« ルー大柴氏について | トップページ | 今日は国際欄 »

習字の思い出

 小学生の頃の一時期、私と弟とで近所に毎週、習字に行っていた。当時は子供も多く、教室はいつも、賑やかさでごった返していた。当時はまだ書道の面白みなど解りもせず、友達とはしゃいだり、早く遊びに行きたい一心で、ノルマを早くこなすことに夢中になったりしていた。・・・これでは上達などするはずがない。現在、ワープロを使うことが多いのではあるが、たまに手紙を書くときなどは、真面目にやっていれば良かったと、後悔したりもする。ものすごく達筆な方の文字が読めないというのも、残念であるし、情けない。

 そんな中で、習字セットみたいなものを持って、通っていたのであるが、ある時、不思議に思ったことがあった。それは、墨汁は使うのに、手で擦る墨はいつまで経っても新品のままで使わなかったのだ。先生に、何故使わないのかを聞くと、「時間の都合で墨汁を使うけれど、本来、書道は墨を擦るところから始まる」とおっしゃった。それを聞いた私は「墨を擦ってみていいですか?」と聞いたところ、「やってご覧なさい」と、先生は快諾してくださった。・・・しかし、いざ硯に水を入れて擦ってみても、なかなか色が出てこない。結局、その週は墨を擦るだけで終わってしまったが、いい経験だったと感謝している。書道において墨を擦る事というのは、なんだか禅の心に通じるような気がするのだが。

 そんな包容力のある先生に習えたのは幸運であったが、聞いた話によると、現在もお元気で、主に大人に教えていらっしゃるとのことである。書は芸術だと思うのは、達筆な方の文字を目にするときもそうであるが、自分で字を書いていて、バランスやその他に気遣いするときにも感じることである。・・・無論、自分の字が下手なことには変わりないのだが。

|

« ルー大柴氏について | トップページ | 今日は国際欄 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521582/54006179

この記事へのトラックバック一覧です: 習字の思い出:

« ルー大柴氏について | トップページ | 今日は国際欄 »