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勉強と学問

 私は幼い頃より、母には毎日のように「勉強しなさい」と言って育てられた。父は放任主義で、何も言わなかった。代わりに、勉強に関しては、何にも教えてくれなかった。今の歳になって、父に聞くと、「親の両方から言われたら息苦しいやろ」と言う。母に聞いても、「好きな服も何年も買わず、あんたと弟に投資した」と言う。

 現在、私は色々なことを考えている。その中には、「勉強」しなければついて行けないことも多い。勉強と言っても、我流で、興味のあることには時間を惜しまない。ほとんど本や友人との会話で身につける。学生時代は、ずっと、「勉強」は嫌いであった。授業中も「欠席」か「本を読んでいること」がほとんどだった。何故好きになったのか・・・?

 大学生クラスで、ある程度物事を考えるようになると、成績の上での勉強では、解決口にならない。つまりは、自分の中で疑問が浮かび、それを解決しようと努力する。この上で、礎になるのが「勉強」なのである。「学問」が「問うて学ぶ」と書くなら、それ以前の知識として、「勉強」することは必然なのである。・・・と同時に、自分の疑問解決のためにする「勉強」は面白い。もちろん、どんなにマセていても、小・中・高位の知識は無くてはならない。

 嫌々する勉強でも、気合いで乗り越えてゆく。これくらいの根性がなければ、将来の伸びしろは期待できない。学問とは何も、机に向かうことだけではなく、人生を豊かにするものという認識である。

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