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2007年10月

最高級フランス料理のはずが !?

 10年ほど前、ヨーロッパを鉄道で40日ほど独りで旅したときの、フランスのパリでのこと。当時はユーロがまだ使われておらず、各国ごとに通過を両替していた(フランスではフランだった)。米ドルのトラベラーズチェックから、さらに各国の通貨に両替していたので、レートはかなり悪かった。伴い、活動資金も節約していた。途中、スペインでスリにあったこともあり、折角、パリに来ているのに三日目には金がない状態でブラブラしていた。そんな中、八百屋を見つけ、バナナを見つけたので、翌日の朝食用に「これなら安いだろう」と思ったのだが、目茶苦茶高かった記憶がある。よくよく考えてみると、日本にはフィリピンや台湾産のバナナがあふれかえっているのに比べ、フランスの周りの地理を考えてみると、バナナは希少なものなのだろうと、変に納得したのである。

 その日は日曜日で、ルーブル美術館がタダだったのは、ありがたかったが、ヨーロッパのお店は飲食業や商店が土日に閉店している事が多いので不自由もした。夕暮れが近づいて来た頃、懐の寒かった私は、実家にコレクトコールで電話した。すると、電話先に親父が出て、「折角フランスまで行ったんだから、カードで最高級のフランス料理を食べてこい」と言ってくれた。喜び勇んだ私は、シャンゼリゼ通りを闊歩しながら、どの店に入ろうかと迷っていたが、その中でも、一番豪華そうに見えたお店に入った。テーブルに通され、置いてあったパンを食べながらワクワクしていた私は、メニューを渡された瞬間に愕然とした。・・・なんとそこは、イタメシ屋だったのである(涙)。フランス語が分からないとはいえ、せめてホテルの人に相談してくるのだったという後悔も、あとの祭りだった。

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昆虫ブーム

 近年の子供の昆虫ブームは、リアルに生き物を慈しむという点と、昆虫を通じて様々な動植物に興味を抱き、それらへの免疫が出来るという点からも、私はいいことだと思う。家でゲームばかりしている子供とは比較にならないぐらい、将来性のあるものだとも思う。今年の友人からの年賀状には、大きなカブトムシの模型に座っている子供さんの写真が載っかっていたし、私の弟の子供も、私が知らない昆虫の名前をたくさん覚えているので驚いた。

 私の家の周りには、まだ森がたくさん残っていて、子供の頃から友達と、虫かごや虫取り網などを持って、トンボやカナブン、カブトムシなどを取りに行ったりしていた。河もあったので、ゲンゴロウなどの水中昆虫や、田んぼの穴ぼこに手をねじ込んでザリガニを捕ったりもしていた。母も、子供は遊ぶのが仕事と、服を汚しても怒られたことは無かった。おかげで昆虫や動植物に免疫が出来たと言ってもいい。  高校二年の夏休み、九十九里に友達何人かで旅行に行った晩、我々は夕食後に酒盛りをしながら色々と話していた。すると、窓の隙間から、やや大きめの蛾が入ってきて部屋中を飛び回った。私以外の友人は免疫が無く、大の男が部屋中で大騒ぎになった。仕方がないので、私が壁に止まっている蛾を、プラスチックのカップで押さえて外に逃がしてやった。みんなの反応を見て、都会育ちだと免疫が無くてかわいそうだと感じた。土の臭いなど知らないのだろうなとも思った。

 いくら昆虫ブームでも、デパートで売るのはどうかと思うし、自分で捕まえるからこそ、愛着も湧く。そういう環境が減った今日だからこそ、昆虫がブームになったのかも知れない。

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骨を拾う

 先日、父と私の行きつけの床屋の二代目が、我が家にやってきて、親父さん(初代マスター)が亡くなったことを、わざわざ歩いて知らせに来てくださった。昨日がお通夜で、私の父が会葬した。私にとって、お葬式といえば忘れられない記憶がある。

 私が一浪していたときに、親戚のおじさんが五十代にして亡くなった。私たち家族は、告別式に会葬したのだが、おじさんが銀行のお偉いさんだったこともあり、信じられないくらいの方々が会葬してくださって、坊さんの読経が終わっても焼香が続くぐらい長いものだった。

 その後、親族が火葬場に行ったのだが、火葬用の重そうな扉が開き、中に棺桶が入ってから、数十分後に呼ばれ、再び重そうな扉が開くと、台の上には、まだパチパチと音を放つ赤っぽい骨だけが残っていた。そのリアリティに、私は強烈なショックを受け、この残酷な扉が冥界への扉なのかと思った記憶がある。気丈な親戚のおばさん(父の姉)も、旦那だったおじさんの骨を見た瞬間、父の胸にしがみつき、ハンカチで涙を拭っていた。その後、親類だけで骨を拾い、骨壺に収めた。

 普段、死んだ後のことなど考えていなかった私は、火葬場からの帰りのマイクロバスの中、窓から見える人、全てが骨に見えた。なんて人は危うげで儚いんだろう、という気持ちがあふれかえっていた。

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名人に香車を引いた男

 「名人に香車を引いた男」というのは、言わずもがな、故升田幸三氏の自伝である。昭和55年の初版が、古本屋で当時と同じ値段だったので、その価値も解る。私がブックカバーをしている数少ない本の一つだ。自伝の中では色々と述べられているが、私が特別に感銘を受けたことと、氏の生い立ちを軽く書こうかとも思う。もちろん将棋の中身は私には解らない。

 升田幸三氏は数えの十五歳で、大志を抱き、家出をする。その後アルバイトなどをしながら、五ヶ月後に木見門下の弟子となる。兄弟子に大野五段(当時)弟弟子に大山康晴氏がいる。そんな中で二度、戦争に行ったり、波瀾万丈の中、戦後、少年時代に抱いた夢「名人に香車を引いて勝つ」を実現する。

 この著書の中で、私が注目したのは、弟子だった頃に、丁稚で豆腐を買いにいったはいいものの、途中で足を滑らして転んでしまい、豆腐もおじゃんになったときのことだ。女将さんから「使いっ走りもようできんで、何が将棋や」と言われ、升田氏自身「確かに将棋のことばかり考えていた俺が甘かった」と反省する点だ。その後、「何するにも集中を持て」と自分自身を戒める。本ではこの後に重要なことが書かれているのだが、それは、「心を集中する習慣が出来ると、いっぺんに二つの仕事が出来る」というところだ。私も実験してみたが、ここのメカニズムはいずれ説明する。この本の中でも何気なく書かれている一節だが、物事の極意の一つである。・・・現在の羽生善治氏は、もし対局できるなら、升田幸三氏と語っている。

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最近気がついたこと

 ・旅も人生も一緒で、先のことまで考えすぎると煮詰まってしまう。・・・そして疲れ、滅入ってしまう。だから長期的な物事は、大局で見て、最初はわざとでもいいからペースダウンしろ。

 ・きまじめに考えすぎるな。神経質になりすぎるな。

 ・私が行き当たりばったりの独り旅好きなのは、判断力と決断力を磨くためでもある。丁度、地図ばかり見ていると、その場その場の良さを見失いがちで、足下ばかりを観てしまうように。

 ・家事というものは、創意工夫する楽しさがなければ苦痛なだけである。むしろ、気分転換ぐらいに考えるのが丁度いい。

 ・NHKの「みんなのうた」を観ていると、いろんな視点からの価値観をfeelできる。そして、大人にも参考になる。

 ・見栄を張ることは嘘つきの始まりだ。見栄を張り続けることによって嘘がエスカレートする人の多いこと・・・だから素直ということが大事で、信用はそれに基づく。

 ・人間馬鹿でもいい。大らかさの方が大切だ。

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全国学力テストの結果を見て

 先日、43年ぶりに行われた全国学力テストの結果が出たという。「基礎問題」は出来ても「応用問題」が出来ていないという結果が出た。この差は、単に勉強が出来る出来ないの問題ではない。何事も基礎は肝心である。それがなければ、それ以上の伸びは期待できない。しかし、このデータの傾向から見るに、嫌々勉強をやっている子供が多すぎる気がする。その子達は、反抗期を迎える頃には、親の言うことなど聞かず、下手をすると、全く勉強しなくなってしまう可能性がある。

 小・中学生レベルであれば、躾けられて「基礎」は出来るようにはなる。しかし、それで「応用」が出来なければ、ただガリ勉しただけになってしまう。こんなものは面白くなくなるのが当然だ。何故、「応用」が出来ないのかと言われれば、本当の意味で頭を使っていないということになる。「応用」とは与えられてやることと異なり、その子供の「知恵だめし」のような部分があるのだ。公式を覚えていても、証明過程を知らなければ太刀打ちできないことや、中学数学の図形で出てくる補助線や相似に気がつく事と近い。・・・では、どうやって「応用力」を伸ばすのか・・・

 「なんでだ?」「どうして?」という疑問を常に意識させることが、大切であり、時には教師の方から「これは何故か?」という質問も振らねばならない。要するに、子供の「好奇心」に火を付けるのだ。常に考える様にさせるのが重要だ。教師とは聖職であるのだから、子供の「好奇心」に応える義務がある。それが出来なければ辞するべき・・・ぐらいの覚悟でがんばって欲しい。

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ガソリンスタンドとエコカー

 今月27日から、東京モーターショーが開かれると聞いた。多くのメーカーが、環境問題を軸とした、エコカーについての発表を行うらしい。それでいて、次世代の車のモデルを発表しているので、タイムマシンに乗ったみたいに、5~10年後にはどんな車が走るのかを楽しめる。一度は行ってみたいのだが、私は「エンジン」や「運転」に興味はあっても、当の「車自体」には、それほど興味がない。

 いろんなメーカーがハイブリッド車などのエコカーを開発する中、数年後には価格は確実に落ちるであろう。仮に現在の車(トラック用の軽油などは除く)の燃費がリッター10Kmであるとすると、もしハイブリドカーでの燃費がリッター30Kmということになれば、単純計算、それまでの車に比べ、三倍長持ちする事になる。これは環境にはよろしいことなのだが、ガソリンスタンド(以下GS)にとっては非常に困ることになるのではないか。極端な話、全てハイブリッド車などのエコカーに変わってしまった場合、GSの売り上げは1/3以下に減ってしまうことになる。現在でもぎりぎりの努力を続けているGSが多い中、潰れる店も増えるだろう。同時に、ガソリン税が減少し、ガソリンの値上げも検討されるかも知れない。たまったものではない。

 ドライブ好きの私にとっては、かなり痛い予想なのだが、上の推論、皆様はどう受け止められるか?

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料理の創意工夫

 グッチ裕三氏が、簡単でおいしい料理のレシピをTVや本などで、次々と披露している事は知っていたが、それほど私は注目していなかった。しかし、この半月ほど料理をするようになってからの私は、いろんな料理番組を興味深く観るようになっていた。そして今日、チャンネルをひねるとグッチ氏が登場していた中、私は真剣に観ていた。

 番組では「大根ラーメン」を披露していたのだが、まずその発想に驚かされた。観ていると本当に簡単に作れていた。味のイメージが湧かなかったが、一口食べた、司会のホンジャマカ(石塚でない方)と女性が、「お~~」と驚いていた。私は、これを作ってみたいなという印象と、料理を創造できるグッチ氏の才能に感心した。番組では他に、グッチ氏の家には冷蔵庫が八台あって、どこに何が入っているかを覚えている上に、賞味期限まで記憶していることと、おいしい料理を食べたら味を記憶できるという旨の話まで取り上げられていたが、ただただ驚くばかりだった。味を記憶できるというのは才能だと、私は感じた。それはつまり、食べただけで、どの調味料をどれだけ使っているかが判るということに他ならない。料理も仕方なく作るとつまらないが、創作するようになったら面白いだろうなと思った。

 昔、独り暮らしの友人に、料理について聞いてみたところ、味付けには一種の化学実験みたいな面白さがあると言っていた。どんな味になるかを予想するのは楽しいとも言っていた。一方で私が、「独り暮らしだと残った生野菜の後始末が面倒じゃないか?」と聞いたら、友人は、「ダンベルを漬け物石代わりにして始末する」と語っていた。

 何事も、工夫するとは面白い。

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寛仁さまの発言について

 あの、アルコール依存症だった、寛仁さまが米NYタイムズ紙のインタビューで様々なことを語っておられる。まずは「(皇室は)ストレスの塊のようなものでした」発言から始まる。確かに皇室という閉鎖的な環境は、一般人には想像を絶するストレスが溜まる環境であろう。それは、皇太子妃の雅子さまを観ればよく解る。しかし、現代社会の国民の中にストレスのない人間などいない。「朝起きて、朝食を食べて、昼食を食べて、・・・」という手取り足取りの生活をしている中で、逆に寛仁さまは一般社会でやっていけるとお考えなのか?国民皆、耐えながら生活をしているのだ。また、「非行少年だった」発言や「皇室は・・・(中略)・・・私たちが存在していること意味がある」などという発言もある。・・・こういう本音を海外メディアに提供して何の国益があるというのか。いいように書かれ、利用されるだけだ。皇室の人間がアルコール中毒であるというだけでも、税金を払っている国民は納得しないし、世界中に恥をさらすだけではないのか?

 寛仁さまは数年前の女系天皇論の議論が沸騰しているときにも、文藝春秋で対談をなさった。その内容は、私見では、幼稚な告白で、内容もひどいものであった。褒められるとつけ上がられ、気にくわないことはボロカスに言っておられた。天皇陛下も皇太子殿下も沈黙を守っていた中でだ。それは、皇室の政治的発言が憲法で禁じられている面からなのだが、寛仁さまは言いたい放題に言っておられた。さすがに新聞数社が「諫められよ」という趣旨の記事を書いていた。

 私が受けた印象は、この方は都合の悪いことは何でも他人のせいにするのだなということであり、今回言いたいことは、やはり「諫められよ」ということなのだ。

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無性に誰かを思い出す夜

 高校の頃に通っていた数学塾時代、歳が一つ上で、美貌のマドンナがいた。若かりし塾中の男達は、皆、美貌のマドンナの虜になった。私も例外ではない。もしかしたら私の大人になっての初恋かも知れない。今となっては、幸せになっていてくれていることを願うばかりだ。

 私が高一の時だったと思うが、新しい女の子が入ってきた。第一印象は地味な感じだった。でも、その娘は嫌みが無く、ハキハキしていた。いかにも性格が良さそうな印象を受けた。私は理系だったので高二に上がると(その娘は文系で高三)、クラスが別々になってしまったが、その前の春休みに講師の先生の送別会があった。その時、私はその子の隣に座ることになった。季節柄、寒かったので鍋だったと思うが、ビールも数本あった気がする。

 そうして宴会が始まると、その娘は年下の私に気を遣ってくれたのだろう、適切な話題ばかりを提供してくれた。というのは、私が恥をかかないように気を遣ってくれた様な話題を振ってくれたということだ。私も酔いが回るに従って、色々と話をした記憶がある。そうして、最も感心したのは、その娘は、「お酌」がものすごく上手だったことである。私は女性のタイプに「趣のある人」と書いたが「お酌が上手い人」と書いてもいい。このような女性には、彼女を含めて過去二人しか会ったことがない。講師の先生もその娘に、「おまえは将来、五人以上からプロポーズされる」と語っていたが、その娘は謙遜していた。当時の私には解らなかったが、この歳になるとよく解る。マドンナがビューティフルという感じなら、その娘はプリティだった。 きっと、いいお母さんになっていらっしゃることだろう。今日は何となくその娘のことを思い出したので、つづら書きしてみた。

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愛の反対語

 塾講師時代に、講師仲間で「愛」の反対語は何か?がブームになり、私も聞かれたことがある。私は即座に「ない」とこたえたのだが、それはなしと言うことで悩んだ。みんなの答えを聞いてみると、「無関心」というものを押す声が強かった。しかしこれも、私の愛の定義「生き物の無意識よりの敬虔なる美しさ」の反対語とはニュアンスが異なる。三日ぐらい考えたことがある。

 中には、「愛」の反対語は「恋」というような馬鹿もいて、人間性を疑った奴もいた。『愛という字は真心で、恋という字は下心~』(桑田佳祐氏)、もちろん桑田氏はジョークとして歌っているのだろうが、それを真に受ける奴がいるから棲みにくい。もちろん恋愛は、下心から動くケースもあるだろうが、煎じ詰めると真心がなければ、性欲目的の、そこら辺のナンパしてるお兄ちゃんと変わらないのである。「体がしびれる」「男も濡れる」(桑田氏)様な恋をしていない者には解らない世界があるのだ。そういう恋愛をせずに、女に走るのは暴走である。その結果結ばれるなら別にかまわないのだが。・・・もちろん私は桑田佳祐氏とSASの歌詞に震えた世代であることは事実である。最近は知らないが、奥が深い。サザンに興味を持っている方は、是非、最初から聞き直すことをオススメする。

 で、私が「愛」の反対語について出したコメントは、全てを包括していないけれど「偽善」であった。それ以上に言いようがない。

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国益と温暖化

 原油価格の高騰や、バイオエタノール問題で、物価が上昇する傾向にある。必然的に家の家計にも直撃する問題なので、深刻である。その上、消費税の増税まで議論されているというのだから、たまったものではない。

 石油の地球上での残存料については、小学生の時からあと30~40年と言われてきたが、歳をとるごとに、何故だかこの値は伸びてきた。しかしながら、N.Y市場で1バレル90ドルを超えたと聞くと、そろそろかなとも考えさせられる。もちろん、それだけが要因ではないだろうし、シベリアなどの冷帯や寒帯での埋蔵量は未だ計算できない。一方で温暖化の問題もある。

 京都議定書に国益に反するとして署名しなかった米国は、もっと長期的視点に立つべきではなかったか。未開拓地が多いロシアの冷帯や寒帯が、温暖化で温帯などに変わると、資源の埋蔵量や穀物生産高は圧倒的にロシアがアメリカを上回るようになるのではないだろうか?ロシアの発言権が増し、アメリカが世界のトップから滑り落ちる危険性だってある。この方がよっぽど国益にかなわないのではないか?様々な背景があるから、一概には言えないが。

 

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挨拶と謝辞

 挨拶の代表的なものと言えば、「ありがとう」「いただきます」「こんにちは」だろう。その他、様々あるが、一様に大切な言葉である。これらの挨拶や謝辞がきちんと言えるかどうかで、その人の人生や生活の豊かさが変わってくる。

 人は一人では生きられない以上、様々な人とのコミュニティーの中で生きている。その中でいろんな人どうしの潤滑油となるのが挨拶なのである。道徳教育も色々やり方はあるだろうが、根本は挨拶なのである。家庭の中でも、挨拶をする習慣が無い家とある家では、家庭の空気が異なる。そもそも、挨拶しあうというのは、気持ちがいい。

 しかし、全く知らない人から挨拶されると、少し戸惑う。昔、九州を旅したときにそういうことが二回あった。最初は驚いたが、地域でそういう習慣を付けることは素晴らしいことだなと感心した。 一方で、高校時代の仲間と新年会をした際に、食べる前に私が箸を持って合掌し、「いただきます」と言うと、隣に座っていた奴が「何やっているんだ」という感じで大笑いした。私は「こいつは何にも解ってないな」と呆れたが、他のみんなも変な顔をしたことは言うまでもない。私はまた、「こいつはいつか、食い物で鉢が当たる」とも感じた。挨拶や謝辞というのはそれぐらい重要なのである。

 皆が気持ちよく、当たり前のように挨拶できるようになれば、社会にも明るさが出て、活気づくのではないだろうか。

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無能の人、ブッシュ

 ブッシュ米大統領が、イランの核開発の牽制に、「最悪、第三次世界大戦になりうる」と発言したが、何を考えているのか分からないどころか、言っていいことと悪いことの区別がつかないのかと、またも呆れた。戦争がこれだけ好きな大統領も珍しい。世界中の人が泥沼化したイラク戦争をどうしようか悩み、解決口の無い戦争を憂慮している中で、よくもこんなことが言えたものだ。大体、第三次世界大戦は核戦争を暗示しているということが解らないのだろうか?こんな発言をしてもイランに対して、火に油を注ぐようなものだ。また、米大統領がこういう発言をすると、本当にそういう事態が生じる流れになることも解っていない。

 思えば、9.11の後の記者会見もひどかった。「正義のために戦う」と言ったが、あらゆる戦争に正当性などあるはずがない。また、「我々は十字軍だ」とも言った。イスラムとクリスチャンとユダヤという、全て一神教の宗教どうしが戦争を起こしたら、終わりのない悪夢が続くことは歴史が証明している。それは、イラク戦争も例外ではない。その上、「第三次世界大戦」発言と来たら、もう、どうしようもない。

 世界の舵取り役でもある人間が一時期、デタラメで目茶苦茶で無能な人間であるならば、それを元に戻すのにどれだけの年月が必要になるか計り知れない。最悪の場合は取り返しのつかないことになってしまう。

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シャブ中だったヨシ

 去年、私が痔の手術で10日ほど入院したとき、隣のベッドに若い男が入ってきた。名前はヨシという。ヨシは大学の卒業の日を拘置所で迎えた。元ジャブ中で、入院時はDALK(ダルク)という麻薬中毒者厚生施設に入っていた。私より少し若かったが、見た目では二十代前半という感じだった。凄みなどは全然無く、純真な目をしていた。彼がいたおかげで、入院生活もそこそこ楽しかったが、何しろドジな奴でもあった。

 ヨシは半端じゃなく太っていた。シャブを止めたらそうなるらしい。だから止めきれないとも言っていた。金も月に16万は必要だったらしく、サバキもやっていたらしい。おかげで弟を殺しかけたり、彼女に中絶させたり、精神病院に入ったり、前科もたくさん付いた。ヨシは勤めはしたものの、三日間覚醒して、一日寝るという具合だったので、人間関係がうまくいかず、辞めたらしい。

 私は、シャブは手を出したら水と一緒で、無くては生きてはいけないものになってしまうと考えていた。両親や周囲から信頼を受けている以上、裏切れない。従って、シャブについては少しばかりの知識はあったが、何にも聞かないでいた。一方、知り合って何日か経った後、「売るときに、買う奴は、観ただけで解るのか?」と聞いたら「判る」と言っていた。ヨシは止めるために施設に入っている。

 はっきり言って、一度シャブに手を出してしまうと、生活が成り立たない。そして、本気で止めようと思うなら、自分の一物を切るぐらいの覚悟が必要だ。周囲に迷惑をかけ、人生をぶちこわしてしまう。つまり、絶対にやってはいけないということだ。

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現国が苦手なら

 三者面談で、母親が「うちの子供は現代国語が苦手なんです。どうしたらいいでしょうか?」と質問されたのに対し、ある教師が「恋をしなさい」と答えたという。これほど見事なアドバイスは無いのではないだろうか。恋といっても別に片思いでもかまわないのである。

 若い頃の恋というものは美しいが儚さを伴う。いつ、どんな別れが来ても不思議ではないのだから。お互いに未熟でケンカを引きずったりもする。スタンダールの「恋愛論」にあるような、極度に相手を美化して膨らませてしまうような、結晶化作用もおこしがちだ。そんな中で悩みながら成長していく。風呂の温度と一緒で、熱すぎず、ぬるすぎず、の状態でなければ長続きしない。当然、疲れる。疲れるけれど楽しいといった具合だ。

 ではなぜ「恋」と「現代国語」が結びつくのか?普通の人間ならば、上記のような恋をしている中で、いろんな壁にぶち当たり、悩む。葛藤を続けるうちに自分で日記を付けたりして、気持ちを軽くすることもある。とにかく、相手の気持ちを考え、自分がどうあるべきか考え続ける。・・・この、「考え続ける」ということが、本人の心を耕し、豊かにしてゆく原動力となる。思いやりや、やさしさにも気が付く。我慢強くもなる。成長した心は、同じ文章を読んでも、以前とは異なる様に受け止めるようになる。必然的に試験の点数も上がるというわけだ。

 もちろん、溺れてしまうと自分を見失うことは言うまでもない。

 

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アマデウス

 亡き親戚の寝たきりだったおじさんが、映画のアマデウスを観て、涙を流したと高校生の時に聞いた。おじさんはかなりの努力家だったらしいが、同時に天才願望も強かったらしい。おじさんは就職した後に階段で怪我をして寝たきりになってしまったのだ。当時の私には、おじさんの涙の理由が解らなかった。

 私が初めて映画の「アマデウス」を観たときには、ただ、「すげーな」というくらいの感想しか持てなかった。音楽に無知だったことと、私の精神年齢が幼かったせいだろう。それから十回以上観たが、最初は気楽に、モーツアルトがサリエリの自信やら何やらを木っ端微塵に打ち砕くのを、痛快な気分で観ていた。しかし、何回か観た後で、私はあることに気がついた。この映画の主役は、一見、モーツアルトのようだが、実はサリエリなのではないか?ということに。そうして私はサリエリの立場で映画を観る様にしてみた。すると、オープニングの精神病院からエンディングまで、見事につながるのである。同時に私は、どうしようもなく惨めな気持ちになった。人生を賭けた分野で、自分よりも才能に恵まれた男に、常に打ちのめされるサリエリが、まるで自分のことのようでもあり、自分の自信までもが壊される気分になった。映画の中で登場する牧師も、最後には打ちのめされている。自分の限界を知らされようで、可能性を否定されたようで、涙ぐんだ私はおじさんの気持ちが初めて解った。

 レクイエムを書かせることでモーツアルトを殺せると、オペラ「ドン・ジョバンニ」を観てサリエリが確信したということは、あの映画からは、モーツアルトが作曲について超現実的だった気がしてならない。つまり、冥界のイメージを正面から受け止めたが為に、レクイエムを書き進めるごとに死に近づいていったという印象だ。

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肝心なこと

 肝心なことのほとんどはいきなりだ。

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家を守る大変さ

 今朝、午前七時頃、私の携帯から「ツァラトゥストラはかく語りき(映画「2001年宇宙の旅」のオープニングのテーマ)」が延々と鳴り響き、目が覚めた。母方の祖母からであった。実はここ数日、母が左足を骨折して入院してしまったが為に、ろくに寝ていなかったので、頭はぼやけていた。電話では、母がどんな状態で折って、経過はどうなのかと、父と私の現在の生活についてを聞かれたので、心配をかけない度合いで素直に答えた。我々の方は問題ないと。同時に、母方の祖父も、父方の祖母と同じく、認知症になっている事実を知り、一気に目が覚めた。私がショックを受けたのは言うまでもない。

 それまでの私は、老人の介護というものに関して無知すぎた。家族が間断なく気を張り詰めているというのは、かなり疲れる。母がいない中、父と生活しているのだが、最初の三日間は二時間睡眠だった上に、愛犬の弥七が腹をこわして何かあると起きていた。子供が病気になった母親の気持ちも少しは感じることが出来た気がする。他人の世話をしながら家事をやることは想像以上に困難であった。そういう意味で、まじめに専業主婦をしている方の大変さというものが、理解できた。朝は一番早く起きて、夜は一番遅くに寝る。親の面倒を観、子供や夫の世話をしながら家事をこなす。家を守るというのは想像以上に厳しい。

 自分も子供の頃に、母がいない時期があり、多少は家事をやったりしていたので、急にでも何とかなったのだが、子供の頃に独りで夕飯を食べた寂しさを少しばかり思い出した。

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生活というもの

 芥川龍之介に、師匠の夏目漱石が、「芸術のことばかりでなく、もっと生活のことも考えなさい」という旨を、手紙か何かで伝えたと聞いたことがある。それを最近、我が身に痛切に感じるようになってきたこの頃である。

 家事と言えば基本は三つ、「掃除」「洗濯」「炊事」であろう。私は「掃除」「洗濯」は得意だが、「炊事」は苦手であった。もちろん、基本的なことは出来るが、応用が利かないという意味で。一方で母は「掃除」がものすごく下手である。互いに補えあっていれば、互いに成長できていたのだろうが、私は怠けていた。自分の本業のことばかりを考えていた。

 お金についても、考え方がかなり変わった。エンデの、「パンを買う金と、株を買う金は違う」というのは名言である。いくら理想的なことを考え、述べようが、存在できなければ意味がない。ヒューマニズムというものは、人間のエゴと慈愛との両面を持っているが、「人間社会」があることに嘘偽りはない。そこにも殺伐としている面と慈愛の面がある。

 独身の私が言うのも何だが、結婚や女性を観る目にも変化が起きた。いくら美貌があり、聞き上手で、思いやりがあっても、生活というものが根本から解っている女性でなければ子供がかわいそうだ。夫婦生活で一番大切なことは我慢だと感じるこの頃。 

 常に汗をかき、働き、知恵を絞るのが人間らしい人間なのだろう。

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長所と短所

 昔、大学時代に試験の後の大宴会仲間というのがいた。最終日の試験が終わったら、決まって、持ち寄ったビール券などで大量に酒とつまみ、食料を購入してから、一人暮らしの奴の部屋に持ち込み、四、五人で昼から乾杯といった具合だった。私はしらふでも、どんどん話す方だが、中には口数が少ない友人もいる。しかし、日が暮れる頃になると何故だか、その傾向が逆になっていた。若いお酒とは不思議なもので、普段は本心を厚くガードしている壁を粉々にしてしまう面があるのだ。私はそういうときに、普段は聞けない質問をしたりする。

 ある時、人間関係の話になったことがある。私が「大勢とつきあってると、いろんな奴がいる。長所を引き延ばして短所を縮めて人と接する様にしているつもりだけれど、みんなはどうだ?」と聞いたところ、予想に反して、自分以外はみんな、「中にはムカつく奴もいるから、それは無理だ」と口をそろえた。私は「俺の場合、そうしないと、逆に自分にストレスが溜まって、やっていけない」と語った記憶があるのだが、ただタイプが違うだけという問題なのだろうか?・・・私は敵を作らず人間関係を円滑にする極意として聞いてみたのだが。確かに中には本当に人を苦しめることでストレスを発散する輩もいるから一概には言えないが・・・

 私もこの歳になって、あらゆるシチュエーションのコミュニティーの中での有り様の、本当の意味での難しさに少しずつ自分を殺すようにしなければならなくなってきた。伴い、それまで続けてきた深い思索というものまでも殺さぬように、どうバランスをとればいいかの模索を繰り返している。いかに相手に負荷を掛けることなく、やっていくかの・・・

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舞姫

 『舞姫』は森鴎外の作品であるが、何のために書かれたのかを考えるのは、結構、重要なのではないだろうか?

 森鴎外の自伝の面もある『舞姫』は、森鴎外がドイツに留学して、帰国する船の中での複雑な思いを語っている。ドイツに留学した森鴎外は、当初、留学先を様々に観察しながら、任務を遂行している。そんなある日、道で泣いている若い「舞姫」、踊り子のエリスと出会う。ドイツ語達者で、思いやりのある鴎外は、事情を聞く。そんな中で、世話をするうちにエリスと親しくなってゆき、エリスの母も含めて同居するようになる。貧しい中、若い鴎外は仕事をこなしながら次第にエリスに夢中になってゆく。・・・しばらくして、エリスの体調に異変が起きる。「つわり」が起き、鴎外の子を妊娠する。鴎外はエリスと暮らしていこうかとも考えるが、陸軍大臣の山県有朋が視察に来た際に、優秀なブレインとして認められる。鴎外の仲間も、鴎外に日本に帰るように説得する中、鴎外の胸中では、残るか帰るかの激しい葛藤を生じる。結果、エリスを見捨て、日本へと帰国する(その後裏切られたヱリスが日本まで来る)。

 何故、鴎外がこの作品を後世に残したのか・・・?私の推測では、自身の心の整理と共に、エリスへの愛情が本物であったことを確かめ、エリスへの懺悔の念と、自分の許せぬ行動への懺悔の念との確認が、この作品の底にあるような気がする。また、恋愛を通じて知った恐ろしい心の働きの世界への、覚悟のようなものがある。・・・自分を追いかけて日本に来たヱリスを、門前払いにせざるを得なかった際の、鴎外の心痛と覚悟までもが伺える。

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摩周湖

 摩周湖はなかなか一度で姿を現してくれないので有名だ。一度で観られたら運がいいと言われる。それだけ幻惑的な魅力がある。

 かなり前に、母方の祖父と祖母が行ったときには一度で観られたらしい。母に聞いたところ、(あの)強運のじいちゃんだから、ということになった。私から言わせると、母も運が強い。昔、独身の頃、台風が来ている実家の二階で編み物をしていたら、隣の部屋で母の弟のおじさんが「ねえちゃん、ここ教えてよ」と言ったので隣の部屋に行ったとたんに、それまで母のいた部屋の窓ガラスが砕け散ったらしい。すんでの所で事故を免れた。

 そんな父と母が数年前、一週間、北海道に行った。まず函館から入る予定だったらしいが、台風の予報円が思いっきり函館上空を通過する予想の中、飛行機で飛び立ったところ、あろうことか、その台風は、遙か東の三陸沖に抜けてゆき、何事もなく函館の夜景を楽しめたとのこと。そして母も一度目で摩周湖を目にした。 父は学生時代に三度目で観ることが出来たと言うから、これも母の強運だろう。

 そのしばらく後、今度は私が車で津軽海峡を渡ったのだが、行き当たりばったりな旅で、前日には知床で雨が降っていた中、強引に摩周湖に向かったら、空は曇っていても、摩周湖は観ることが出来た。あまりに嬉しかったので、そこでの写真を年賀状に使ったくらいである。親子三代で一度目に摩周湖を観られたというのが嬉しかった。

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強運じいちゃん

 私の母方の祖父は大正生まれだが、瀬戸内海で今もミカンを作っている。祖父は日中戦争に陸軍の兵卒として従軍したが、それがまた強い部隊だったらしい。いつか、敗戦についてどう思ったか聞いたことがあったが、自分達の部隊は連戦連勝だったので、当初、信じられなかったらしい。また、よく聞く話だが、海軍では将校が兵卒を竹刀で叩いたりしていたが、陸軍では一切無かったとのこと。なんでも、そんなことをしていると、上官でも後ろから鉄砲で撃たれるからとのこと。また、戦闘中も、銃の弾丸の音で狙われているかどうか分かったらしい。そして、銃口が向けられていないときには豚を追いかけていたらしい。

 そんな祖父の部隊が、ある小屋に駐屯していたところ、真ん中に座っていたじいちゃんは、ここだと危ないと、端に移動したところ、本当に真ん中に砲弾が落ちてきて、命拾いしたらしい。また、飯ごうを盗まれてしまったと、同郷の親友に話したら、その方が自分の分をくれ、他の人のを盗みにいったとか・・・当時、金属は貴重だったので無くしたら大変だったのだ。

 終戦を迎えても、祖父は蒋介石の軍隊の傭兵としてやむなく戦ったらしい。その時、生存率が3%もない戦場に三回行って、全て五体満足で生還したとのこと。捕虜みたいな扱いを受けていたのかと思ったら、威張り散らしていたらしい。何でもそれには裏があって、当時の中国人は壁に金を埋め込んで隠していたので、壁を掘り返したら金が出ることがよくあったらしい。噛んだら真贋が分かるとも言っていた。それがあるものだから、兵舎で南京豆(ピーナッツ)を持ってこさせて、悠々と将棋を指していたらしい。・・・そんな祖父だが帰国してからも近隣の戦友とは大変仲良くしていたと聞いている。

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甲子園の改修

 去年の秋、阪神タイガースの井川投手がポスティングで30億円余りの入札価格でヤンキース入りした。今年になって、あれだけ先発のコマ不足で、しかも左腕であるにも関わらず、ファーム落ちしたり、トレードしようにも相手がいなかったりと、散々のていたらくである。ヤンキースのオーナーも金をドブに捨てたようなものかも知れない。

 二、三年前から、メジャーに挑戦したいという気持ちが強かったと語っていたが、多分通用しないだろうと私は考えていた。確かに当時の阪神タイガースのエースであったが、去年、一昨年と、重要な試合の初戦で井川投手はことごとく打ち込まれ、負けていた。本当の阪神のエースは下柳投手なのではないかと私は考えていた。 

 時として、メジャーに行かせてもらえない不満のようなものが募っている印象を受けた。裏を返せば、適当にしか放っていなかった気がしたのは、私だけだろうか。いざヤンキースに入っても、キャンプでは松井選手の周りにばかりへばりつき、他の日本人のメジャーリーガーと比べても、勝負をしに海を渡った男の姿には見えなかった。

 一方で、阪神も、井川投手の入札金を、選手の補強に当てるでもなく、フロントは何をやってるんだと思っていたのだが、よくよく考えてみると甲子園は改修中である。きっとそちらに資金を回しているのであろう。井川様々だ。

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いじめ問題

 ここのところ、いじめで亡くなった生徒に関する記事が多い。いじめをどう解決するのかは難しい問題だといえる。それぞれに事情があるだろうし、中には形にならない陰湿ないじめもある。あらゆるコミュニティーに於いて、多かれ少なかれ、いじめは確実に存在するものなのだ。本来は周りがフォローしたりするものだが、「我、関せず」だと解決は難しい。

 昔、私はいじめられっ子にもいじめっ子にもなったことがある。そんな中で、感じたのは、いじめられる側にも責任があるということだ。辛いときに、いかに耐え凌ぐかというのも大切なことだと思う。人生には波があり、何がどう変わるか分からない。浮き目も必ず来るものだ。自分の可能性を信じている者は、簡単に死など選ばないはずだ。具体的に、自分の場合、いじめられているときは、いかに敵を作らないかで、話を面白くするように努めた。それが環境が変わった場合、人を惹き付けるパワーになるのだから、不思議なものだ。

 塾で教えていた頃、いじめによる登校拒否の子がいた。中学生だったが、「いじめられる側にも責任がある」と語ったら、驚いていた。「殴られるのが嫌なら、何か体育系の部活に入ればいい」とも言った。しかし、彼は自分で「鬱の気がある」と話していた。彼は繊細で、デリケートだった。プライドも高い。しかしそんな彼が自宅では妹をいじめているという。私は二人だけの時に「人にやられて嫌なことをするな」とだけ言った。・・・現在、彼がどうなったかは私は知らない。大検を受けると言ってはいたが、そんなことよりも、「やさしさ」というものだけは見失わないでいてくれることを祈っている。

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サロメ

 高三の時、尊敬する英語の教師が四冊目の長文問題集を作り、それを皆に配った。当然私も目を通したのだが、1ページ目か2ページ目に女性が、首を乗っけた皿をまじまじと見ている不気味なものがあった。絵がおしゃれな構図だったので、それで選んだのかとも考えたが、当時の私には余り理解できなかった。

 それから十年後くらいか、本を読むようになってワイルドのサロメと出会ったのは。台本のような書き方をしているが、王であるヘロデと女性サロメ、預言者ノクターンの物語である。ヘロデは執拗にサロメに踊ることを頼む、サロメは拒み続けるも、王であるヘロデが何でもやると誓うと、サロメは踊りを見せる。終わった後に、サロメは銀の大皿を用意させ、ヘロデに「ノクターンの首」をよこせという。王であるヘロデもやむなく承知する。

 根源はどこから来たのか分からないが、確か旧約か何かの話だった気がする。預言者ノクターンも、かなり偉い立場であったはずだ。ここはワイルドに従って書いた。

 そうして、再び気づかされるのが、長文問題集の絵である。その絵がサロメを意味していることを知った私は、英語の先生の、無言のメッセージが伝わってきた。それはつまり、「大学入ったからといって、浮かれて女遊びでもしようものなら、痛い目に遭うぞ(火傷するぞ)」というようなメッセージであるような気がしてならない。

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不殺生戒について

 仏教の十善戒の初っぱなに「不殺生」とある。モーセの十戒にも「汝、人を殺すなかれ」とある。モーセの十戒の方が人間的であるので深くは語らないが、仏教の十善戒とモーセの十戒にはよく似た戒めが多い。

 仏教で言う「不殺生」をなさぬ為に、野菜などを食うと聞くが、これは現代では成り立つことなのか?究極、水の中にもバクテリアなどがおり、飲めないことになってしまう。重要なのはそういう精神であることなのだが、どうもしっくりこない。

 人間は弱肉強食、食物連鎖の中で、自分達よりも弱いものを殺し、食べ、生き延びている。「これは弱いものいじめなのではないか」などと言いだしたら餓死するしかない。静かに感謝して、その命の分まで何かをせねばならぬ。

 しかしながら、ここのところ、TVのチャンネルをひねると、どう考えても食べ物を無駄にしたり、それで笑いを取っている番組が多すぎる。全てがそうだとは言えないし、よりおいしく食べることに異論はない。しかし、犠牲になった食物に対して失礼な振る舞いは、納得がいかない。ある人が、戦後のスーパーマーケットを観て、「こんな時代が続くはずがない」と書いてあったが、同感だ。奢るものも久しからず、もう少し謙虚になるべきではないのか?

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哲学について

 哲学は、ともすると、贅沢な学問かも知れないが、最終的には、後々の人類の生活に跳ね返る。なぜならば、あらゆる学問や思想の根底となるのが哲学だからだ。

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左足のこぶ

 少しばかり前に、座禅足を無理矢理組んでいたら、歩けないようになったのだが、その数日後、左足にこぶ(薬指の根っこの方、一円玉ぐらいの大きさ)が出来てしまった。その一ヶ月後に整形外科に行き、注射で抜いてもらった(足の甲で、太い針を刺すので結構痛かった)。そうすると、整形外科の先生が、関節の間の液なのだが、「普通の人はもっと水っぽいんだけれどなあ」と言って、私にそれを見せてくれた。確かに練乳のようなものでもある。

 ここで仮説を立ててみたのだが、その、関節の液体が薄い人の方が体が柔らかく、濃い人は(私も含めて)体が硬いのではないかと、漠然と考えてみた。

 こぶが出来てからは座禅の組み足は出来なくなった。痛みは全くないのだが、これ以上、こぶを大きくすることはしたくない。日常生活に支障はないが、こぶは抜いてもらったときと同じ位にまで膨らんでしまった。こうなると、もう、自分の左足に別の生き物がいるみたいな気分になる。

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正法眼蔵について

 正法眼蔵には、禅の曹洞宗の開祖である道元が語ったことが記されている。私が持っているのは河出文庫全四巻であるが、まだ、二巻の途中までしか読んでいない。それなのに感想を書いていいのかと、迷うが、これまで読んだところまでのことを書いてみようかと思う。

 はっきり言ってしまえば、道元の説法の記録のような面があるから、坊さんの説法を聞くのが好きだったり、聞いてみたかったりする人には向いているだろう。ただ、話の論法が禅問答のようになっていたり、例え話のイメージが湧きにくい面はある。興味のある方は立ち読みしてみてから購入することをお勧めする。はっきり言って、ある程度の知識と読解力と想像力がなければ苦しいかも知れない。また、聖書のように、悩みにぶち当たったときに心のよりどころとする本でもない(哲学的な悩みは解かれるかも知れないが・・・)。

 この本の中での道元禅師は思うがままに喋っていて、教えられることばかりだが、たまに対象の捉え方が私とは異なることがある。私には私の捉え方があるのだが、組み合わなくても、異なる見方を提示されるのは為になる。

 禅には、「AはAであってAでない。よってAはAである」という論法がよく出てくる。昔、永平寺の問答で、師が弟子の質問に答えているシーンがあったが、その師は、答えに窮すると、すぐこの論法を持ち出し、単に「そのままだ」と言っている印象が拭えなかった。

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