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愛の反対語

 塾講師時代に、講師仲間で「愛」の反対語は何か?がブームになり、私も聞かれたことがある。私は即座に「ない」とこたえたのだが、それはなしと言うことで悩んだ。みんなの答えを聞いてみると、「無関心」というものを押す声が強かった。しかしこれも、私の愛の定義「生き物の無意識よりの敬虔なる美しさ」の反対語とはニュアンスが異なる。三日ぐらい考えたことがある。

 中には、「愛」の反対語は「恋」というような馬鹿もいて、人間性を疑った奴もいた。『愛という字は真心で、恋という字は下心~』(桑田佳祐氏)、もちろん桑田氏はジョークとして歌っているのだろうが、それを真に受ける奴がいるから棲みにくい。もちろん恋愛は、下心から動くケースもあるだろうが、煎じ詰めると真心がなければ、性欲目的の、そこら辺のナンパしてるお兄ちゃんと変わらないのである。「体がしびれる」「男も濡れる」(桑田氏)様な恋をしていない者には解らない世界があるのだ。そういう恋愛をせずに、女に走るのは暴走である。その結果結ばれるなら別にかまわないのだが。・・・もちろん私は桑田佳祐氏とSASの歌詞に震えた世代であることは事実である。最近は知らないが、奥が深い。サザンに興味を持っている方は、是非、最初から聞き直すことをオススメする。

 で、私が「愛」の反対語について出したコメントは、全てを包括していないけれど「偽善」であった。それ以上に言いようがない。

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