欲しいというくらい、ウエストは縮んだ。嬉しいのだが、着ていた服がダブダブになったのには少し戸惑った。

 痩せたのには、多分、ストレスのせいもあるのだろうが、昨日、体重計に乗ったら、目標値には達していた。三ヶ月で14Kg 減である。最終的な目標には、あと10Kg減が必要だが、多分ここからが苦しいのだろう。・・・急激にやりすぎたのかもしれないが、一つだけ解ったことは、食べないで痩せようとすることには無理があるということだ。むしろ、食事の量を落とす分、栄養バランスやカロリーバランスといった、食事の質を変える方が重要だと解った。自分の分析では、ダイエットのコツは水分を多く採ることにあると感じた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大槻ケンヂとカレーとインド

 大槻ケンヂという、顔にヒビの入った芸能人がいる。最近は本を出したりしているが、デビューは「筋肉少女帯」というバンド活動がきっかけだった。このバンド、天才バカボンをロックにしたり、高木ブーについて歌ったりと、一見、コミックバンドのようでもある。そんな中でも、『日本印度化計画』という曲は特にインパクトがあった。歌詞はたしか、「俺にカレーを食わせろ 俺はいつでも辛さにこだわるぜよ (中略) 日本を印度(インド)にしてしまえ」などというものである。・・・歌詞全体を眺めると、「己がうまいカレーを食べたいがために、日本をインドにしろ」という主張になる。もちろん単なるギャグなのだが、こんなにわがままな主張もない。本当に、うまいカレーが食べたいなら、自分がインドに行けばいいのである。

 しかし、私のくだらない連想ゲームは、そこで終わることはなかった。・・・もしかしたら、大槻ケンヂは、一度もインドに行ったことがない中で、このようなわがままな主張をしているのではないか?という疑念が湧いた。仮にそうだとするなら、もし、大槻ケンヂがインドに行って、カレーを食ったらどうなるか?きっと、当時のインドだと、間違いなく腹をこわし、苦しむことが容易に想像される。そうして、大槻ケンヂは初めて改心し、「印度を日本にしろ」と、まるっきり正反対の主張をするようになる筈だ、と勝手に想像で楽しんだ。・・・CDを購入したのだから、これくらいのことは許して欲しい。

 今でこそインドの発展はめざましいものがあるが、昔のインドに行ったという知人は、皆、必ず食べ物にあたっていた。・・・なんでも、日本人がインドに行くならば、食べ物にあたって苦しむ日を、必ず予定に入れなければいけないと聞いたことがある。現在は衛生面でも改善されているとは思うが、ユニークな国であることに変わりはない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ノストラダムスの大予言は外れたか?

 ノストラダムスの大予言といえば、「1999年7の月、空から恐怖の大魔王が降ってきて、人類は滅亡するであろう」などという内容だった筈だ。子供の頃に友達を通じて知り、嫌な予言だと感じた。当時は冷戦時代で、いつ核戦争が起きて、人類が滅んでも不思議ではないという不安の中、妙に現実味があったのである。

 年を重ねるに従い、大して気にならなくなったし、実際に1999年が近付くにつれて、現実味がなくなり、一時期では、この予言をネタにしたギャグマンガのようなものさえ現れた。事実、人類は何事もなく新世紀を迎えたのだから、予言そのものは外れている。

 しかし、新世紀を迎えてまもなくのこと、2001年の9.11テロが起きた時、衝撃を受けたと同時に、この予言をぼんやりと思い出したものだ。ご承知の通り、ニューヨークのW.T.C.ビルに飛行機が突っ込んだテロである。・・・時期こそ多少は、ずれたものの、予言の中の、「空から恐怖の大魔王が降る」という部分が当てはまるような気がしたのだ。無論、テロの実行犯が、予言を知っていたのかどうかは知らないが。

 このように連想してしまうと、予言の最後の「人類の滅亡」についても考えさせられてしまう。9.11テロが引き金となったイラク問題を筆頭に、今日の我々は、相次ぐ紛争やテロ、環境問題など、劣悪かつ困難な諸問題に追い込まれる中で、急激に時代を見失っている気がしてならない。拠り所が無く、破滅的な現状を憂慮すると、必ずしも予言は外れてはいない面もあるのではないか。・・・このように考えてはいけないのは、解りきってはいるのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

地図はパズルで覚える

 先程までネットのニュースを見ていて、宮崎県知事の東国原知事は知ってはいても、肝心の宮崎県が日本のどこにあるのかが解らない高校生が六割を占めると聞いて驚いた。これでは、東国原知事がいくら宮崎の宣伝をしても、徒労に終わってしまう。また、世界の主要国がどこにあるかも解らない現象も同様であるとのこと。・・・以前、TVを観ていて、出演していた国会議員の半分近くがイラクがどこにあるのか解らないのを観て、呆然とした記憶がある(これでどうやってイラク問題を扱えるのかが謎だった)が、こんなに恥ずかしい大人にならないためにも、学生時代に努力して欲しい。

 今から私が述べる方法は、「地図」の攻略法であって、「地理」の勉強の仕方とは異なる。多分、都道府県や主要国がどこにあるかが不明瞭な人は、地図帳を頻繁に眺める習慣がないのだろう。そもそも、地図帳だけを眺めていても、なかなか頭に入るものではない。そして、仮に頭に入ったとしても、例えば、「海に面していない都道府県を全て答えよ」などという問題には、太刀打ちできないと思う。・・・これらを楽に攻略する方法が実はあるのだ。それは、主に本屋やおもちゃ屋などで売っている、日本地図や世界地図のパズルを、バラしては、組み立てるということを繰り返すのだ。この方法のメリットは、早くて正確に覚えられる上に、都道府県などを『形』で覚えられるから、逆さにされても判別することが可能な点にある。

 とはいっても、この方法は、できるだけ幼い頃から取り入れた方がいいのは言うまでもない。幼い子供を抱える親御さんには、この戦法を特にお勧めする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本語の崩壊

 今でこそワープロに慣れてしまって、漢字を手書きする機会が減り、簡単なものでさえド忘れすることが多くなったが、昔は一生懸命練習して、覚えたものである。中・高時代に、通っていた学校の方針もあってか、特に新聞に掲載されている漢字(主に熟語)を、鬼のように練習させられた。苦労はしたが、その効果があってか、漢字にも強くなったし、新聞を毎日読む習慣がついたのはいいことだと思う。

 ところが、最近の新聞を読んでいると、明らかに易しい漢字でも、ひらがなで書かれていたりするのが目につくようになった。字数の都合か、時代の流れだかは知らないが、これでは漢字の練習台にはならない。無論、新聞だけの問題ではなく、あらゆる活字体に於いて、こういう傾向が続いてしまうと、日本語の中からどんどん漢字が減っていってしまうという懸念は否めない。結果、言葉の語彙が減り、表現力の薄っぺらい文化がはびこる事態になるのも当然のことである。

 文章などを読んだり書いたりしていても、漢字や熟語の割合が少ないと、しまりのないものになってしまうし、何より繊細なニュアンスが伝わらなくなる。そんな文章は日本語として美しくはない。また、英語などのアルファベットのみの言語などに比べて、日本語は、ひらがな、カタカナ、漢字などが混在している分だけ、バラエティに富んでいるとも言える。こういう器用な言語体を扱えるからこそ、日本独特の文化というものが維持できると考えるのだが、日本人が日本語を粗末にする風潮が続く限り、全てが無機的になる日も近いのではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オレオレ詐欺について

 昨日の昼間、電話が鳴ったので、母が受話器を取ったところ、私の名前を語ったオレオレ詐欺だったらしい。すかさず母が、「あんた声が違うじゃないの」と返したら、「いや?風邪ひいちゃってさあ、ゲホゲホッ」などと調子に乗ってきたので、再び母が、「あんた今、風邪なんてひいていないじゃない」と言ったら、ガチャッと電話が切れたらしい。こんなに間抜けな手口もないものである。母などは、「もうちょっとからかってあげた方がよかったかしら」と笑っていたが、私としては自分の名前を語られたことに腹が立つ。オレオレ詐欺はこれで二度目だ。

 前回のオレオレ詐欺は数年前で、やはり電話であった。その時は、架空の警察署の警官を名乗って、やはり私が某駅で女性にわいせつな行為をしたために、示談がどうのこうのと話しかけられたそうだ。その時、私は在宅していたので、やはり母が、「今ここにいるんですけれど」と言ったらガチャッと電話が切れたらしい。勝手に人の名前を語って、勝手に人を痴漢扱いするのだから、ひどいものである。・・・他にも身に覚えのない事柄で脅迫めいたハガキが来たり、訳のわからない投資話の封書が来たりということもあった。母方の祖母の家にまで、そういう電話が掛かってきたというのだから、日本全国のご家庭で、一度はそういう目に遭っている方も多いのではないか。

 オレオレ詐欺のようなものは、少し注意すれば防げるものだが、不愉快である。何より許せないのは、老後のお年寄りのお金を狙う輩だ。一番やってはいけないことだし、人間としても最低だ。って人間として最低の奴じゃなければ、オレオレ詐欺などできないだろうが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

キーボードの汚れとポーの「黄金虫」

 パソコンに向かうときに必ず必要なのが、キーボードである。私はブラインドはできないが、キーボードのFとJに両手の人差し指を乗せる「ホームポジション」はキープしている。そこから左上と右下に指をずらすのが基本だということは、解ってはいるのだが、おかしな癖がついてしまった。右手が優先だし、上手く動かない指もある。そんな中で、現在使っているキーボードのカバーの汚れ具合を観察してみた。

 観てみると、普段、左手の指を乗せている、AとSとDとFとスペースキーの汚れが顕著である。日本語をローマ字入力するので、母音がより汚れるというのなら解る。上に挙げたキーも、確かによく使うのだが、右手側でよく使うキーは、ほとんど汚れてはいない。何故なんだ?と不思議に思ったので、考察してみた。まず、私の手の平が汗ばんでいることが多いからかと思ったが、それだったら左手も右手も、汚れ方は変わらないはずだ。同じ理由で、考え事をしている時に長く指を乗せるから、というのも当てはまらない。・・・カバーと自分の打ち方の癖を、よおく分析してみたら、私は右手は浮かせて打っているのに、左手は台に乗せて打っている。カバーも左手の手の平を置いている所がヨレている。多分、接蝕時間と指先の乾き具合の問題なのだろう。

 こんなことを考えていたら、昔読んだ、ポーの「黄金虫」という短編を思い出した。暗号で書かれた宝の地図を解読して、手に入れるというストーリーだったが、そのトリックは、英語で頻繁に使われる文字の順序を手がかりにしたものであった。英語で一番多く使われる文字は、たしかアルファベットの「E」だと書かれてあった記憶がある。後の文字の順序は忘れてしまったが、暗号を解読する過程の痛快さが印象に残る作品だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

カクテルの好み

 昨晩、ふらりとバスに乗って、最寄り駅近くのバーに飲みに行った。独りで飲みに行くのは数年ぶりのことである。ここのところ、物事がなかなか上手くいかなかったことが多かったので、気分転換に行ってみた。独りで飲みに行くのに、居酒屋というのも、なんだかおかしな気がしたので、学生時代に近所の友人に教えてもらったバーを選んだ。久しぶりだったので、店がまだあるかは判らなかったのだが、店員は変わってはいたものの店はちゃんと営業していた。立地条件がよいとは言えない中、安かった記憶が残っていた。穴場である。

 薄暗い店内に入ると、一人であることを告げて、カウンター席に座った。食事がまだだったので、軽く食べながらビールを飲んだ。一段落して、久々にカクテルに手を出す。一杯380円だから気軽に飲める。いろんな種類がある中で、嫌いなジンベースのものを避けながら、昔の私が好きだったラムベースのものを中心に頼む。中でもダイキリが一番好きなカクテルのはずだったのだが、なんだか甘すぎる気がした。私の好みが変わったのか、店のせいなのかは判らない。逆に、昔は嫌いだったテキーラが案外おいしかった。昔も今も、変わらずに好きなのは、ウオッカをトマトジュースで割った、ブラッディマリーだ。ソフトで口当たりがいい中に、クセの少ないウオッカの強みがある。

 カクテルは種類が多い上に、高い店が多いので、なかなか手を出しにくく、私はあまり詳しくはないが、たまに飲んでみると、いろんなお酒の味わい方があるものだと感心する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

友人の子供が産まれて

 昨日、メールで知ったのだが、三月が予定日だった小・中・高校時代の友人のお子さん(第二子・男)が、今月五日に産まれたそうだ。母子共に無事そうなので、よかったとは思うが、肝心の友人は現在風邪を引いて苦しんでいるらしい。三寒四温といわれるこの季節、やはり、体調を崩しやすいのだろう。早く治ることを願う。その友人の第一子は女の子で、今回の第二子の男の子には、自分の名前の漢字の一部を採って名付けられたようだ。面白いのは、友人も奥さんも、子供二人も、みんなイニシャルを同じようにしているところである。

 その友人は、家が近かったこともあり、独身の時には、しょっちゅう私の部屋に遊びに来てくれて、いろんなことを語りながら飲んだものである。百回位は遊びに来てくれたのではないか。結婚式の披露宴の時も、友人代表としてもう一人、別の友達と一緒にスピーチした。

 高校時代の友人で集まると、結婚している友人は三人いる。その三人とも、お子さんが二人ずつなのだが、男の子と女の子が一人ずつ、バランスよく産まれたのは、そのうちの二人だけで、残る一人のお子さんは女姉妹になっている。今年の新年会で、女姉妹がお子さんの友人は、「次が男だって判ってたらたら欲しいんだけれどなあ」と言っていたので、私が、「そうだよな、三姉妹って多いよな」と言うと、「そうなんだよ。バクチは打てないんだよな」と語っていた。自分が親にしてもらったことを、子供にしてあげるためには、なかなか難しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

入浴剤について

 入浴剤とは不思議なものである。たいしたことのないもののような気がするが、無いと寂しい。いろんな種類のものがあるが、主として温浴効果を高めたり、いい香りがしたりという感じで、それだけでも風呂に入っていて癒される気がする。もちろん本当の温泉に比べたら、効用は薄いのだろうが、家庭で楽しむ分には充分である。

 いつ頃から入浴剤なるものが出てきたのだろう。私が小学校に上がる前には無かった気がする。現在も販売しているかは知らないが、私が小学生ぐらいの時に発売された、「バスクリン」という、缶に入った粉末状の入浴剤が最初なのではないか。たしか、TVのCMでやっていて、我が家でも導入された記憶がある。無色透明のお湯に比べ、はるかに風呂に入るのが楽しくなった覚えがある。一番風呂の時に、入浴剤の粉末を浴槽のお湯に振りかけ、しばらくは、それが溶けていくのを、子供心に興味深く眺めていた。

 昨日だったか、群馬県の草津温泉で湯ノ花を採っているニュースが流れていた。観光客はインタビューで、自宅に持って帰って使うという旨の話をしていたが、それをやってしまうと、多分、風呂釜が傷んでしまうだろうな、と思った。市販の入浴剤などは、そういうところもチェックして発売しているのだろうが、湯ノ花(草津の湯は確か硫黄だった記憶がある)では風呂釜のパイプなどが、錆びたりするだろう。

 何はともあれ、日本人ほど風呂好きな国民はいないのではないか。外国ではシャワーのみというところも多い。水の豊富な日本ならではの文化かもしれないし、そこに目を付けた入浴剤が爆発的に広がったのも当然のことかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

満身創痍

 やっと肩の痛みが引いて、右腕も上がるようになったのに、また怪我をしてしまった。昨日、靴下がすべった拍子に、転びかけてしまい、必死に体勢を立て直したのはいいものの、左足のくるぶしの関節に激痛が走った。痛めたのは足の甲の側で、曲げると痛む。腫れてはこないので、骨には異常はないとは思うが、治るのに時間が掛かりそうな様子である。風呂に入ったら痛みが増したので、温めてはいけないのだろう。座っていても左足がジクジクと疼くのだが、歩いたりするとびっこをひいてしまう。階段が特にきつい。

 以前も書いたが、去年の秋、私の母が総合病院での検査の途中で、右足のくるぶしを複雑骨折し、半月ぐらい入院していた。現在も足にボルトが入っている中、母の歩く速度は急激に落ちた。駅などでも階段がきついらしく、エスカレーターやエレベーターを利用するようになったらしい。そんな母が、「階段は登るより降る方がきつい」と言っていたが、自分も身をもって知ることとなってしまい、母の辛さを実感として味わっている。確かに階段は、降りの方がきつい。重力が働いている以上、足に掛かる負担が増えるのだ。

 それにしても、何で私は、常に体のどこかを故障しているのだろう。どこか一つが治ったら、別のどこかを怪我することが最近多い。既に痛風で整形外科に通っているのに、さらに足まで観てもらうのはなんだか間抜けだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

野茂がいなければ成り立たなかった

 現在でこそ、アメリカのMLBでの日本選手の活躍が毎日のように報じられ、日本でも優秀な選手は、より、高い頂へと挑む登山家のように、海を渡り、MLBに挑戦するチャンスが増えたが、一昔前までは考えられないことだった。日本野球はナメられ、MLBと比較するなら、はるかに格下扱いされていた。それは日本、アメリカを問わず、常識だった。この常識の壁をぶち破った選手が野茂である。すべては野茂の挑戦から始まった。

 95年、当時の「近鉄バッファローズ」のエースだった野茂は、輝かしい実績を振り返ることなく、海を渡り「LAドジャース」と契約する。開幕前は、識者の大方が「通用しないだろう」と言っていた記憶がある。・・・ところが、いざフタを開けてみると、その年のオールスターに選ばれ、最終的には新人王と奪三振王を取った。「トルネード投法」と呼ばれる投げ方はファンを魅了し、そこから繰り出されるストレートと切れ味鋭いフォークは、メジャーの打者を手玉に取った。96年と01年にノーヒットノーランをメジャーで二度達成している。

 常識にとらわれない発想と勇気と実力が、メジャーで認められたのだ。まさしくパイオニアなのだ。これを契機に日本人選手の評価が高まり、現在に至る。そんな野茂だが、去年はベネズエラリーグ、今年は元日ハムのヒルマン監督率いる「ロイヤルズ」のマイナーでプレーしている。肘や腕に負担をかけないために、トルネードを封印し、すべてセットポジションで投げていると聞いた。39歳にして、メジャーで投げるために、まだ模索する姿勢には感銘を受ける。なかなか人間、過去の栄光を捨てられないものなのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

不調

創作意欲が湧かない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

禁止令

今日はパソコンをいじってはならないという夢のお告げがあったので、そうすることにした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東風(こち)吹かば・・・

 先程、朝刊を取って、部屋に戻る際、窓越しに外を見たら、庭の梅の木に白い花がついていた。もうそんな時節かとぼんやり眺めていたが、この梅の木は、私が物心ついた頃からあった思い出深いものである。子供の頃には登ってみたり、後にできる梅の実を、梅干しや梅酒にしたりしていた。・・・もう何度も伸びた枝を切ってばかりいたので、枯れ木になってしまうのも近い気がしていた分、今年も花を咲かせてくれたことが嬉しい。

 梅園には行ったことはあるが、身近に梅の木があるためか、鑑賞のためにわざわざ出かけたことはない。庭の梅の花を観るだけで充分だ。何か、春を告げてくれるようで、心が和む。これでウグイスが止まったら花札だ。って、最近は庭で野生の鳥を観なくなった。

 梅の花で思い出すのは、菅原道真の太宰府左遷の時の歌である。「東風(こち)吹かば 匂いおこせよ 梅の花 あるじ無きとて 春な忘れそ」・・・当時の一大勢力だった藤原氏に妬まれた末に、ハメられて、左遷となった道真の無念さが伝わってくる。・・・この歌には、『五七五七七の最後の七が、きれいな係り結びだな』ぐらいのイメージしかなかったが、改めて気がつくことがある。一つは、まだ寒い時季に左遷されたということ。もう一つは、当たり前なことだが、道真が屋敷の庭に梅の木を植えていたこと。

 菅原道真と言えば学問の神様である。・・・庭の梅の木に、一層の愛着が湧くと共に、少しはあやかりたいものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

気分転換の難しさ

 もう何年も前のことになるが、ある友人に、「仕事の合間にどういう気分転換の方法を取り入れている?」と聞いたことがある。その友人はパソコンに向かうことが多いのだが、少し考えてから、「たばこを吸いに行ったり、それが駄目なら、一旦、煮詰まった仕事を置いといて、フリーセルでもやる。・・・でも、知ってると思うけれど、あれ結構考えるんだよな。結局、そっちに夢中になっちゃって、時間的に、気分転換どころじゃなくなることがある(笑)」・・・これは半ば冗談交じりとしても、気分転換の難しさはその友人も同じようである。

 私の場合も気分転換が下手な方である。一つ何かに手を付けたら、やりきらないと済まない性分である。『何時間もぶっ続け』なんてことはザラである。集中力もそんなに落ちない。ただし、これをやってしまうと、終わった後に、どっと疲労感が出て、しばらくそのことが頭から離れない。物事が上手く行っているときならいいのだが、壁に当たった時に、のめり込んでしまうと、悪循環を繰り返し、すべてが徒労に終わり、墓穴を掘ってしまうことがある。そんなときはだいたい視野が狭くなっている。これはいけない。やり方を変えないと。

 気分転換の上手い人は、適度に全く異なることをやっている。そういう人には『ゆとり』がある。『ゆとり』の反対は『焦り』であろう。何事につれ、焦ってやっても、ろくなことがないものだ。のめり込むことも大切ではあるが、絶対に焦ってはならない。気にしすぎてはいけない。これらを肝に銘じよう。後は意識的に気分転換をすることか。方法はいくらでもあるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

坊主頭について

 何年前からか、私は頭を坊主にしている。子供の頃には周りに何人かいたが、自分が坊主頭になることはないだろうなと考えていた。だから、大人になってから坊主頭にするのにも少し躊躇したが、思い切ってやってみたらなかなか快適である。というより便利なのだ。

 まず、風呂で頭を洗うのに、シャンプーが少なくて済む。風呂上がりも、ドライヤーなど使わなくても、タオルで適度に拭くだけですぐに乾く。当然、整髪料なども使わなくていいから、いちいちブラシなどでセッティングする必要もない。風の強い日も、平気である。髪にもやさしい。・・・夏は涼しいのがいいのだが、冬は寒さがこたえるといえばこたえる。それでもたいしたことはない。頭寒足熱という観点から言っても、理にかなっている。

 坊主頭にしたきっかけは、多分、仏教の研究にのめり込んでいた頃の、ふとした思いつきだったと思う。もしくは、車中泊の旅の途中で髪の手入れが面倒になったからかもしれない。よく覚えてはいない。・・・去年の夏に、東北を旅したときには、一週間弱で、数人から、「お坊さんですか?」と聞かれ、あわてて否定した覚えがある。坊さんが短パンとTシャツでフラフラしているのも妙だし、そもそも私は頭髪を剃ってはいない。・・・不思議だった。

 似合うかどうかという、人の評判も、まちまちなので、あまり気にしてはいない。気が向いたらまた伸ばすと思うが、当面予定はない。便利さに慣れてしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

仕事というもの

 競馬の競走馬の脚質に、「逃げ」「先行」「差し」「追い込み」「自在」とあるように、ある物事を遂行する上で、個人々々でタイプは異なるだろう。物事の性質にもよるが、長期的な物事は、ある程度、ペース配分が必要なのではないだろうか。競馬でも、最初から全力で飛ばして逃げ切る強い馬は、滅多に出てこない。大概の逃げ馬は、途中でペースを落とそうとする。オーバーペースになり、バテることを警戒するのだ。

 しかし、急ぎの場合はそうも言っていられないことも多い。フルパワーで挑まざるを得ない場合もある。しかし、この場合でも、焦って、大局を見失うと、必ず反動がくるし、適度に休憩を挟まないと、ミスばかりが増えて、効率が落ちるだろう。焦らぬことだ。

 今回の私のコンピューターの修復作業では、一昨日は無理をしすぎて反動が出た。煮詰まる度に、あれこれ試して、ブレイクスルーを生じるまでフルパワーでやっていた。結果、バテた。なので、昨日は少しペースダウンしたが、これからは肩の痛みとも相談せねばならない。ペース配分の難しさだ。

 それにしても、物事とは不思議なものである。一つ道筋が見えると、急に希望がわく。それまでは、暗いトンネルの中で、いろんなものを犠牲にして、がむしゃらにやるしかないのだが。・・・これを常日頃からやっていくのが仕事というものなのだろうし、それを継続させるためには、様々な節制や我慢が必要になってくる。人間なんて、我慢が歩いているようなものなのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

肩を壊したピッチャーの気持ち

 前回のblogを更新してから、パソコンを復旧すべく、右肩の痛みを忘れて取りかかった。徹夜だなと思いつつ、保存すべきファイルを保存して、いわゆる「リカバリ」に取り組んだのだが、セキュリティ対策をして、安全なことを確認し、いくつかのソフトウェアをインストールしていたら、結局、次の日の、夕方までかかってしまった。不眠不休で、十数時間ぶっ通しでパソコンに向かっていたら、頭はもちろんのこと体までもが悲鳴を上げた。のべで三十時間ぐらい起きていた。麻雀ならともかく、私の嫌いなパソコンいじりというのが辛い。こんなに起きていたのは久々である。

 数日前から発症していた肩こりも、左は治ったのだが、右はひどくなる一方である。たぶん右利きだからなのだろうが、集中すると痛みを忘れる。とりあえず、昨日の夕方、震える腕で箸を持ち、その日初めての食事を採った。後は寝るだけと思い、寝床に入るも、興奮してなかなか眠れない。やっとのことで眠りにつくも、三時間後に、右肩のけいれんによる激痛で目が覚める。とてもじゃないけれど眠れない。痛み止めを飲み、効いてきたところで、やっと寝る。

 で、先ほど起きたわけだが、目が覚めた瞬間に、右肩に激痛が走る。右腕が上がらない。何とか起きて、時計をみると十六時間ぐらい寝ていた。反動だ。痛み止めを飲むために、食事を採ろうとするも、箸を持つ手が上がらない。仕方がないので、左手でおにぎりを食べた。痛めていたところに無理を重ねすぎた。いつ治るかわからない不安の中、少しだけ、肩を壊したピッチャーの気持ちが解る。もっとも私の場合は、キーボードを打つのは何とかなるのだが、物書きが、長い時間、字を書けないのは辛い。・・・さて、これから、パソコンの復旧の続きだが、無理はできない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

茫然自失

 パソコンを立ち上げ、Windows Live Messenger を更新したら、何故か、このblogのコメント欄からの通信がうまいこと届かなくなった。早いところblogを書いて、寝てしまいたかった私は、更新を取り消すべく、面倒なので、『システムの復元』で、以前のポイントまで戻した。すると、何か重要なプログラムの一つが消えてしまったのか、あらゆる所で、エラー音が出た。その段階で、焦りを生じた私は、さらに墓穴を掘ってゆく。それを復元するべく再び、『システムの復元』を繰り返した。しかし、症状が改善されない。おかしい。ふと、私はあることに気が付いた。・・・『システムの復元』ではファイルは保存されることになってはいるが、実は完璧ではなく、消えてしまうプログラムもあるようなのだ。回を重ねるごとに、消えたプログラムが増えた。今更、気が付いても『後の祭り』である。・・・茫然自失状態が五分ほど続いた。

 選択肢は二つ。購入時の状態に戻すか、このままぶっとおして使うかである。購入時の状態に戻す場合、全治一週間ぐらいかも知れない。この肩の痛いときにはやりたくはない。blogはどうなるかと考えたが、これは、ノートを使ってでも続ける予定。ただ、コメント欄が復活するまでには多少時間が掛かるかも知れない。その間、アクセス不能になるのは大変申し訳ない。一方、ぶっとおして使うならば・・・と考えたが、余りにもナンセンスな感は否めない。

 パソコン嫌いの私が、またパソコンいじりの日々を送る・・・考えただけで、気が遠くなる。とりあえず今日の所は寝るとしますか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ひな祭りといえど

 ひな祭りといえど、我が家は男兄弟だったので、縁がなかった。子供の頃、友達の家に招かれ、少しの甘酒と菱形の餅をいただいた記憶がある。余りピンと来ないのが実情であるが、たしか、ひな人形をしまい遅れると縁起がよくないというのは耳にしていた。しかし、子供の節目として、親心としては、どんなものであろうと、娘にはひな人形を買ってあげるものだろう。

 母の実家には、地元の小学校に貸し出すほどの、立派なひな人形があったらしい。その時期になると、蔵から出してきて、飾ったという話だ。何段あるか判らないほどに、人形は多く、そのおかげかは判らないが、母も父と知り合い良縁となった。他の、おじさん、おばさんも良縁に恵まれ、元気である。三月三日は別名『桃の節句』ともいう。美しい呼び名だと思う。

 どこからこういう風習が出てきたのかにも興味がある。『お内裏様とおひな様』という以上、平安時代以前の公家社会の慣わしの風習かとも感じる。何分、男兄弟だったので、ひな祭りには疎いのだ。しかし、親御さんの気持ちは何となく解る。自分の息子や娘に期待しない親ははいないのだ。

 親はどんな子供でも真剣に育てる。育て方にも、いろいろとあるが、その子が幸せになることを願ってやまないものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

靴下嫌い

 私は屋内で靴下を履くことが、嫌いである。これまで、誰かの家に行ったときも、断ってから、貴重品と靴下は外していた。靴を履いているときには別に気にならない。しかし、屋内では、素足でないと気が済まなかった。何か、足が気持ち悪いのである。

 これまで、冬でも家の中では素足で通してきた。しかし、今年の冬が寒いのか、私が変わったのかは判らないが、異常につま先が冷え、指先がかじかむ事態となった。キーボードを打つ指にもミスタイプが増え、ホットカーペットをつけても足は冷え続けた。

 我慢することには慣れていたはずの自分も、『これではまいったな』と考えることが多くなった。手袋をして、キーボードを打とうかとも思ったが、それでは打てない。それでは、手袋の五本の指の先だけ切って使おうかとも思ったが、何かおかしい。結局、手の方は時々温めながらという作戦に出た。しかし、足の方はそうはいかない。しばらくは素足でいたのだが、集中できなくなった頃、嫌々ながら靴下を履くことにした。それも、スキー用のものである。現在では重宝しているが、何で私が靴下嫌いなのかを考えてみた。

 結局、足の指の問題が大きいと思う。指どうしがサラサラしていないと嫌なのだ。靴下を履くと、どうしてもそうではなくなる。束縛される感じも嫌いだ。これが自分の性格に因るのかは判らないが、とりあえず、愛犬の弥七君は靴下が大好きである。守ったら半日は出てこない。その方が不思議だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

のう、八兵衛

「書けぬ時には、書けぬものよ・・・のう、八兵衛」

「へへ、さようでござんすか。あっしは、うまいものさえ食えればいいでやんす」

「これこれ、少しは慎みなされ」

「いやいや、それだけがあっしの取り柄なんでやんすよ(笑)」

「そのようなことでは、いずれ体を壊しまするぞ」

「そういえば、腹具合が・・・ちと厠へ、失敬」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

毎週寿司を出されて

 大学四年の時だったと思う。近所で家庭教師をしていた。教えていたのは、私立に通う中学生の男の子。英語と数学を教えていた。時間は合わせて三時間だったが、中休みを取っていたので、時給とは関係なしに、毎回、延長していた。その子は能力がないわけではないが、試験前などにならないと、なかなかやる気を見せてくれなかった。教えた当初は、丁度、試験前で、数学では因数分解を教えていた記憶がある。因数分解のコツは、まず、共通因数をくくりだしてから、掛け算と足し算のバランスをつかむことにある事を教えた。とりあえず、その直後の試験で点数を伸ばしてくれたからホッとした。

 教える時間が土曜日の夜ということもあって、毎回、私は夕食を採ってから出かけていた。初回の中休みに、寿司が出てきた。私は驚いたのだが、教え子は無邪気に食べている。私も気合いで食べた。初回だからだろうと思っていたら、毎週寿司が出てくる・・・ただでさえ家庭教師を雇うのには、お金がかかるのに、と思った私は、まもなく、「たかが家庭教師に、寿司なんて贅沢です。何か出していただけるなら、お茶菓子ぐらいで結構です」と親御さんに言った。これぐらいの配慮は当たり前のことである。

 いつもスクーターか車で通っていたのだが、雪が降った日があり、そのとき、私は歩いていった。その頃には、教え子は勉強を教えても、まるっきり頭に入っていない様子だったので、私は方針を変えて、勉強は最低限教えるに留め、本を紹介したり、作文を書かせて、今の時代に必要な、「考える力」を定着させることに重きを置いていた。・・・その雪の日の帰り、親御さんが「ガソリンを入れに行くから」と言って、私を送ってくださった。甘える気はなかったが、気を遣っていただいたことには感謝している。そうして、私が車を降りようとした際、運転席の親父さんから質問された。「うちの子はどうでしょう?」・・・少し迷った私は、「結果は付いてくるものですから」と返事した。どんなに才能があっても、努力する気合いがなければ、何事も、ものにならないのである。複雑な心境だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »