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『別れ』

 大江健三郎氏の小説、「取り替え子(チェンジリング)」のメインテーマはランボーであるが、その中でも、ランボーの詩集の中の『地獄の季節』の中の『別れ』は切ない(小林秀雄訳)。

 抜粋する。出だしは(私も記憶しているのだが)、

 『もう秋か。それにしても、何故に、永遠の太陽を惜しむのか、俺たちはきよらかな光の発見に心ざす身ではないのか、ーーー季節の上に死滅する人からは遠く離れて。・・・(中略)・・・冬が慰安の季節なら、俺には冬がこわいのだ』

 これだけで三十を過ぎた独り身の私には辛すぎる。ランボーなど投げ出してしまいたくなる。・・・遠く遠く、眩しすぎるのだ。人間の人生には、何故、波があり、春夏秋冬があり、振り返ることも許されず、気づけば空しい中に、何と寂しい汗をかいていることか。自分を特別視する気など、毛頭ない。しかし、人間というものは、どんなに歳をとろうと、『清らかな光の発見』を目指していなければ、何もする気など起きないはずだ。ここの文句は、(精神が)歳をとってしまうと、それさえ不可能だと暗示している。もしくは、単なる年齢かも知れない。・・・それが辛い。胸が締め付けられる。そして続く・・・

 『だが、友の手などあろう筈はない、救いを何処に求めよう』

 これは一つの真実ではある。友情なぞ、あまったるいものだ」と言っているのだ。・・・でも、友情を否定すると人は生きられない。つまり、友情程、曖昧だが確かなものもない。・・・耐えられない気持ちの中、救いなんてない。・・・これも辛すぎる。

 ・・・僕はランボーは封印するつもりだった。しかし、それは、それだけ私が環境に恵まれていたということだろう。複雑な気持ちの中で書いている。

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