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時代が尾崎豊を必要としているのか?

 「あいつは言っていた~ね。サーラーリーマンにはなりたくねえ。朝夕のラッシュアワ~、酒浸りの大人達」

 この歌詞に象徴されるように、尾崎豊は矛盾した社会へと挑戦していた。僕は、尾崎豊は二期に別れると思う。「愛、自由、反抗」が第一期だ。それに対し、アルバム「Birth」の頃には異なる価値観が存在する。彼自身が生きることを肯定していたかどうかは知らない。もしそうだったら、40過ぎの尾崎に出会えるだけだ。僕はそんな尾崎には会いたくもない。夭折したから華があるのではないか?尾崎ファンも、老けた彼を彼自身がどう思っていたか察して欲しい。

「あくせく流す、汗と音楽だけは止むことがなかった」

 これは素敵な歌詞。けれど、何故、今の時代に尾崎豊が問われるのかということは考えてみた方がいい。・・・染まらずに考える。平成生まれのあなたたちのもっと前、この国には青少年達の不満と葛藤が溢れていた。先公を殴り飛ばす奴、窓ガラスをぶち破る奴、暴走する奴・・・みんな馬鹿だけど、みんな吐け口のない不満を抱えていた。それだけ反抗心なりエネルギーを持っていた。肯定する気はない。けれど、おまえら、おとなしすぎるんじゃあないのか?若者のくせに醒めている。結局はこういう人生になるんだろ」ふざけるな!自分で自分の首締めてどうするんだ。・・・あの、センターの問題は、きっと、君達に、もっとエネルギーを持ちなさいと言っているんだ。要するに人生をナメるなと言っているんだ。若者ならばもっと大志を抱きなさい。

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