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2007年12月

そういえば・・・

 部屋の物を片付ければ、大掃除完了だと考えていたが、よく考えてみると、この一年苦楽を共にした、このパソコンの中の整理整頓もやらなければ・・・とほほ。

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しまった!大晦日だ

 昨日のブログを一昨日の晩に書いた後で、一晩中呑んでしまった。夕方までは起きてはいていたものの、頭が働かないのと、体のけだるさで、掃除をする気になれなかった。・・・ダメだ。従って、大晦日の本日に大掃除の続きを行う予定であるが、今日は床屋にも行きたいと考えている。忙しい一日になりそうな中、何にせよ、寒い。キーボードを打つ手の指先もかじかんでいる。ミスタイプも増える。

 行きつけの床屋さんは毎年十二月の末は、一日も休まない。飲食業をやっている友人も一番のかき入れ時でもあり、年末年始など無い。そう考えるとサービス業は大変だ。そんな中でも、数年前までは、大晦日には友人の最初のお店で、常連さんや他の友人などと集まって、徹夜でどんちゃん騒ぎしていた。飲みも体育会系で、必ず誰か一人はつぶされていた。・・・幸い私が狙われたことはないが、正月早々リバース(ゲロを吐くこと)するのは、余りめでたいこととは言えない。そんな飲み会もいいものだが、何分、そんな勢いについて行くパワーが無くなった(って盛り上がっている方々は私より年上の方が多い)。そんなこんなで、昨年はやらなかったらしい。

 昔は忘年会五連チャンとかザラだったが、今年は新年会が三つで済みそうである。この歳になると、大晦日の晩ぐらいは、のんびり蕎麦でもすすりながら、TVでも見ていたい(って、これだけ早く起きてしまうと、除夜の鐘を聞くこともなく寝てしまいそうだが)。

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年の暮れ

 年の暮れ、今日が帰省ラッシュのピークだと聞いた。みなさま、ご無事で良いお年を迎えられますよう。・・・そういえば昔、まだ私がガキの頃、家族で帰省した帰りの高速道路で、目覚めたら、前方の視界がなかったことがある。小石か何かがフロントウィンドウにぶつかり、強化ガラスが蜘蛛の巣のように砕け、大慌てでハザードを出して高速を降りたことがある。自宅に近づいていたので、そのまま走行したが、常にガラスがピキピキと音を立てて、亀裂が進行していた。いつ吹っ飛ぶか解らない中、なんとか家に着いた。幸い事故には結びつかなかったものの、何が起きるか解らないとは、子供心に思った。現在運転するときも、常に頭に入れている(その車は雪の日に対策はしたものの、車内が目茶苦茶になり、廃車行き)。

 このブログで「大掃除のコツ」などと書いておきながら、自分の部屋の大掃除を始めたのは昨日である。友達も来るし、手は抜けない中、とりあえず本の整理から始めた。捨てる本はまとまったものの、資料や未読の本が部屋にあふれかえった。・・・一服しながら、始末法を考えたが、何分、置いておくスペースがない。でも、去年と同じでは、意味がない。迷った挙げ句に、取っておいた段ボール箱の中に入れてみた。本屋さんでも解ることだが、縦置きしている本と横置きしている本がある。前者が多数だが、ベストセラーなどは横置きされている。・・・個人的な本としては、横置きは、どこに何があるのか解らなくなるので、避けなければならない。そんな中、強引に本を整理した。・・・明日はCD・DVDである。

 明日は一段落したら、掃除下手の母の手伝いでもしようか。それにしても冷え込む。

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今日は国際欄

 昨日の朝、まず起きて新聞に目を通すと、パキスタンでブット氏暗殺のニュース。多分、ニュースやネットではもっと早く流れていたのであろうが、バタバタしており、遅ればせながら、それに驚く。以前からテロまがいのことは多かったが、まさか、暗殺されるとは思ってはいなかった。・・・これで思い出したのが、私がガキの頃にフィリピンで起きたアキノ氏暗殺。飛行機を降りた瞬間に、発砲され、崩れ落ちた映像はインパクトがあった。ちなみに当時のフィリピンの大統領はマルコス氏。・・・暗殺の歴史と言えば、アメリカが思い出される。最近は聞かないが、実力者がしょっちゅう利害関係などで殺されていた。キング牧師、JFK、リンカーン、すぐにでも名前が出てくるくらい、暗殺の歴史と言われてきた。民主主義を世界中に強いる国としては、あまりに暴力的である。

 今、ふと浮かんだのだが、民主主義を強いる裏側には、資本主義に伴う市場の増大を見込んでいる部分もあるのではないか?・・・そんな中で不思議なのは中国である。旗の色が赤いのに(政治的には共産党一党独裁)、現実では市場があり、資本主義経済を取り入れている。共産主義を毛嫌いしていたアメリカが黙っているのも、大国だからであろうし、小国なら軍隊を送っているはずである。それにしてもアメリカ中心の「テロと戦う」というイデオロギーはよく解らない。イラクで一人米兵が殺されると、百倍ぐらいにして(民間人も含め)殺す。・・・これではテロリストを増やすばかりだと思うのだが。

 また、昨日、日本と中国とで首脳同士の会談がもたれた。内容を読んでみると誘和的だが、事実は後日にならないと分からない。納得がいった点はいくつかあるが、その中でも、民間での友好から、日中関係を改善していくという提案。今の中国には、確かに問題もある。しかし、疑心暗鬼であったり、無知から始まる偏見というのが一番恐ろしい。それが、人間を暴力的にさせ、洗脳めいた事柄へと結びつかすからだ。

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習字の思い出

 小学生の頃の一時期、私と弟とで近所に毎週、習字に行っていた。当時は子供も多く、教室はいつも、賑やかさでごった返していた。当時はまだ書道の面白みなど解りもせず、友達とはしゃいだり、早く遊びに行きたい一心で、ノルマを早くこなすことに夢中になったりしていた。・・・これでは上達などするはずがない。現在、ワープロを使うことが多いのではあるが、たまに手紙を書くときなどは、真面目にやっていれば良かったと、後悔したりもする。ものすごく達筆な方の文字が読めないというのも、残念であるし、情けない。

 そんな中で、習字セットみたいなものを持って、通っていたのであるが、ある時、不思議に思ったことがあった。それは、墨汁は使うのに、手で擦る墨はいつまで経っても新品のままで使わなかったのだ。先生に、何故使わないのかを聞くと、「時間の都合で墨汁を使うけれど、本来、書道は墨を擦るところから始まる」とおっしゃった。それを聞いた私は「墨を擦ってみていいですか?」と聞いたところ、「やってご覧なさい」と、先生は快諾してくださった。・・・しかし、いざ硯に水を入れて擦ってみても、なかなか色が出てこない。結局、その週は墨を擦るだけで終わってしまったが、いい経験だったと感謝している。書道において墨を擦る事というのは、なんだか禅の心に通じるような気がするのだが。

 そんな包容力のある先生に習えたのは幸運であったが、聞いた話によると、現在もお元気で、主に大人に教えていらっしゃるとのことである。書は芸術だと思うのは、達筆な方の文字を目にするときもそうであるが、自分で字を書いていて、バランスやその他に気遣いするときにも感じることである。・・・無論、自分の字が下手なことには変わりないのだが。

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ルー大柴氏について

 十数年前に関根勤と小堺一機のラジオの深夜放送で、ルー大柴と(振り付け師の)ラッキィ池田がちょこちょこ出ていた。当時の私は、どんな人なんだろう?と思っていたのだが、それからしばらくして、TVにも出演するようになった。インパクトが強かったが、私自身はラジオの影響もあり、すんなり入り込めた。ただ、芸風に個性が強すぎる面があったので、TVなどで他のタレントのキャラクターを殺してしまうのがまずい点だとは感じていた。たしか、「徹子の部屋」などの番組にも、当時も出ていた記憶がある。海外を放浪していた話などを聞いて、感心した記憶があるのだ。・・・だが、まもなくお茶の間から消え、みんな忘れていった。

 だから、今年の最ブレークは、とても嬉しかった。ブログも拝見しているが、TVでもよく見かけた。きっかけとなった「ルー語」なるものも、傑作だったし、「ルー語」をあら探ししても、ほとんど違和感が無く、しかも日本語とマッチしているのにも感心した。・・・しかし「ルー語」の難しさは、ルー大柴氏本人でないと面白くないというところにもある。

 また、NHKの「みんなのうた」でも「MOTTAINAI」で長く活躍し、「レッドホワイト(紅白)歌合戦を目指す」というのもルーさんらしかった。・・・だから、今年の紅白の出演者発表は楽しみだったし、落選したときも、「今年一番、紅白の宣伝をした人なのになあ」と残念だった。

 久しぶりにルーさんを見たところ、昔に比べてソフトに変わった感はあるが、その個性は独特である。これからも活躍して欲しいものだ。

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かわいい詩

 師走の東京

落ち葉を踏む

私を踏む

何を踏む?

 どうしようもなく哀しくなって

コートに手をうずめる

吐息が白く迫る

急ぎ足で

 どこに幸ひなんてあるんだ?

何が我々を安心させてくれるのか?

本当なんて、どこにも無いと気付いた時、

泣きながら、初めて覚悟を決める

 過ぎ去っていった恋人よ

さようなら

 いつか一緒に笑っていても

お互い、いつか泣き虫になる

 こんなものはもういらない。

確かなものが欲しいし

確かであってくださいな

僕も確かな道を行くから・・・

 だから

貴女には

いつも励ましていて欲しい

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一目千両

 私が子供の頃に、TVの「まんが日本昔話」で、「一目千両」という話をやっていた。柳田国男と関係があるのかどうかは知らないが、民話を主題にしている様だった。その中で、「一目千両」について書くと、ある田舎の若者が、一度観るだけで千両掛かるという美人が(たしか)京都にいると聞く。お金を貯めた彼は、数千両を持って、それを眺めに行こうと思う。そうして(たしか)京都に行くのだが、実際に千両払ってその美人を見る。しかし、ほかの客は「価値がない」と憤る中、彼はもう一度(千両払ってでも)彼女を見たいという。・・・そんな中で「一目千両」の女が、逆に、彼の嫁にしてほしいと頼む話だった。

 子供心にはわからなかったが、なかなか優れた民話だと思う。男の純情さと、女の(見栄が潜んでいる)本音とが、浮き出されるようだ。物語としても美しいオチである。彼は、本当に彼女に惚れたのだ。

 何でこんな話を思い出したかと言えば、先程、携帯である曲をダウンロードしていたのである。・・・よく考えれば、シングルも買うし、アルバムも買うから、三重にだぶるよな・・・とは思いもつつも、結局、ダウンロードしてしまった。携帯など、ほとんどいじらない私にとっては数百円でも痛手である。・・・好きな曲でも、流行に乗らないのが私の悪いところかもしれない。でも、それでも、「まあいいか」と割り切ることが多くなった。

 何にせよ、メッセージ性が強く、斬新な曲には、お金を惜しまないのも近年の傾向である。

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サンタ狩り

 今日のブログは書いてはいけないことを書いてしまう可能性があるのだが、ブラックユーモアとして受け流して欲しい。・・・昔、学生時代に「行け!稲中卓球部」という結構ブラックな漫画が連載されていたのだが、後輩達と話題になったりすると、ついつい爆笑してしまうことが多かった。アニメ化もされていたと思う。そんな中で、クリスマスに相手のいない主人公達が「サンタ狩り」なるものをやっていたのを思い出してしまった。

 まだ若かりし頃のクリスマスの時季、後輩と「サンタ狩り」のことで盛り上がり、どうせやるならディズニーランドでサンタの格好をしたミッキーをボコボコにしようか?などと冗談で話していた。・・・そんなことをしたら、多分、ドナルドがドスを持って追いかけてくるんじゃないか?・・・着ぐるみのドナルドがドス持って追っかけてくるって、おかしな光景だな・・・そんなことを、あくまでも冗談で話していた。無論そんなことを実行するわけもなく、イブにはせいぜい飲み会という名の下の合コンをやっていたぐらいである(誓って言うが、私はあらゆる飲み会で、女の子をお持ち帰りしたことは一度もない。初対面でいきなりお持ち帰りされる女の子の神経が解らなかったし、そういう中での関係は後に尾を引く。それだけは避けねばならない)。・・・もう、合コンなどは卒業してしまったが。

 で、昨日は昼間中、あちこちかけずり回っていて、夜になると、主に友人宛に来年の年賀状を書いていた。25日までに出さないと元旦に届かない恐れがあるので、一人一人に合ったコメントを考えながらの作業であった。・・・何とも地味なクリスマスイブであった。

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携帯電話、何とかならないのか

 旅行中はパソコンを持ち歩けないため、携帯から投稿する。その際に携帯から入力すると、「あかさたな」が同じものはコマンドバーを横にずらさなければならないし、一つボタンを押し間違えたら、最初っから打ち直しである。パソコンのキーボードに比べ、ミスは多いし、肩が凝る。・・・これ、何とかならないのか。

 昨今では、電車に乗ると、みな、アンドロイドのように携帯をいじっている。そんな無機的なやりとりに価値がないと思うのは、私だけであろうか?・・・昔、高校時代の仲間で集まった後に、私と二人きりになった友人が携帯電話をいじっていた。さすがに「それはないだろう」と言っても、よく解らない様子。その友人は「何で悪いんだ?」と言うので、「折角一年ぶりに会ったのにそれはないだろう」と言っても、「今、電車の中で携帯電話を扱うのは常識」と言われた。呆れかえった私は、「お前、もし、気心のある女と帰っていてもそうするか?」と聞いたら無言である。「電話いじるのはお前の勝手だけれど、年に一度きりの出会いをそういう風にして欲しくはない」と言ったら、ようやく普通の会話が出来た。・・・これって病気じゃないだろうか?こないだ電車に乗ったら、大の大人が、ポータブルのゲーム機で遊んでいた。こんな風景は見たことがなかった。これも何かおかしい。

 昔は、あらゆる時間帯にしろ、みんな締まっていた。電車の中の空気も張り詰めていた。そこに、自分の将来の生活への覚悟を、子供心なりに抱いていた。・・・それが現在、携帯いじりやゲーム機いじりではどうしようもない。もちろん私も携帯を使うが、必要以上には使わない。女子高生の平均携帯使用時間が一時間を超えているのにも驚いたが、もっと温かいコミュニケーションの方法を模索するべきではないか。殺伐としすぎている。

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高速道路の走り方 その2

 一概に高速道路といっても、二種類ある。多府県をまたがるものと、そうでないものだ。前者は100km/h制限で、後者はもっと遅い速度制限なのが基本だ。これは教習所で習ったことだと思う。前回も書いたが、高速に限らず、一般道でも、急に速度制限が出てきたら、ネズミ取りを疑わなければならない。制限速度の下に→の場合は「ここから」、←の場合は「ここまで」それによって走っている速度を適切に変えるのが重要である。つまり、制限速度の標識は常に見ておくのが基本である。

 また、道路公団が民営化され、ETCの夜間割引のメリットが大きくなった。最大でたしか30%位安くなる。これに伴い、トラック業界はいち早くETCを取り入れ、活用している。ETC割引とは、夜間のある時間帯に、ある区域を出るなり入るなりすれば適用されるものである。で、現在どういう事が起こっているかというと、夜間にSAやPAで、その時間待ちのトラックがあふれかえっているのである。路肩に停めているのなど、今では当たり前になってしまった。その傾向は、都市に近づけば近づくほど顕著である。これは新たな高速道路の問題だ。

 昔はレストランで飯を食おうと思っても、長蛇の列なのが当たり前であった。しかし、PAにコンビニが出来たり、SAなどで様々なご当地ものの営業が増えたせいか、普段はレストランが混まなくなった。多分人の流れが変わったからだと思うが、夕食など、しっかり食べたいときには、やはりレストランがいい。今回観たところ、PM8:00位まで営業しているようだ。価格が高いことには変わりないが、麺類などのファストフードばかりでは飽きが来てしまう。バランスよく利用するといったところか。

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高速道路の走り方 その1

 高速道路の基本と言えば、走行車線と追い越し車線との違いだろう。三車線あるとこならともかく、二車線の所は、私が観察する限りに、走行車線の車は左寄りに、追い越し車線の車は右のラインを軸に走る。そして、走行車線が長く空いているときには、そちらを走るのが基本である(追い越し車線を走り続けるという違反もある)。

 また、制限速度の20Km/hオーバー以下までは許されるものだが、私が知っている中で、17Km/h  オーバーで捕まったという例も聞くから、油断は出来ない。それから、速度制限がいきなり出てくるのも要注意である。こういう場所で取り締まりが多いのだ。・・・私は学生の頃、何も知らずに、腹が痛くて、次のPAまで80Km/h  制限の所を130Km/h で飛ばしていたら、見事に50Km/h オーバーで捕まり、罰金八万円を食らった(友達に借金した)。今はもっと高額だろう。

 スピードを出す方は、罰金のことを考えるなら、数万使ってでも、高性能のレーダーを付けることをお勧めする。レーダーは、けちったら役には立たない。高性能のものは、無線までキャッチする。オービスなどは2Km手前から何度も予告してくれる。現在は予告看板のないオービスもあるのだ。

 覆面を避けたいなら、まず、車種で判断し、怪しかったらアクセルを緩めることである。基本的に、覆面にしろパトカーにしろ、二人乗っていて、バックミラーが縦長で二つあり、8ナンバーなのが特徴である。カリカリチューンのクラウンなどが、比較的多い。覆面を追い越した馬鹿は、多分私ぐらいであろうが、友人の話によると、「飛ばしたいなら、後ろを七割見ろ」という話だ。だから、バックミラーは、でかいに越したことはない。オートバックスで安価で売っている。

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祖父母と会えて その2

 母方の祖父母に孝行できたかどうかは解らないが、(認知症と聞いて)心配していた祖父とは、時間の許す限り、様々な話をした。剣道の話(祖父は戦前の剣道二段)、従軍した話、島の様子が変わった話、面倒を見てもらった頃の話・・・話せば話すほど祖父の顔が丸くなってゆく。嬉しくて、どんどん話を膨らませる私。祖父は、声の張りも良くなり、どんどんと私が知らなかった話も聞かせてくれる。・・・最初、祖父と私と二人で庭で話していたのであるが、やがて祖母と私の両親もその話の輪に加わってきた。

 後から聞いた話ではあるが、それで祖父も私も父も母も、安心したのだ。その後、四国の宿に行ったのであるが、私の母などは「あれだけ元気なら一緒に宿に誘ってあげれば良かった」などと言う始末。・・・それだけ胸をなで下ろしたということであろう。

 旅程の次の日、父と私とで交代で運転する中、途中で、やはり認知症の(2007/6月の過去ブログ参照)、父方の祖母のところに向かった。父方の祖母は、数年前から養護施設にいるのだが、T.Vも無い中、今年の始め辺りから様子が悪くなったらしい。五年前に親戚のおじさんの家にいた頃に、私がおじゃました時には、病のかけらもなく、元気な祖母であった。施設に入ってしばらくは、しっかりしていたのだが、刺激が少ないせいか、ついに認知症になってしまった(ちなみに、母方の祖父は、同じ認知症でも、医者からよく寝るようにと言われている)。

 今回も、土産を持って行ったのだが、自分の息子である父のことも、よく解らない様子であった。前回と違って、孫の私のことも解っていなかった。母などは、祖母から父に、「あんた、この人と最初から結婚していたのか?」などと悪気無く言われる始末。・・・半年前より悪くなっていた。しかし、風貌は人生の荒波を乗り越えてきて、達観したような顔つきである。まるで、何もかもを見通し、解っているような印象を受けた。私が祖母の手を握ると冷たかったので、さすってあげたら、「ありがとう」と言ってくれた。

 そうして私は、口をつぐみながら別れた。

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祖父母と会えて その1

 一昨日の朝、母方の祖父母の瀬戸内の家に長い道のりの果てに到着した。六年ぶりのことである。みかん農家なのであるが、母をはじめ、子供には次がせなかった。それだけきつく、苦しく、報われないのが、現状なのである。車を庭に停めると、腰の曲がった、それでいてしっかりとした祖母が出てきた。挨拶をして土産を渡し、持参した祖父の好物である、巻き寿司をみんなで食べた。いつものことだが、いい年をして身を固めない私に、祖母はジャブのように他の孫のことを言う。・・・祖母は心配ないなと、逆に私が安心する中、(認知症だと聞いていた)祖父の様子をそれとなく伺っていた(祖父は三年前には農業関係の賞状をもらっているのではあるが・・・)。

 はるか昔の子供の頃、私と弟は、ある事情によって半年強、母方の祖父母に面倒を見てもらった。その時の話になると、祖父が笑いながら、話をしてくれる。私も思い出す限りに話を膨らました。・・・これでとりあえず安心した私は、その後、庭で祖父と二人で様々な話をした。いろんな話をしているうちに、どんどん祖父の表情が笑顔になってゆき、声の張りも良くなってゆく。安心と同時に、嬉しくて、やはり話を膨らます私。しかし、この時季というのは、みかん農家にとっては、かき入れ時、(祖父母は一日空けていてくれたようではあるが)我々家族は昼頃には出発することになった。

 あれもこれも持って行けと、祖父母が言う中、車のトランクは一杯になり、港に向かった。デジカメを忘れた私は携帯で祖父の写真を撮ったが、やはり昔ほど目に強さがない。しかし、祖父も嬉しかったらしく、その後の電話で、私のことを「しっかりしているから大丈夫」と言って、安心して眠りについてくれたらしい。孫として、これほどの喜びはないし、祖父に喜んでもらえて、はるばる私も随行した甲斐があったと、とても嬉しかった。

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夢での博士の言葉

固まっているものはバラけ、バラけているものは固まろうとする。その流れが万物にあり、一つの平衡状態が常態となる。しかしながら、それさへ美の見地からは、疑ってみるのがよろしかろう。・・・そこに自分を見い出す恐ろしさか゛ある。

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瀬戸内海について

瀬戸内海には本州との間に三本橋がかかっているが、これは瀬戸内海の島が二ヶ所で多く存在すること由るのではないか。また、本州側に三つの県が存在することにも因るだろう。現在でも、橋を造る動きは続いているとのことだが、何分、過疎が進んでいる地域なのは間違いなく、お年寄りばかりの中、この、橋造りが妥当であるかは、微妙な問題であるかもしれない。本州と四国の間に橋が三つも在ること自体が、何やら造り過ぎなのではないかという疑問は否めない。そんな中、現在我々家族はフェリーに揺られて、とある島に向かっている。瀬戸内海は穏やかな海だが、何分フェリーが小さいので多少は揺れる。また、暗い中での航海もぼんやりしていて、気味が悪い。・・・何はともあれ、六年ぶりの帰省である。祖父母との懐かしい対面まで、もう、まもなく。あと、何度会えるかは分からないが、今日は祖父母孝行したい。

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友人からの傑作なメール

 昨日の午後、働かない頭でブログを何度も書き直していた時に、気分転換にメールボックスを空けたら、某企業で人事をやっている高校時代の友人からのメールがあった。そのメールには、「全くの偶然ですが、知人を発見してしまいました」とあり、ネットのURLが載っていて、「こう見ると、それなりに見えるから不思議です」とだけ書かれてあった。一瞬、嫌な予感がしたものの、URLをクリックすると、某企業に勤めている、これまた高校時代の友人が、ある雑誌のHPで就職状況について語っている。写真付きだったのですぐに解ったのではあるが、偶然ではこれは見付からないだろうとも思った。発見した友人も人事をやっていることから、仕事上でチェックしているうちに見付けたのではないか。内容を把握するに従って、「それなりに見えるから不思議」という表現が傑作だったので、「確かに不思議だね」みたいなことを書いて返信した。

 その後、しばらく外出してから家に戻り、再びパソコンのメールチェックを行ったら、話題になっていた本人からのメールがあったので、早速開いて読んでみた。すると、本人にはまいった様子もなく、逆に、他の分野にも登場いているとの返事。ただし、語ってはいるものの、本音としては、いずれも全くやったことがない仕事とのことで、案外適当だなと、また笑ってしまった。確かに書かれていた内容には受け売りみたいな印象を受けたのも事実である。・・・多分、最初に発見した友人も、そういう印象を抱いたので、「それなりに見えるから不思議」に思ったのだろうし、その眼力に、さすが人事をやっているだけのことはあるなと感心した。中・高時代の友人で、みんなガキの時からの付き合いだから、笑い話で済むのだろう。

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いざ瀬戸内へ

 母方の祖父が認知症との話を聞いて、母が「早いうちに会っておきたい」と言っていたのが十月頃の話である。当初は十一月に帰ろうかという話になっていたが、母の弟のおじさん一家が帰省していて、重なってしまうとのことで中止となっていたものの、いきなり明日から出発することが決まった。よくよく聞いてみると、車で帰る計画だという。祖父への大変世話になったことへの恩義と、病み上がりの父一人だけが運転するのが心配で、私も同行することにした。

 瀬戸内海には三つ橋が架かっているが、母の故郷の島は直接本州と橋で連絡されていないので、どこかで船に乗らなければならない。昔に比べると、はるかに便利になったのではあるが、海路は時間の計算が立たない。そうでなくても、目的の港まで行くのにカーナビで予想時間を確認したら、十二時間近く掛かる。これでは父と私と、いくら二人ドライバーがいても、交代で眠らなければ、無理がある。体力的にきついことを覚悟した。

 我々も年の瀬の強行軍なので、きついのは事実であるが、もっと嫌な思いをするのは、おそらく明日の昼に動物病院に預けられることになるであろう、愛犬の弥七君である。何だかかわいそうで、未だにその話は彼にはしていない。それぐらい彼には「お泊まり」がこたえるのである。だまし討ちのようで嫌なものだが、こればかりは仕方がない。

 暮れでスケジュールが厳しい中、追い打ちを掛けるような帰省ではあるが、祖父が少しでも元気なことを願ってやまない。

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イラク戦争と大量破壊兵器

 ずいぶん昔に、友人数人と話した話題なのではあるが、改めてイラク戦争について見直してみたい。そもそも、この戦争は、9.11の余波から始まった面が強いと認識してはいたが、イラクに攻め込む根拠として、当時のパウエル国務長官が国連で、イラクに大量破壊兵器があることを映像も含めて示唆したことから始まる。説得力など全くなかったが、そこからはアメリカの独断のような形で、戦争開始へと踏み切られた。戦争のあり方は、パウエル・ドクトリン(最初に相手国を徹底的に空爆して、インフラをボロボロにした後に、陸上部隊が攻め込む)に沿って行われ、実際にバグダッドも、あれよあれよという間に陥落した。フセイン元大統領の銅像が倒された映像も記憶に新しい。

 しかし、その後、国連部隊やアメリカ軍がいくら調べても、そもそもの戦争の根拠であった大量破壊兵器は見付からないどころか、戦局は泥沼化している。この責任を取って、パウエル国務長官は辞任し、現在のライス国務長官が抜擢された。世間の一部からは、黒人で女性ということから、持ち上げる人々もいたが、私は、何故パウエルが辞任したのかを考える方が重要なのではないかと、首をひねった。

 その後、時間がしばらく経って、私が行き着いた結論は、「イラクには大量破壊兵器がないことが解っていたから、攻め込んだのではないか?」と、逆に考えるようになった。いくら空爆による先制攻撃で大量破壊兵器の拠点は全て潰せると言われても、広い国土の中、それは不可能だろうとも思われる。本当に大量破壊兵器がある国には、何個師団もの、自国の陸軍を上陸させるのは妥当ではない気がしたのだが・・・さて。

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ブログを続けてみて

 ブログを始めてから、ちょうど半年ほどになる。毎日書いてきたが、当初は文章が荒れるイメージがあり、少し不安であった。また、人が読むことも意識したら、下手なことは書けない。内輪ネタでいくら面白いことがあっても、それはボツにする。当初は、結構、窮屈なものだなと感じていたが、慣れてくるとそうでもない。・・・ネタは身の回りに転がっているものなのだと気が付く。

 少し前に、この半年間のブログ全部と、昔のメールをチェックした。すると、昔はやたら物事を難しく考えていた自分がいた。思いやりのないメールも見付けて、何にも解っていなかったんだなと、反省する。物事を深く考えることは大切だが、自分勝手になってしまっては意味がない。改めて自分の改善しなければならない部分も見付かる。・・・何故気が付いたのかと言えば、黙々とブログを書いていたからとしか言いようがない。自分の軸となるスタイルは譲れなくても、そうでないところは大分、柔軟に考えるようにもなった。誰が読むか解らないということは、気を遣う部分が大きいが、それ以上に、毎日日記を付けているようで、ブログというものは、かなりのストレスの発散にもなる。文章も少しずつ上達するだろうし、何より、毎日、テーマを決めるためにアイデアを模索することが貴重な経験になっている。ブログを始めろと言ってくれた友人達にも感謝しているし、何よりも、読んでくださる方の存在が大きい。

 ブログをいつまで続けようかなどということは、現在頭の中にない。文章の作品の方も手を着けなければならないので、次第にハードルを高くしてゆく予定でもある。

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運動はいかがかな

 先日、友人から電話があった。内容が不思議で、いつも通りではない。「中高時代何かスポーツやってたか?」・・・「いや、帰宅部だ」・・・「付き合いのある部活とか無いのか?」・・・「バドミントン部に出入りしてた。他も多々あるし、高校時代の友達と会うといったらそのメンツだ」・・・「そうか」・・・これでは友人の真意も分からないし、どうしようもない。

 あえて言えば、私はチャリンコ部だった。毎週、往復10Km 以上をこいでいたし、箱根駅伝のルートを一部ながらこいだこともある。模試の時に、ナップザックに地図帳と弁当を入れてチャリンコ旅に出たこともある。・・・その時は、さすがに両親にに申し訳ないと感じたが。

 元来、私は運動は好きなのである。友人から「運動は嫌いなのか?」と言われても「大好きだ。でも、筋トレとか独りでやるのは好きじゃない」と応えた。・・・しかしながら、歳を重ねた分だけパフォーマンスが落ちるのはやむを得ない。コセコセするのが嫌いなのだ。

 遺伝的には運動神経は悪い方ではないと思う。親父は小学生の時、県で数人しかもらえないメダルをもらったし、環境さえ許せば、プロ野球選手になりたかったそうだ。

 友人の質問の真意を聞きたいところではあるが、お互い忙しい身。そういうことはしない。友人である。これからも仲良くしてゆきたい。ひょっとしたら「さぐり」だったのかも知れないが、別にかまわない。この歳で本音を言ってくれる友人に感謝したい。

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今朝、父の退院の迎えに

 抗ガン剤予防治療をしている父が退院するとのことで、今朝は早起きして母と車で迎えに行った。主治医の先生の話によると、父は口腔内多発癌体質らしく、もう何度もお世話になっている。抗ガン剤は白血球の数との絡みがあって、あまり減りすぎると中止となる。今回の父も入院中に白血球が急激に減り、急遽、注射を打ち、感染を防ぐため個室に移された。その後、父の白血球数は桁が二つ増えて、現在では正常値に落ち着いている。しかし、基本的に父は抗ガン剤にも合わない体質のようだ。そうでなくても父の歯は放射線治療でボロボロだし、下手なものを食べたら喉に詰まってしまう。入院中、主治医の先生も、次に癌が出来てしまったら、すぐにはいい方法が思い当たらないと、半ば引導を渡されたようなシーンもあった。最悪、食べられもせず、喋れもせず、という気道切開などの話を聞いた父は二日だけ落ち込んでいた。・・・しかし、そこは何度も修羅場をくぐり抜けてきた父のこと、「主治医の先生が勘弁してくれと言うまで可能性を信じて粘る」と見事に気分転換していた。しかし、父も還暦を過ぎて数年、私たち家族もある程度の覚悟は決めている。

 そんな父だが、今迄、抗ガン剤のきつい薬を使っても、髪が抜けなかったのには先生方も驚いていたが、今回のものは凄い勢いで抜けるらしく、今朝の退院時にはそっちの方を気にしていた。「帽子をかぶろうかなあ」とか「どんな帽子が似合うやろ」とかが帰宅時の車の中での会話である。また生えてくるだろう事が予想できるので、軽く「先手を打って坊主にしたらどうだろう」とか「散髪代が浮く」などと返していたが、自分も今年、円形脱毛症になって嫌な思いを勝手にしていたので、気持ちは解る。・・・何にせよ、病の根治を願うばかりである。

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IHI(旧石播)の情報をつかんで

 IHI(旧石川島播磨重工)の決算訂正と、東証での整理ポスト入りの情報をつかんで驚いた。第一報では、詳細が飲み込めず、今迄、資料に目を通していた。その結果、東証が動いたのは、IHIが訂正有価証券報告書を出したタイミングについて、虚偽記載の恐れがあるとしての処置だということで、とりあえず落ち着いた。内容は海外プラント(セメントプラントなど)での巨額損失が明らかになったというものだった。

 何故私が、一重工の報道に目を見張ったかというと、大学時代の研究室でお世話になった先輩の就職先でもあり、何より、私の親父が病を患うまでに勤めていた会社だったからだ。いわば、私を育ててくれた会社だと言っても過言ではない。もちろん第一報は親父に知らせたが、私には淡泊であった(振る舞ったのかも知れない)。親父が辞めてしばらくは、闘病中にもかかわらず、会社から自宅に何度も相談の電話が鳴った。私はそれほど人材がいないのかと思う一方で、親父に改めて感心した。・・・うちの親父は、なかなか超えられそうにないな、と。だから、倅の私も努力し続けなければならない。

 重工がここまで追い込まれるのは一般的でない。明日の株価が心配ではあるが、社内の一部の人間はおぼろげに知っていたのではないか。それが今回の問題になっている部分でもあるのだから。現在の社長は、やり手だと聞いてはいるが、この際、徹底的に膿を出した方がいいのではないか。・・・親父が現役の頃、トップや企業体質の矛盾は散々聞いてきた。あくまでも私など、第三者であったが、いろんな意味で参考になったのは言うまでもない。

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年賀状印刷完了

 昨日の手の空いた時間に、来年の年賀状の裏面の主要な部分の印刷を行った。去年の秋までデジカメなるものが我が家には存在していなかったので、自宅のパソコンで印刷するのは二回目なのである。と言っても、今年の正月の賀状はフィルムの写真だったので、お店に頼んだ物であり、初めてパソコンで賀状を印刷したのは、弟夫婦から借りたデジカメで撮った、去年の正月の賀状の愛犬の弥七君(去年の干支)が最初である。その時は、適当にいじっていたら何とかなったというものであった。二回目の今回は、自宅のデジカメでもあり、しくじるわけにはいかない(大げさだな)。

 とりあえず、印刷する写真が決まると、それを裏面の縦半分にすることに決め、色々といじってみた。写真はプリンタのソフトで印刷することが出来るのをA4用紙で確認した私は、プリンタの設定をはがきサイズに変え、実際に年賀はがきで印刷してみた・・・あれ?上下逆さだぁ~・・・間抜けなミスの後、全ての賀状に写真が印刷できたところで、今度は住所などの文字を入れたいと思い、はがきソフトを立ち上げるべく、クリック・・・あれ?プログラムがないぃ~・・・そういえば、こんなの年に一回しか使わないからと、消しちまった覚えがある・・・でも、いくつか同じようなソフトがあったので、コンパネから改めてプログラムの有無を確認・・・よし!一つだけ残ってる・・・これで何とか完了。なんだ、思った程、面倒でもないな。

 ぐだぐだ書いてしまったが、年賀状の表と、裏の一部は手書きにして、写真を入れるのが、ここ数年の私の傾向である。年賀状とは不思議な物で、何か一言でもメッセージなり、写真なりがあると無機的でなくなる気がするのは、私だけではないと思うのだが。

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ドーピング問題について

 MLBのバリーボンズ選手のドーピング問題について、現在もめている。映像を見る限り、入団時に比べ、三倍近く体が大きくなっていたのは事実で、たしかに異様な印象を受けた。問題の薬物は主としてステロイドだが、他にも抜け道が色々とあるような話も聞いたことがある。松井選手などは自著「不動心」の中で、副作用のある薬を使う気にはなれないと語っているが、イチロー選手も松井選手も日本にいるときに比べ、見違えるような体格になった。これは薬物ではなく、汗と努力の賜物だろうし、食べ物への気遣いも人一倍するという。

 もっと過酷なのは、体重制限があるスポーツ選手である。例えば、先日3000勝した競馬の武豊ジョッキー(38)は身長が170cm近くあるにもかかわらず、体重は50kg前後、しかも、馬を追うのには相当な筋力と持久力がいる。年齢的にも一般的には、男は30歳を過ぎると肥満気味になるものだが、きっちりとクリアしているどころか、トップジョッキーでもある。その忍耐と努力と根気と、その他あらゆる節制には想像を絶する物がある事は容易に想像される。

 ドーピング問題についてぼんやり考えていると、おかしな考えが湧いてきた。それは、もしも「頭が良くなる薬」みたいな物が開発されたらどうなるかというものだった。しかし、「頭がいい」事の定義が解らなくなった。IQが10000あるとか数値になる物ならば何とかなるが、人間、何を持って「頭がいい」というのかは解らない。人間全体の総合力ということになると、IQがいくらあろうが、馬鹿は馬鹿ということになる。・・・一番困るのが、頭がいいことを鼻に掛けた、おばかさんである。これほど付き合いにくい人種はいない。

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大掃除のコツについて

 年末も近くなり、そろそろ大掃除を始めなければならない。私の場合、本とCDを主に整理しなければならないので、整理整頓のコツと書いた方がいいかもしれない。何年か前に、どうやったら、ゆるむことなく整理が出来るかについて、半月ぐらい試行錯誤したことがある。それはつまり、どこに何があるかがすぐに判り、時間が経ってもその傾向が崩れにくいというものだった。

 昔の私の部屋は、部屋中に規則性が無く、物が乱雑していた。この状態だと、まず、仕分けをする場所を作らなければならない。そこで、おおまかに、いらないものはどんどん捨てて、とりあえず、そのスペースを作る。次にジャンル分けする。本なら本、CDならCD、それ以外ならそれ以外という風に。ここまでは当たり前の話だ。

 そして、例えば本なら、空いたスペースに一気に全部集めてしまう(何故だかは解らないが、同じジャンルなら、キャパシティの許す限り、まとめてやった方が効率がよい)。それから、いるかいらないかは、考えていても埒があかないので、一瞬、内容を見て、○(必要)×(不要)△(未定)の山に分ける。×のものは捨てる。そしてまた、△のものを○×△に分ける。これを繰り返すと、△が無くなり、○と×に別れる。そして、大きさで分け、ジャンルで分け、とやっていく。どうせなら、あいうえお順にしたいので、まず、「あかさたな」で分ける。それから、あいうえお順にする。この方が正確で、圧倒的に速い。そして、頻繁に使う物を側に置く様に配置する。・・・大掃除のコツとしては他にもプラスチックの容器を利用したりと、、色々と工夫は出来るが、一番肝心なのは、デッドスペースを作らないことである。

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松井選手トレード?

 今現在、ネットで調べた限り、ヤンキースの松井秀喜選手が、サンフランシスコ・ジャイアンツなどにトレードに出される可能性があるとのこと。ヤンキースの前任の監督であるトーリ監督時代には考えられなかったことで、新任のジラルディ監督の構想から外れる可能性を示唆している。確かに松井は、膝に爆弾を抱え、使い方が難しい選手ではあるが、これまでの貢献度から考えると、事実ならば、なんとも殺生な話だ。

 そうなると、NHKの衛星放送での、ヤンキースの報道はどうなるのであろう?スター選手がそろっているだけに、見応えもあったのだが、必然的に放映回数は減るのであろうか。なんとも残念な話である。

 別の件で驚いたのは、シアトル・マリナーズの監督が、「イチローなら盗塁は80はいける」だとか、「262安打打ったときも、バントヒットが後15本あったら、打率四割に達していた。現在の選手で、打率四割を狙えるのはイチローくらいなものだ」などという発言をしていたと報道されたが、この監督(名前知らない)は本気で言っているのか。だとしたら、あまりにも親心のない監督だ。・・・イチロー選手はかつて、「安打数を目標には出来るが、打率を目標には出来ない」と語っていた。それは、多分、打率を目標にすると、気持ちが守りに入ってしまい、バッティングにも影響が出るということだと思う。イチロー選手が262安打打ったときのことだったと思うが、プレッシャーからか嗚咽しながら試合に臨んでいたという。この監督はそういうことが解っていない。・・・イチロー選手は自身で目標を設けながら、マイペースでやってほしいものだ。

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アイススケートと自転車と

 トリノ五輪で荒川静香選手が金メダルを取って以来、スター選手の存在もあってか、フィギュアスケートの人気が出ている。確かに見ていて華麗だし、息をのむような演技も見事である。そんなこんなで、TVでもアイススケートの基本の講座をやっているのを、ぼんやり見ていた。見ていると、基本をしっかりと教えているものの、体験者はどうも、転ぶのを恐れてか、スケート靴の刃がハの字になっていたりしていた。一番最初はそれでもいいのだが・・・靴擦れが出来るだけである。

 本当に上達したいなら、基本をしっかりと身につけて、後はひたすら滑るだけである。女性はともかく男ならば、転んで転んで、体中にあざを作るぐらいの覚悟がないと、なかなか上手くはならない。確かに、リンクの氷は強烈に固く、冷たく、下手をすると骨を折るかも知れないし、他人のスケート靴の刃でどこか切るかも知れない。でも、勇気を出して滑るしかない。そうして、上手くなってくると、そういうリスクを極力回避できるようにもなる。・・・滑るだけならともかく、ましてやアイスホッケーなどをしようと思ったら、いちいち足下にかまってなどいられない。まあ、スケート靴にも色々あって、滑り方は異なるが・・・。

 よく、自転車をこぐ筋肉と、スケートの筋肉は同じといわれるが、自転車が速い人は、スケートも速いのは事実である。また、スケートを滑れるようになるのは、丁度、子供の頃に自転車に乗れるようになるのと同じようなものだと思う。転んでも転んでも、勇気を出してチャレンジしなければうまくいかないというとこらへんが。・・・そう考えると、物事とは全てそういう風に出来ている様な気がしてきた。

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わかりやすさと創造性

 最近思うのだが、ほとんどの流行りの邦楽を聞いても、メロディも詩もどこかで聞いたことがあるようにしか感じられなくなった。最近の曲の傾向がそうだからか、耳が肥えたからか、歳をとったからかは解らない。自身、絶対音感があるわけでもなく、楽譜が読めるわけでもなく、楽器をいじるわけでもないから、必ずしも根拠があるとは思えないのではあるが。昔は曲のワンフレーズでも素敵だったらCDを購入していたので、邦楽に関する限り、CDにかかるお金が減ったのは良いことなのだが。

 自分の感受性が鈍くなったのかとも思う。確かに昔ほど、いろんな意味で発想も浮かばないし、その時間も無い。しかし、あらゆるメモは増える一方なのではある。つまり、OUTPUT自体は増えている。これは、昔、時間を掛けて、音楽に限らず、興味の湧く物事を手当たり次第にINPUTしていた遺産だと思う。実際、OUTPUTしながらINPUTしていると、重要になってくるのが、INPUTの量より質である。それで悩むことの方が多い。

 実感として感じるのは、時代のカラーが読みにくくなったとは思う。わかりにくい時代だし、価値観が多様過ぎるのと、変化のスピードが速すぎるのには、ただただ驚く。・・・だから、何でもわかりやすいものが受けるというのは、おかしい。なぜならば、それは単に文化の最大公約数であって、本当の意味での物事の深みとは異なり、重要なのは、もちろん後者なのである。物事の最大公約数には、時代を眺めることは出来ても、次の時代への真に創造的な要素は無い。結局、わかったふりばかりが上手くなっているのではないのだろうか?

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PISA(学習到達度調査)について

 3回目の国際的な学習到達度調査(PISA)の結果が出た。57カ国、15歳が対象で、「読解力」「科学的リテラシー」「数学的リテラシー」の三種類の、主に応用力を問われる問題の解答結果によって点数が付き、順位が発表される。日本はそれぞれ15位、6位、10位となり、1回目以降順位を落とし続けている。順位のグラフを見ると、フィンランドや韓国が好成績の中、フランス、ドイツ、イギリスなどの先進国の順位が低いのも特徴的である。15歳以降の高等教育に於いては、それぞれの国にそれぞれのカリキュラムがあるから、一概には言えないが、日本の学習システムから考えると問題かも知れない。 また、問題の難易度もlv1~lv6まであり、高い順位の国ほど、低レベルの問題の取りこぼしが少ないのも特徴である。日本のデータを観てみると、結構取りこぼしており、格差社会が広がると、この傾向はもっと顕著になるかも知れない。対策の教育課題としては、下をフォローしつつ上にも対応しなくてはならないのだから、全体的に、どういうシステム、教育をするのかは、議論の的になりそうだ。

 また、実際に「科学的リテラシー」の問題を観てみたが、問題を見て、そこから解答をダイレクトに導くやり方では、高レベルの問題には対応できない傾向にある。普段からのバックグラウンドとなる知識が無ければ応えられない仕組みになっている。

 私が塾の現場にいた頃も、円周角の問題を分度器で測ったり、地軸が傾いている事を知らないなどと、様々なケースがあった。前者は論外としても、後者はつまり、春夏秋冬が何故あるのかが解っていないことになる・・・学区でトップの公立高校に進学した生徒の話である。

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新年会準備

 昔は友人達と、年の瀬に集まっていたが、皆忙しくなり、新年会ということで年明けに集まるようになった。ここ数年、高校時代の友人と、大学時代の友人の新年会の幹事を両方やっていたが、今回は、大学時代の方のみで済んでいる。高校時代の友人達は、休みがはっきりしているので、前回から、「一番遅く来た奴が次の年の幹事になる」と決まったのだ。とはいうものの、昨日は両方の新年会の連絡がいっぺんに押し寄せ、慌ただしい一日になった。まあ、たいしたことはないのだが。

 どちらの友人とも電子メールでやりとりするのだが、基本的にみんなやりとりが早いので、手早く済む。困るのは、幹事をしたときの希望日程が合わない事であるが、これもみな要領が良く、やはりなぜか手短に済む。高校時代の友人の中には、リプライが遅い(もしくは無い)奴もいるが、それは早い者勝ちになってしまう。こればかりは致し方ない。結局、高校時代の仲間との新年会は一月上旬に、大学時代との仲間とのとは下旬になりそうである。

 高校時代の仲間とのやりとりで一番驚いたのは、幼稚園から一緒だった友人が先月、ハワイで結婚したことである。独身仲間でいるはずだったのになあああ・・・(笑)。一方、夏に、このブログを毎日続ける約束をした、大学時代の友人達のコメントを観ると、それぞれの約束は、まだ達成までにしばらく掛かる模様。約束は必ず達成させてくるメンツなので、私も気を抜けない。ブログを毎日書かねばならぬ予断なさは、風邪を引いたり、用事があると面倒だが、書くのが好きだから、別にかまわない。出来、不出来?・・・別にかまわない^^;

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冬の空

 私は夜空を観るのが好きである。特に冬の空ははっきりしていて、近くの海岸などを歩きながら、コートにマフラーで空を見上げる。潮騒の中、吐息は白く、まじまじと眺める。

 思えば、私が一番最初に覚えたのは、オリオン座だったと思う。何の知識もない中、三つの並んだ星が印象的だった。綺麗だなと思っていた中で、やがて、知識ばかりが増える。

 一等星のある星座をほとんど覚え終わった頃、小学校の時には友人と天体観測した記憶もある。オリオン座なら赤い星がベテルギウスで、赤色巨星で、冬の三角形があれで、北の空には北極星があって、昔、船乗り達が羅針盤のようにしていて、しばらく離れたのが北斗七星とカシオペア座で・・・などと、いらぬ知識ばかりが増えたのかも知れぬ。

 思えば、夏には花火大会などがあるのに、夏の星座をよく観察した記憶がない。季節のせいか、他のことで忙しかったからかは解らないが、夏の空の星というのは見えにくかった気がする。大気が汚れたために、北斗七星などは、ひしゃくの形で見えなくなってしまったが、どうもそれだけではない気がする。

 実証されているのかどうかは知らぬが、冬の大気の方が澄んで見えるのは、飽和水蒸気量と関係があるのではないかと、この頃思っている。冬には大気中の水蒸気量が少ないから澄んで見えるのではないか、など。・・・あくまでも思い付きである。

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「ちりとてちん」を観ていて

 相応の実力のないものが、背伸びしてはいけない。先祖の名を辱めるばかりか、行く末さえ危うくなってしまう。・・・少なくとも芸事に関しては。

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就職ひとつとっても

 私は学生時代、主立った就職活動はしていない。院に行って、他にやりたいことがあって、辞めて、塾講などをしていたからだ。だから、就職について、とりわけ偉そうにに言える立場ではない。しかし、学生時代、いろんな奴がいて、いろんな就職をしていたのは、実際に多く見てきた。

 私は理系だったが、遊び友達のほとんどが、学部で文系就職を希望していた。イメージがいいからか、給料がいいからか、メーカーが嫌だからか、これには私も解らない。まず、商社に人気が行った。みんなそこを本命にした。・・・次は銀行あたりか。多くの友人はその系統に就職していった。

 しかし物事とは解らない。当時の都市銀行の多くは吸収合併され、みんな「一緒くた」になってしまった。商社もこれから先ネットが発達するとどうなるか解らない。生保・損保も、外資の進入が激しいし、証券は潰れてしまった会社さえあった。・・・今になって考えてみると、一種のブランド志向だったのだと思う。・・・それも、何年も経った後でのバブル時の。

 転職者も多い。転職の場合、キャリアを積み重ねるケースかそうでないかのどちらかだ。

 仕事を考える場合、結局、その仕事にプライドを持てるかどうか、好きであるかどうか、などの問題なのだとも思う。これらが欠けると、長続きしない。主体性が無いと、大概は後悔する。己の人生を見つめるいい機会だと考えてみてはどうか。

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