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ガングリオン

 今年の六月ぐらいから、仏画の前で経を唱え、座禅足をして座禅に励んでいた。座禅足は強烈に痛かったが、それも修行と、黙々とやっていた。慣れてくると、痛みは意識から遠のき、精神を違う境地に持ってゆけた。ただ、これにはコツがあり、某和尚の本の中で、「人間は、二つのものを、両目で同時に見ようとしたら、何も考えられなくなる」というのを実践したに過ぎない。一度、何事も考えなくなった頭が復活すると、とても新鮮なものである。体や精神の深呼吸をした感じである。その快適さが禅を続ける力になったし、自身ではもっと大きな冒険をしてみたかった部分もある。

 ・・・ところが。それを初めてまもなく、左足に瘤ができ、医者に行くと、「ガングリオン」という病名で、骨と骨の間の液体が、保護膜ごと、たこ焼きみたいに外に張り出した状態だというのだ。手術も考えて、話をしたが、根治は難しいとも言われた。・・・ということは、私は、これから一生左足のガングリオンとつきあってゆかねばならないということだ。現在、五円玉くらいの大きさで、私の左足にある。痛みはない。違和感はある。

 もう、二回くらい中の液体を、注射で取り除いたが、それでも膨らむ。固まったりもしない。普段はラフな靴を履いているのだが、いざ革靴を履く段になって、履けないでは済まされない。作戦としては二つ。フォーマルなときに事前に中の液体を抜いてもらうか、靴を新調するしかない。私は前者でいいと考えているのだが、どちらにしろ、試しに履いてみなければ始まらない。面倒な症状を抱えたものだ。

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